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Dジェネシス ダンジョンができて3年(web版)  作者: 之 貫紀
第4章 ヒブンリークス heaven leaks
66/218

§065 山上の神 12/11 (tue)

ご報告いただいていた、誤字脱字系をまとめて修正させていただきました。

なお、語尾の長音に関する表記揺れは修正していません。

将来的に統一するとは思いますが、どちらにするか思案中ですので。


パラメータからのMPの計算ですが、最初の係数表記に間違いがあったため(LUCの係数が0.0なのに0.2になっていた)現在の数値で合っています。なお計算は小数点以下3桁を四捨五入しています。


ご協力ありがとうございました。

回廊をしばらく進むと、部屋のような空間に突き当たった。

かなりの広さがあるその部屋には、大きな柱が整然と部屋中に立っていた。


「まるでアモン神殿の多柱室ですね」


それはエジプト王の権力の肥大化と共に拡大されていった、多柱室の集大成だ。


整然と並ぶ柱の影が、俺達が移動する度に揺れ動き、奇妙な生き物のように踊った。

ただし、生命探知に反応はない。アルスルズの鼻にも何も引っかからないようだった。


「もしもこの神殿が、エジプトの神殿と同じ構造なら――」

「なら?」

「この先はいずれ聖所にいたります」

「聖所ってなんだ?」

「さあ? 聖なる場所ってことでしょうけど……神の山(キリンヤガ)の地下神殿にある聖なる場所ですよ? 今から期待に身が震えますね」


三好がことさらおどけたようにそう言った。


「俺は今にも、ちびりそうだよ」と、俺は苦笑でそれに答えた。


周囲を一回りしてみたが、この部屋にも側道はなく、道は奧へ続く1本しかなかった。

俺はちらりと時計を見た。

不思議なことに昼夜があるフロアは、外と時間が一致しているのだ。


「日没まで1時間もなさそうだ。まあ、行けるところまで行ってみるか」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


それからしばらく歩いたが、やはりモンスターはいなかった。流石は聖なる場所ということだろうか。


いくつかの柱廊と中庭を通り過ぎ、どん詰まりにあった、産道のように細い道を、身をかがめながら数メートル進んだ先にその部屋はあった。


「ここが聖所か?」


それは8畳間よりも少し大きい、4m四方くらいの8角形の部屋だった。


「意味的には子宮に当たる部分ですよね」


三好は興味深そうに、辺りを調べていたが、その部屋には何もなかった。

隠されていた奇妙な魔法陣以外は。


「うぉ?!」


ふたりでその部屋へ入ってしばらくした後、隠されていた魔法陣が発動した。続いて、気持ち悪い浮遊感に襲われた。

それはまさに――


「スカイツリーのエレベーターですね」

「それって、行き先は……」


俺は思わず上を見た。


「フラグってのは、偉大ですねぇ……」


三好が諦めたようにそう言った。


「もし、上で待ってるのがエンカイだとしたら――」

「?」


「マサイ族出身のナオミさんという文化人類学者が83年に上梓した本に、マサイ族から聞き取った話を纏めた本があるんですが、エンカイはそこに登場するんです」(*1)


なるほど。彼を知り己を知れば百戦(あや)うからずってやつだな。1戦で充分だけど。


「彼には、オラパっていう奥さんがいて、最初は仲良しなんですけど、彼女がちょっとしたミスをしたとき、エンカイが暴力を振るうんです」


三好は、"in just the same way women are beaten by their husbands."っていう一節を見て、ああ、マサイ族も男が女を殴る社会なんだなぁと思いました、なんて暢気に感想を述べていた。

いや、だからなんなんだよ。


「だけど、オラパさんも超短気な人で、エンカイに向かって反撃します。そのときエンカイは額に酷い傷を負うんです」


四角い灰皿でも投げつけられたかな。

続けて三好は、さらにその反撃で、オラパさんは片目を引き抜かれるんですけどね、と怖いことを言った。それが月のクレーターなのだそうだ。オラパとは月のことらしい。


「エンカイはその傷を恥じて、強く輝くことで人に見られないようにしたそうで、それが太陽なわけです」

「なるほど。いまだに太陽が輝いてるってことは、傷は癒えていない。つまり、額がアキレスの踵かもって話だな?」


「いえ。オラパ(olapa)のolなんですが、これって実は――」

「実は?」


弱点じゃないのか? いったい何の話なんだ?


