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Dジェネシス ダンジョンができて3年(web版)  作者: 之 貫紀
第5章 株式会社Dパワーズ
85/218

§084 探索の結果 1/6 (sun)

2019/07/19 ちょっと後の都合で、小麦を天然風に変更しました。

その石は、JDA職員に急ぎで頼まれたとかいうスタッフが持ち込んだものだった。


「あら、なにそれ。ロザリオ風デザインのネックレス?」

「あ、六条さん。鑑定を頼まれたんですよ。ダンジョンから出たアイテムらしいんですけど、石を外すのはNGとかで」

「ええ~、なにそれ? それじゃ、まともにCtも量れませんよ?」


六条小麦は、鉱物女子と呼ばれるのが大嫌いな、筋金入りの鉱物マニアだ。

宝石鑑定を主な仕事にしている以上、そこで働いている人間は多かれ少なかれそういう傾向があったが、彼女のマニア魂は、同僚でも引きかねないところがあった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


あれは忘れもしない1997年の6月8日。


化石マニアの父親に手を引かれていった東京国際ミネラルフェア、そこには非常にめずらしい、テリジノサウルスの孵化直前の卵殻内の胎児の化石が展示されていたのだ。

単に父親がそれを見にいくための出しに小麦を使っていただけのような気もするが、小学校に上がったばかりの小麦は、日曜日にパパとするお出かけにテンションが上がっていた。


問題の化石は、なんだかごちゃっとした骨みたいなものが、卵形の石の中に詰まってるだけで、特段美しいわけでもなんでもなかったので、小麦はそれを見ても何も感じなかった。

それを夢中で見ていた父親を尻目に、会場をきょろきょろしていた小麦は、モロッコ産のエラスモサウルスの全身骨格にビビって、つい走り出してしまい、迷子になった。

そうして、不安にかられながら、きょろきょろと父親を捜しているときに、それに出会ったのだ。


「きれい……」


今にして思えば、それは、少し形が良いだけの特に珍しくもない水晶クラスタだった。

しかし、その時の小麦の目には、それが不思議の国にある素敵な宝物のように思えたのだ。


小麦はポケットにあったお小遣いの500円玉を取り出して見たが、とてもそれで買えるような値段ではない。

その時、それをずっと見ていた、優しげで垂れ目のおじさんが話しかけてきた。


「嬢ちゃん。水晶が気に入ったのかい?」

「すいしょう?」

「ほら、そこのキラキラしているやつさ」


小麦はそれを見て、うんと、頷いた。


「じゃあ、これなんかどうだい? 小さいけれど形が良いから取っておいたんだ」


そう言っておじさんが取り出したのは、今まで自分が見ていた宝物をそのまま子供にしたような、100円玉に乗りそうな小さなクラスタだった。


小麦はそれが一目で気に入った。


「これで、買え……ますか?」


と、ギュッと握りしめていた500円玉をおそるおそる見せると、おじさんはは大きく頷いて充分だよ、と言ってくれた。


「この水晶は、赤ちゃんだから壊れやすいんだ。ぶつけたりしないようにな」


おじさんはそれを、透明な蓋の付いた、マイクロマウントと呼ばれる小さなケースに固定すると、そっと小麦に手渡してくれた。

小麦が嬉しそうに、それを光にかざすと、ところどころで虹のようなものが見えた。それがまるで彼女を夢の世界へと誘う入り口のように思えた。


「気に入ったかい?」


そう聞くおじさんの言葉に、小麦は満面の笑顔を浮かべ、力強く頷いて「ありがとう!」と言った。

そうして彼女は、底のない沼へと自ら喜んで飛び込んだのだ。


その後慌てて彼女を探しに来た父親に、危ないからひとりでウロウロしちゃダメダよと怒られたが、少し理不尽だと思った。


その時のおじさんは、御徒町にある、とある鉱物ショップの経営者だった。

今では、もうお爺さんと呼べる年齢にさしかかっていたが、その時からずっと、彼女と友達のように付き合っている。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「あくまでも急ぎの簡易鑑定ですよ。正式な鑑定書を出すわけじゃないですから、そこは概算で。どうせ、ラボに戻らないと、ラマンも、フォトルミネッセンスもありませんし」


