第73話 苦しい言い訳
「何?」
(優しい声、ちょっと低くて気持ちいいかも。)
「ごめんなさい。あの、」
紀伊は覗いていたことがばれて真っ赤になってうつむいた。
何を言えば一番自然なのかを考えていたが馬まで下りて覗き込んでいた自分に相応しい回答は見つけられなかった。
「もしかして俺に惚れた?一目惚れ?」
更に問いかけてくる男の言葉に紀伊は余計赤くなった。
神様だと思いましたとは到底言えなかった。
「え?本当に?」
「そんなんじゃなくて、死んでるのかと思って。」
思わず嘘をついた。
男の顔を見た瞬間、紀伊は軌刃と会った時のような衝撃と同時に胸の中が酸っぱくなるような気持ちを味わった。
(変な気持ちだよお。)
紀伊の照れたような表情を見て男は一瞬顔をほころばせたがすぐに元に戻した。
その為紀伊はそのことに気が付かなかった。
「ねえ、今から何処に行くの?」
男は笑顔を向けた、紀伊はその笑顔に照れながら答えた。
「平争に。」
男は少し顎に手を当てて考えるような仕草をした。
そしてすぐに答えを出した。
「じゃあ、俺も行くよ。」
「え?何で?」
「何でって?嫌なの?」
男が聞き返すと紀伊は口ごもった。
(嫌じゃないけど・・・。)
チラリと紀伊は男の顔をもう一度窺った。
(そりゃあ確かにこの人はめちゃくちゃ好みの顔してるけど。)
そのままただジッと男の顔を見つめた。
どこか秋涼に似ているように思えた。
目のすっきりした感じと、黒い髪のさらりとした質感がそう思わせるのだと紀伊は気がつくまでに暫く時間を要した。
(私絶対、秋涼様っ子だ。秋涼様に会いたいよお。)
紀伊が別の男のことを考えていることも知らず、男は紀伊のそんな蚊を覗き込み、立ち上がった。
「何?そんなに見つめられたら俺の顔に穴が空くよ。」
そして男は先に紀伊の馬に乗った。
「え?ちょっと!何ですか!あなた!」
「王都に行くんだろ?」
「そうですけど!困ります!知らない人についていくなって、育ての親に言われて!」
「それは守ってほしいけど、俺は例外!」
「何で?ちょっと、困りますから!」
紀伊が断ろうとすると男は悲しそうな目をした。
「じゃあ、次の街まででいいから乗っけてよ。歩いていくと遠いからさ。それぐらいならいいだろ?」
「分かりました。次の街まで…ですよ。あなたお名前は?」
「周だよ。周、よろしく。」
「私、紀伊。」
紀伊はため息をつきながら馬に乗った。
相乗りは大芝以来で、少し大芝のことを思い出した。
(まさかこの人も幽霊とか・・・?)
紀伊はもう一度、すぐそばで振り返ると周と名乗ったこの男を見つめた。
「違うなあ。」
(この人、人間ではない気がするがかといって大芝のような存在でもないような気がする。)
「何が違うの?」
周がすぐそばで不審がる紀伊に笑いながら尋ねる。
紀伊は首を横に振ると、正面を向いた。
「別に、まあ、次の街までだから、いいよね。」
その五分後、
「嘘だろ?もう寝たの?紀伊。お〜い。」
紀伊は馬の上で眠りについていた。
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