第77話 ・・・嫌じゃないよ
紀伊は両手でお湯の入った器を持って両手を温めていた。
爆ぜる火の向こう側では周が壁に凭れて眠りについていた。
けれど、すぐに首がだらんと垂れ、慌てて顔を上げた。
「あ、俺・・・寝てた?」
「うん、まあ、疲れてたんでしょう?さっきもご飯探しに行ってくれてたんだし!」
紀伊は笑うとお湯を口に含んだ。
けれど周は頑張って目を開き紀伊を見ようとしていた。
「何?」
「眠るぐらいなら、紀伊と話をしてたい。」
「え?」
「何でもいいからさ、紀伊と話をしてたいんだ。眠るなんてもったいなくて。」
(何可愛いこと言ってんの?照れちゃうよ。)
それでも周はよほど疲れがたまっていたのか、再び目を閉じ始めた。
その姿がまるで子供のように見えて紀伊は立ち上がると周を自分の方へと凭れさせた。
「膝枕はしんどいから嫌だけど。肩なら貸してあげる。」
「じゃあ歌って。」
「歌う?」
「子守歌、聞きたい。」
そう言って肩に重みをかける青年は目を閉じた。
紀伊はそんな周の頭に触れるとそばで自分が母から聞いた子守唄を歌った。
「紀伊の声は優しい。」
一度周がそう言った。
けれどすぐに寝息が聞こえた。
紀伊はそんな周のために自分が羽織っていた外套を一緒にかぶった。
周の体温で外套がぬくもり暖かくなってゆくと紀伊は欠伸を一つした。
「ホント、子供みたいな子だね。」
紀伊は軽く頭を撫でると自分も目を閉じた。
目を開くと紀伊は周の膝の上で眠っていた。
周は紀伊の頭の上に手を置いて、紀伊を見ていた。
さっきまで一緒に羽織っていた外套は紀伊に被せられていた。
「寒くない?」
「大丈夫だよ。紀伊が温めてくれてる。」
そう言って頭を撫でられると紀伊は照れてうつ伏せになって顔を隠した。
「ねえ、周って・・・何?」
「え?」
「周は人間?死んだ人?・・・それとも神様?」
すると周は又優しく紀伊の頭を撫でた。
「神様に見えるの?」
(最初そう見えた。)
あのご神木のせいかもしれない。
(ご神木の下にいたから神様を連想させたのかも。)
けれど紀伊は頭を振った。
(違う、そうじゃない。周がどこか高潔なものに思えたから。まるで自分を包み込むような暖かさを持っていてくれたから。)
一方、周は返事をしない紀伊の手に触れた。
「神様なんかじゃないよ。」
そしてゆっくり周の右手の指が紀伊の右手に絡まった。
紀伊はその指の温かさを感じながら赤らんでゆく自分の顔の熱を感じていた。
その熱は周にも足から伝わっていたのかもしれない。
だからこそ、周はその手を握り締めた。
「死んでもいないよ。俺はここにいる。紀伊の傍に。」
「じゃあ、人間?」
「何だっていい。こうしてただ紀伊と手を繋いで一緒にいられたら。」
「答えになってない。だって、好きな子いるんでしょ?」
紀伊はそう答えるだけでいっぱいだった。
「好きな子はいるよ。」
「だったら、」
怒ろうとすると周の左手が紀伊の体に回り抱き起こされ、フワリと体が浮いたかと思うと周の正面に座らされた。
そして周は繋いだ右手をただ嬉しそうに見つめた。
「俺のこと、好きにならなくていいから覚えてて。」
「何言ってるの?」
「俺が紀伊と手を繋げてこんなに幸せに思ってること、絶対忘れないで。」
目の前にある周の顔はまじめな顔だった。
紀伊はその顔を見て心配になった。
「ねえ、周。あなたは何を、」
尋ねようとした紀伊の目の前に周の顔をが寄ってくる。
慌てて紀伊が顔を反らそうとすると周は紀伊の額に口付けた。
きっといつもの紀伊なら怒って口もきかなかったに違いない。
けれど紀伊は今日は怒れなかった。
(嫌じゃ・・・ないかも。でも恥ずかしい。)
顔を赤らめて見上げると周はそんな紀伊を見て左の指で頬に触れた。
「そんな瞳で見ないでよ。俺、理性飛ぶからさ。」
「だって。」
「そんな顔するってことは、俺、紀伊の中で悪くない評価ってことなのかな。」
すると紀伊は少し躊躇って右手に少し力を込めた。
「嫌・・・じゃないよ。」
「まだ、その程度か。」
「じゃなくて、今の、その、あの。何言ってるんだろう。私。」
すると周は顔を緩めてもう一度唇を寄せて紀伊の額に口付けた。
そしてそのまま周は紀伊の肩に頭を置いた。
「何か複雑。」
「え?何が?」
「何でもない。」
「ちょっと?」
「さあ、行こうか!もう夜明けだ!」




