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第3話 初めてのお仕事

「遅刻だ!」

紀伊は走って家を飛び出した。

目的地は魔城。

自分のためだけに作られた家から魔城への道など通らずに鬱そうと生い茂る林を突っ切ると魔城の門はもう目の前だった。

「よし、間に合いそう!おはよう。」

門を守る三つの首を持つ人を喰らう犬を軽く撫で、更に走る。

廊下を走り抜ける最中、目が三つある耳のとがった侍女に走るなと言われたが、そんな命令聞くわけにはいかなかった。

止まらず走り続け、大きな門の前に手をついた。

「ふう、間に合った。」

すると誰かが自分の手を掴んだ。

「どけよ!俺は最後なんていやなんだよ!」

「はあ?」

紀伊の手を掴んだのは幼馴染の一人、紅雷という若者だった。

彼もまた筆舌尽くしがたいほどの美しい顔をしていたが、彼を印象付けるのはなんと言っても眼だった。

人を吸い寄せてしまいそうなほど、目じりの上がった瞳に強い力を持っていた。

「って!どけ!遅刻する!」

「嫌!私だって最後は嫌なんだから!どいてどいて!大体私のほうが先に来てたでしょ!」

「同時だ!同時!」

二人でののしりあいながら扉を開けて我に帰った。

多くの目が自分たちを見つめていた。

二人は先に来ていた紫奈の横に慌てて並んだ。

「ぎりぎりだな。」

魔王、秋涼は優しげな笑みを浮かべて黄金の王座に頬杖をついて笑っていた。

紀伊は走ったせいでグシャグシャになった前髪をなでつけ、黄色い服についた木の葉を払い落とすと軽く膝を曲げながら頭を下げるという形式的な挨拶をした。

しかしその後いつもの会話の口調で語りかけた。

「ごめんなさい・・・。昨日興奮して眠れなくて・・・。」

「怖い夢は見なかったか?」

「それは大丈夫よ。」

「やはり家に・・・。」

主の意識が横道にそれたことを確認すると紫醒は咳払いをひとつした。

すると主は言葉を飲み込み、王としての顔に戻り三人を見下ろした。

「本日よりお前たちは正式なこの国の一員となる。紫奈はと紅雷はこれからあふれ出る魔力を自分たちで御し、ある時はこの国の盾、ある時は刃となりこの国の繁栄のために力を振るって欲しい。そして紀伊、お前には魔城の楽師として、喜びの少ないこの場所に光と安らぎを提供して欲しい。」

三人はいつもよりも王らしい王の姿に少し敬意というものを払っていた。

そしてそれ以上にやっと自分たちが子供という一括りの集合体からこの国の一人の存在として認められたことを喜んでいた。

「でだ。」

秋涼の顔にいつもの子供っぽさが戻る。

三人も顔を崩した。

「いきなりで悪いが、平争(へいそう)の国に行ってきて欲しい。」

本当にいきなりのことで、三人は不思議そうな顔をして王をポカンと見ていた。

自分たちが自分達だけで国外へでたことは今まで一度としてなかったからだ。

「何、簡単なことだ。平争に行ってくる。それだけだ。」 秋涼は最低限のことしか言わず話を終えた。

しかし三人の顔にはいまだ疑問詞が浮かんでいる。

それを理解してか、王座の前に並んでいる幹部達の中で、外務事項を担当している尚浴(しょうよく)が口を出した。

いつも笑みを浮かべ、悠々自適に一人身を楽しむ彼は紀伊達によく変わった土産を買ってきてくれる人間だと認識されていた。

「書状を届けるだけなんだ。本来なら外務官の俺が行くべきなんだけど、生憎その日は時空城の城主殿と会う予定があって行くことができないんだ。だから若手の外務官に行ってもらおうと思うんだけど、折角だったら紀伊ちゃんの歌声を他の国の人にも聞かせてやれば良いって秋涼様がお考えになってさ。」

「要は歌姫と、その護衛だ。」

紅雷の父、黒雷(こくらい)が冷たい口調でそう言った。

紫奈の父の紫端(したん)がその隣で腕を組みながら頷いた。

「国境までは紫醒兄上が送ってくれるそうだよ〜。よかったねえ。」

「出立は明日の朝、集合場所は門の前だ。遅刻するなよ。お前ら。」

秋涼は三人の兄のように優しく笑うとその場から消えた。

それを見て、各幹部たちも次々に姿を消していった。


「急な話だな。」

紅雷は暗闇の廊下を歩きながら言う。

その後ろをゆっくり紀伊と紫奈が歩いていた。

「荷物ほどいてないのに・・・。あれ今から解くのかあ。」

「でもこれが私達の初めての仕事なんですよ、頑張らないと。二人とも遅刻、しないでください。」

紫奈から出たまともな言葉に紀伊と紅雷は顔を見合わせた。

その気配を感じたのか紫奈は咳払いをしその場から消えた。

紅雷と二人になると紀伊は平争と聞いた瞬間から気になっていた言葉を口にした。

「平争はお父さんのいた国なんだよね。」

「そうなのか・・・。」

二人は闇の廊下を抜け魔城の庭に行く。

飾ってあるものは悪魔の石像や、苦痛にゆがんだ人間の顔ばかり。

それは前の魔王である秋涼の父親に石にされた者たちだった。

ここは魔城の者でも忌み嫌い足を踏み入れない、その為幼い頃から紀伊や紅雷とっては良い隠れ場所だった。

「お父さんは平争で兵隊をしていたって、花梨様に聞いたの。」

ゆっくり歩きながら、少し寂しそうに、しかし愛しそうな顔で呟く。

「でも、お母さんと死んじゃった・・・。」

「お前の母さんの話は、うちの母親からも聞いたことがあるよ、あの声は誰にも出せないって、天才的な歌姫だったって。」

紅雷も視線を少し落として自分の母から聞いた記憶を呼び覚まそうとしていた。

そんな紅雷の前に紀伊は立つと紅雷の腕を掴んだ。

「だからね、平争に行けば何か分かるかも知れない。何でお父さんとお母さんが死んで私がここに来たのかとか!」

その目には強い意志が宿っていた。

紅雷はそんな真剣な紀伊の目を見て顔を赤らめるとポンと紀伊の肩を叩き廊下の方へ歩いていった。

「俺、手伝うからさ。」

そう言って紀伊を一人残して庭から出て行った。

紀伊はそのままそこに座り込むと、思い出そうとしても決して思い出すことのできない両親に思いを馳せた。


その夜、紀伊は箱をひっくり返しては旅行用の荷物を作っていた。 平争に行かなければならない。

何故かそんな気がした。

忘れてる何かがある。

それは自分の大切な何か。

忘れていてはいけない何かだった。




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