第16話 自分の家
紀伊はその夜ただ城の屋上から外を見つめていた。
雲のようにまるで空を漂う城で受ける風はとても強かった。
紀伊は平争へと視線を向けていた。
「楽師としての力は母とそう変わりませんね。立派なものです。先ほどの歌、聴いていて、昔を思い出しました。」
紀伊が振り返ると透影が立っていた。
彼女はただ紀伊を無表情に見ていた。
「でも、あなたの母はとても激しい感情を持ち合わせていた。無邪気に微笑むその後ろでとても熱い心を持っていた。」
「え?」
「そう、もう二十年ほど経つのね。昔あなたの母親とよく二人で話をしたものよ。」
「どんな話を?」
すると透影は少し口の端を持ち上げた。
「どうやって魔城の城主を殺すか。」
紀伊はその言葉に背中に冷たいものを感じた。
「あの心の凍った城主をどうすれば確実にしとめられるか。毎日話し合ったの。でも、あなたの母親はいなくなった、好きな男の下へ走ってしまった。だから、私は一人だけで力を手に入れた。」
「なら、その力を使って魔城を潰すおつもりですか?」
「ならどうするの?あなたは止める?あなたの父と母を殺、」
「おやめなさいな。紀伊を困らせるのは。」
透影は花梨の存在に頭を下げた。
「困らせてはおりません。ただあの間の抜けた城主が真実を語ったのか知りたかっただけです。腑抜けで、無責任で、」
(はあ?)
紀伊にとっての親は秋涼と花梨だった。
それを初対面の無愛想な女に文句を言われるのは我慢ならなかった。
「あなたの言いたいことは分かっているつもりよ。でも、秋涼も私もこの子を子供として可愛がっているの。そのことは汲んで頂戴。」
「・・・あなたも丸め込まれたのですね。私が出会った頃のあなたにはまだ魔族に対する憎しみがあった。大切な家族をあの冷血な男に殺された憎しみがあった。そして今の魔王への想いがあなたを苦しめていた。その気持ち、もう捨てられたのですか?」
花梨は少し辛そうに笑っただけだった。
「いい加減にしてください!」
紀伊は花梨の前に立ちはだかった。
「勝手なこといわないで!秋涼様と花梨様のこと何も知らないんじゃないですか!」
「・・・『何も知らない』のはあなたでしょう?」
(何?どういうこと?)
「紀伊、もういいわ。ありがとう。ここは風が強いから部屋に戻りましょう?今日は私の布団で眠りましょう?たまには娘に戻って頂戴な。」
「あ・・・。はい。」
花梨は寂しげな笑みを浮かべたまま、紀伊の手を握った。
部屋で紀伊は花梨の様子を窺っていた。
ただ花梨はずっと窓の外を見つめていた。
「花梨様?」
「ん?」
「花梨様は秋涼様のこと好きなんですよね?」
すると優しく微笑んだ。
「あの子は私がいないとダメダメだから。そばにいてあげないと。」
「それって・・・好きじゃないってこと?」
「さあ。もう長くそばにいすぎて、好きという感覚が麻痺してしまったのかしら。・・・今は家族として・・・姉のような感覚かもしれないわね。」
「よう。お帰り。どうだった?時空城。」
紀伊はずっと口を尖らせていた。
結局次の日、彼女は見送りにも来なかった。
そんな紀伊の顔を見た紅雷と紫奈は顔を見合わせ、紀伊の両脇についた。
「なんだ、なんだ?その顔。こええ顔してんなあ?」
「どうしました?また体調でも?」
「べっつに!さてと秋涼様の顔でも見てこよっと。」
「なんだ?何でいきなり秋涼様なんだ?俺の顔なら、ほら見ていいぞ。」
「いらないよ。昨日の夜からずっと秋涼様の顔見たくて仕方なかったんだから。」
紀伊は早足で秋涼の部屋へと向かった。
秋涼は昼だというのに寝室で布団に包まっていたがその姿さえ紀伊は可愛く感じて隣に転がり込んだ。
「ん〜?」
秋涼は迷惑そうに眉間に皺を寄せた。
「秋涼様、私はどんなに秋涼様がぐうたらでも、馬鹿でも無責任でも大好きだから。」
「ん〜分かったから、もうちょっと・・・・。あと五分・・・。」
「私も隣でねるも〜ん。」
花梨はそんな二人の様子を見て後ろで微笑んでいた。