フォトルミネッセンス測定は組成や結晶性を測定する装置で、ラマン分光分析は光学的にいろいろなテストが出来る装置だ。

主要な用途は半導体開発への利用が多いが、石の分析にも使われている。結構お高くて、ほいほい買えたりはしない。


簡易チェックが主体のここでは、せいぜい、マイクロとダイクロ、UVマルチに屈折計ってところだ。


マイクロスコープは要するに顕微鏡で、ダイクロスコープは、複屈折性のあるカラーストーンの多色性を調べるシンプルなツールだ。

UVマルチスコープは、蛍光を見るための長短波両対応の紫外線ライトで、屈折計は、名前の通り屈折率を測定する器械だ。


「それに、その石がどうやってくっついてるのかよく分からないんです。はずしたら元に戻す自信がありません」


小麦は白い手袋をして、それを手に取り、接続部分を見てみたが、視認できる範囲では先が少しめり込んでいるだけで、これでどうやって固着しているのか確かによくわからなかった。

それから、表面に触れて、なでるように指を動かすと、満足そうなため息をついた。熟練の職人の手を感じさせるブリオレット・カットだ。


「カットがいいなー。まるでアンティークみたい」


ペアシェイプ・ブリリアントも、屈折率が計算された美しい涙滴型のカットだが、全方向に細かくファセットを刻んだブリオレットには、ひと味違うエステートジュエリー(*1)のような雰囲気がある。


「最初はアクアマリンかと思ったんですが」

「それはありませんね。屈折率がまるで違います」


小麦はルーペでその石を見ながら言った。


「屈折率は、大体コランダムと同じくらいでしたが――」

「複屈折性(*2)があります。サファイアじゃないし、シアナイトでもない……蛍光(*3)は?」

「鮮やかな青、でした」

「青?」


小麦は思わずルーペから目を離した。

残っていた可能性は、水色に発色したジルコンだが、これの蛍光は黄色やオレンジ系になるのだ。


「オレンジなら、波風が立たなかったんですけどね……」

「いままでの情報プラス、極めつけはこの派手なファイア――」


角度を変えながら、石を光に透かせる。


「――もしかして、ベニトアイト?」

「数値からは、ほぼそうなります」

「ほへー。ベニトアイトが、人工合成されたって話は聞いてませんね……」

「されてませんからね」


鑑定していた男が肩をすくめた。


「10ctはありますよ?」


小麦は手元のケースの上に置いたその石に目をやって言った。


「スミソニアンのものよりは、確実に大きいです」


ベニトアイトには、宝石品質の大きな石が少ない。そのため1ct(0.2g)でも充分に大きいとされている。

そうして、ファセットカット(*4)された、おそらく世界最大の石は、スミソニアン博物館にあって、その大きさは7.7ctだった。


「ちょっとラボへ持って行きたいんですけど……」

「無理ですね。もうすぐ返却時間です」

「延長させてー」

「勘弁してくださいよ……」


顧客から預かった石を、勝手に持ち出したあげく予定日時に返却しないなんてことになったら、信用問題も甚だしい。

小麦は、ちぇっと言って、未練がましそうに、その石を見ていた。


「しかし……ダンジョンって、こんな石が出てくるわけ?」

「こないだ発表された資料には、20層から79層で鉱物資源が出るそうですから、あるいは」

「で、どうすれば、そこへ行けるでしょう?」

「は? ははは……」


小麦がぶっ飛んでいるのはいつものことだとは言え、流石にこれは冗談だろうと男も笑ってごまかすしかなかった。

しかし、このとき小麦は、極めて真剣だったのだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「ベニトアイト?」

「そうです。アクアマリンではないかと言うことでしたが、屈折率がまるで違っていたそうです」


鳴瀬さんは、調査結果の表示されたタブレットを見ながらそう言った。


「屈折率や分散度、それに比重、紫外線下での蛍光から、おそらく、ブリオレット・カットの、ベニトアイトだそうです」

「なんでおそらく?」

「宝石品質のベニトアイトは、以前カリフォルニアから産出していたのですが、大きな石が珍しく、1ctで充分大きいと言えるんだそうです。で、そのトップですけど……大体10ctあるそうです」

