§087 教官が来た 1/8 (tue)
「名前、名前ねぇ……俺達には、ネーミングセンスというものがないからな」
「失礼ですね。それは先輩だけです」
あれから二日。
すでに締め切られたはずのオークションをそっちのけで、俺達は未だに機器の名前について悩んでいた。
「んじゃ、どんな名前にするってんだよ」
堂々と、ダンジョンパワーズなんて名前をつけたやつが、何言ってんだっつーの。
「もういろいろ面倒なことはかんがえるのをやめて、簡易版は、SMD-EASYとかでいいかなって」
たしかに昨日は、機器の意味を各国の言葉にしてみたり、世界中の神話をひっくり返したりして1日を潰したが、どうにもぴんと来なかった。
そもそもペルーやコンゴあたりの神話から名前を持ってきたとして、この日本で、誰がそれを理解するんだって言う話。
プリニウスもボルヘスもブリッグズも(*1)、ぽいっ、だ。ぽいっ。
「それじゃ型番だろ。しかも Status Measure Device とか、まんまじゃないか」
「ちっちっちっ。先輩、SMDは『ステータス見えるくんです』の略ですよ」
はぁ? おまえはピース電気の健太郎か? (*2)
「……三好のネーミングセンスが大したことないってことだけはよく分かった」
「なんでですか! 可愛いじゃないですか、見えるくん!」
「まあいいけどさ。なんだかメガドラの廉価版みたいだよな」
SMDは、Sega Mega Drive の略でもあるのだ。
「確かに、ソニックが走り回りそうではあります」
「俺が生まれた頃のゲーム機なのに、よく知ってるな」
「先輩。大学生にはマニアってやつが沢山いてですね、ちょっと話を聞いてあげると、延々と付き合わされたりするんですよ」
三好がやれやれと言った様子で首を振った。
「ゲームの場合はさらにプレイさせられますからね。4:3でブラウン管の14インチとか、まだあったのかって驚きましたよ」
やばい。うちのアパートにある4:3の21インチブラウン管のことが知られたりしたら、何を言われるかわからんぞ。
もっとも電源を入れたのは、限りなく昔の話だから、いまでも映るかどうかはわからないが。
「まあそこで、くるくる回るハリネズミキャラを散々走らせさせられたわけです」
マニアは侮れませんとか言いながら、目を瞑って腕を組み、うんうんと頷いている。
「じゃあ精密測定版は、SMD-PROか?」
「よく分かりましたね」
わからいでか。
「型番はそれでいいとして、あとは愛称だな。ステータス見えるくんです、だから、ステミエEASYとかか?」
「最近はもっと変なところを残しませんか?」
「なら、スタルクEASYとかスーミルEASYとか……」
「ルエミスターEASYにしましょう! なんか輝きそうですし」
「どっから出てきたんだ、それ?」
「ここです、ステ『ータス見える』くんです。逆読みは、ワードナーとトレボーの時代からの定番ですよ!(*3)」
「どんな定番だよ。大体遊んだことあるのか、お前」
「Apple II Plus で死ぬほど遊びました。死んだらフロッピーディスクを取り出してガードですっ!!」
そう言って、三好は、アップルの上に載せた、フロッピードライブのロックをはずしてディスクを取り出すポーズを取った。
当時のメディアは1Sだ。よくそんなフロッピーが残ってたもんだ。14インチモニタどころの騒ぎじゃないだろ。マニアってすげぇな。
「レトロゲーって中毒性がハンパないですよね。これとロードランナーは悪魔のゲームでした……」
「ただ、ゲームを起動して、そのタイトル画面で『シードラゴーン・シードラゴーン・シードラゴーン』と叫ぶのを見て、それに大感動している先輩にはついて行けませんでしたが……」
たぶん、PSG音源でPCMを再現した歴史的瞬間(*4)とかなんとか、そんな感じなのだろうが、俺もついて行けそうにない。
