第69話 大芝
どこか分からぬ街に着くと大芝は周りを見回してから、紀伊に笑いかけた。
「これで紀伊との約束は果たしたぞ、守ってやるって言う約束。」
「まだまだだよ。」
紀伊が笑うと大芝は紀伊の頬をつねり花梨の方を見た。
その瞳は寂しそうでそして愛しそうなものだった。
(あれ?大芝、花梨様と知り合い?)
「あいつ、幸せにしてくれたか?」
「琉陽様、ねえ、あなたは生きてらしたの?」
花梨は震える声で訊いた、しかし大芝は首を振った。
「気が付くあの森にいた。昔四国の王達が苦心したものに俺もなっていたようだった。」
「ねえ、それはどういう?」
「人の肉と骨を食らってこの体を保ち続けてきた。」
「大芝・・・?」
紀伊は驚愕の言葉に首を振った。
「お前・・・旅の途中で何回か見たろ?服しか残ってない人間。あれは・・・俺のやったことだ。」
「な・・・何で!だってあの時、大芝は励ましてくれたよね。殺人鬼の仕業かもしれないぞって!何で嘘ついたの?言ってくれなかったの!」
紀伊が問い詰めると大芝は黙り込んで紀伊から視線を外した。
「ねえ、何で私まで騙したの?私を騙して楽しかった?」
「違う。そうじゃない。」
大芝はまっすぐに紀伊を見つめた。
「人の肉を食らってでもこの体を保たせて、いつか・・・花梨を迎えに行って、もう一度夫婦に戻りたかった。その夢のためには何でも犠牲に出来るそう思ったからだ。」
花梨はその場に崩れただ声をあげて泣いた。
「ごめんなさい!琉陽様!ごめんなさい。私のせいで、私がいけなかったの。貴方が、あの正しかった貴方がそんなこと・・・。」
「だったら、私についてこなくても・・・もっと早く会いに来れば。」
紀伊はそんな養母の背中を撫でながら大芝を見上げた。
顔を見るとあの最後に裏切られたまま死んでしまった琉陽の姿が思い出されて紀伊からも涙が落ちた。
(違う。私を騙してたとか言う次元の問題じゃない。これは大芝の尊厳の問題だ。)
「大芝・・・。ごめんね。悔しいよね。ごめん今まで分かってあげられなくて。大芝だって、そんな風に人から奪って生きるしかなかったから会いにこれなかったんだよね。奪ってまで手に入れた体で会っても幸せにしてあげられないから一人で森にいたの?あんな誰もいなくて一人ぼっちのところで、花梨様のこと考えてたの?」
たった四日で紀伊が根を上げそうになったあの暗い森の中で、ずっと心ごと奪われた妻のことを考えてきた琉陽という男を考えると、悲しくて仕方なかった。
「悔しかったさ。王になるように育てられて、たくさんの臣下や家族がいた。けれどそれは理解できないほど早い一瞬で全て終わった。あとは生きてきたよりも長い時間絶望の中にいたんだ。」
「大芝・・・。」
紀伊が大芝にすがりつくように手を伸ばすと大芝もそんな紀伊の手を取って優しく何度も撫でた。
「ごめんね。分かってあげられなくてごめんね。」
「初めからお前に分かって貰おうなんて思ってなかった。ただお前と一緒にいてみたかったんだ。感情を隠すことのない紀伊といれば少しは魔城のこと分かるかもって。」
「分かってくれた?」
「ああ。分かった気がする。お前の幼馴染達だっていろんな感情持ってる。きっと秋涼って奴だって。」
「そうだよ!顔三つないし、手だって六本ないんだよ。」
紀伊が笑うと大芝も笑った。
けれどそのまま紀伊を思いっきりつよく抱きしめた。
大芝の体が少し震えているのがわかった。
思わず顔を上げると、大芝の瞳は潤み、ただ紀伊を愛しそうに見つめていた。
「花梨と朱雀国であのまま幸せに暮らして・・・、俺が紀伊みたいな娘、欲しかったな。」
その言葉が辛くて紀伊のほうが先に泣いていた。
けれど笑みは作れた。
「また子供扱いして・・・。でも、いいよ。暫く子ども扱いでも。」
「ダメだ。」
「え?」
「秋霖が現れてから俺の・・・体は我慢できなくなってる。もう潮時なんだ。」
「そんな!」
「本当なら死んだ人間。もう十分だよ。お前のお陰で花梨に会えたことが、こんな体でも生きながらえた俺の絶望の中での唯一の幸せだったのかな。」
「大芝。」
大芝はそう言うと心の底から満足したような優しい笑顔を見せた。
その笑顔が逆に不安にさせた。
「大芝!嫌だ!どこ行くの?」
「・・・自分で自分を消そうと思う。」
それはききたくない言葉だった。