「はぁ」


10ctと言われてもぴんと来なかった。何しろグラムに換算すれば2gだ。

気のなさそうな俺の返事に、鳴瀬さんが説明を追加した。


「いいですか、芳村さん。ベニトアイトでファセットカットされた最大のものはスミソニアンにあるんですが、それが、7.7ctなんですよ?」


要するに、世界最大のあり得ないと言っても良いサイズの石で、しかも透明度が高いためその価値は非常に高くなる。それを簡易鑑定で断定するのはさすがに憚られるらしい。

それで、おそらく、なんだそうだ。


「詳細な鑑定をさせて欲しいと要望がありました」

「いや、面倒だからいいですよ。石がわかれば正しい手入れ方法が分かるかなと思っただけですから」


柔らかい石とか、日光に当てると色あせする石とか、いろいろとあるみたいだからな。


「そんなことより、例のサインはどうなりました?」

「それなんですが……」


そんなことって、と呟いた後、鳴瀬さんがすまなそうな顔をして答えた。


「どうしました?」

「冗談もいい加減にしろと、最初から相手にして貰えませんでした」


うん、まあそうだろうな。

ダンジョンから産出した碑文の中に、3年前の事故で死んだ男のサインがある?

HAHAHA、どこの三文ミステリーかっての。


「一応タイラー博士についても調べてみたのですが……」


そこには一般的に公開されている彼のキャリアが書かれていた。

肩書きには、数多くの組織の肩書きが並んでいる。


AIP会員

APS会員

KLI会員

AGU会員

……


「American Institute of Physics や、American Physical Societyはわかりますけど、KLIってのは?」

「すぐに思いつくものは、韓国労働研究院(Korea Labor Institute)でしょうか」

「物理学者が労働研究?」


「最終的には、ネバダの素粒子物理学研究所の所長をされています」

「そこで例の事故が起こったんですか?」

「余剰次元の確認実験の最中だったと記録されていました」

「それで直筆のサインは……」

「残念ながら見つかりませんでした」


もしそれが見つかるなら、碑文に書かれている文字と比較してみたかったが、仕方がないか。


「それで、結局碑文の内容は?」

「一応翻訳したのですが、後半部分はまったく分かりませんでした。と言うか、明らかに書かれている言語が異なるようで、件のアラム語の方にも見ていただいたのですが、見たことのない文字だそうです」


確かに前半と後半じゃ使われている文字が明らかに異なっている。

俺は、その写真をタブレットで確認しながら言った。


「前半の内容は?」

「そこに翻訳文を載せておきましたけど、要約すると、ダンジョン探索者に向けた激励のような文章ですね」

「激励?」

「はい。どうやらこれは、the book of wanderersの最終ページみたいなもので、いわゆる後書きとか奥付に近いんじゃないかと……」

「じゃあ、このノンブルっぽい数字は……」

「たぶんそのものです。つまり the book of wanderers は、全127ページの本だと思われます」


三好が、新しいお茶に差し替えながら口を挟んだ。


「因みに、13番目のラマヌジャン素数ですよ、先輩」


またかよ……

そう思ったとき、表の呼び鈴が鳴った。


映像を確認した三好は、「あれ? 斎藤さん?」と声を上げた。


「御劔さんも一緒?」

「残念ながら、斎藤さんお一人のようですよ?」


三好が含み笑いをしながらそう言った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「ちーす」

「どうしたの? 珍しいね」

「そろそろ、よだれが切れるからさ、少し時間があるときに受け取っとこうかと思って」

「ああ、了解。ちょっとその辺に座って待っててくれるかな?」

「おっけー」


そう言って、彼女は鳴瀬さんに目礼すると、向かいの椅子に腰掛けた。

机の上には、碑文が表示されたままのタブレットが放置されていたが、とくに秘密にするようなものはなかった。


しばらくして、三好が用意した半ダースのボトルを持って、戻ってくると、斎藤さんはタブレットの画像を見ながら言った。


「『地球の同胞諸君に告ぐ』って、なにこれ? 新しい遊び?」


いやもうそれを聞いたとき俺達は、全員心の中で叫んだよ?


(((な、なんだってーーーー?!)))


*1) エステートジュエリー

ここでは、代々受け継がれていくような宝石くらいの意。


*2) 複屈折性

透過させたものが多重に見える現象がおこる性質。


*3) 蛍光

大雑把に言うと、紫外線をあてると光る現象。物質によって色が異なる。


*4) ファセットカット

宝石を面で囲むように切り取っていくカット。その面のことをファセットという。

ブリリアントカットも、ブリオレットカットもファセットカットの一種。

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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
どこでおぼえた?intあげてるほうだっけ?
[良い点] 著者が博識で、しっかり事前調査しているのはよい。新しい知識が増えるのは嬉しい。 [気になる点] なぜ三好がベニアトナイトの鑑定をスキルを使用せず、外に鑑定依頼をしたのか?その経緯が不明であ…
[一言] ∑( ̄□ ̄;)読める人がいたー
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