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第50話 若人達の恋模様

紀伊が働くようになって二週間、やっと李国に到着した者達がいた。

「お前が途中で腹壊すからだろ、紀伊がもう行き過ぎてたらどうする気だよ。一生許さねえからな!」

紅雷が後ろに向かって怒鳴りつける。

後ろにいた紫奈はゲッソリしながら馬に乗っていた。

さしずめ屍と言ったところであった。

「紅雷怒らないで。ね?紫奈は私のご飯食べてくれたんだから。紫奈ありがとう。」

砂鬼の女らしい微笑に蒼白な紫奈の顔にほんの少し笑みが戻った。

そんな彼らと離れて柳糸は王都の様子を観察していた。

人々の会話の内容、警備体制からしてまだ危機意識もなく平和なようだった。

「まだ魔城の手は伸びてないな。なあ、その軍師は王宮に行けば会えるんだよな。」

柳糸が確認のため砂鬼に尋ねると、砂鬼は自信ありげに柳糸にしっかり頷いた。

「うん。いるよ。王宮に入る方法も考えてあるから大丈夫。」


今すぐにでも紀伊の居所を知りたい紅雷をなんとかなだめ、その日は紫奈の体調を考慮し、宿屋で休むことにした。

紫奈はよほど腹が痛いようで、腹に手をおいて美しい顔をゆがめ始終呻いていた。

「大丈夫?紫奈。」

砂鬼は紫奈に顔を寄せると紫奈は少し照れてはにかみながら頷いた。

「すいません、ひ弱なもので。」

「ううん、私が悪かったの。私料理は苦手だから。でも、紫奈がおいしいって言ってくれて嬉しかった。」

二人の空気をかもし出す後ろで紅雷は気を遣うこともなく腹筋をしていた。

柳糸はそんな紅雷を立たせると、砂鬼に声をかけた。

「・・・俺たち、薬買ってくるから、紫奈見ててやってくれ。」

「おい!柳糸。一人で行けよ。」

抗う紅雷を柳糸は無理矢理に連れて外に出ようとすると面倒くさそうに文句を言い続けた。

「いいから、来いよ。」

柳糸はそのまま、部屋から出ると紅雷に囁いた。

「馬鹿だな、お前。二人きりにさせてやれよ。紫奈がせっかく無理してあんな異臭のするもん喰ったんだぞ。あいつ格好つけだからな。」

「ああ、なるほど。俺見た瞬間、無理って思ったもん、だって、魚の煮物って、醤油の中で魚が瀕死だっただけじゃん。」

「確かに。紫奈はあれ、全部平らげたからな。よくやるよ。」

柳糸たちは目を合わせて頷きあうと宿の横の道を曲がった。

紅雷は面白そうに部屋を見上げると何か思いついたのか、口の端を持ち上げた。

そして宿屋の庭の木を指差した。

「覗いてようぜ。」

「お前も悪い奴だな。ま、俺もか。」

そう言うと柳糸と紅雷は宿屋の外の木によじ登り中の様子を観察した。


中では心配そうな砂鬼と、苦しそうな紫奈がちゃんと存在していた。

「ねえ、紫奈。苦しい?私すごく心配。」

二人の耳に自分を可愛く見せようとしている言葉が聞こえた。

「大丈夫ですよ。心配しないで下さい。」

紫奈は冷や汗をかきながら腹を押さえて砂鬼に答える。

「明日動けそう?もし無理なら・・・。」

「一晩寝れば治りますから、心配しないで。」

紫奈はいつものように笑顔を浮かべたが額には脂汗が滲んでいた。

「ねえ、紫奈おまじないしてあげる。」

「おまじない?私、そういうものはあんなに信じてはいないのですが。」

「じゃあ、私の治したいって気持ちを信じて。」

優しく頬えむ砂鬼を見て紫奈は少し顔を赤らめた。

砂鬼は顔を紫奈の顔をぎりぎりのところまで近づけて少し躊躇うような仕草を見せた。

「ね?おまじない。」

そう囁いた後、砂鬼の潤った唇が紫奈の少し乾いた唇に触れる。

外の二人は手を叩いて喜び、紫奈は目を開いたまま止まっていた。

「年上も・・・好きだけど。私年下の男の子のほうが大好きなの。ねえ、紫奈、私のこと好き?」

紫奈は砂鬼の顔を見て声すら出せず何度も何度もただ瞬きをしていた。

「紫奈は探してる女の子が好きなの?私じゃ、その子超えられない?」

砂鬼の指は紫奈の腹から胸元へと伸びてゆく。

紫奈はそんな魅惑的な指の動きを感じつつ、必死に頭をふった。

「あの、さっちゃんはすごく魅力的だし、あの、あの、それにかわいいし。」

「じゃあ、私を恋人にして?」

紫奈が生唾を飲み込むのが分った。

「だめ?」

下から見上げられて紫奈は真っ赤になっていた。

尚も砂鬼は紫奈をいたぶるように紫奈の長い黒髪を愛しそうに撫でる。

「私は紫奈が大好き。紫奈が私のことちょっとでも好きなら、今度は紫奈から接吻して。」

そう言うと砂鬼は紫奈の目の前で目を閉じる。

紫奈はまた、そして外にいる二人も生唾を飲み込んだ。

紫奈は固く目を閉じ、そして恥ずかしそうに顔を真っ赤にして砂鬼の唇に接吻すると、砂鬼は嬉しそうに紫奈に抱きついた。

「紫奈、だ〜いすき。」

「さっちゃん。」

「私、これから紫奈のこと離さないからね。別れないからね。紫奈も何があっても私のこと捨てちゃダメだよ!」

「ええ。何があっても。」

緊張しつつ砂鬼を抱きしめ返した紫奈の一部始終を見ていた柳糸と紅雷は顔を見合わせ木から飛び降り、どちらがいうこともなくからかってやろうと部屋へ走り込んだ。

紫奈と砂鬼は足音に気が付き離れたのかお互い背を向けて座っていた。

「ごめん、薬屋閉まってた。」

紅雷がそう言うと、紫奈は腹が痛かったことを思い出したようで、布団の上に寝ころび、又呻いた。

柳糸と紅雷は意地悪そうに笑い柳糸はそんな紫奈の腹を叩いた。

「叩かないで下さい、痛い。」

「はいはい。」


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