第11話 初デート?
「ねぼすけ、朝だぞ、起きろよ。」
誰かの声がする。
そしてその声の主は窓を遠慮なく開けた。
強烈な光が差し込み、紀伊は布団の更に奥へと潜り込んだ。
「あと・・・、もうちょっと。」
「こら、起きろ!」
ガバッと布団をめくられ、紀伊の体に朝日が当たった。
紀伊はそのまぶしい光を浴びて眠そうに少し目を開けた。
そしてずるずると体を起こし、無意識に顔を洗いに行く。
歯磨きをしながら、部屋に戻り今日身につける桃色の服を選び終え、口をゆすぎにまた洗面台へと消えていった。
紅雷はただその様子をしばらく見ていた。
そして濡れた顔を拭き終わった紀伊は驚いたように声をあげた。
「え、何!いつ入ったの?ちょっと声ぐらい掛けなさいよ。」
「このねぼすけめ・・・。みんな食事を待ってるんだぞ。とにかく早く来い。」
そう言うと紅雷は部屋から出て行った。
紀伊は服を着替えると皆の待っている部屋に行く。
中ではいつものように柳糸は新聞を読み、紅雷と紫奈は喧嘩をしていた。
紀伊が腰掛けると、柳糸が新聞を置き、声を掛けた。
「今日は街の視察に行くことになっている。後で迎えの者達が来るそうだ。」
(迎えの人かあ・・・私の運命の人も来るのかなあ。)
勝手に紀伊の中で軌刃が運命の者に変わっていた。
柳糸は朝食の粥を食べながら紀伊の様子を見ていた。
紀伊はそのことに気がつかず嬉しそうにニヤつき朝食に出たブドウを食べていた。
「お待たせ致しました。」
数人の男と共に軌刃が入ってきた。
紀伊の目は気利に釘付けになってしまっていた。
(今日もかっこいい・・・私の運命の人。やん、恥ずかしい。)
紀伊は頬を押さえながら首を振る。
「こいつどうした?」
「やっぱりまだ具合が?」
紅雷と紫奈は顔を見合わせた。
「今から、街をご案内します。本日同行させていただきますのは外交部と護衛の兵、総勢十二名です。」
中で一番年のいった男が挨拶を始め、後ろのものたちが皆頭を下げた。
街は人で溢れていた。
馬車を降りて紀伊は呆気に取られて人混みを見つめていた。
魔城から来た者は人混みというものを見ることが初めてだった。
「人がうじゃうじゃしてらあ。」
紅雷が呟くと紫奈が文句を言う。
「これでは私の美貌が際だってしまう。」
「ごめんなさい、まとまりが無くて。」
紀伊は声をかける良い機会だと傍にいた軌刃に声をかけると、軌刃も紀伊へと一歩より首を振る。
観光の本らしきものを手に取り読んでいた柳糸が顔を上げた。
「この、刀剣商に会ってみたい。」
「ええ、いやだぜ俺。俺は食いもんだ。うまいところ連れて行ってくれよ。」
「何を言ってるんです。やはり服でしょう。」
全くまとまらない三人を責任者はどうするか考えているようだった。
紀伊はその時、閃いた。
「じゃあ、バラバラにまわりましょう。私は楽器も見たいし。」
「紀伊にはあわせるぞ。」
柳糸が呟くと皆頷く。
(こんな時だけ纏まるな!)
紀伊の顔はあからさまに迷惑そうになった。
「ほら、でもせっかくだし、みんな行きたいところに行きましょうよ。」
紀伊は粘った。
すると軌刃が頷いた。
そして責任者である外交部の尚書に確認をとった。
「折角この国に来られたのですから、皆様に楽しんでいただいてはいかがでしょう?」
「そうして貰いなさいよ、よし決定。じゃ私は楽器屋さんに行くから。」
「あ、おい!紀伊!」
紅雷の声を背中に受けながら紀伊が歩き出すと、何か部下に指示して軌刃がついてきた。
(やった、運命の人とのお出かけ成功。)
紀伊は嬉しそうに振り返った。
先に声をかけたのは軌刃だった。
「歌、本当に素晴らしいものでした。私はあまり学芸には興味がなかったのですが、感動しましたよ。」
その言葉に紀伊は有頂天になった。
「そう言って頂けると光栄です。子供の頃から歌が大好きで、楽師になるのは夢でしたから。」
「あの三曲目・・・あれはすばらしい歌でした。心の中から色々なものがこみ上げてきて・・・幸せな気持ちになりました。」
「・・・あなたを見ていてどうしてか、あの歌が歌いたくなったんです。私もあの歌の題も何も知らないんですけど。私もあの歌が好きなんです。母も魔城の楽師でした、しかし私が幼い頃に死んでしまって。でも、その母が歌っていたのかもしれませんね。それが、私に身について歌えるのかも。あっそう、父はこの国の兵隊であったそうです。」
紀伊が思い出したように言うと、軌刃はその話に興味を持ったようだった。
「そうなのですか、ではちょうど今の我々の様な感じだったのでしょうか?」
紀伊が立ち止まると、軌刃は続けた。
「笑って下さい、あなたに逢ってからというもの、私の頭の中はあなたでいっぱいで・・・。こんなこと今まで無かったのに・・・。だから俺、近衛なのに、同期に代わってもらって。ってか、何言ってるんですかね。俺。」
(この人も?)
紀伊は喜びのあまり飛び上がりそうになった。
必死で胸の高鳴りを押さえつつ、相手の顔を見る。
自分と同じ色をした茶色の髪に、茶色の目。
紀伊はあまりのうれしさに溶けそうになりながら立っていた。
「本当にあなたには運命さえ感じてしまいました。」
(嬉しい。嬉しすぎるよ。私。解けちゃう。)
紀伊は黙っていられなくなって、軌刃の黒い服を掴んだ。
「私も・・・。私もあなたに運命を感じました。あなたに惹かれて・・・。」
紀伊の言葉に相手は驚いたようだった。
しかし、しばらく見つめ合った後、お互い顔を赤らめて俯いた。
(ちょ、ちょっと初めて告白しちゃった。)
チラリと相手を見ると相手も同じように自分を見て目を反らした。
(これって、これって両思いになれたってこと?嬉しい!すっごく嬉しい!)
紀伊は天にも昇るような気持ちで、高鳴る胸に手を置いた。
その後は二人は何も言わず、公園の椅子に暫く座っていた。
紀伊は何か話せば良かったと後悔をしたが、一緒にいられるだけでこの時は幸せだった。