「というか、三好って結構ゲーマーだったんだな。初めて知ったよ」
「いえいえ、その当時だけですよ。サークル勧誘で捕まっちゃって、ウィズとロドランが終わったときは、すでに逃げるに逃げられなくて……」
まあ、それなりに楽しかったですけどね、と作った笑顔が、ちょっと引きつっていた。
「あ、先輩。そろそろ出ないと、面接に間に合いませんよ?」
「オーブの受け渡しはいいのか?」
「なんか、今回は、全員受け渡し希望日まで結構時間があるんですよね」
「何か、試されてるとか?」
「対象ははっきりと18層ですからね。それはあるかもしれません」
◇◇◇◇◇◇◇◇
足を運んだJDAの小会議室では、先に紹介された女性が来ていた。
均整のとれた引き締まった体つきを大柄な美女で、185cmは確実にありそうだ。まさに名前通り(*5)と言えた。
『こんにちは、私がアズサ・ミヨシです。今日はご足労頂きありがとうございます』
『初めてお目にかかります。キャサリン=ミッチェルです。キャシーとおよび下さい』
『では私もアズサと』
『いえ、ボスと呼んでも?』
『え? ええまあ、構いませんけど』
二人は握手した後、席について、三好がいろいろと質問を始めた。その、受け答えもよどみなく、まさにザ・プロフェッショナルって感じだ。
俺はその間に、提出されたレジュメ(履歴書)を見ていた。
それによると、EDUCATION(学歴)も WORK EXPERIENCE(職歴)も QUALIFICATIONS (スキル)も完璧と言えるものだった。
添付されていたDADの訓練成績も大したもので、ついでに言えば容姿もとても優れていた。
どうして、こんなに完璧な人間が、サイモンチームのバックアップなんだ?
自分のチームを任されてもまるでおかしくない人材だが……
考え込んでいた俺は、三好の呼びかけに、すぐには気付かなかった。
「先輩? せんぱーい!」
それを聞いた、キャサリンが奇妙な顔をした。んん?
「あ、なんだ?」
「で、どうですか? もう完璧って感じの人材ですけど」
「あ、ああ。そうだな。いいんじゃないか?」
「ですよね。先輩はなにか聞きたいこととかありますか?」
聞きたいこと? いや、特にはないけど、自己紹介くらいはしておくか。
今後パーティを組むことは確実だしな。
『はじめまして、キャサリンさん』
『あなたは?』
『私は、ケイゴ・ヨシムラと言います』
『私の上司にあたる方ですか?』
上司? うーん。株式会社Dパワーズの役付きは三好だけだからな。そういや、俺って社員なのかな?
「そういや、俺って社員なの?」
「いえ、まだ作っただけで、誰も社員登録してないですね、そう言えば。社員はゼロです」
「だから先輩の身分は……んー、アルバイト? か契約?」
『あたらないみたいですよ。私は、Dパワーズに所属している探索者で、訓練時はあなたとパーティを組むことになると思います』
『パーティ……ランクは?』
『Gです』
そう言った瞬間、キャサリンが顔をしかめた。
『どうしました?』
『……どうやら、きちんとした上下関係を身につけさせる必要があるようね』
『はい?』
「三好。なにか、今上下関係を身につけさせるとかなんとか言ったか?」
俺は余りのことに、ヒアリングを間違えたかと三好に聞いてみた。
「言いました。どうやらパーティリーダーを争う戦いの勃発のようですよ?」
三好は楽しそうにそう言った。
ちょっと待て。お前は高みの見物かよ! まあ、こいつはボスだからな……
『ボス。今すぐダンジョンに向かってよろしいでしょうか。この男に秩序というものを教えてやる必要があります』
三好はちらりとこちらを見ると、にっこりと笑って、『是非お願いします』と言った。
『ちょ、ちょっと待ってくれ』
俺は慌てて廊下に出ると、サイモンに電話をかけた。18層に潜っていると言っても、留守番電話にくらいは繋がるだろう。
一体キャサリンってどういうやつなんだ?
