第38話 悲しい瞳
「大芝。私・・・。」
「紀伊の言いたいことは、分かってるよ。」
大芝はそう言うと紀伊の方に振り返った。
紀伊の大きな瞳からはとめどなく涙が落ちてゆく、それを大芝には見られたくなくて背中を見せて涙を拭いた。
「もう泣くなよ。」
「だって魔城の人たちは!」
反論しようとすると、大芝に引き寄せられた。
その強い腕の力のせいで簡単に紀伊の体は大芝の腕の中へと入っていた。
「俺は分ったから。」
「何を?」
紀伊は鼻水をすすりながら、問い返した。
「魔城にいる者が家族なんだろ?お前は秋涼って奴と花梨に育てられたんだろ?」
紀伊は静かに頷いた。
「お前にとってあの・・・秋涼って奴が父親で、花梨が母親で、ちゃんと育てられたからお前はこんなにまっすぐ育った。見てれば分かるよ。お前がどれだけ愛されてるか、愛してきたか。」
大芝の手は紀伊の背中をゆっくり規則正しく叩いてくれる。
紀伊は大芝の胸の中で泣き続けた。
大芝がつむぐその一言一言が故郷への思いを掻き立てた。
「家族に手紙書いちゃいけないなんてことはない。書ける相手がいる。それって大事なことだから。」
それでも涙を落とす紀伊の頬を大芝はつまんだ。
「よし、紀伊、腹減ったろ、何か食いに行こうぜ。」
(気を遣ってくれてるのかな。)
紀伊は大芝の言葉に涙で濡れた頬を手の甲で何度もぬぐって、頭を縦に振った。
「何食いたい?青龍国の名物巡りするか。」
「うん。する。」
「じゃ、行くぞ!」
大芝は紀伊の手をぐいぐいと引いて前を歩いてゆく。
紀伊は早足でその背中を追いかけながら、大芝という人間に感謝をした。
通りすがりに肉まんを買った。
それは久し振りに口にするものだったが、記憶にあるいつも秋涼の買ってきてくれる肉まんが一番美味しく感じた。
(秋涼様あ。)
また魔城の事を思い出した紀伊の目から涙が出てきた。
「何だよ、泣くなって。ほら、俺のもやるから。」
紀伊は肉まんを差し出され、泣きながら笑う。
「そんなに食べないよ。」
「そっか?ああ、もうほっぺに二つも入ってるもんな。」
そう言うと大芝も笑った。
紀伊はそのままただ大芝のことを見ていた。
(はじめは私のことを敵視したのに、今はこうして慰めてくれてる。私もあんなに大芝といるのが嫌だったのに・・・。)
「紀伊は羨ましいよ。紀伊のこと考えてくれる人がたくさんいて。俺は・・・。」
紀伊と目を合わせた大芝は声を詰まらせた。
大芝はどこから見てもさわやかな青年だった。
鍛えられた肉体に、美しすぎることはないが、人に好印象を持たせる綺麗な二重。
しかしそんな瞳の奥にはいつも何か悲しそうな物を持っていた。
その瞳を見るとどこか自分の中も寂しくなった。
紀伊は大芝の力になりたくて手を取って語りかけた。
「私、裏切らないよ。私は大芝から見れば魔物かも知れないけど、でもいっぱしの正義感は持ってるよ。」
「もう魔物なんて思ってないよ。紀伊は紀伊。他に何者でもないだろ?」
そう笑った大芝の顔はいつも見る秋涼よりも優しい顔で、紀伊はそんな相手に心からの笑顔を向けた。
「大芝、ありがとう。すっごくうれしい。」




