§094 ブートキャンプ(超高効率なスライムの倒し方)
7/25 04:18 説明が足りてなかったので2000文字ほど書き足しました。
主人公達の転機なので、それ以前に読まれた方は再読していただけると嬉しいです。
さて、1層でスライム狩りは確定だが、小麦さんは顔がオープンな状態だ。
御劔方式だと、非常に目立ってしまうことになる。どうしたものかな。
悩みながら歩いていると、グレイシックが、ひょいと影から尻尾だけを出してぱたぱたと振った。
こいつら最近、人の目がないと、こういう悪戯をするようになったのだ。三好が可愛いーとか言って誉めたのが原因で味をしめたらしい。
……ん? まてよ?
御劔方式は、モンスターを倒す度に、ダンジョンから出る必要がある。
だから目立つわけだが、それってもしかして……
俺はとある実験をするために、1層へと戻ると、すぐさま人のいないエリアへと小麦さんを連れて進んでいった。
「では、小麦さん」
「はい」
「これを」
そう言って俺は、彼女に、なんとかビームのボトルと、いつも使っているハンマーを取り出して渡した。
「プログラムの守秘義務については説明を受けましたか?」
「はい」
「では、この先のことも、その契約に含まれるため、同じプログラム受講者の間でも他言無用です」
「わかりました」
そう言って俺は、ドゥルトウィンを呼びだした。
彼女は、それを見てもまったく動じず、目を丸くして「うわ、大きな犬ですね」とだけ言った。
「あれ、怖くないですか?」
「え? 怖い犬なんですか?」
「いえ、そんなことはないですが……まあいいか。こいつはドゥルトウィンと言います」
「まぁ。トゥルッフ・トゥルウィス(*1)を狩れる優秀な猟犬ですね」
そう言われて俺は面食らった。
その発音出来なさそうなヤツって一体なんだ? 狩りの対象っぽいけれど……俺はこいつらの名前がアーサー王ご一行の犬の名前だってことしか知らないぞ。
FFXIに出てくるのはウサギ(*2)だしな。
三好が何か言っていたような気もするが、すでに忘却の彼方だ。
しかし、その伝承って、そんなにメジャーなわけ?
「ええ、まあ……」
俺は笑ってごまかすことにした。
「で、ですね。今日のところはこいつが守ってくれますから」
そういって、ドゥルトウィンを叩くと、ドゥルトウィンは小麦さんの影へと潜り込んで、尻尾をひらひらさせた。
「まあ、可愛い!」
なんとも、物怖じしない人だな。
俺は、呆れたような安心したような体で、彼女にボトルとハンマーの使い方を教えた。
「それと、ですね」
俺はこの実験のキモになる部分を彼女に説明した。
「スライムを一匹を倒す毎に、ちょっと目の前が真っ暗になると思うんですけど、すぐに元に戻りますから気にしないでいただけますか」
「はい? ええと、わかりました」
「じゃ、試してみましょう」
彼女がスライムにボトルの中身を吹き付けると、いつも通りスライムははじけ飛んだ。
「まあ。凄いです」
「ええ、まあ。で、その転がった玉みたいなのを叩いてください」
「えーっと……あ、これですね。えいっ」
彼女のハンマー捌きは中々堂に入っていた。どうやら化石の発掘や採集で慣れているらしい。
「私は化石よりも鉱石ですけど、父が化石マニアだったので子供の頃よく連れて行かれたんです。まさかこんなところで役に立つとは思いませんでしたけど」
取得経験値をこっそりチェックすると、当然のごとく 0.02 だった。
「じゃ、ちょっと暗くなります」
「はい」
そう言うと、ドゥルトウィンに彼女をシャドウピットへと格納させた。
「きゃっ」
そして、すぐに復帰させる。
「どんな感じでした?」
「んー、なんだか少し沈み込むような感覚に驚きました。そしたら、突然真っ暗になりましたけど、すぐに元に戻りました。どうなったのかは、よくわかりませんね」
彼女自身はどうやらなにが起こったのかよく分からないようだった。穴に落ちる感覚に問題があるかとも思ったが、エレベーターみたいな感覚なのかも知れない。
問題はここからだ。
「じゃ、次のスライムで同じ事をやります。あの尻尾の指す方向へ歩いていけば、見つかりますから」
自分の足下の影からは、ドゥルトウィンの尻尾がちょっとだけ出ていて、その指示に従っていくとスライムがいるという寸法だ。
なにしろ1層はぼんやりと明るい洞窟で、光源っぽい岩というか苔というか、謎の発光物体があちこちにあるから、大抵前方へも影が出来るのだ。
「あ、いました! えいっ……えいっ!」
かけ声と共に、次のスライムをはじけ飛ばして、コアを粉砕する。
そして結果は――
俺は思わずガッツポーズを決めた。
彼女が取得したSPは、0.02。
つまり、アルスルズのシャドウピットの中は、ダンジョンの外とみなされるってわけだ。こりゃ経験値取得がはかどりそうじゃないか?
