第28話 サンサンさん
それから三日、男はかなり後ろからついてきていた。
彼のおかげで寂しいという気持ちはなくなっていたのだが、敵対心だけは燃えていた。
男はたまにおもちゃで遊ぶように声をかけ、紀伊の神経を逆撫でまた距離を置いて馬に乗っていた。
しばらく進むと小さな魔物が手に木の実を持って歩いていた。
「おや、紀伊様。」
紀伊にはこの魔物に見覚えがあった。
確か、少し前まで魔城の掃除係をしていた秋涼の作った魔物だった。
「えっと、サンサンさん。」
ややこしい名前を呼ぶと、豚の顔に、黒い体を持った二足歩行の生き物は嬉しそうに鼻を鳴らした。
「お久しぶりです。」
二人で会話をしていると、男も仲間に入ってきた。
「何、こいつ。」
そう言うと黒い小さなしっぽを引っ張る。
「ブギイ。」
サンサンは悲鳴を聞いて紀伊はすぐに離させた。
「何ですか。こいつは。」
サンサンは怒ったが、紀伊はそんなサンサンをなだめた。
「こんな馬鹿は放っておきましょう。私も手に負えないの。」
「しかし、あなたのような方がこんな所で何を?いつもの方々は?」
「私一人で旅に出たの。自分の力だけで行こうと思って。」
「そうですか。」
サンサンは鼻をヒクヒクさせた。
「どうです、今日は私の家にお泊まりになっては?すぐそこですから。」
「行く、行く。」
紀伊と男の声が重なった。
二人は顔を見合わせ、笑みを浮かべる男の横で紀伊は忌々しそうにそっぽを向いた。
サンサンの家は木の上にあった。
木で作られた家は多少小さかったが掃除係ということもあってか清潔にしてあった。
「紀伊様。何かお夕食をお持ちしますので、待っていて下さいね。」
そういうとサンサンは小屋から出て行った。
「紀伊って言うのか?」
男が唐突に訊いてくる。
紀伊は頷いた。
「俺は大芝。十九歳。」
「私は紀伊、まだピチピチ(・・・・)の一六歳よ。」
笑いをこらえる大芝に紀伊は口を尖らせそっぽを向いた。
サンサンはしばらくするとお粥を持って入ってきた。
「あなたのような方にこんな物がお口に合うか分かりませんが。どうぞ。」
「わあい、ありがとうサンサンさん。」
紀伊がお粥を美味しそうに食べると大芝も一口口に入れた。
サンサンはそんな二人を満足そうに見ていた。
その日は紀伊と大芝はサンサンの家に泊まることにした。
日頃の疲れもあり、紀伊はぐっすり眠ってしまっていた。
夜がふけ、森の中では野犬や狼の声が聞こえる頃、誰かが紀伊の後ろに立った。
そして月に輝く刃物を紀伊の背中へと突きたてようとした。
「お肉頂きます。」
「何してんだ。」
サンサンの体が震えた。
そろりと振り返ると大芝が立っていた。
「ブギイ。」
サンサンは驚きのあまり声をあげ包丁を持って、大芝に襲いかかった。
しかし大芝はそれをかわすと、サンサンのしっぽをつまんで壁に投げつけた。
「ブギイ!」
サンサンはのびてしまい、その場に崩れ落ちた。
「本当にこいつは、寝てる時は警戒心が全くねえな。」
そう言うと大芝は笑って紀伊の頬をつまんだ。
見ていると飽きない紀伊は、夜は必ず熟睡していた。
夜行性の魔物達は何度も紀伊を襲いに来ていたが全て大芝が成敗していたのだった。
それがどれほど騒がしくても彼女が目を覚ますことは無かった。
「お前、いつか本当に肉、食われちまうぞ?」
大芝はそんな紀伊の首元にかぶりつく振りをしたが、全くなんの気配を感じることも無い紀伊の寝顔を見て笑みを浮かべると自分も布団へと戻った。
次の朝、壁にぶつけられたサンサンの鼻は真っ赤に腫れ上がっていたが、何を言うこともなくサンサンは朝食を作り、紀伊達を丁重にもてなしてくれた。
紀伊はそんなサンサンによく礼を言うとまた旅に出た。
「ねえ、大芝さん。」
「大芝で良いよ。」
「じゃあ、大芝。」
「なんだそのいきなり見下した目は。」
大芝は噴出すと紀伊の隣に並んだ。
紀伊は何か言いたげにうつむいていた。
「お前らしくないな、言いたいことがあったら言えよ。」
「あのね、じゃあ本当のこと言うけど・・・。大芝のことは本当はすっごく厄介だと思ってるんだけど、」
「お前、いい根性してるじゃねえか。」
「でも・・・。」
「ん?」
「もうすぐ故郷に着くと思うの。そしたら私、平常心でいられなくなっちゃうと思うの。だから・・・。」
「墓参りってやつか?何で平常心でいられないんだ?」
けれど紀伊の答えは無かった。
むしろ紀伊自信、父と母の墓を目にすればどうなるかなんて分からなかった。
すると大芝は紀伊の頭に手をおいた。
「分かったよ。一緒にいてやるよ。一人で旅すると言ってもまだ十六歳の女の子だからな。可愛いもんだ。」
大芝はニヤニヤと笑った。
「馬鹿にしてるでしょ。」
紀伊は大芝の顔をのぞき込んだ。
栗色の目が大芝の顔を見つめる。大芝はその目に吸い込まれそうになり、一歩下がった。
「してないよ。態度だけは超一人前だなんて、誰も思ってないから。」
「むかつく〜!」




