第4話 年長者の辛いところ
窓から光が差し込み、朝だと認識すると紀伊は体を起こした。
一睡もできなかった。
それはずっと思い描いていた父の国、平争を訪れる緊張と、初めてこの国をでて、人と接するという高揚感からだった。
顔を洗い、鏡で自分の顔を見る。
くるくる動く茶色の目、腰まで伸びた茶色の髪、白い肌。
それは美しい姿と言って過言ではない。
ただ、この美しい者ばかりのこの場所で紀伊は異質だった。
神がかり的な美しさをもった住人達よりも紀伊のほうが人間に近い美しさを持っていた。
そしてこの場所で生まれたものには決していない色素の薄い栗色の髪と瞳。
その違いを誰に指摘されたわけではないけれど、紀伊は物心つく頃には判別できるようになっていた。
そして物心ついたときにはここで秋涼という魔城の主の下で育てられ、遊び相手はこの城の幹部の息子たちだった。
その理由は知りたくあったが、誰も自分に教える気はないようで、自分も聞く勇気が出なかった。
そして紀伊の目下の悩みは鏡の中にあった。
「う・・・。すごいくま・・・、寝てないからな・・・。」
そう言って鏡に更に顔を寄せ、目の下をこすってみる。
「・・・仕方ない・・・。用意しよう。」
くまを取ることは諦め、昨日用意した自分の一番よそ行きの服を見る。
桃色の上着には白の鳥の刺繍が入り、その下から出る白い着物には波の白い刺繍が入っていた。
着替え終わると櫛を手に取り髪を結う。
三つ編みを作ったり、髪を巻いたりという努力の甲斐あってか、自分なりに納得の行く髪型ができた。
「うん、満点。」
紀伊は自分のできの良さについて少し悦にいりながら、鏡で角度を何度も変え姿を確認した。
張り切りすぎて、早めに用意を終えたのは良かったが、用意を整えてしまうと逆に落ち着くことができず、数日分の着替えの入った鞄を持ち上げた。
「遅れるよりはいいよね。」
今日は家から城まで作られた自分専用の道を使って歩いてゆくことにした。
昨日駆け抜けた獣道とは違い障害物こそなかったが、大回りさせられ、結局思っていたよりも遅く門へとたどり着いた。
それでも待ち合わせ数十分前の場所には当たり前の様に誰もいなかった。
「おはよう。」
門で侵入者を見張っている頭が三つある巨大な犬に声をかけるとキュンキュンと鼻を寄せてくる。
「いつもご苦労様、えっ?今日はどうしたって。」
笑いながら犬を撫で、犬と会話を始める。
しかし会話が成り立つわけもなく、ただ紀伊の言っていることをおとなしく犬が聞いているだけ。
「なんと人間の国に行くのよ!いいでしょう?」
犬は話の内容など関係なく気持ちよさそうに巨体をひっくり返して腹を見せた。
紀伊はそんな腹を撫で回しながら、彼方の人間の世界に意識を送った。
「見てみたいなあ。早く行きたい。」
「おはよう。」
後ろから元気の落ち着いた声がかかった。
紀伊は暫くぶりに聞いたその声に振り返った。
「あれ、柳糸?」
後ろに立っていた男は白いこざっぱりした袍を着て大きな荷物を持っていた。
紀伊はその大荷物に目を留めた。
「行くの?」
紀伊が尋ねると柳糸は優しそうな綺麗な目細めて穏やかに笑った。
「自分が行かないと、出仕して一日目の子どもたちを他国に送ることになるからね。」
「二つしか変わらないじゃない。あ、そうか若手の外務官って柳糸?ちゃんと仕事できるのお?」
「まあ、経験が浅いとはいえ、俺だって外務官だからね。やるときはやるさ。それに今から始まるのは外交だ、遊びじゃないからな。失礼があってはいけないんだよ。」
「失礼なんてしないもん。」
口答えすると柳糸は気を悪くすることもなく穏やかな笑みをただ浮かべて紀伊の頭を撫でた。
「分かった、分かった。早いもんだな。紀伊ももう一六だもんな。」
「そうだよ、もう一六。大人なの。」
柳糸はまだまだ子供だと思う紀伊が大人だと言い張ったのを聞いて、さらに顔を崩した。
「はよ。」
その二人の後ろから荷物を肩からかけ紅雷が大あくびをしながら現れた。
「あれ?柳糸?」
紅雷は不思議そうに柳糸の顔を見る。
「おはようございます。今日はよろしくお願い・・・おや、柳糸。」
「よう、紫奈。お前今日最後な!」
「はあ?ちゃんと時間より前にきているじゃありませんか!」
「まあ、そんなことはいいんだけどな。何だあ?もしかして柳糸が頼りないから、俺たちまでかり出されたのか。」
柳糸は苛ついた様子を見せることなく、紅雷を指差した。
「な、何だよ!」
「一番心配なのは、お前だ。」
「はあ?」
紅雷は声を上げて心外だと言う顔をした。
「う〜ん。確かに。紅雷かも。」
「ですね。」
紀伊と紫奈が賛同する横で紅雷は口を尖らせた。
「舐めんなよ!お前ら!」
「いいか、紅雷、紀伊、紫奈、仕事ってこと忘れるなよ。失敗すれば関係を構築するのに何年かかると思う?『陰』の印象から『陽』に変えるのはとても難しいことなんだからな。」
三人は年上の言葉を半分流しながら聞いて、終わったと同時に顔を見合わせた。
「爺臭くなったね。柳糸。」
「まあ、確かに私達に比べれば爺ですからね。」
「ちょっと年が上だからって、偉そうに言いやがってよ。」
裏でコソコソ言い合う紀伊たち三人を見て柳糸はため息をついた。
「年上とは気苦労の絶えぬもの。」
「紫醒様。」
柳糸の声に紀伊は姿勢を正した。
「揃ってるな。さて、いこうか・・・。」
四人はその言葉に表情を引き締めて頷く。
そして紫醒は四人を連れて一瞬にして門から消えた。




