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第29話 大人(?)の会話

「ねえ、ねえ、こくりん!こうちゃんから、旅にでるって言われて反対した?」

「別に。」

黒雷は部屋で目を閉じていた。

目の前では紫端が寝転んで足をばたつかせていた。

「うちのなっちは、僕が反対してもでて行っちゃったんだあ、さんざん泣き叫んで暴れたのにさあ!誰に似たのかな?」

「妻じゃないのか?出て行ったことあったろ。お前に愛想つかして。」

「ぶ〜ぶ〜。あれは昔の話です〜。いいなあ、霜月のとこの柳ちゃんは、すれたところがなくてさあ。」

「育ちがいいからな。」

霜月は秋涼相手に碁を打っていた。

秋涼は上の空だった。

「はあ、紀伊は今どの変にいるのか、なあ、尚浴。」

「五分前にも同じ質問を聞きましたが・・・まあ、そろそろ鬼族の村へついた頃でしょう?私は行ったことはありませんが・・・。」

そういうと尚浴は窓で外を見ていた紫醒に目を遣った。

彼だけは会話に寄ることはなくただぼんやりしていた。

「めんどうだねえ。馬なんかでいくなんてさあ。僕たちなら魔法で一瞬。でもそんなところ数日かけちゃうんだから。きぃちゃんも、なっちといけば良かったのに。ねえ、こくりん。」

「それでは紀伊が成長できないだろう?」

秋涼のやせ我慢の言葉に呟いたのは紫醒だった。

「・・・けれど一人で行かせて・・・魔城を憎んでいる様々な者から話を聞けばどうなる。魔城を憎むようになるかもしれん。あの子の親を殺したのは我々の親世代だ。非情に殺しつくしたのだ、あの頃。憎まずとも花梨様や透影のように心に暗い影を落としてしまうかもしれない。あの子の母親のように。」

「兄上。兄上も・・・あの時心に傷を負ったから。辛いよね、目の前で好きな人が死んじゃうってさ・・・。それもきいちゃんみたいなかわいい子残して。」

紫端は起き上がると兄、紫醒の様子を窺っていた。

秋涼はただ花梨へと思いを馳せた。

扉が叩かれ全員が顔を上げる。

入ってきたのは年若い外務官、柳糸だった。

「おや、幹部の皆さん、ここにお集まりでしたか。」

「どうした?柳糸。」

霜月の言葉に柳糸は頭を下げた。

「先ほど、人間の商人の一行がここへつきました。」

「そうか。良くたどり着けたものだな。」

黒雷の言葉に柳糸は顔を緩めた。

「どうやら、紀伊が噛んでるみたいです。話を聞こうと思うのですが・・・。」

その言葉を聞くと一様に暗い表情をしていた皆の顔色がかわった。



「ここだ。」

紀伊は馬を下りた。

村の風景は目に入るとどこか懐かしいように思えた。

村のそばにそびえる山には注連縄がまるで何かを封じるように、そしてその注連縄自体がまるで竜であるかのようにとぐろを巻くように山を包んでいた。

「もう・・・何も、無いのか?」

「うん、滅ぼされちゃったの。」

「魔城にか?」

「うん。」

紀伊は頷くと、村を歩いてみた。

家は数年風雨にさらされ原型を留めていないものもあったが、紀伊は一つの家に目を留めた。

「ここだ。」

そう呟くと大芝の方を見る。

大芝は大股で紀伊の側に歩いてくると家に目を遣った。

木造の家の扉は開いたままだった。

紀伊はその扉に触れると家に一歩足を踏み入れた。

同時に少し昔のことを思い出した。

母がいつも立ってた台所には今はもう蜘蛛の巣がはっていた。

軌刃といつも人形で遊んでいた囲炉裏の前。

もう床が抜け落ちてしまっていた。

紀伊は家に上がり、まだ形状の残していた床を踏んでみた。

ミシッと鳴ったかと思うとすぐに床が抜けたが、紀伊は大芝に抱き上げられていた。

「大丈夫か?」

「うん。ありがとう。」

大芝の顔は心なしか心配そうな顔になっていた。

大芝は紀伊を床に降ろすと、周りを見た。

家は既に傾きかけていた。

「崩れそうだな・・・。出るか。」

「あ・・・。うん。」

家から出る時に見える畑では父がいつも畑を耕していた。

もうその時の家族の顔はぼやけて思い出せなかった。

ただ毎日の思い出はどこからともなく目の前に現れては消えていった。

「ねえ、大芝。どうして記憶ってなくなっちゃうんだろう。忘れたくないことはいっぱいあるのに。お父さんとお母さんの顔も思い出せないよ。」

(思い出したい。)

紀伊の目からは涙が溢れた。

大芝は紀伊のそんな涙を拭いてやった、しかし涙は止めどなく溢れた。

「泣くなよ。」

「ごめん・・・。」

「・・・記憶はなくなるんじゃない。紀伊の中で生きてるんだ。」

「え?」

「思い出せなくなっているのも記憶が紀伊の中で生きていて働いているから、忙しくて顔を出せないんだ。」

「何それ、訳わかんない。」

大芝は笑みを浮かべた。

「記憶達は一生懸命働いてるんだ、紀伊を幸せにするために。記憶に休みが取れたら紀伊のまた頭の中に出てくるさ。」

紀伊は自分の頭の中で働き続けている小さなものをを想像して笑った。

「それに俺は・・・そうなってて欲しい。」

「え?」

「俺が死んで、残された大切な人のどこか片隅でもいい一部になっていられたら・・・それは俺が幸せなんだ。」

「大芝・・・。どうしたの?」

「何か、柄にもないこと言ったな!」

大芝は照れたのか紀伊の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

お父さんとお母さんの記憶は私の中で生きてる。そう思えば紀伊の心の中が温かくなった。

「ありがとう大芝、あなた結構良い奴ね。」

大芝は紀伊の顔を見て笑った。

紀伊は大芝に対しての評価をほんの少しだけあげてやることにした。

その夜は大芝の側で眠った。

紀伊としては初めて警戒心を解いて眠ることができた。

しかし大芝にしてみればいつにもまして、何の警戒心もない紀伊の寝姿に自分の警戒を解くことができず、ただ横になっただけであった。


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