ただ、視界や攻撃がとぎれる関係で、10層や18層のゲノーモスで使うのは無理だと思うが……それでも、時折リセットするだけで、かなり違うに違いない。
「ではそれを、ひたすら繰り返してください」
「それだけですか?」
「当面は。小麦さんの場合は基礎的な経験値がゼロなので、それを貯める必要があるのです」
「どのくらいで20層へ行けますか?」
期待するようなきらきらした目で小麦さんがそう言った。
いきなりそう言われてもなぁ……
「毎日100匹スライムを狩れば、3ヶ月くらいでしょうか……」
「スライム9000匹ですね!」
簡単そうに彼女が言った。
9000って、凄い数字なんだけどな……
「あ、人がいるところでは、作業しないでくださいね。人が近づいたら、ドゥルトウィンが教えてくれますから」
「え? ああ、秘密でしたっけ。わかりました」
もはやダンジョン攻略のための会社まで作ったわけだし、今更秘密にする意味はあまりないとは言え、今すぐ広く知られると面倒くさいことが増えそうだからな。
影響が大きい情報を、社会に広めるタイミングとか方法とか、一体全体みんなどうやって計ってるんだろう。
「じゃ、ドゥルトウィン。頼んだぞ」
「わふー」
「もしもはぐれて迷ったりしたら、そいつに帰り道を聞いて下さい」
「わかりました!」
そう言うと、せっせと作業を開始した。
地上に戻らなくてすむ分、大体10~20秒に1匹くらい叩いてる。こりゃすごいな。今度御劔さんにも教えてあげよう。
俺はしばらく、このプレイを感心しながら見ていた。
「あ、いたいた」
人の気配に振り返ると、三好が追いついてきていた。find で当たりをつけたんだろう。
見方はよく分かっていないが、値をゼロに近づけると近づくらしいからな。それなりに近づくと、パーティ効果で位置がわかるし。
「早いな?」
「まあ、定点撮影して、あとは今日の分をカットするだけですからね」
「それで?」
「まだ4日しか経ってないんですから、なんにもわかりませんて。発芽した種の計測のほうが先になるんじゃないですか?」
俺達が持ち帰ったD進化したと思われる種は、プロトタイプ機で計測した結果、とても面白い結果になった。
もちろん一粒では計測が難しかったため、256粒(粒数は趣味らしい)を使った計測だったのだが、結果はDファクターの存在は認められるが、いくつかの測定されると想定していた値が0だったのだ。
そこから俺達が仮定した現象は「不活性」だ。
ダンジョン内に持ち込まれた物体は、仮にDファクターによって進化できる状態になっていたとしても、そのままでは不活性なのでダンジョンへの通知が発生しないのではないかと考えたのだ。
もしもそうなら、小麦の種をダンジョンに持ち込んで、しばらく置いた後でそれを持ち出してもリポップは発生しないだろう。
そこで問題になるのは、それを活性化させるスイッチが何かということだ。
俺達はそれを、リポップするようになった個体から、発芽ではないかと考えた。
現在シャーレーの上で、件の256粒が水を与えられ発芽を待っている。もちろん比較用に別の256個も同じ環境で水を与えずに放置してある。
発芽した種を計測して、0だったパラメータに変化があれば、活性化されたのではないかという推測が出来るわけだ。
もっともそれを実証するためには、代々木は広すぎる。
ダンジョンに持ち込んでテストしようにも、その種がリポップしたかどうかを代々木で調べるのは不可能だ。
活性化した場合、種をカットしたらモンスターよろしく消えるんじゃないかとも思って、農園の麦を掘り起こしてやってみたが、そんなことにはならなかった。
ダンジョン内の木の枝をカットしても、切り取った枝が消えないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
「それで、あれは何をしてるんです?」
三好が、スライムを一匹倒す度にシャドウピットが発動している状態を見ていった。
「どうやら、アルスルズのピットの中は、ダンジョンの外と見なされるんだ」
「え? じゃあ、あれってダンジョンの外に出たのと同じ効果なんですか?」
俺は三好の疑問に頷いた。
「メイキングで確認したから間違いない。ものすごい高効率だぞ。これで三好の特訓が捗りそうだろ?」
「それはそうですけど……」
「なんだ、そんなに特訓がイヤだったか?」
「違いますよ! 先輩、シャドウピットって魔法ですよね?」
「たぶんな……って、ああ!」
もしもそれが魔法なら、それを使ってるドゥルトウィンのMPは一体どうなってるんだ?
