第108話 育ってきた場所
「秋涼様、雅鬼の子供です。」
紫醒が子供を前に出した。
子供は小さい体を震わせて、秋涼を見上げていた。
家族と引き離されて散々泣いたのか頬には涙のあとがあった。
「雅鬼は・・・死んだのか。」
秋涼が顔を伏せたまま尋ねると、紫醒は頷いた。
「そうか・・・。」
秋涼は顔を上げてただ怯えた瞳の子供を眺めていた。
親の敵の一族を睨むこともできず、ただただ震える娘に愛しさを感じた。
小さな小さな体にある大きな瞳は大好きな家族の姿が見えず今もまた涙が零れ落ちそうなくらい潤んでいた。
そんな子供の目の前に手が伸ばされた。
「おいで、今日から俺が育ててあげよう。」
けれど紀伊は手を取らなかった。
すると秋涼は自ら王座から降り、そのまま紀伊の隣に座った。
「秋涼様。」
床に座り込んだ主を紫醒が止めたが、秋涼は紀伊と目線をあわせ懐に手を入れた。
すると今魔法で取り寄せたばかりの湯気の立つ肉まんが姿を現した。
「一緒に食べようか。俺はこれが大好きなんだ。」
子供は震えていた手をそっと秋涼に向かって伸ばした。
秋涼はそんな鬼伊の小さな手を見て顔を揺るめると、肉まんを紀伊の食べやすい大きさにちぎってやった。
そして肉まんをその掌に乗せると二人で見合った。
「名前は?いくつだ?」
「鬼伊、さんさいでしゅ。」
紀伊は秋涼のことを警戒しつつも、小さな指を三本立てた。
「良くできました。これはご褒美だ。」
紀伊は肉まんを口に入れるととニコニコ笑った。
「うまいか?」
「うん!」
「どうしたのよ。秋涼その子!」
花梨が走ってくると秋涼は優しく、紀伊を寝台に寝かした。
紀伊は疲れたのか眠ってしまっていた。
「雅鬼の子だ。」
花梨はその一言で雅鬼の全てを悟った。
そして涙をぬぐった。
「でも、今日からは俺たちの子だ・・・。一緒に育てよう?」
「私たちの?」
「そうだ、お前は俺達は姉弟に戻りたいといった。でも、俺はできない。お前は俺の中ではもう女なんだ。でも、子は成せない。だったら・・・この子を。」
すると花梨は何度も何度も涙をぬぐった。
「秋涼・・・ありがとう。そうね、雅鬼の分まで幸せにしてあげたいわね。」
そう言うと花梨は鬼伊の額を撫でた。
どうしてこんなこと忘れてたんだろう・・・。
「ねえ、紀伊!僕は紀伊が大好きだよ。紅雷も、紫奈も、柳糸だって。みんなが紀伊のこと大好きなんだよ。黒雷だって、いつも怒った顔してるけど紀伊のことが好きだって言ってたよ。」
必死で秋矢様が慰めてくれた。
あれは、秋涼様たちと本当の家族じゃないって知った時だ・・・。
一人で怒って、皆に八つ当たりして・・・。
私は愛されてたね。
そう、みんなに愛されてた。贅沢すぎるくらい・・・。