第57話 じゃじゃ馬
朱雀国、現国王は長い髭を蓄えた温厚そうな老人で、民にも慕われていた。
「おお、よくいらした。あなた方の素性は李国の将軍殿から聞いております。あなた方があの魔物を退治をなさってくださるというのなら、こちらで必要なものを用意させましょう。」
「ありがとうございます。」
すべての受け答えをするのは所作を叩き込まれた柳糸だった。
まるで優雅ともいうべき仕草で礼を述べた。
(う〜ん、育ちのよさがでてるわ。)
紀伊は感心した後、美しく飾られた部屋を見回した。
部屋には鳳凰の金細工の施された調度品が並べられており、豊かさが伝わってきた。
そして金縁の額には一族の肖像画が描かれていた。
紀伊がそこへ引き込まれるように歩いてゆくと王は紀伊に目を留めて近づいてきた。
もしかしたら話好きな王なのかもしれない紀伊はそう思って耳を傾けることにした。
「それは私が子供のころの肖像がですな。真ん中に座っておられるのが我が祖父第七六三代国王であられる。この頃は私も幼かったが毎日とても楽しかった。」
「この中に花梨様はいらっしゃいますか?」
すると老人の眉がピクリと動いた。
「あ・・・。すいません。」
「花梨をご存知で?」
「ああ・・・あの、私、花梨様に育てていただいたんです。」
すると老王は紀伊の肩を抱いて嬉しそうに笑みを向けた。
「そうかそうか、花梨はのう。」
そして祖父王の右隣に座る妃のそばに立つ子供を指差した。
そこにいたのは少女。
今の花梨の名残の残るその少女は優しそうな笑みを浮かべていた。
「花梨は・・・生きてるだな。とうに死んだものと思っていた。花梨は皇太后の養女としてここで自分や兄たちと育った。そのころの私がこれで・・・兄が・・・これ。」
王の左に立つ男の隣には少年が二人並んでいた。
少し背の高いほうが兄、そしてその兄に少し寄るように立っているのが弟、それはすぐに分かった。
二人ともよく似たすっきりした顔をしていた。
紀伊はそのとき、何か引っかかったが王の言葉が思考をさえぎった。
「花梨はもともと祖父王の妹が大臣に嫁いだ家の孫だった。けれど・・・花梨が子供の頃、父親が魔物に殺され、母親は連れ去られた。あの頃の花梨はじゃじゃ馬で・・・。」
「花梨様がじゃじゃ馬?」
「そうだ。壁を登って城を抜け出すなんていつものことで、私を負かすほどの剣の才があった。それでも、兄との結婚が決まって女らしくはなった。」
「花梨様の結婚。」
嬉しくはない言葉だった。
その頃の相手は紀伊の大好きな秋涼ではないのだから。
(今よりも幸せだったのかなあ。)
「兄はただ真剣に花梨を愛していた。けれど花梨は兄の下から消えた。その花梨を探しに行くと去った兄もそれ以来、消えた。全てが魔城のために・・・。」
紀伊はそんな幼い頃の花梨と兄、琉陽を見くらべた。
きっと成長すれば似合いの二人になるに違いない。
(この人が魔城に殺された花梨様の旦那様。)
「なるほどね・・・。これで分かったよ。」
巳鬼はただそれだけ呟くと息をはいた。
紀伊がしんみりただ絵を見つめていると扉が開いた。
「やあ、子猫ちゃん!これは運命かな?」
(この声は!)
久しぶりに聞く声に紀伊の背筋に寒気が走った。
(な、なんでここに!)
けれどすぐに聞こえた声に紀伊は嬉しくなった。
「紀伊、ここで何してるんだ?」
(こ、この声は!)
「軌刃!」
すぐに振り向くと走り出した。
手を広げて自分を受け止めようとしている真壁を素通りし、軌刃を掴む。
すると相手は穏やかな茶色の瞳を細めた。
「なんか、魔城が大変なことになってるみたいなんだけど・・・無事そうで良かった。」
「軌刃だって元気だった?」
「ああ。元気だよ。」
お互いの顔を見つめあい抱きしめあうと二人の上から真壁が抱きしめた。
「二人とも俺の腕に永久にいればいいぞ。」
「はあ?ふざけんな!エロ王子!どけよ!」
紅雷は真壁を引き離すと、紀伊と軌刃をじっくり眺め目じりを下げた。
「お兄様って呼ばせてください!」
「ええ?何で?」
「いずれはそういう関係になるからです。」
「おい!ふざけるな。軌刃と紀伊は私のものだぞ。」
押しのけあう真壁と紅雷を巳鬼はさらに強く押しのけた。
そして軌刃の顎を両手で挟み、ただじっくり見つめる。
「ほう、こっちは雅鬼、そっくりだ。」
「あ、あの、貴方は?」
「本当に記憶力のない兄妹だねえ。」
騒ぎあう一同にあっけにとられていた国王に柳糸が頭を下げた。
「申し訳ありません。騒がしくて。」
「いや。花梨は・・・生きているのか。」
「・・・先日までは。」
「なるほど。」
国王はもう一度肖像画を見つめた。
「私の母も花梨様に救われました。あの方は魔城で傷ついた人間を何人も救ってきこられました。」
「いつか・・・花梨にもこの国を見て欲しいな。いじめられっこだった私が王になった姿を。」
「ええ。伝えます。あの方はきっと喜ばれると思います。」




