第63話 取り戻したい少女
「お前何してた。」
巳鬼が砂鬼に叱りつけ、持っていた木の杖で何度も何度も殴りつけた。
砂鬼は何度も何度も背中を打たれ、その痛みよりも大きな悲しみのために泣いていた。
「本当に申し訳ありませんでした。」
先程まであった自分の幼馴染たちの大切な子供を奪われてしまった。
最低最悪の生き物に。
秋霖に散々苦しめられた鬼族にとって秋霖に捕まった鬼族がどうなるか、想像することは簡単だった。
「本当にすいません。」
「謝ったってどうにもならないよ!」
巳鬼が今度は砂鬼の顔を何度も殴りつけながら怒った。
『まじない師』と族の者達に尊敬されてきた巳鬼にとって族の者が一人でも居なくなることは子供が連れ去られることと同じだった。
それに紀伊はどこか特別だった。
自分一人しかなくなったあの村にもたらされた希望であり、可愛い孫娘と言っても過言ではなかった。
巳鬼の顔にはもう焦りしかなかった。
「お前が男のくせにそんな格好をしているから、あんなひよっこ一人も守れないんだ!男の癖にあの子をどうして守れなかったんだい!その姿は何度もやめろって言っただろ。そんな間違った格好をしているから性根までおかしくなっちまうんだ!」
後ろでいつ砂鬼を助けに入ろうかと見計らっていた紫奈はその言葉を聞いて凍り付いた。
「男って。さっちゃんが?」
紅雷は呟いてから柳糸と思わずお互いの目を見合わせた。
砂鬼は自分の秘密をばらされてもなお、頭を下げ続けていた。
「すいません!本当にすいませんでした。」
「謝ってすむ問題じゃ無いんだよ。命がかかってんだ!あの二人が残した命が!」
巳鬼はそう言うと悔しそうに唇を噛んで、杖を放り投げて立ち去ってしまった。
「ごめん、紀伊ちゃん。」
ポツリと砂鬼は呟いて悔しそうに何度も床を叩く。
叩いた拳が切れて血が流れても、まだ拳をぶつける砂鬼の手が白い男の手に包まれた。
「さっちゃん、そんなに自分のせいにしないで。」
紫奈は砂鬼の側に座り込むと、殴られて腫れた口元を優しく撫でた。
けれど砂鬼はその手をのけて小さな声で謝った。
「ごめんね、隠してるつもりはなかったんだよ。本当にごめんね。私女になりたかったの。でも、皆はじめは好きになってくれても男だって分かったら罵声浴びせて去っていって。それが辛くて。」
紫奈は暫く色々なことで混乱する砂鬼の頭を自分も混乱したまま撫でていた。
「言おうと思ってたんだよ、いつか分かることだもん!でも、捨てられるのが嫌でずっと言えなかったんだよお。」
「さっちゃん・・・。」
男だといわれても紫奈の中で今、軽蔑とか嫌悪といった気持ちは起こらなかった。
「苦しいよお。こんなの紫奈には知られたくなかったよ。紫奈には嫌われたくなかったの。」
紫奈はそうっと砂鬼の腫れた頬を撫でそして笑った。
「わかりました。さっちゃん、紀伊のこと助けられれば少しお話をしましょう。私も正直少し混乱してますから。」
紫奈の瞳はいつも自分を女だと寄って来て男だと知ると勝手に去っていた男達とは違った。
いつもの紫奈と代わりがなかった。
それが砂鬼には嬉しいことだった。
「紫奈・・・。ありがとう。」
「ええ。兎に角、紀伊を。」
紫奈が顔を上げ、その視線の先にいた紅雷が柳糸に訊く。
「どうする?俺一人でも行くぜ。」
柳糸は腕組みをして考え込んでいた。
頭の中ではいろいろな計画を立て、その結果を常人ではありえない速度で考えていた。
けれどせっかちな紅雷はそんな柳糸をせかす。
「なあ、柳糸!何で黙ってるんだよ!」
そんな時大芝が三人に声をかけた。
「紀伊のこと俺にまかせてくれないかな?前に約束したんだ。あいつを助けるって。」
「どうするんだよ。お前人間だろう?」
紅雷が苛立ちを募らせながら訊くと、大芝はただ優しく微笑んだ。
大芝は旅立つ前に巳鬼の所に立ち寄った。
「色々・・・世話になりました。」
巳鬼はただ机のうえに頬杖を付いていた。
「退治屋を・・・この家を世話してくれたのは本当はあんただろ?大芝。嫌、違うかこれは偽名か。」
「大芝ってのは、俺のこと勘違いして、そう呼んだ奴がいたから名乗っている。でも、この名前嫌いじゃない。紀伊に呼ばれるこの名前、好きだったんだけどな。」
「紀伊を助けに行けばあんたの地獄は終わるのかい?」
「さあ。どうだろう。ただ会いたかった人にやっと会える。それだけかな。でも・・・今は会いたかった人よりも紀伊を助けたいんだ。」
「そうかい。」
「そうだよ。」
その言葉を最後に大芝は笑みを浮かべて出かけていった。
「ねえ、大芝、あんたの地獄早く終わらせな。」
巳鬼はただそういうと涙を一粒だけ落とした。
こんにちは^^
あかつきです。
早いものでもうこの作品も60話を超えました。
たくさんの方に読んでいただけてとても感謝しております。
この先もお付き合いくださいませ。