なにも補正がない場合、人間のMPの回復速度は、概ね1時間にINTと同じ値だ。
仮にMP消費量が1だとしても、10秒に1回つかうと、1時間で360ポイントが消費されるわけで……さすがにINT360はあり得ないだろうから、いつかはゼロになるはずだ。
「カヴァス」
三好はドゥルトウィンを鑑定した後、カヴァスを呼び出すと、シャドウピットに使われるMPと、自動回復するMPについていろいろと質問していた。
「なんだって?」
「細かい数字とかは聞きようがありませんけど、あれくらいのペースで使い続けたらどのくらい持つのかはわかりました」
「それで?」
「どうやら朝ご飯から晩ご飯の間くらいは大丈夫みたいですよ」
そもそも、アルスルズ達には、短い時間の単位に関する概念がなかった。
不便なので、教えている最中なのだが、どうにもうまくいっていない。だからタイマーがチンとなったらだの、時計の針がここへ来たらだのと言った指示になっている。
「それって10~14時間くらいか?」
「うちって、割とバラバラですからね。でもまあ余裕を見ても8時間くらいは平気って事じゃないでしょうか。意外と長いですね」
収納の出し入れはMPをほとんど消費しないから、あれと同じようなものなのだろう。
三好の鉄球だって、消費MPは1よりずっと少なかった。
「SPの取得効率は滅茶苦茶良いし、何かあったときのためにもMPを枯渇寸前にするのはマズイから、最長4時間くらいに制限した方が良いかもな」
「一応、ドゥルトウィンを1時間くらい観察すれば、大体の減り具合はわかると思います」
鑑定結果が相対的とは言え、減り具合を見るだけなら問題ないからか。
しかし、そんな時間が今あるかな? 俺はふと時計を見ていった。
「そろそろ、キャシー達が地上に戻ってくる頃かな?」
「キャシーって、全コースを体験したんですよね?」
「まあな」
「なら、しばらくはまかせても大丈夫でしょうけど……」
そう言って、三好は、ドゥルトウィンの尻尾を追いかけて、ひたすらスライムを叩いている小麦さんをみた。
「そうだな。とは言え、今日はともかく、ずっとドゥルトウィンを貸し出すわけにも行かないしなぁ……」
召喚数を増やして貸し出すという方法も考えたが、冒険中の自宅警備もわざわざ入れ替わって行ってるくらい仲間はずれが嫌いな連中だし、どのみちずっと貸し出すことなど出来るはずがない。
三好の言ってたように、彼女を召喚魔法持ちにするのが最も手っ取り早い気がしてきたぞ。
「先輩」
「なんだ?」
「やたら、まじめにやってますけど。なんで小麦さんをちゃんと育成しようとしてるんです?」
「それなぁ……」
俺は自分でもよく分からない感情をもてあましていた。
「最初はさ、俺達、生活にこまらないくらい稼いで、あとは、ダンジョンにちまちま関わって好きなことをしようと思ってただけじゃないか」
「ブラックからの脱出もありましたしね。まあ、私は先輩のスキルでちょっとは儲けられるかなって思ってましたよ? 数値化はとても魅力的でしたし」
三好は、努めて明るくそう言った。
「まあな。でも実際、その程度の話だったわけよ」
俺はこの3ヶ月を振り返るようにため息をついた。
「だけど、適当かつフリーダムに、好きなことを割と行き当たりばったりで流されながらやってたら、たった3ヶ月――いいか、たった3ヶ月だぞ?」
「たった3ヶ月で、碑文の解読だの、Dファクターに基づくダンジョンの秘密だの、USの隠蔽したい事件だの、さらには幽霊みたいな博士の登場だ? なんというか、盛りだくさんすぎるだろ!」
楽しい人生にある程度のイベントは必要だけど、一気にまとまってこられても困るんだよ。
もっとバラけろよ!
