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Dジェネシス ダンジョンができて3年(web版)  作者: 之 貫紀
第4章 ヒブンリークス heaven leaks
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§069 試作デバイス 12/16 (sun)

「こっちが、設置して使う精密計測用で、こっちが簡易版だ」


翌日俺達は、レンタカーの軽トラを借りて、翠さんの研究所を訪れていた。

計測デバイス試作機のお披露目だ。


そこには、2種類のむき出しのデバイスが、2セット用意され、片方は梱包されていた。ソフトウェア開発用に持ち帰るから梱包しておいてくれるよう頼んでおいたらしい。


「簡易版も、もうできてるんですね」

「生理学的な値の取得がほとんど無くなったし、構造的には遥かに簡単だからな」


紙束を持ってうろうろしていた中島が、それを聞いて、立ち止まった。


「所長。簡単って言わないでくださいよ。コンパクトに纏めるのにどんだけ苦労したと思ってるんですか」

「いや、中島は優秀だからな。これくらい容易(たやす)いことだろう?」


中島は、目をぐるぐる回して空を仰いだ。見えるのは天上だったが。


「精密計測用は、この円盤の上に数秒立っているだけだ」

「え? 非接触で脳波計測とかできるんですか?」


良いことを聞いてくれましたとばかりに、中島が乗り出してきて説明をはじめた。


「それが出来るんですよ。さすがにSQUIDと同程度の感度というわけには行きませんが、今では以前とは比較にならない超高感度のMI素子も開発されていますし、TMR素子なんかも、外乱磁気ショック問題の解決と共に――」

「ちょ、待って! 待って! そんな説明、いきなりされても専門外なんでわかりませんって」

「うむ。理系の男は相手のことを考えないからな」


腕を組んでコクコクと頷きながら、翠さんが勝手なことを言っていた。


「先輩、それはちょっと偏見入ってると思いますけど」

「その通りですよ、所長。まあそういった磁力計の出力が、脳活動の電気的特性を反映するように調整してあるわけです」

「へー。凄いんですね」


そう言うと、中島は照れたように笑った。


「ま、そんなわけですから、簡易版は、測定条件によって、結構な誤差が生じるかもしれません」

「その辺は、ソフトウェアで調整してみますけど……取得される値の厳密な精度はともかく、機器間のばらつきや、測定の揺らぎはないんですよね?」

「距離計も組み込んでありますから、そこから補正すれば揺らぎ自体は±0.05%以下だと思いますよ」


一応僕で計測したデーターで調整してありますから、と、中島がメモリカードを取り出した。


「こっちがその時の状態を記したテキスト付きの生データです。なにかあったら確認してみて下さい」

「ありがとうございます! なら、なんとかなると思います。あとは、そうですね……これひとつでおいくらなんでしょうか?」

「特殊なセンサー以外は、ありもの技術の寄せ集めですからね……精密計測用が2千万、簡易型で300万くらいでしょうか」


「あんたらの資金預託は大変助かったよ」


そう言いながら、翠さんが、俺の腕をバンバンと叩いた。


「本当ですよ。ああ、毎回これくらい自由に予算が使えればいいのに」

「やかましい。カネがないほうが工夫するようになるんだよ」

「限度がありますよ、所長」


俺は他人事じゃなかったよなと昔を思い出して苦笑しながら、量産したときの話を中島さんに振ってみた。


「まあまあ。それで量産するとしたら?」

「そうですねぇ。試作機を運用して、適切なデータの取捨や精度がはっきりすれば、無駄を省けますから、三分の一から四分の一くらい……状況によっては十分の一くらいにはなると思いますけど……」


三分の一なら百万か。

高いような安いような、オーディオにしろPCにしろ自転車にしろ、趣味用品のハイエンドはそんなもんだから、一応趣味の領域にも収まるのかな。


「量産は製造委託になるんだろう? うちは一応ファブレスだからな。で、梓。一体これで何をするんだ? そろそろ教えてくれるんだろ?」

「世界的ベストセラーを狙うんですよ」

「ベストセラー?」

「しかし、距離計付きの特殊な電磁波計測用センサーを除けば、ほとんどがありもの技術の寄せ集めですから、もし売れてもすぐに真似されますよ? 特許をとれるような部分も少なそうですし」