『サイモンだ』
繋がった?!
『こんにちはサイモンさん。芳村です』
『ヨシムラが俺に電話? ……ああ、挑まれたか?』
電話の向こうで含み笑いをしながらサイモンが言った。
『なんだか、状況がよくおわかりのようで……サイモンさんの差し金なんですか?』
『違う違う。あいつが海兵隊のサージェントだった話はしたろ?』
『ええ』
『キャシーの家は代々軍人の家系でな、小さい頃から階級社会を骨の髄までたたき込まれて育ったらしいんだ』
『はあ』
『その結果、組織に所属する際は、必ず自分のポジションを決めなければ落ち着かないらしいぞ』
『それって、学生の時はどうしてたんです? 片っ端から喧嘩ふっかけて歩いたとか?』
『成績順』
『なるほど……』
成績が序列ってのもどうかと思うが、上に行くための目安としては確かに分かり易くはある。
軍に所属していれば、階級がその役目を果たしてくれるので問題ないが、階級が曖昧なところに所属すると、こうなるのだそうだ。
『もしかしてDADへの出向の時って……』
『Yeah。めっちゃ、挑まれたってわけ』
それで、あんなに実力がありそうなのにサイモンのところのバックアップなのか!
『他には御せるチームがいなかった?』
『ご明察』
実力は折り紙付きだし、学力も非常に優秀、そしてあの美貌だ。付いたあだ名がレディ・パーフェクト。
だが、本人は揶揄気味に使われるこのあだ名が大嫌いらしく、目の前で使うと後悔することになるらしい。
『最後に一つだけ忠告しておこう。キャシーは犬と一緒だからな。へたに下手に出ると見下されるぞ』
おう。だから謙譲精神に溢れた俺に、あたりが強かったのか。
ちょっと言葉遣いも見直した方が良いな、こりゃ。
『なに、心配するな。あれで一流の軍人で、訓練経験も豊富だからな。ちゃんと手加減してくれるさ』
たぶん必要ないだろうけどな。と含みのある言葉を残して、サイモンは電話を切った。
あんのやろう……
俺は仕方なく、部屋に戻った。
「おまたせ」
「で、先輩。どうするんですか? キャシーはもうダンジョンに行く気満々みたいですけど」
戦闘とかは面倒だから避けたいが……よし、平和的な勝負を提案しよう!
『なあ、キャサリン』
『なんです?』
『勝負ってなにをするんだ? ジャンケンじゃだめか?』
『ジャンケン? ってなんです?』
「三好、ジャンケンって英語で何て言うんだ?」
「Rock-Paper-Scissorsだって聞いたことがありますけど……」
「まんまなのかよ」
俺は笑いながら、キャシーに向かっていった
『岩ー紙ー鋏、だよ。日本じゃ、ジャンケンって言うんだ』
それを聞いたキャサリンは頭を振った。
『確かに勝負には運も必要ですが、運だけのゲームでは実力は測れません』
『ミズ・ミッチェル。ジャンケンが運だけのゲームだと思っているようでは、まだまだだな』
『なんですって?』
俺はサイモンに倣って、少し上官っぽく発言してみた。
『嘘だと思うなら、俺に勝ってみたまえ。そうしたら君の言う勝負にも応じよう』
『いいでしょう! 勝負しましょう!』
「Rock, Paper, Scissors, Go!」
彼女はチョキで、俺がグーだった。
『おや、どうしたんだ?』
『運だけのゲームなんですから、1度や2度の負けはありますよ』
『ほっほー。じゃ、次だ』
「Rock, Paper, Scissors, Go!」
彼女はパーで、俺はチョキ。
『ぐぬぬ……次! 次です!』
「Rock, Paper, Scissors, Go!」
彼女はチョキで、俺はグー。
『そんなバカな! 次!』
それから、十数回ジャンケンを繰り返したが、全部俺の勝ちだった。
AGI-200の動体視力と反応速度を舐めてはいけない。一般人相手のジャンケンに全勝することくらいは朝飯前なのだ。
キャサリンは呆然と、自分が最後に出したチョキを見つめていた。
「先輩、それって反則じゃないですか?」
「別にインチキってわけじゃないだろ」
「何かしたんですか?!」
キャサリンはがばっと音を立てて顔を上げると、俺に迫ってきた。でかいから迫力がある。
そういや、三好が、『日本語が話せるグッドな人材』って、サイモンに頼んでたんだ。もしやこいつ日本語ペラペラかっ?!
