第40話 年上の女
「なあ、紫奈。あれ紀伊じゃねえの?」
紅雷は玄武国の往来を歩きながら前の茶色い髪の人物を見て相方の袖を掴み、掴まれた紫奈もまたその名前に反応してすぐに紅雷の視線の先へと目を向けた。
そこにあるのは茶色の長いまっすぐの髪。
二人が触れたくてたまらないものだった。
「そうみたいですね。」
二人は見慣れた色を見つけお互いを見合わせ嬉しそうに笑うと、走ってその細い背中を追いかけた。
「紀伊!」
「やっと遇えた!」
後ろから目当ての人物の肩に手を置くと、置かれた相手が驚いたように振り返った。
紀伊がいつも身につけているよりも女らしい百合の刺繍が施された桃色の裳。
紀伊よりも薄いけれど水水しく潤った唇。
そして紀伊よりも長いまつげが影を落とすその瞳は魔城の二人を捕らえていた。
「え?何?」
全くの別人だった。
自分から声をかけたくせに間違え口を尖らした紅雷の代わりに、紫奈が慌てて頭を下げた。
「すみません。間違いました。」
「あ、うん。いいけど。」
声をかけられた女は巻いた髪を少し弄んでから、途方にくれている二人に声をかけた。
「今、鬼伊って言った?鬼伊って鬼族のこと?」
「紀伊を知ってんのか?」
紅雷は慌てて女の腕を掴むと、女は紅雷よりも強い力で腕をはがした。
茶色の瞳が二人の姿を捉える。
「ねえ、あんた達見るからに魔城の人だよね。」
そしてその内容に紫奈と紅雷は顔を見合わせた。
そんな言葉を返されるとは思っていなかったからだ。
「魔城が鬼族探してどうするの?又、殺すの?」
「違う!俺たちは紀伊っていう可愛い奴を探してるんだ!紀伊はいつか俺の可愛い嫁さんになるんだからな。」
「はあ?それはいつですか?君、馬鹿じゃないんですか?紀伊が君みたいな馬鹿相手にするわけないじゃないですか。」
「紫奈!もう一回言ってみろ!この馬鹿が。」
例のごとくもめようとした二人を女は首を傾げてみていたが、突然二人の間に入った。
「あんた達旅してんの?鬼伊っていう子探してんの?その子あんたたちの何?」
「俺の未来の嫁さんだ!」
「だから勝手なことを言わないで下さい!紀伊は私の!」
「鬼伊って聞いたことない名前だなあ。何色の竜使うの?」
「え?竜?」
「紀伊が竜?知りません。」
「何だ。」
女は呆れたように二人を見ると二人がさらに怒る言葉を吐いた。
「好きなこのこと何にも知らないんじゃない。だめだめ。そういうの。」
女は髪をもう一度弄んだ。
二人を見つめる瞳は試すものだった。
「好きな子のことは全部知っとかなきゃ。・・・まあ、おいで。ここじゃなんだからね。」
女は唖然としている二人に一度首をすくめて可愛く笑うと両手で掴み引きずった。
女とは思えないあまりの力に成すすべなく紅雷と紫奈は歩きながら顔を見合わせる。
「何だよ、離せよ!このくそババア!」
女はその言葉に過剰に反応し振り向いた。
瞳には殺意すら浮かべて。
「私の聴き間違いかなあ?・・・殺すよ。」
「い、いえ。」
「あの、貴方は。」
紫奈が丁重に尋ねると女は優しく微笑んだ。
「ん?私?鬼族だよ?」
「鬼族!」
二人の素っ頓狂な声に女は耳を押さえながら片目を閉じて見せた。
玄武国は年中雪が降るため、空はいつも灰色で人々は肌を出すこともなく分厚い外套を羽織り、足早に歩いてゆく。
どこか寂しい、けれどその雪が美しい街だった。
「さっみい。ちょっと、早くあっためてくれよ!」
女の部屋に入ると紅雷が叫んだ。
部屋の中でも吐いた息は白くなった。
「はいはい、待ってね。今暖房つけるから。」
女は手際よく隅においていた薪を暖炉に放り込んだ。
しかしすぐに部屋が暖まるわけも無く、三人は暖炉の前に外套を着たまま座り込んだ。
「で、紀伊って子を捜してるの?その子、鬼族なんだよね。」
「ええ、鬼族で今、一六歳です。」
「へえ、そんな子が生きてるんだ。会ったことないねえ。」
女は鬼族を思い出しているようだった。
「雅鬼って言う人の子供なんだけど。」
けれど紅雷の言葉を聞いて女の顔は明るくなった。
その笑顔はまるで自分達と同世代の女の子の微笑だった。
「じゃあ、雅鬼と忠鬼の子ってこと?ウソ!ホントに?私、幼馴染なんだよ!そりゃあ、あんなに仲良かったらねえ。ああ、何か嬉しいな。」
「あの。この辺に他の鬼族の方は?」
「李国にいるよ。」
「李国・・・。」
「うん、これも幼馴染なんだけど李国で軍師してる。あんたたちそこに行くの?」
「行く当てもないし・・・。紀伊を捜して行ってみます。」
紫奈の言葉に女は獲物を見つけたように笑った。
「じゃ、あたしも行こうっと。」
「え?」
女の言葉に二人が顔を見合わせる。
「鬼族に会うなんて何年ぶりかな。何着ていこうかな?あんた達アレできるんでしょアレ。瞬間移動。」
女の言葉に二人は黙りこんだ。
「まさか出来ないの?あんたたちまだお子ちゃま?」
「何かムカツク。」
紅雷が呟くと女は笑った。
「まあ、いいや。私は砂鬼ね。さっちゃんって呼んで。」
「もしかして・・・本当の本当に一緒に?」
紫奈が尋ねると砂鬼はニコッと笑った。
「何か文句ある?」
「い、いえ。」
二人は殺気に押され首を振った。