「デバイスは単なる計測器ですからね。そこはいいんです。センサーは中島さんが?」

「ええまあ」


少しテレながら肯定した中島に、三好は賞賛の言葉をかけた後、通信/表示部分のハードウェア諸元やプロトコルについて詳しく説明し始めた。


「どうでしょう中島さん。組み込めそうですか?」

「携帯電話をくっつけるようなものですからね。大した問題はありません」

「じゃ、販促用に、精密版を3台、簡易版を8台くらい作成していただけますか?」

「了解です。ガワや組み立て用部品は3Dプリンタで出力して、あとは規格部品類を注文するだけなので……そうですね、資金に問題がなければ今週中には」

「さすが、中島さん。仕事が早いです」

「でへへ」

「順次製作なら、一台じゃ先に頂きたいので、出来たらご連絡下さいね!」

「わかりました! お任せ下さい」


そういうと中島はさっそく取り寄せる部品のリストを作成し始めた。


「梓、いつの間にそんなに男転がしが巧みに」


ダメ男の面倒を見ているからか? などと、こっちを見ながら失礼なことを言っている。

確かに最近ちょっと、三好への依存度が上がってる気はする。時々、未来から来たネコ型ロボットに見える時があるもんな。三好に聞かれたら、私はあんなに太くありません、なんて怒られそうだが。


「何言ってるんですか。みんな正当な評価に飢えてるんですよ。こないだまでいた会社なんて、一部はちょーブラックでしたからねぇ。反面教師と言うものです」

「ほー」

「で、先輩。さっき言ってた量産の事なんですが……」


三好は翠さんに合弁会社と小規模な工場の建設について持ちかけていた。


「いや、うちにそんな金銭的な余裕はないぞ?」


説明を聞いた翠さんは、無理だろうという顔をしている。


「そこは頭脳とコネを期待しています。人も増やす必要がありますし」

「……この有り物技術の塊が、そんなに大規模なビジネスに化けるのか?」

「翠先輩。まだここだけの話ですけど、これ、人間の能力を数値化する器械なんです」


翠さんは一瞬固まったが、三好の頭に手を当てて、「熱はないな」と言った。


「36度ちょっとくらいはありますよ?」


そう言って笑いながら、三好は翠さんの手を引っ張って、会議用の小さなスペースへと誘った。


「先輩は、ちょっと飲み物でも買ってきてください。少し長い話になりますし」

「了解。自販機は――」

「お。うちのロビーにあるぞ。入ってるのは働いてるやつの趣味で入れてるドリンクだから、味は保証しないけどな」

「わかりました」


俺は手を振ると、自販機へと向かっていった。

三好はさっそく、ダンジョンがステータスに及ぼす最新の知見と、その測定概要について説明をはじめたようだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


三好のやつが缶コーヒーを飲んでるところなんか見たこと無いけど、微糖か無糖の珈琲で良いよな。


自販機、自販機っと……お、あれか。


その少し古びた自販機は、全品0円で、押せば飲み物が出てくる状態だった。流石オサレ開発企業。世界的なIT企業みたいだぜ。

だがそのラインナップは少々変わっていた。


「なになに、飲むシュークリーム? なんだそれ?」


見本に小さな紙が挟んである。読むと『賞味期限は 2018/4/21です。でもまだ飲めるよ♪』って、飲めるかー!

くそっ。後は……ドクペにふりふりみっくちゅじゅーちゅにドリアンサイダー? たくあんコーラに、うにラムネって、なんだこれ……


「働いてるヤツの趣味って言っても限度があるだろ……」


一番まともそうなのは、ドクペ……いや、みっくちゅじゅーちゅか?

とりあえずそれを3本とりだして、会議室へと戻った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


会議室に戻ると、概要の説明は終わっていたようだった。

俺は、二人にジュースを渡しながら、販売機のことについて翠さんに聞いてみた。


「ああ、そりゃ、ネタ販売機の方を見たんだな」

「なんですそれ?」

「全部タダだったろ?」

「ええ。って、福利厚生の一環ってやつじゃないんですか?」

「うちみたいな貧乏ベンチャーにそんなものあるわけないだろ。もうちょい先のロビーに、普通の自販機もあったろう?」

「ロビーまで行きませんでした……」


話によるとあれは、以前ここにあった工場で使ってた自販機らしく、せっかくだからと、旅行先で買ったネタドリンクをセットして遊んだのが始まりだったらしい。

以降、旅行に行った連中が、ネタドリンクをケースで仕入れてきては遊んでいるのだとか。ローカルジュースにはネタものが多いそうだ。

今では罰ゲーム用ドリンクとして活躍しているらしい。


ていうか、翠さんと中島さん以外にも働いている人っていたんだ。


「当たり前だ。大体、今日は日曜日だろ。休出してんだから、ありがたく思えよ。とはいえ全部で6人だ。梓のところの仕事は、中島一人でいいんだが、一応私も立ち会ってるだけだ」


