第14話 時空城へ行って来るか
「時空城に行ってくるか?」
また突然の声がけだった。
紀伊は柳糸の母の琴の音に合わせて秋涼と幹部二人の前で歌を歌い終えた直後だった。
「時空城?だって、時空城は尚浴様の担当じゃ?」
「別に担当ってわけではないけど。」
尚浴というこの城で一番外交的な人間はそう言って猫っ毛を掻いた。
また顔には笑みが浮かんでいた。
「こいつは時空城の城主に会うためだけに外務官になったような奴だ。」
そう言って笑ったのは柳糸の父、霜月だった。
秋涼の幹部、五人の中で一番穏やかでおおらかな人柄の彼はこの魔城の内政を担当していた。
「おい、霜月、その言い方はないだろう?俺は、」
「違うというのか?」
勝ち誇ったような顔をする霜月に尚浴は何も返すことをやめた。
「で、時空城で何を?また外交?」
「いいや、花梨を招いてくれたのだ。ついでにお前も行って、歌を聞かせてやればいい。糸鈴、お前もついていってくれるか?」
秋涼の言葉に一度夫、霜月を見た糸鈴は頭を下げた。
「私も城主様に会うのは何年ぶりになるでしょうか、柳糸を生む前ですから。もう十八年。懐かしいですね。」
「そうだな。昔は毎晩、幹部たち全員で演奏を聞いた。あの時は毎晩毎晩、俺の元へ足しげく通うもんだと思っていたら、俺の顔ではなくて、楽師たちを見に来ていたんだからな。本当に、お前たちは。」
秋涼はそう言って酒を口に含んだ。
「当たり前でしょう。ここに糸鈴がいなければ毎晩、見慣れたあいつらと呑むなんてしませんよ。ここに可愛い糸鈴がいるから、来てたんですよ。私を見て頬を赤らめてくれる、それを見たくて。」
魔城唯一の亭主関白夫婦はそのまま寄り添って微笑みあった。
「いいなあ。霜月様も糸鈴様も運命の相手を見つけられたんですよね。」
「ああ、運命の相手だよ。」
霜月は照れることなく、妻の手を取って撫でた。
「くうううう!言ってみたい!言われてみたい!」
すると秋涼は紀伊の手を引いて隣に座らせた。
「紀伊にはまだ早いだろう!焦ることはないぞ!」
「でも、私も霜月様と出会ったのは、十六。もう紀伊ちゃんはその年ですもの。秋涼様もそろそろ覚悟をなさったほうがよろしいのでは?」
「いやだ。」
そういうと秋涼はそっぽを向いた。
そんな相手だからこそ、紀伊は軌刃とのことは心の中に秘めていた。
(言ったら、なんかとんでもないことになりそう。)
「秋涼様・・・。ちょっと厄介。」
「なんか言ったか?」
「べっつに。時空城の城主様ももともとはここにいらっしゃったんでしょ?でも、どうして時空城の城主になられたの?」
紀伊は尚浴に問いかけた。
尚浴は暫く考え込んでいたが、酒を流し込むと首をかしげた。
「さあ、分からないな。」
「お前が付きまとったからだろ?」
「ん〜。今でも城へ行くと手ひどくあしらわれる、でも、俺も一応外務官だし、強権発動させて、無理やり同じ机に座らせるんだけど。睨まれる。」
紀伊は城主の印象が掴みきれずにいた。
「でもその視線がたまらないんだ。ぞくぞくする。」
結局いつまで待っても紀伊の求める答えは出てこなかった。
紀伊は退席すると、池の前に佇んだ。
「会いたい。」
池にうつる髪の色は会いたい人を思い起こさせた。
「誰に?」
声とともに池にもう一人移りこんだ。
紀伊はその少年に微笑み返した。
「もちろん!秋矢様にだよ。」
すると池の中の少年は笑みを浮かべて紀伊の隣に座った。
「今日はもう仕事終わったの?」
「うん。まあ、ここで皆の前で歌うのって昔やってたこととは変わりないんだけどね。」
「皆、紀伊の歌、好きだからね。」
「あ、そうだ。今度花梨様と時空城へ行くことになったのよ。」
「へえ、あそこ女の人しかいないんだろ?兄上さえ入れないって言ってた。」
「そうなの?だって、尚浴様は外交に。」
紀伊の言葉に少年は小さく頷いた。
「そう、外交だから入れるらしいよ。もともと、城主は花梨に恩はあるけど、家族は魔物に殺されてるから、ここが嫌いみたい。」
「よく知ってるのね。」
「だから、僕は紀伊よりもしっかりしてるんだって!」
「はいはい。」
「ちょ、流さないでよ!ちゃんと聞いて!」
「ま、いいや。さてと、かえって寝よう。」
「あ、ちょっと!聞いてる?紀伊?あ、待って。」