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第2話 養女、念願の・・・

「それ、そこに荷物置いておいて、そうっとね。」

小さい箱を持った女が重い荷物をよろけて持つ少年に指示する。

自分の体の半分ほどの箱を震える手をこらえ持ち上げていた少年はここで限界を迎えその場に落とした。

「無理!重いよ!」

ドンという音と共に荷物が落下すると女は悲鳴を上げて駆け寄った。

「そうっと、て言ったのに!馬鹿馬鹿!」

「なら、一緒に持ってよ!」

少年は怒鳴られ謝るに謝れず、箱を覗き込む女の後ろからこっそりと覗き込んだ。

「ああ、大丈夫そう、も〜う!気をつけてよね。」

紀伊は荷物の無事を確認して茶色い目を細めいたずらっ子のように無邪気に笑った。

「ったく、何だよ。手伝ってあげてんのに。で?荷物これだけ?」

幼い頃から一緒に遊んできた紀伊よりも一つ年下の黒髪の少年は疲れた顔をして尋ねる。

少年はまだ女の子のような華奢な体をしていたが、その体に滴るような汗をかいていた。

紀伊は持っていた箱をそうっと机の上に置いて、確認するように腰に手をあてて満足そうに部屋を見た。

さほど広くない一人用の住まいは、新しい石畳の上に散々迷って購入した桃色のやわらかい下敷きをしいて、低予算で収めるために中古で購入した安物の木の棚、前の家から持ち出した木の寝台、とまだそれ程整ってはいなかったが、それでも一人で暮らすという高揚感で体が疼いた。

「はあ、今日からは本当に一人暮らしなのね。」

ぐるりと部屋の中を回転して、大きな目を細めて少年へ笑顔を向けた。

「ね、(しゅう)()様。」

「何?紀伊?」

部屋の入り口でぐったり座っている少年は、これ以上仕事を増やされていることを恐れて紀伊の方を向かず声を返した。

「いいでしょ、一人暮らし!」

「うん、そうだね。」

「感情こもってない・・・。」

「紀伊、念願の一人暮らしおめでとう。」

秋矢は何も感情を込めることも無く顔だけを紀伊の方に向けて言うと袖をまくりあげた白い上着の胸元を引っ張り、風を上着の中に入れた。

「暑い・・・。」

一方、紀伊は窓枠に手をかけながら目を閉じて風を受ける。

すると紀伊の着ている桃色の裳はソヨソヨと風に揺れていた。

紀伊は静かに目を開け、外を見る。

地平線まで樹海が続き、その中にたった一つの人工物である黒い城が見えた。

「ねえ、ここ涼しいよ。それに眺めも良いし。」

「何が良いの?森しかないじゃん。」

秋矢は涼を求め這うように紀伊の隣に来て外を見て、はき捨てた。 「はあ、これだから子供は嫌なのよ。」

「なんだよ!一つしか変わらないだろう?」

秋矢が一番嫌いな言葉を言われ反論しようとした時に別の声がした。

「子供は風流なことは苦手ですから。勘弁してあげてください。」 二人は同時に玄関を見る。

長い黒髪を右で一つにゆるく結った男が立っていた。

黒い目の切れ長さが鋭利な刃物を想像させる美しい男だった。

「あっ!遅かったね。紫奈(しな)。」

「遅れて申し訳ない。」

そう言って紫奈は申し訳なさそうに頭を下げる。

「どうせお前のことだし、終わった頃を見計らってきたんだろ?(こう)(らい)はさぼりだね。」

秋矢が忌々しそうに言うと男はニコッと笑って言葉を返す。

「滅相も無い。紀伊の門出を祝いたかったんですがね、あいにく私は箸より重いものを・・・。」

紫奈が喋っているのを遮り紀伊は紫奈の持っている籠を奪い取った。

「あっ、飲み物だ、ありがとう、ちょうど喉かわいてたんだよね、飲もうよ。」

「箸より重いじゃん・・・。」

秋矢は冷えたお茶の入っている器に口を付けた。

彼の喉からはゴクゴクとおいしそうな音が聞こえた。

紀伊もその音を聞くとこらえられずゴクゴクと、一度も呼吸をすることもなく美味しそうに飲みきった。

「相当働いたんですね。」

紫奈が二人を見て微笑みながら声をかけた。

「働いたってもんじゃないよ、紀伊がお姉さん風をふかして僕のことこき使うから、一体ここと魔城を何往復したと思う。」

秋矢は、お前がさぼったから僕が働かされたと言いたかった。

だから、自分に謝れと言いたげな口調だった。

けれど、

「百往復ですか?それは大変でしたね。ありがとうございます。さすが秋矢様。今回の紀伊の一人暮らし、秋涼様が反対なさっておいででしたし、幹部が誰一人手伝っては下さらなかったですしね。よくやりました秋矢様。貴方のこのすばらしい行いは私の心に刻み込まれましたよ。」

紫奈の過剰な賛辞に秋矢の語尾は弱まった。

「・・・いや・・・、四往復だけど・・・さあ。もう、いいや。」

「はは、頑張ってますねえ。」

「もっと心込めてよ・・・。」

全く心のない乾いた紫奈の笑いに秋矢は話すことに疲れ、窓の方に行ってため息をつきながら、黒い短い髪を手でクシャッと乱した。

相手をいたぶり、勝利した紫奈は紀伊に笑顔を向ける。

「明日から魔城に出仕するんでしょう?」

「あらよく知ってるわね。そうよ、私だってあのお城で働くんだから!魔城専属楽師よ。一人で生活するためにはお金を稼がないといけないんでしょう?だから、お願いして働かせてもらうの。」

紀伊は笑いながら、部屋の中でくるりと回ってみせた。

紫奈は紀伊の嬉しそうな顔を満足そうに見つめながら、そんな紀伊の手を取って笑いかけた。

「私も、あと紅雷も明日から出仕しますよ、よろしくお願いしますね。」

一人、置いてけぼりをくらうことになる秋矢はつまらなさそうに年上の二人を見ていた。

「兄上の馬鹿。どうして僕一人だけ置いてけぼりなんだよ。」

そして異様な存在感を持つ黒い城を睨みつけた。


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