第13話 弟分の期待
また田園の中を馬車に揺られた。
行きの張り切った空気とは又違い、帰りは倦怠感が馬車の中で漂っていた。
柳糸は平争で求めた本を読みつつ、目を上げる。
騒がしい年下の三人はかわいい寝顔で眠りについていた。
紅雷の肩に無意識にもたれかかり眠る紀伊の掌には昨日の水晶。
そして夢の中で軌刃と再び再会して喜ぶ自分を何度も繰り返し見ていた。
「起きろよ。お前ら。」
紀伊が次に目を覚ますともう国境。
ぼんやりした目をこすって馬車から出ると、見慣れた長い髪の男が国境に立っていた。
紫醒だった。
「ふう、やっとついた。肩こった。」
「ええ。」
体を伸ばす二人の隣で柳糸が送ってくれた兵士に丁重に礼を言い、国境を超えた。
「ただ今戻りました。」
紀伊が笑みを向けると、紫醒は紀伊の隣に立ち静かに問いかけた。
「紀伊、何もなかったか?」
(え!もうばれた?)
紀伊は平争の兵士と恋に落ちたことを既に知られているのかと思って少し冷や汗をかいた。
(何?何で?千里眼?)
「紀伊は気分が悪いみたいだった。」
何を思うこともなくすんなり答えたのは紅雷だった。
「気分が?」
紫醒はその言葉を聞いて紀伊の顔色を見るために一歩寄った。
美しい顔がほんの少し心配そうに紀伊を覗き込む。
「何か良からぬ事でもあったか?」
「車に酔ったのでしょう。車に乗るなんて初めてでしたから。」
「ならば良い。今日は休め。」
柳糸の言葉に小さく頷き紀伊から顔を反らすと、紫醒は魔城へと紀伊たちを送り届けた。
見慣れた黒い城を前にすると紀伊は気が抜けた。
(なんか色々あったなあ。)
「さてと、じゃあ、帰るわね。」
そう声をかけたときにはもうだれ一人そこにはいなかった。
「もう!勝手なんだから!一声かけていってよね!」
紀伊はいつものように秋涼の元へ帰ろうとして足を止めた。
「ああ・・・。私の家、あっちじゃない。」
踵を返して歩き出す。
本当は秋涼や花梨に今回の報告をしたかった。
(もう大人だもん!一人暮らししてるんだもん!帰らないよ。・・・でも・・・お茶くらい飲んで帰っても。)
立ち止まって城へと視線を送るが、首を振った。
(ダメダメ!私の家はあっち!)
紀伊は誰一人待つことのない明かりのない家へと足を向けた。
家に着くと自分の部屋から灯りが漏れていた。
灯りなんてつけていった覚えはない。
(え?なんで!)
驚いて恐々、そろっと鍵を開け部屋を見ると、寝顔が見えた。
それはかわいい寝顔。
「秋矢様。何してるの?」
紀伊は慌てて部屋に駆け込むと無垢な顔でスヤスヤと眠っる少年を揺り起こした。
「ちょっと!秋矢様!起きて!」
「え?ああ、お帰り紀伊。」
「ここで何してるの?」
「晩ご飯食べた?花梨様、が作ってくれたの持ってきたんだ。だって他の奴らは帰ったら食事があるけど、紀伊は自分で用意しなきゃいけないでしょ?それに帰っても誰もいないなら寂しいだろうと思って。」
秋矢が眠そうに目を開けると、紀伊に笑いかけた。
秋矢の前の食卓には食事が並べてあった。
それは紀伊の好物の鳥の揚げたものや、彩の美しい野菜。
そして真ん中には肉まんが鎮座していた。
育ての親の気持ちがじんと伝わってきた。
「秋矢様。ずっとここで待っていたんですか?」
「うん、お母様にはちゃんと断ってるよ。」
少年は紀伊を見つめながら微笑んだ。
紀伊はそんな少年の優しさに感心しつつ、そしてまた可愛く感じつつ言葉を返した。
「ありがとう。」
少年は屈託の無い笑顔でその言葉を受け取った。
「でさ、紀伊、旅行楽しかった?」
「うん。」
「じゃあ、じゃあ!お土産は?何買ってきてくれたの?」
秋矢はキラキラ光る目を紀伊に向けた。
その瞳が自分に対する期待度を示していると気づいた紀伊は罪悪感に駆られた。
(うわ!すっかり忘れてた!)
「ごめん。あのね、あの。・・・忘れてた。」
その言葉を聞いた途端、秋矢の目は光を無くしてゆく。
「ごめんごめん。今度絶対買ってくるから。」
「今度っていつ!いつ!」
「え?さあ。」
「もういいよ。紀伊が今度旅行に行く時は僕もついてくから。」
「そうねえ、秋矢様がもう少し大人になって、頼りがいが出てきたら一緒に旅行しましょ?いろんなこと教えてあげる!」
「何だよ、一つしか違わないんだぞ。それに紀伊だってあんまり世の中のこと知らないくせに!」
紀伊は口を尖らせた秋矢を見つめ抱きついた。
「可愛い。秋矢様、すねてる。」
「ばっ、ばか僕は怒ってるんだからな。」
怒っていると言いつつも秋矢の顔は笑っていた。
紀伊は独りになった部屋で寝台に転がり水晶の珠を見つめた。
(これに一体どんな意味があるのだろう。)
中で黒竜がうごめく水晶は月の光を浴びて優しく少し黄色味を帯びて輝いていた。
その優しい色が軌刃を思い出させた。
(まだ、数時間しか経ってないのに。もう・・・会いたい。)
心のどこかで彼との結びつきを求めていた。
彼がいないと思うと寂しくて寂しくて涙が出そうだった。
(結ばれたい。)
紀伊は水晶を額に乗せると目を閉じた。