第107話 生きてきた場所
「これが紀伊だってのかよ。」
紅雷は剣を捨てると腕をまくった。
目の前の水色の竜は悲しげに一度鳴いた。
「美しい色だけど。紀伊には似合わない。」
柳糸も手に魔法を通し強度を上げた。
「ひよっこども、とめるんだよ。」
「分かってる!ばばあ、さっさとしろよ!」
巳鬼は一度紅雷を睨んだが、杖を前に出した。
「出でよ!紫竜!」
「出て来い!赤竜!」
竜二匹にはさまれて水色の竜は身をよじり逃れようとしたが、そこに紅雷と柳糸の魔法の壁が生じて動きを封じされて行く。
「つ、強すぎる!紀伊!気がつけ!俺だぞ!」
押しかえられそうになった紅雷の隣に手が伸びてくる。
「親父。」
「お前、鍛錬のやり直しだ。」
「分かってるよ。次は絶対手なんて借りねえからな。」
黒雷は鼻で笑うと、力を出した。
「って!そっちを強くしたら、こっちが!」
柳糸が均衡を保てずによろけると、その背中を誰かに押された。
「父上。」
「紀伊ちゃんを絶対元に戻すぞ。」
「はい!」
「紀伊!戻っておいで!」
巳鬼は叫びながら竜を紀伊にぶつけた。
(ここはどうしてこんなに寒いの・・・。体中が氷になってしまいそう。私は死んだの?ここは死後の世界?体の自由がきかないよ・・・。誰か、誰かいないの?誰もいないの?・・・私は誰?私は一人なの?誰か・・・助けて。)
「ねえねえ、忠鬼、見て。」
白い光の中で声が聞こえた。
「ほら、この子達笑ってるわ。」
優しい女の人の声がした。
そして、景色が目の前に浮かんだ。
そこには白い服を着て自分を覗き込む女の顔があった。
優しそうで、そして強そうで、屈託無く笑うその顔には喜びが滲み出していた。
「どれどれ?」
次に自分をのぞき込んだ男の顔にも嬉しさが滲み出していた。
「お父さんですよ。双子ちゃん。」
人懐っこそうな瞳を細めそう言うと自分を抱き上げる。
何故か嬉しかった。
男の温かさが自分にも伝わってきた。
忠鬼という男はそう言うと女性の方を見た。
紀伊の目にも華鬼という女性と、その女性の腕に抱かれている赤子が目に映った。
「ほら、鬼伊、お母さんとお兄ちゃんだぞ。」
皆幸せそうだった。
忠鬼という男は自分を抱いたまま、寝台に腰をかける。
「はあ、可愛いなあ。天使だよ。」
忠鬼はそう言って自分を撫でた。
すると隣に雅鬼が鬼刃と共に座った。
鬼刃は小さな手を紀伊へと伸ばし、紀伊を掴んだ。
「鬼刃は本当に鬼伊が好きねえ。」
「きっと、性格は俺に似たんだよ。雅鬼を愛し続けた俺に。一途なんだ。」
「あんまりやりすぎると、嫌われるから気をつけるのよ。鬼刃。ねえ、わかってるわよねえ。」
「ひどいなあ・・・。俺の片思いの歴史をそういうなんて。」
「嘘よ。貴方が思い続けてくれたから私達はいま、こんな宝物を手に入れたんだもの。」
「愛してるよ。この先何があるか分からない・・・。きっと、また襲われて傷を負うかもしれない。でも今度は、今度こそはずっと一緒にいような。」
すると雅鬼は鬼刃の額に自分の頬をつけた。
「ええ、忠鬼。これからはずっと一緒よ。愛してるわ。」
そう言うと口付け合った。
「鬼刃、いい男に育ってくれよ。母さんみたいないい人見つけろよ。」
忠鬼はそう言うと鬼刃の頭を撫でてから鬼伊の頭を撫でた。
「鬼伊は、母さんみたいに優しい人になれよ。」
優しい、温かい手だった。
「二人とも人を愛する人間になって欲しいわ。」
雅鬼はニコッと笑って子どもたちの顔を見つめた。
心地よい空間・・・。
ずっと夢見ていたような。
これがお父さんとお母さんなの?