第109話 父親
巳鬼を襲っていた竜がピタリと止まる。
「鬼伊!鬼伊!」
花梨は何度も鬼伊の名を呼んだ。
鬼伊である青龍は寂しげに鳴いた。
「鬼伊・・・。自我が戻ったのか・・・。」
巳鬼は深く息を吐いた。
「紀伊?分かる?私よ花梨よ。」
花梨は紀伊の前に立ち、そうっと手を伸ばす。
青い竜はその手にすり寄った。
「紀伊。」
「紀伊!」
紅雷と柳糸が前に立つと紀伊はまるでいつもじゃれあうように鼻先でつついた。
「なんだよ、顔でけえなあ。」
「おい紅雷、紀伊は女の子なんだから、そんなこと言ったら・・・あっ。」
あからさまにしょぼくれた紀伊の鱗に覆われた頬を誰かがつねった。
「で、これからどうするんだ?まさか紀伊はずっとこのままなのか?」
大芝だった。
巳鬼は顎に手を当て考え込んでいた。
「やっと、私の出番ですね。」
通る声が聞こえた。
そこにいたのは透影であった。
「透影、出来る?」
花梨が心配そうに聴く。
「ええ、造作もないことです。私は時空城の城主ですよ、時を司ります。紀伊さんの時を戻しましょう・・・。」
そう言って笑うと、杖を持って舞い始めた。
透影の歩いたところは黄金の光が差し込み始める、透影は青い竜の周りで舞うと、黄金の光に包まれた。
光が収まると、人の姿に戻った紀伊がそこにいた。
「良かった、紀伊。良かった・・・。」
「花梨様・・・。」
紀伊が目を開けると、花梨に抱きしめられていた。
その後ろには大芝の顔や、巳鬼の顔があった。
巳鬼の目にも涙が浮かんでいた。
紀伊の顔には自然に笑みが浮かんでいた。
「師匠・・・。大芝。私・・・。」
「心配かけるんじゃない!ひよっこ。」
巳鬼は紀伊に怒鳴りつける。
「俺の仲間入り、出来なかったな。」
紀伊は大芝のその言葉を聴き、声を出して大笑いした。
「ちゃんと、お参りに行くから。」
大芝は紀伊の言葉を聞くと、スウと消えた。
「あれ!ちょっと、どこ行くの大芝!」
(まさか消えちゃったの?)
「お前、あいつを地獄から救ってやったんだな。」
「師匠・・・。まさか、師匠も知って!」
「ああ、初めて見た時からな。」
「だったら、教えてくれても!」
「知られたく無かったんだよ。あいつは誇りのある奴だったからな。だから朱雀国に入っても国民を殺せなかった。わざわざ異国の人間を選んで。変なところで気を遣う。」
「大芝・・・。」
「秋矢、先に行ってくれ。」
秋涼が呟く、その前には大芝が立っていた。
「紀伊に早くあってやれ、お前に会いたいだろう。」
大芝も秋矢に呟く。
秋涼と秋矢は秋霖を倒して時に力を使い果たし、長い長い暗い廊下を歩いていた。
「お二人とも、お気をつけて。」
秋矢がそう言って礼をすると足早にそこをさった。
二人になると大芝が口元に笑みを浮かべて声をかけた。
「お前とは一度やり合わないとと、思っていた・・・。」
「ああ、卑怯者だと思われてはかなわないからな。しかし、化けて出られるとは思わなかったがな。」
秋涼は大芝を見つめる。
「手合わせ願おうか・・・。」
大芝はそう言うと、剣を抜き秋涼に向けた。秋涼も剣を抜く。
「勝負!」
大芝は秋涼にかかっていった。