第61話 魔王出現
「鬼族か。」
秋矢は父の口から出た言葉を疑った。
目を閉じていた父、秋霖は何を感じたというのか。
そして慌てて紫醒に視線を送る。
秋涼の幹部は秋矢のお守りとして秋霖の目の届くところに置かれていた。
紫醒もまた秋矢に視線を送った。
二人に緊張が走る。
けれど秋矢はそれを感じさせないように父に問いかけた。
「父上、どうかなさいましたか?」
「いや。五月蝿い蝿が飛んでいる。」
「蝿?そんなの。どこにも。」
「いるのだ。」
秋矢は唾を飲み込んだ。
「あの、僕、部屋へと戻ってきます。母上の手伝いを。」
「そうか。」
目の前から消えた秋矢を見て秋霖は口の端を持ち上げた。
「食事の前に蝿は殺しておかなければな。」
そう呟くと秋霖もその場から消えた。
「よし!」
紀伊は曲刀を装備して立ち上がった。
「怪我すんじゃないよ!」
「はい!」
魔物退治をはじめた紀伊たちのもとには連日依頼が舞い込んできた。
それは個人単位であったり、国家単位であったり金額も異なってはいたが、依頼の数は日に日に増えていっていた。
そのたびに紀伊は魔城がまた憎まれる存在になっていると心が冷えるような思いをしていた。
だからこそ、故郷を守るためにも必死に戦った。
紀伊はその日も魔物退治を砂鬼と行い、帰途につく途中だった。
「今日の魔物はあまり大したこと無かったね。」
「でもさっちゃん本当に力ありますよね。あんな敵を斧で粉々にしちゃうなんて。」
砂鬼は紀伊の言葉に薄く笑うと、美容専門店を見つけて走っていった。
「あ、私。紫奈にお土産買って帰るから先に馬に乗っていて。」
「あ、はあい。」
紀伊は一仕事終え、息を吐きながら草をはんでいた馬を撫でようとしたときだった。
視線を感じて瞳を正面に移した。
前に少年が立っていた。
「秋矢様!」
紀伊は本能的に走っていた。
一方、秋矢は立ち止まったまま思いつめた顔をして、紀伊に走り寄るということはなかった。
「秋矢様!どうしてここに?」
紀伊はそんなことにも気がつかず、自分の家族に会えた喜びを体中から表現していた。
また甘えたが会いに来たそれぐらいの感覚だった。
けれどそんな甘えたに聞きたいことはたくさんある。
「今までどうしてたの?大丈夫だった?秋涼様は?花梨様は?」
紀伊が秋矢に質問を浴びせかけても何も言わずうつむき黙っていた。
「どうしたの?秋矢様。」
紀伊は秋矢の顔をのぞき込んだ。
秋矢の顔は見たことがないほど強張っていた。
「紀伊達のやってること全て父上にお見通しだ。」
「父上って?・・・まさか!」
「そう・・・秋霖様だ。だから紀伊、身を隠して大人しくして!そうでないと必ず父上に殺される。」
「嫌よ!だって動かなければ魔城は憎まれる!そんなの嫌なの!」
紀伊は必死で訴えた。
けれど秋矢は腕を掴み、紀伊を必死に説き伏せようとしていた。
そうしなければこの愛しい人は死んでしまうのだから。
「紀伊!言うこと聞いてよ!死んじゃったら元も子もないでしょ?」
「嫌よ!殺されるなら殺されてもいい、でも何もしないで死ぬなんて一番嫌なの!」
秋矢はどう返せばいいのか分からず、言葉を詰まらせた。
できることなら動きを封じてどこか安全なところに閉じ込めておきたかった。
「ねえ、紀伊、分かってよ。僕、紀伊に死んで欲しくないんだよ」
「秋矢様。ありがとう。でもね・・・。」
秋矢を撫でようと紀伊が伸ばした手を何かが掴んだ。
紀伊はその冷たさと力に驚き目を見開いた。
そして恐る恐る目をやると紀伊の手を掴んでいるのは見たことのない男だった。
「父上・・・。」
秋矢の声だけが響いた。