「――男性を表す接頭辞なんだそうです! つまりBL!! いやー、マサイ族にもBLがあるんですかね?」

「しるか!」


まったく。まじめに聞いてた俺が、バカみたいじゃないか。

しかし、男の奥さんと夫婦げんかして、額を割られたからって目を引っこ抜くのか……酷い絵面(えづら)だ。


ん? マサイ?


「いや、ちょっとまて、三好。マサイ族の山ったら、キリマンジャロじゃないのか?」


彼らの生活圏は、ケニアとタンザニアのちょうど境目だ。神が宿るほどの高山ったら、キリマンジャロしかない。


「あ、エンカイはマサイ語で、ンガイがキクユ語です。キリマンジャロとケニア山の上にいるのは、同じ神さまらしいですよ」


なるほど。まあ、近い地域の神話あるあるか。


「とにかく額を狙えばいいんだな」

「神話がそのまま反映されていれば、ですけどね」


その可能性は高い。ダンジョン内の他の事象がそう告げている。

すると、おちゃらけた空気を脱ぎ捨てた三好が、真剣な顔をして言った。


「2階級を飛び越えた自衛隊員は、エリアに入った瞬間にやられたそうです。エリアの手前で命拾いをした人は、目の前で何が起こったのか理解できなかったと述懐しています。何がいるにしろ、先手を取るべきです」

「了解。ああ、下二桁が……」

「先輩、もし(しもべ)がいたとしても、欲を出しちゃだめですよ」

「近江商人にそれを言われるとは……心配するな、命が一番大切だ」


永遠とも思える数分が経過して、上昇速度が落ちたような気がすると、すぐに冷たい空気が上から流れ込んできた。

見上げれば小さな穴の先に、赤く色づいた空が見えた。どうやらそろそろ日没らしい。


生命探知は、そこに何かがいると、ド派手な警告を鳴らし続けている。


三好は1頭づつ3頭の犬を首だけ呼び出し、ランタンをはずして、戦闘準備万端だ。

てか、身につけたものごと影に潜れるのか。知らなかった。


エレベーターが終点へと到着する。


そろそろ沈もうとしている太陽で、半逆光になった位置にそれはいた。

金色に輝く椅子に、ほおづえをついてゆったりと座るシルエットが、少しだけ顔を上げた気配がした。あれがエンカイか?


