第60話 また会える日まで
「もう!どこ行ってたのよ!」
紀伊は宿屋の外で大芝の姿を見つけるなりに足をばたつかせながら怒鳴った。
「何時だと思ってるの!ご飯食べに行こうっていったでしょ?」
「や〜悪い、一杯引っかけるつもりがそのまま。」
大芝はまるで帰りが遅くなった父親のように紀伊の前で手をあわせて謝った。
「も〜!心配したんだからね!」
「ごめんごめん。で?双子は?」
「もう宿に戻ったよ。軌刃を見てもらいながら適宜質問を受け付けてよさを説明しようと思ってたのに。」
「はいはい。」
大芝は紀伊の言葉を聞いているのか聞いていないのか、持っていた紙袋をいじりながら返事をした。
「流すんじゃない!」
紀伊がもう一度怒鳴ると大芝はゆっくりと紙袋から何かをチラチラと見せた。
紀伊の瞳には白く丸い何かがうつる。
「そ、それ。」
大芝が持っていたのは肉まんだった。
無意識のうちに紀伊が一歩、近寄る。
けれど怒りを思い出したのか、また腰に手を当てて謝罪を求めた。
「ものでは釣られないよ。ちゃんと、謝って。」
「へえ、いらないのか。じゃあ、俺が全部食べよっと。」
「ああ、待って!食べるよ〜。」
紀伊が怒りよりも食い気に走ってきたのに気がつくと大芝は肉まんを紀伊の手に乗せて、紀伊の頬をつねった。
「なにしゅんにょ!」
「心配してくれたのか。俺のこと。」
「あちゃりまえでしょ。」
「・・・ごめんな。」
そう呟いた大芝の顔は今にも泣きそうだった。
紀伊は悲しそうにしているのが分かってながらもどう返せばよいか分からずただ頷いて肉まんにかぶりついた。
「今日の・・・美味しい。」
すると大芝は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「よし、『秋涼様の肉まん』を超えられたか?」
「まだまだ!」
「厳しいな。一体どこで買ってくるんだ。」
「それが内緒なの。」
「まあ、いいや。さてと、俺も寝るか。」
「じゃあね。軌刃。」
「・・・気をつけて。」
「うん。軌刃もね・・・・又会えるよね。」
「ああ。」
軌刃は紀伊の手を握って微笑んだ。
紀伊はそんな軌刃の胸に収まった。
「大好き。軌刃。」
「ああ、俺だって。紀伊。」
早朝、紀伊は自分でしっかり起きて自分の家族を見送った。
真壁一行は馬に乗り、出立の準備をしてくれていたが、真壁が気を利かせて、軌刃のために時間を取ってくれていた。
「さてと、行かないと。」
「・・・またね。」
「ああ。」
こんな状況で『また』という日が来るなんて分からなかった。
けれどそういいたかった。
紀伊は去ってゆく背中にひたすら手を振り続けた。




