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第17話 運命の再会

紀伊は魔城の中を全力で走っていた。

定期的に現れる大使の護衛として魔城に現れる者の中に軌刃を見つけたからだ。

「軌刃さん!」

紀伊が走っていくと相手は笑顔を向けた。

「ああ、良かった。逢えて・・・。」

軌刃の笑顔に出会うことが出来、紀伊も思わず笑顔になれた。

「もう、三ヶ月も逢ってなかったから、忘れられてたらどうしようって。」

紀伊がうつむき足下の小石を蹴りながら呟くと、軌刃は紀伊の顔をのぞき込んだ。

「そんな風に見えますか?」

紀伊は思いっきり首を振ってから軌刃の持っているご大層な封筒に目をつけた。そこには美しい字で「仔猫ちゃんへ」と書いてあった。

「これですか?ごらんの通り真壁様から・・・返事を必ず貰ってこいとのことです。」

紀伊は受け取ると口を尖らせた。

頭の中であの気持ち悪い感覚がよみがえってきた。

「適当に何か書いて下さい。持って帰りますから。何なら俺が書きましょうか?」

軌刃があんまり真剣な顔で言うので紀伊は吹き出した。

一方、軌刃は吹き出した原因が分からず、首をかしげた。

「分かりました。書いておきます。」

手紙を受け取り懐にしまうと、紀伊は躊躇いがちに軌刃の手を取った。

すると軌刃はその手をしっかりと握った。

(嬉しい。)

紀伊は両手でその手を包み込むと引いた。

「色々お話ししたいことがあって、聴いて頂けます?」

「もちろんですよ。」


二人は紀伊の家へと足をすすめた。

「あの王子様って、奥様はいらっしゃらないんですか?」

「ああ、真壁様ですか。いませんよ。候補の方は数人いらっしゃいますが。」

「候補?なら何故、結婚なさらないんです?」

「束縛されるのが嫌らしいです。わが国は妻は一人と決まっています。そして結婚すればほかの女に目を向けることは許されない。不道徳とされてしまいますから。」

「なるほど。・・・真壁様は結婚せずにたくさんの仔猫ちゃんたちと遊ぼうとしてるわけですね。」

すると軌刃は何かを考え込んだ。

「どうなさいました?」

「いえ・・・。あの、あの人が仔猫ちゃんって言うのは一人だと思って。まあ、遊んでる女性は何人かいますが、ほかのは皆名前を呼んでいるのに。」

「へえ。そうなんですか。・・・あ、この建物が私の家なんです。どうぞ。」

紀伊は鍵を開けると中へと通した。

それほど広くない部屋に入ると紀伊は相手に椅子を勧めた。

はじめは紀伊の部屋を物珍しそうに見ていた軌刃だったが、竜の入った珠を見つけると顔を寄せ中を覗き込んだ。

「まるで生きてるみたいですね。この竜。なんでしょうか、これは。」

そう言って軌刃は自分の懐から白竜を取り出すと横に置いた。

竜はお互いの存在を認識しあうかのように寄ってゆくと静かにただ珠の中で泳いでいた。

紀伊は軌刃にお茶を置くと嬉しそうに前に腰掛けた。

すると軌刃は緊張した面持ちで不意に紀伊に問いかけた。

「この前・・・君と離れてから考えていたんだけど・・・。もし・・・一緒になるとしたら・・・君は平争に来てくれるのかなと思って。」

「え?」

突然の言葉に紀伊は驚いてお茶を飲もうとしていた動作をとめた。

「・・・無理かな。正直、俺はあの国に誇りを持っているし、あの国からは離れる気はない。だから・・・君が・・・。」

(私が・・・ここを離れて。)

そう考えると秋涼や花梨、秋矢、紅雷といった家族同然のものたちの顔が浮かんだ。

(そんなの寂しい。)

そう思いつつも、もう一緒に住むことを考えてくれている軌刃を嬉しく感じた。

「結論は・・・もう少し先でも・・・いいですか?」

「あ、ええ。俺が急ぎすぎてるだけです。あなたと離れると、あなたに会いたくて・・・。またあの歌を聴きたくて・・・。」

紀伊は母親と父親のことを思い巡らした。

「私の母も・・・父にそういわれたんでしょうか。」

「・・・かもしれませんね。あなたの父上も俺のように魔城から来た歌姫に魅せられて、もう止められなかったのかもしれない。」

「そして・・・母はここを出て行った。」

紀伊は記憶の片隅にも残っていない母と父を思い出そうとした。

けれどやはりそれはできなかった。

「紀伊さん、訊いても?」

「ええ。なんです?」

「ご両親は・・・どうなさってるんですか?」

紀伊は持っていた茶器を置くと軌刃を見つめた。

「事故で死んだそうです。二人とも。私が三歳の頃に。」

「事故・・・ですか。」

軌刃は明らかにいぶかしんだが紀伊にはそれしか軌刃に言えなかった。

自分自身、その言葉しか告げられたことがないのだから。

この不老の国で死ぬ人間を紀伊は見たことがなかった。

だからこそ、その概念を知らずにいた。

けれど軌刃は違った。

間者大国として名を馳せる平争では死というものは身近だった。

任務中に命を落とすものが多いからだ。

だからこそ、その平争の兵士が事故で死ぬということは軌刃には理解できないことだった。

仕事で命を落とせば英雄であり、事故で死ぬことなど恥に近い。

その上、魔城を出たはずの女性の子供が、何故魔城に戻っているのか。

「そういえば・・・軌刃さんのご両親は?」

「あ、ええ。平争におります。・・・まあ、俺は養子ですので血はつながっておりませんが。」

「なら、私と一緒ですね。」

無邪気に笑う紀伊の言葉に軌刃は笑い返せなかった。

何かが引っかかった。

「軌刃さん?」

「ああ、もう戻らなければ。」

「え?もうですか?」

「任務から抜けてきてますから。」

顔には何も出さずただ立ち上がる。

紀伊は名残惜しそうに軌刃の隣を歩き始めた。

「・・・あの・・・歌。また歌ってもらってもいいですか?」

「え?」

「あの、前に歌ってくれたあの最後の歌。」

「ええ。」

紀伊はその場で口ずさんだ。


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