「富豪にもなりましたしね」
「それも実感が涌かない……」
別に特別に金のかかる趣味があるわけじゃなし、自由に好きなことが出来るようになったと言うだけだ。人間、山があればそれに気がつくが、平坦な道を歩くだけでは、そこに山があったことに気がついたりしないものだ。
せいぜいが通帳の桁が増えていることくらいだが、そもそも残高が足りているかどうかしか気にしなかった生活だったから、それすらもピンと来なかった。
「自分の人生の中でなら誰もがみんな主人公なんて言うけれど、俺達、ついこないだまでモブみたいなもんだったろ? フツーに生きてきた社会人は、こういうスケールに向いてないって……」
目先の問題を解決するのが精一杯な凡人に、国家的スケールの話をされたって、ぽかーんてなもんだよ。
「まだ、WDAの匿名バリアに守られているとは言え、三好はすでにレジェンド扱いになっちゃったし」
「調子に乗って派手なことをやりまくりましたからね。ある程度は仕方ないと思いますけど」
「それだって目くらましの意味もあったじゃん。だから、後輩女子に守られてる俺、かっこわるい的な心情もある」
「もともと、そう言う約束でしたよ?」
「そうなんだけどさ! なんていうかなー、なんていうかなー、こう、もやもやするんだよ。なんていうか、こう――」
「全てにケリをつけてスッキリしたい」
三好が静かにそう言った。
「……そうだ。そんな感じだな。でケリをつけるために、今できることって言ったら――」
「ダンジョンを攻略すること?」
「――しかないよな」
とりあえずは代々木の攻略だ。
とはいえ、広い代々木を三好と二人で、ガンガン攻略していくなんてのは効率がよろしくないだろうし、いつか行き詰まる気もする。
ならどうればいい?
「それで、攻略用冒険者を育成しようと考えたわけですか?」
「言語化したのは今が初めてだけど、結局そう言うことなのかも知れないな」
「いいんじゃないですか? もともとこの会社ってそのために作ったようなものですし」
「探索者の支援か」
「今いるプロの成長支援は、そのままやるとして、まじめそうな探索者とバンバン契約して、ガンガン育成して、スキルオーブなんかもどんどん使わせて……世界最強の冒険者チーム軍団を作り上げる、なんてのも面白いかも知れませんよ?」
「そうか……そうだな!」
「ファントム様の活躍準備も進んでますし」
「は? なんだそれ?」
「まだ秘密ですー」
「ええ?」
なんだよ、その不安しかなさそうな秘密は……
「そういうことなら、先輩。やっぱり、バーゲストを倒しに行った方がいいかもしれませんね」
「あれは、クールタイムが3日だから、面倒なんだよなぁ……」
もっと短ければ、向こうに留まって集中的に狩れるし、もっと長ければ、たまに行けば良いだけだから、それほど面倒という意識も起こらない。
「週に2個も採って来れますよ!」
嬉しそうにそんなことを言う三好に、俺はジト目で応えた。
「ボス、ストを起こしてもいいですか?」
「労働時間が完全に自由裁量に任せられているとき、ストって意味あります?」
「……ただの休みと変わらない気がする」
たぶん〆切りが近づくだけですよねと三好が笑った。
そして、そのまましばらく小麦さんに付き合っていた俺達は、少し彼女が疲れてきた様子を見せた頃、作業を切り上げさせて地上へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ああ! やっとみつけました!」
ダンジョンの入り口を出て、レンタルスペースへと足を向けたところで、俺は、突然声をかけられた。
声のした方を振り返ると、そこには何処かで見たような女性が立っていた。
「んん?」
頭を捻る俺の脇腹を肘で小突いた三好が、「先輩。ほら、ポーション(5)の……」と、こっそり教えてくれた。
「ああ! あの……ええっと何て言ったっけ」
俺は保管庫から、貰った紙を取り出して、見た。
「三代……絵里さん?」
そこに立っていたのは、5層でハウンドオブヘカテに襲われて、怪我をしていた弟をかばっていた、洋弓使いの女性だった。
*1) トゥルッフ・トゥルウィス / Twrch Trwyth
中世ウェールズのマビノギオンにあるキルッフとオルウェンに登場する大猪。
キルッフくんがオルウェンちゃんと結婚するのに無理難題をオルウェンパパに言われ、その中にこの大猪の討伐が含まれていた。
*2) FFXIに出てくるウサギ
最後にバランスをぶち壊しながら、今なおサービスが提供されている(メジャーバージョンアップの終了は2015年)オンラインゲーム。
癒しの人参汁で呼び出せる、たれ耳ドルトウィンというペットのウサギ?登場する。
最も綴りは、Dortwin と Drudwyn で全然違うのだけれど。