「おま、日本語……」
「最初にボスが英語で話しかけてきたから、英語でレスポンスしました。それで一体何を?」
「別になにも? ジャンケンでどんなインチキをするって言うんだ?」
「今、ボスが反則って……」
「ああ、俺が反則級に強いって意味だ」
「も、もしや、相手の考えていることが分かるスキル持ち……だとか?」
「じゃ、別のことを考えたり、違う手を考えてれば勝てるんじゃないの?」
「くっ、もう一度です!」
なんとも負けず嫌いなやつだなぁ。でもなんだか面白くなってきたぞ。
「Rock, Paper, Scissors, Go!」
彼女はパーで、俺はチョキ。
『も、もう一度!』
「Rock, Paper, Scissors, Go!」
彼女はパーで、俺はチョキ。
それから、何度もジャンケンが繰り返された。しかし、勝利は全て俺のものだった。
『…………』
彼女は半分涙目で、拳を握りしめて、床を見ていた。
意外と可愛いな、こいつ。
「どうだろう、理解していただけたかな? キャシー君?」
「くっ。Sir Yes,Sir!」
そう言うと、彼女は、かかとをあわせて気をつけの姿勢をとった。
いや、極端すぎるんだよ、キミは……
ともあれ、俺達は非常に優秀かつ、客ウケしそうな鬼教官を手に入れたのだ。
*1) プリニウスとボルヘスとブリッグズ
博物誌 / プリニウス
幻獣辞典 / ホルヘ・ルイス・ボルヘス (共著 マルガリータ・ゲレロ)
妖精辞典 / キャサリン・ブリッグズ
原書は疎か英語版すら図書館でもほとんど読めなかった博物誌を、雄山閣出版さんが出版(27cm版)したのはまさに福音、喜び勇んで購入したのはいいけれど、重くて読むのが大変だった。電子本が欲しいです。マジで。
他はまあ、我慢できる重さ。
*2) おまかせ!ピース電気店 / 能田達規
気楽にどっからでも読めて、気楽にいつでも読むのをやめられる、大変面白い漫画。
鉄道だの機械だのを愛する人にお勧め。あとモモコとみゃーとこたみか号。
*3) ウィザードリィ
ハクスラ系RPGの金字塔。apple II で寝ずに遊んだ。
ボスキャラのワードナーと、狂王トレボーが、開発者二人の名前をひっくり返して作られたのは有名な話。
apple II時代は、戦闘が終わってからディスクに書き込まれるシステムだったため、死んだ直後にフロッピーを取り出してしまえば、書き込まれずにリセットして直前の状態からやり直せたのです。the 邪道。だって、カドルト神に祈っても灰になるんだもん。
*4) PSG(Programmable Sound Generator)
いわゆるレトロなピコピコ音の音楽というのは、大体これで再生されている。
当時PCはビープ音しかなかったのだが、apple II には Mockingboard というサウンドカードがあって、PSG音源を搭載していた。
それをPCM(現代のPCで音声を出力している方式)風に利用して喋らせるというのが、ちょっと流行った時代があったのだ。
シードラゴンのタイトル画面は、それの走り。当時はみんな感動していた(はず)
*5) 名前通り
ミッチェル(Mitchell)には、もともと「大きい」という意味があった。