到着するやいなや、すかさず三好が、そのシルエットに向かって鉄球を放った。


次の瞬間に起こったことは、AGI-100の俺でも、それをギリギリ目で追うのが精一杯だった。

三好には、まったく認識できなかっただろう。おそらく初めてそれを見た自衛隊員のように。


それは、三好の撃ちだした鉄球を左手を軽く振るだけで弾くと、次の瞬間には三好の前まで移動して、振り上げた拳を振り下ろしていたのだ。


「三好!」


風前の灯火と化した三好の命を救ったのは、その拳と彼女の間に割り込んだ、黒い塊だった。


三好はそれに押されて、後ろへと突き飛ばされた。

身をひねった黒い塊は、それでも擦っただけの拳に吹き飛ばされて、派手に転がった後はぴくりとも動かなかった。

振り下ろされた拳は、そのまま地面に激突し、大きな音と共に、直径1mくらいあるクレーターを作った。


それを見た俺は、すばやくメイキングを起動して、自分のAGIにSPを100追加した。

今のままじゃ瞬殺されかねない。


「アイスレム!」


そういって黒い塊に駆け寄ろうとした三好に、エンカイが追い打ちを掛けようとしている。

俺は数本のウォーターランスをエンカイ向けて撃ち出すと、それを上回る速度でその横腹に力一杯蹴りを入れた。

ウォーターランスは、エンカイに当たって霧散した。


効果があるのか無いのか、いまいち分からなかったが、ヘイトはこちらに移ったようで、エンカイはこちらを振り返ると、そのまま拳を突き出してきた。

アイスレムやクレーターの状況を見る限り、アラミドの盾で受け流せるようなシロモノじゃなさそうだ。

ただ、AGI-100の時は、ギリギリ目で追うのが精一杯だったその攻撃は、AGI-200の今なら、早めのスローモーションになっていた。ステータス様々だ。


俺はその攻撃をするりと躱すと、そのまま後ろへ回り込み、近距離から力一杯エンカイの延髄に向かって鉄球を投げつけた。


ゴキャっと派手な音がした割に、エンカイは少しよろけただけだった。

すぐに立ち直ると、首をコキコキと慣らして調子を見ている。


その隙に撃った、極炎魔法のフレイムランスは、ウォーターランスと同様エンカイに当たって霧散した。

ダンジョンが作り上げたコピーとはいえ、流石は神様。魔法の耐性がべらぼうに高そうだ。


俺はさらにSTRに100を加えると、8cm鉄球を握りしめて真正面から突っ込んだ。

仮にも相手は神さまだ。戦闘を長引かせて、範囲に効果がある魔法でも使われたら対処のしようがない。


とにかく額だ、そこに賭けよう。


「うぉおおおお!」


戦闘中に大声を上げるのはバカのやることだと思っていた。だが、今は自然にその声があふれ出す。

(とき)の声とか雄叫びとか、魂のプリミティブな部分に触れる何かがそこにはあった。


突っ込んでくる俺を狙いすましたように、エンカイの右ストレートが突き出される。

俺はそれを左手で、自分の右側に受け流し、全力で右手の掌底を、鉄球付きでエンカイの額へとカウンター気味に打ち込んだ。


衝撃でエンカイの顎が上がって、僅かに足が浮いた。。


スローモーションになった時間の中、俺はその勢いを利用して上に飛び、のけぞったエンカイと目があった瞬間、全力でその額をめがけて、鉄球を投げ下ろした。

その後を十数発の鉄球が追いかけたのは、チャンスだとみた三好の仕業か。足が浮いていたエンカイは、なすすべもなくその全てを自らの額で受け止めた。


遅れて俺の耳に、何かが潰れるような音か聞こえ、背中から地面に落ちたエンカイは、何度かバウンドした後動かなくなった。

その瞬間、雲海の向こうに沈んだ太陽の、最後の残照が静かに消えて、エンカイの体が黒い光に還元された。


「太陽神の死と夜の訪れって、なかなか詩的なシチュエーションですね」


息を荒げる俺の元へ、三好が3頭の(しもべ)を引き連れて近づいてきた。

どうやら、アイスレムは助かったらしい。ポーションを振りかけていたもんな。


「それって、明日の朝になったら復活するってことか?」


俺はエンカイが消えた地面を見つめながらそう言った。


「神話あるあるですよね」と三好は力なく笑った。


まったくもって冗談じゃない。


俺達はエンカイのドロップらしきものを集めると、ざっと山頂を調べてから、自衛隊が作成したマップに従って、すばやく頂上を後にした。


*1) Oral Literature of the Maasai / Naomi Kipury (1983: East African Educational Publishers Ltd.,)

マサイ族に関する、文化人類学的にも優れた本だと思います。著者による、すごく分かり易い英語が併記されているので安心です。


なお、スマホで井戸を掘ったマサイの Luka Sunte は、ムーのtwitter取材で、Enkai is one God.と言っています。

ついで、olapa は神じゃないのか?という質問に、Yes. と答えています。(2018)


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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
[気になる点] 三好が神話伝承その他の解説役で話を回してくれてるのは理解してるけど、ほんと知識量が22歳のそれじゃないのよねぇ [一言] 流石にそろそろ装備更新気合い入れてくれるかな?
[良い点] 多分エリクサー症候群であろう主人公LOVEです。 [気になる点] 作者の学識はどうなっているのでしょうか?教養がとてもある方なのだな、と思って読んでおります。人文学者、もしくは純粋な文学…
[一言] 話自体はここまで楽しく読ませてもらってるんだけど 命がかかっているのにステ振りもしないし 初期装備のままだし死にかけてもアホだろとしか思えないんで ステ振りしない理由があるなら早めに記載して…
感想一覧
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