みっくちゅじゅーちゅを受け取った翠さんは、それを両手で弄びながらそう言った。


「で、今、梓から聞いたんだが、ダンジョン攻略を支援する会社を作るって?」

「まあ、そうですね」

「そういう活動には、NPO法人の方が向いてるだろう」

「いや、だって、設立に3ヶ月もかかるって言われましたから。なら、株式会社でいいかなって」

「ドッグならぬマウスイヤーは伝説じゃなかったんだな」


俺の言葉に翠さんが呆れたように笑った。


ドッグイヤー・マウスイヤーはちょっと前に流行ったIT用語だ。犬は人の7倍、鼠は18倍で成長することから、技術の進歩がそれくらい早いと言うことを意味していた。

要は、普通にやってたら置いて行かれちゃいますよと、人を脅すためのバズワードみたいなものだ。


「御社が作ったデバイスで、ダンジョン攻略はぐっと進むと思いますよ。18倍かどうかはわかりませんが」


なにせ、何の指針もなかったところに、数値という基準が生まれるインパクトは大きい。


「試作メーカーとして、ここで一旦仕事を区切るか、提携会社としてハードウェア部分を担当するかって言われるとなぁ……」

「ありもの技術の寄せ集めなんて彼は謙遜してましたけど、核心部品は中島さんのセンサーですよね?」


三好は翠さんを見ながらそう言った。彼女は、自分の会社の技術が誉められたことに、少し笑みを浮かべながら「まあな」とだけ言った。


「計測デバイスも医療機器みたいなものですから、そのまま社内に別部署を作って対応してもいいですし、新会社の協力企業として出向のような形にしてもいいです。また、そのほかでももちろん構いません。その辺は三好と自由に相談して下さい」

「ま、正直言って、うちもご多分に漏れず予算的に苦しいしな、ここで降りるって選択肢はないだろ」

「じゃあ」

「ああ、よろしく頼む」


差し出された右手を握ると、横から三好が言った。


「そうとなったら、買収には注意して下さいね」

「買収?」

「そうです。うちと提携したことが外に漏れたら、たぶんすぐに買収がかかりますよ」

「は? なんだそれ?」

「先輩。株はどうなってます?」

「どうなってるって、私が60%持っている。後は従業員がいくらかづつ持ってるな。んで、大学が5%か」

「投資家とかは?」

「いまのところは振られっぱなしだ。うちの父さんが少し持ってるくらいかな」


翠さんは自嘲気味に言った。


「この話が表に出ると、振られっぱなしだった人達から、熱烈なアピールがあるかも知れませんから、気をつけて下さい」

「何の話だ?」

「とにかくすり寄ってくる組織が、わんさか増えると思いますが、とりあえず全部袖にしておいて下さいってことです。必要な融資はうちからしてもいいですから。……いいですよね、先輩?」


三好がこちらを振り返って、融資話の許可を求めてきた。俺はOKマークを指で作って、無言で答えた。


「さっぱりわからんが……わかったよ」


NDA(秘密保持契約)は最初の計測契約時に交わしてある。

詳しい話は、後日専門家を交えてするということで、今日のところは梱包した試作機を軽トラに積んで、お暇した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


事務所に帰った三好は、早速嬉々として調整をはじめた。


「先輩、ほらほら、測られて下さいよ」

「明日は、クールタイム明けの収納庫ハントがあるんだから、お手柔らかにな」


収納庫をゲットしたのは、10月8日だから、明日はそれを得た日から丁度70日目にあたる。

それをどうするのかは決めていないが、クールタイムが長いオーブは、なるべくギリギリで押さえておきたかった。


「あ、ンガイのリングははずして下さいね」


俺は計測機器の前に座らせられると、まず以前計測したときの値にステータスを調整させられて計測された。以下はひたすら三好の言うとおりにステータスを調整しながら、永遠かと思うテストに付き合わされた。

途中事務所に来た鳴瀬さんは、何をやってるんですか?と興味を見せたが、三好が冗談めかして「企業秘密です!」と言うと、笑って翻訳活動に戻っていった。


「先輩。後で鳴瀬さんも測りますが、できれば芸能人二人組も呼んで、サンプル数を増やしたいんです」


なんでその3人? と思ったが、俺とパーティを組ませて、現在のステータスを確認できる人達だと言われてしまえば、なるほど、他に適任者はいない。


俺は御劔さんに電話を掛けて、留守番電話に伝言を残した。


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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
[一言] みっくちゅじゅーちゅで感動した
[気になる点] 中島は、目をぐるぐる回して空を仰いだ。見えるのは天上だったが。 天上→天井でしょうか
[一言] 面白くもないフレーバーテキスト多すぎ問題 それ読者が知る必要ある?
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