第78回 今までに二回経験アリ
「なあ、紀伊これ何?」
周がいつものように紀伊に質問を始めた。
それは平争に行商に来た白虎の国の一団だった。
目を輝かせ周は目の前にある茶色の動物に触れた。
白虎国では馬よりも重宝される動物だったが、周は初めてなのか眺め回していた。
「それ?駱駝だよ。駱駝。」
「駱駝?何か、目は可愛いけど、顔つきでてんな。お前。」
撫で回す周の後ろで紀伊は口の端を持ち上げた。
(ちょっとからかってみよう。)
「ねえねえ知ってる?駱駝っていうのはそのコブを突き破って、子供が出てくるの、だから今その駱駝は妊娠してるのよ。」
「そ、そうなのか。」
周は真剣な目で駱駝を見ていた。
「驚くべき発生の仕方だ・・・。なあ、産まれた後って、その親はどうなるんだ?死んじゃうのか?」
「え?え〜と。そう、自然に皮がくっつくの。」
「そうなんだ。何か怖いもの見たさで見たいような。」
周の言葉に紀伊は吹き出すと、駱駝に頑張れと声を掛ける周を眺めていた。
駱駝を励まし終えた周は満足そうに紀伊の隣に並ぶともう一度駱駝に手を振った。
「周、動物好きなの?」
「うん。好き。でも、紀伊が一番好き。」
「私は動物と同じ扱い?」
「動物のほうが紀伊より素直な気はするけどね。」
「はあ?」
「嘘、嘘。」
声を上げて笑う周に紀伊も自然に笑みを浮かべた。
そして二人で馬に乗ると平争王都への立て札にを確認して馬を進めた。
「はあ、後もう少し!早く会いたいなあ。」
「嬉しそうだね。そんなに会いたい人がいるの?」
「何たってかっこいい人が待ってるから。私の初恋の人なんだもん!一緒に暮らすことだって考えてくれたんだから。」
紀伊が目を輝かして言うと、周は少しすねたようだった。
「はあ、私の人生に一回しかない輝いた日々だったのよね。」
「紀伊ってさ、以外に気が多いよね。」
紀伊はこの言葉にすこしムッとして眉間に皺を寄せると反論した。
「何でよ。私は今まで二回しか一目惚れってしたこと無いんだから!」
「二回!誰だよ。どこのどいつだ!」
周は心底驚いたように紀伊に問いつめた。
「信じられない!一目惚れ二回ってさあ。目どうかしてんじゃないの?」
「はあ?」
紀伊は周の言葉にこみ上げてきた怒りで拳を握ると叫んだ。
「何で周が怒るのよ!だって好きになっちゃったんだから仕方ないじゃない!」
「何処の誰!」
「だから、平争のかっこいい人と、あな・・・。」
紀伊は『あなた』と言いそうになって必死に止めた。
(な、何言ってんの私は!何で、周を一目ぼれの相手にしているの!神様って思っただけでしょ?)
けれど初めて出会ったときの周の顔を見ると胸が締め付けられた。
苦しくて胸と頭の中がどうにかなりそうだった。
「あな?あなって何だよ!どんな名前だよ!・・・ん?」
(気がつくな!気がつくな!)
『あなた』という言葉に気がつかれたくなくて紀伊は必死に祈っていたが、やがて周は紀伊の顔を見て、ふんわり笑った。
「へえ。」
そのまま周は得意そうに笑うと、綺麗な瞳で紀伊を見つめた。
「な、何よ。」
紀伊が警戒すると周が顔を寄せた。
「俺に一目惚れしたの?」
「違うよ!口が滑っただけなんだから。」
「滑った?思ったから口走ったんだろ?ほら、言ってよ好きだって。」
「誰が!何で!何のために!」
「俺は紀伊のこと大好きだよ。」
紀伊は赤くなる顔を隠したくて憎まれ口を叩いた。
「そんなのいつでも誰にでも言ってるんでしょ?おあいにく様!私はそんな軽い女じゃないのよ。べーだ。」
紀伊は周に舌を出すと、前を向いた。
けれど周はそんな紀伊を後ろから抱きしめた。
「愛してるよ、紀伊。」
(愛してるって何〜、いきなり!頭がぐらぐらする〜。)
紀伊はもう恥ずかしくていても立ってもいられなくなり、自分の顔を両手で挟んだ。
「紀伊は?ねえ、俺のこと好き?」
周の優しい声に紀伊はまるで催眠術でもかけられたように素直になった。
ただ一度コクンと頷くと、周は紀伊の体を更に力強く抱きしめ呟いた。
「俺、今死にそう。」
そう言うと周は嬉しそうに紀伊の体をずっと抱きしめていた。
(私も死にそうだよ〜。)




