第48話 紀伊のちょっとしたお仕事
大芝は夕方前に王都の中心部に一軒家を借りてきた。
前住んでいた人がここで惨殺されていたらしく、好立地だというのに誰も借り手がつかず、ただ同然で借りることが出来たという。
その夜、紀伊達はその家に行ってみた。
血の跡などは無く、綺麗なものだったが、巳鬼曰く異様な気が漂っているということだった。
二階の見渡しの良さそうな部屋は巳鬼と時鬼が取り、紀伊は一階の右の部屋を取った。
「のぞかないでよね。」
「どうしようかな。でも、夜覗いたらせっせとほっぺたに饅頭つけてたら怖いな。」
「はあ〜?」
小さいながらも台所と居間をはさんだ向こうの部屋が大芝の部屋だった。
紀伊達はさほどない荷物を置くと自然と居間に集まった。
「私は薬売りをする、まじないも出来るからな。まあ手始めに年寄りの所にでも行くか。薬を高値で売りつけてやる。」
「年寄りは年寄りの相手か。」
大芝がぽつりと呟くと巳鬼が側にあった箸で思いっきり大芝の眉間を刺した。
「いってええ!」
大芝が叫ぶと巳鬼は鼻で笑い大芝にある言葉を吐き捨てた。
「天罰だ。」
紀伊と時鬼は顔を見合わせ、この女に怖れをなした。
大芝はその後もしばらく痛がり眉間を人差し指で撫でていたが、結局小さなこぶをつくることになった。
「で?紀伊は、どうやって路銀を稼ぐつもりだ?」
「ん、とにかく何か働けるところ捜します。」
「当たり前だ、働かざるもの食うべからず!若人は働け。」
厳しい口調で言い放った後、右にいた愛する男には優しい笑みを向けた。
「ねえ、あなたは?貴方の分ぐらい稼ぐわよ。」
「え?あ、いや。俺と大芝はどこかの用心棒でもするさ。な、青年。働かざるものなあ。」
「あ、ええ、そうですね。」
紀伊は王都で一番の繁華街を歩いていた。
歩いて半日、足はもう石になりそうだった。
求人広告はこれまで色々あったが、紀伊の目を惹くものはこれといってなかった。
「何か、いいの、ないかなあ?」
一体、どれぐらいが相場で、どれが怪しくない仕事かもわからない。
そう思うと妙に慎重にならざるを得なかった。
けれど紀伊はある高級そうな店の前で目を留めた。
紀伊が惹かれたのは金額でも制服でもない。
仕事の内容だった。
「歌い手、募集・・・か。よし!」
紀伊はその店に勇み足で入っていった。
店の中は窓すら開いておらず薄暗く微かなろうそくが数本灯っているだけで、全景がよく見えなかった。
そんな暗い部屋の中で背の高い椅子に女が座っているのが見えた。
「あの・・・。」
紀伊は雰囲気に飲まれ次第に小さくなってしまった。
大人の店にはいるのは生まれて初めてだった。
「何や?まだ開店前なんやけど?」
女は愛想を振りまくこともなく紀伊を断ろうとした。
「あの、私ここで働かせて貰えないかと思って・・・。」
「あんたは?」
三十代中頃の女性が紀伊の顔をぶしつけにじろじろと見る。
すぐに紀伊の容姿が気に入ったようだった。
そのせいか、紀伊に対する態度は少し好意的なものになった。
「歌いたくて。」
「あんた、歌は歌えるんか?」
紀伊は頷き、女の顔を見る。
すると女は顎で舞台を指した。
「え?」
「歌うてみい。」
「ん?なんておっしゃいました?」
「歌ってみて。」
「あ、もう早速ですか。」
紀伊は舞台に上ると、礼をして、平争で歌った歌口ずさんだ。
はじめは斜に構えていた女だったが、次第に口を開いて煙管を下に落とし、最後にはただ目を細め紀伊の歌に聞きほれていた。
紀伊が歌い終わり舞台から降りると、女は舞台まで駆け寄ってきた。
はじめの扱いとは全てが変わっていた。
「あんた、完璧や。すごいわ。採用や、採用。ほな、明日からよろしくな!」
女は紀伊の手を取ると興奮しながら、訛り混じりにまくし立てた。
その女はいつまでも頬をほてらせながら、紀伊を褒め続けた。
紀伊はこの店が高級官僚御用達の店であることに全く気が付かず、働くことになったのである。




