第75話 好きな子いるの?
周は旅をしていく中で見る物全てが珍しいようだった。
次の街に入ると周は一定方向に流れている人の流れを見つけた。
「あれ、何?」
紀伊はすぐそばにある看板に目を留めた。
「縁結びの神様が安置されてるんだって。」
(必要ないなあ。好きな人いるわけでもないし。恋してる場合でもないし!)
紀伊が素通りしようとするとその手を周が掴んだ。
「行こうよ!いいね、縁結び!」
「周?」
周は嬉しそうに参拝の人間に混じって階段を上り始めた。
周の端正な顔は縁結びに来ていた女性達の目を引いた。
(うわあ、めっちゃくちゃ見られてる。確かに、何か周と縁結びって合わなさ過ぎ。)
そんなこともお構いなしに周は安置されてる神にお祈りしようとして、人々が賽銭を入れているのに目を留めると紀伊に説明を求めるような目をした。
「神様への気持ちでいいの。」
「じゃあ。」
そう言って金貨をだそうとする周の手を紀伊は慌てて止めた。
「それだけあるなら、肉まんいっぱい食べたい!」
「でも・・・気持ちなんだったら。」
不服そうな周を紀伊は止めた。
「私も一緒にお祈りしてあげるから、ね?」
「なら、いっか。ほら、紀伊もお願いしよう。」
すると周は少し額を減らして箱に入れた。
そして周はお祈りを終えると、今度はお守りに目を留めた。
「これは?」
「願いごと、叶うかもよ?」
紀伊の言葉に周はそれを二つ買った。
「あのね、それいくつ買ったからって効果は増えないんだよ?」
すると周はそれを紀伊に差し出した。
「これ、紀伊の分。」
「え?」
「紀伊には幸せになれる恋をしてほしいから。」
紀伊の鼓動が跳ねた。
(な、何嬉しいこといってくれてるの?)
「ありがとう。」
頬が赤らんでゆくのを紀伊は見られたくなくて反らすと前を歩き出した。
一方、周は穏やかに微笑むと、自分の分を大切そうに懐にしまった。
紀伊は赤らんだ顔だけは絶対に見せないように後ろに問いかけた。
「周の好きな人ってどんな人?それだけ熱心にお祈りしたってことは、よっぽど好きなんだよね。」
「ん、大好きだよ。」
好きな子がいるといわれれば心のどこかで嫌な気持ちがこみ上げてきた。
ささいな言葉に赤らんだ自分が恥ずかしかった。
「でも、きっと俺じゃ幸せにはしてあげられないんだよね。」
「え?何で?」
紀伊は思わず聞き返していた。
周は空を見上げていた。
紀伊が視線をやると小さく魔城の姿が見えていた。
「こんな時に幸せなんて掴めないよ。いつ、どれだけの人が死ぬか、自分が生きていられるなんか分からないんだから。」
「周も魔城が嫌い?」
すると周は馬を撫でて息を吐いた。
「分からない。でも今の魔城は息が詰まる・・・気がする。」
「周でも分かるんだね。」
「紀伊は?魔城好き?」
「私も・・・周と一緒かな。わかんない。」
そして紀伊はこの男に自分のことを話してみることにした。
受け入れてもらえるような気がした。
「本当はね、私あそこで育ったの。あそこには大切な人たちがいた。でも・・・今はあそこに戻れなくて、あそこにはお父さんやお母さんを殺した大嫌いな人がいる。」
(秋涼様に秋矢様、おじさんたち・・・。どうしてるんだろ。)
会いたくて見つめていたが首を振ると馬にのった。
周もすぐ紀伊の後ろに乗ると馬を進めた。
「いつか・・・二人で魔城が大好きだって叫べればいいね。」
周がポツリと呟いた言葉に紀伊は何度も頷いた。
「それ、賛成!良いこというね!叫びたい。叫びたい。」
そんなことを言ってくれる人は初めてだった。
少し下降気味な気持ちがいきなり急上昇した。
「ねえ、じゃあ、約束しようよ。私が魔城に戻れたら、大好きな人たち紹介するから!」
「うん、約束。」
二人で小指をつなぐとお互い微笑みあった。
そして紀伊が号令をだした。
「さてと。出発!」
「はいはい。」
「『はい』は一回!」
「はあい。」
「もっとちゃんと!」
「はい!紀伊様。」
「よし!」




