第25話 魔物の領域
紀伊は先ず北へ進んだ。
尚浴に言わせると鬼族の村へは馬で八日かかるそうだ。
のんびり景色を見ながら進むことにした。
けれど魔城には平争と違い、水田など広がっていなかった。
広がっているのは森林。
それでも一本の今にも消えそうな道があった。
数年前に外務官命令で作られた通商用の道。
けれどもそんなもの使う人々はどこにもいなかった。
(魔城も色々な国の人でいっぱいになればいいのにな。せっかく土地もお金もあるんだし。)
初めのうちは外へ出るという高揚感で寂しくなどなかった。
が、四日経っても人に一人も会わないとなると世界で今自分と馬だけのような気さえした。
魔城の人々を思い出しては、自分の旅が意味の無いような物に思われてきた時だった。
人の悲鳴が聞こえた。
「人の・・・声?人がいるの?」
慌てて自分の身の丈ほど伸びた草を掻き分け道を走り出す。
悲鳴は複数だった。
(間に合えば良いけど!)
祈るような思いで走ってゆくと目の前に人が現れた。
身なりや荷物からすると商人の一行のようだった。
周りには黒い物体が取り巻いている。
「ちょっと、待ちなさい!」
紀伊は割り込むと魔物に会話しようとした。
けれど周りにいる魔物は会話の出来ない本能で動く最下級の魔物。
「倒すしかないか!」
すると紀伊の袖を誰かが掴んだ。
「ああ、娘さん。助けて、いや、あんたは逃げた方が良い。そんな若い身空で!」
絶望的な状況でも家人を守ろうとしていた年長の商人は訳が分からないといった感じであわてふためいていた。
「早く、逃げなさい。お嬢さん。」
「下がっていて下さい。」
紀伊はそう言うと自分より倍は大きい魔物にかかっていった。
「大丈夫ですか?」
全てを倒し終え、曲刀を鞘に収めながら商人に声をかけると商人は何度も何度も頷いた。
「助かりました!お嬢さん。」
「いえ。でも・・・どうしてこんなところに。」
「いえ・・・あの。この国には豊富な鉱山があるとききつけたので、取引させて頂こうと考えまして国境を越えたのですが、ずっとこの有様で・・・。店の者も半分以下に減ってしまいまして。」
商人は悲しそうに後ろを見た。
女子供が残っているだけだった。
「他の旅の方にも命を助けて頂いたのですが、その方は食料を探しにいったまま戻られず、本当に死ぬかと思いました。」
商人は深々と頭を下げた。
すると後ろにいた女子供も頭を地面につける勢いで平伏した。
紀伊は恥ずかしいやら、照れくさいやら顔を少し赤らめて、頭を掻いた。
「や、やめてください。」
「何かお礼でも。」
「そんなのいいですよ。あ、そうだ。じゃあ、今日一晩、ここでお話をさせていただいてよろしいですか?私、最近、人と会話するなんてこと久しぶりで。」
「ええ。どうぞどうぞ。」
商人は気をよく紀伊を招いていくれた。
紀伊は子供の隣に座ると子供に微笑みかけた。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
「どういたしまして。」
その夜は商人の食事に混ぜてもらい、紀伊は暫くぶりに人と過ごすことの良さを実感していた。
暫くして草を掻き分ける何かの足音がした。
人々の顔は新たなる敵に一瞬にして引きつり、子どもたちは荷物の後ろに隠れた。
紀伊は一人剣を持ち、皆の前に立った。
「皆さん無事ですか?誰も減ってはいらっしゃいませんか?」
しばらくすると魔物を引きずった男が歩いてきた。
「おや、昨日の旅の方。ご無事でしたか。」
「ええ、皆さんを見失ってしまって。」
黒い外套から見える顔はよく日焼けし、健康的な色だった。
そして男らしい精悍な顔には笑みを浮かべていた。
(ひゃあ、なんか・・・かっこいい。)
美しいものを見すぎている紀伊にとっては男らしい顔というのは新たな魅力だった。
魔物を掴んでいる筋肉の盛り上がり具合がまた魅力に思えた。
相手は暫く紀伊の顔を見つめていた。
「お前・・・。」
「え?」
紀伊が聞き返すと相手は紀伊の周りをぐるりと一周して上から下まで眺め回した。
「お前・・・いくつだ?」
「え?十六。」
「・・・やはり魔物か。お前、人間をたぶらかして喰らう気か。」
男はそう言って紀伊を見た。
商人達は魔物ときいて驚き後退ってゆく。
先ほど紀伊に微笑んでくれた子供は今にも泣きそうな顔をしていた。
(・・・皆・・・私を怖がってるの?)
そう思うと怒りよりも悲しみがこみ上げてきた。




