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§047 波紋 11/27 (tue)

ダンジョン省のハサウェイさんの名前を変更(2020/7/3)

そのニュースは、瞬時に世界を駆けめぐり、各国のダンジョン研究機関で物議を醸していた。


ネヴァダにあるUSダンジョン研究所所長のアーロン=エインズワースは、ダンジョン省の要請を受けて、ワシントンD.C.へと降り立った。


ダンジョン省は、国土安全保障省の次に設置された、最新で16番目の省だ。

緊急の創設だったため、現在は内務省本館の一部を間借りしていた。


「ダンジョンも資源ってわけだ」


車は、ジョージワシントンメモリアルパークウェイから、インターステート395へ入る細い連絡道を抜けて、ポトマック川にかかる橋へと入った。


この橋の名前の元になった銀行監査官は、二人の女性を救った見返りに自らの命を支払った。その結果得たものは、フランスの伯爵から奪った橋の名前だけなのだ。(*1)


我々は危うい境界の上に立っている。彼は誰よりもそのことをよく理解していた。

しかし、そこで人類の盾になるのだけはまっぴらだった。支払うものが自分の命だというのなら、なおさらだ。


12thストリートに入り、やがてスミソニアン駅に近づくと、立体交差した道路のせいで、光と闇が交互に訪れる。

それはまるでハルマゲドンで闘う天使と悪魔の軍勢のぶつかり合いのようだった。


そうして最後の光の中、そこにはふたつの博物館の高い壁に挟まれたまっすぐな道路が現れる。

上り坂と徐々に低くなる塀の競演による錯視が、まるで、お前の行く末に逃げ道はないと言っているようだった。


錯視を逃れてすぐに左折すれば、左手にワシントン記念塔が、右手遠くにホワイトハウスが見えてくる。

ここは政治の中枢だ。だが、世界が書き換えられるその時には、最も辺境になるだろう。


すぐ先に、第2師団の記念碑に掲げられた半旗が翻っていた。

ドイツの進軍を阻止するパリ防衛戦の象徴である炎の剣が、今、まさに我々には必要とされているのかも知れない。


少し感傷的すぎるなと頭を振ったアーロンを乗せた車は、US-50から、18thストリートNWに入り、やがて左手にピンクがかった四角い建物が見えてきた。

そう、そこが終点だ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「それで、これを売りに出したのは、一体どこのどいつだ?」


ダンジョン省、初代長官のカーティス=ピーター=ハサウェイは、挨拶もそこそこに、そう切り出した。

アーロンは、感情を交えず端的に報告した。


「JDAのライセンスコードです」

「JDA? オーブのオークションなど聞いたことがない。そんなことが可能になったのかね? 報告を受けてはいないようだが」

「私が知る限り、見つかって24時間以内に広報され、24時間以内にビッダーを集め、24時間以内に落札させて取引を成立させ、24時間以内に引き渡して使用させることができるなら可能です」


長官は、そんなことは分かっていると言わんばかりに、怒りを押し込めつつ、机の上をペンの尻で何度か叩いた。


「そのサイトによると、入札開始はここの時間で11月28日の0時だ。まだ1日ある。しかも、ビッドする期間は2日間だそうだが?」

「落札者が受け取りを指定した日に『偶然』手に入れれば可能です」

「それはつまり不可能だということかね?」


アーロンはそれには答えず、ただ肩をすくめただけだった。


「質問を変えよう。我が国でも同じことができるかね?」

「できません」


アーロンは即答した。


「君の報告と所見を聞こう」


アーロンは、あらかじめ纏めておいた報告書を提出して、説明を始めた。


すでにそのサイトでは、サイモン中尉がふたつのオーブを落札し、実際に受け取った報告を受けていること。したがって、詐欺ではないこと。

明確な方法はわからないが、取引相手は「偶然」手に入ったと発言したこと。そのサイトではすでに2種類の未登録スキルが販売されたこと。


「以上をもちまして、そのサイトの関係者は、オーブを保存する技術を有しているか、オーブを発見したり取得する特殊な技術を有しているか――」


アーロンはそこで少し言葉を切った。言うべきかどうか迷ったからだ。だが結局付け加えた。


「そうでなければ、神に愛されているのだと愚考します」


それを聞いたカーティスは、僅かに顔をゆがめたが、結局何も言わなかった。

アーロンは、EUから伝わってきた、インドの富豪が出会ったらしい魔法使いの話については、多分に社交界の尾ひれが付いていそうだったので、報告に含めなかった。


「……そんな技術が本当にあるとしたら、日本に圧力をかけて、手に入れるわけにはいかんのか?」

「それは国務省かホワイトハウスへ仰って下さい。ただ、私見ですが――」

「なんだね?」

「2回のオークションを経ても日本政府に動きがありません。政府は無関係である可能性が高いのではないでしょうか」


ふむ、とカーティスは考え込んだ。


「それで、どうしますか?」

「どうとは?」

「オーブ自体は、世界のバランスをとるためにも絶対に必要なものです。すでにご存じだと思いますが、現在碑文を解読できるのはロシアだけです」

「我々は、翻訳内容が嘘かどうかもわからない。真実を知るのは彼の国だけ。と、そういうことだろう?」

「その通りです」


「可能なら落札したいが、エスティメートはどうなっている?」

「エスティメートは呈示されていません」

「ない?」

「はい。実際に必要としている国の予算を考えると、10億ドルが最低ラインだと思われます」

「なんだと?」

「権益を維持したいロシアと、それをなんとかしたいEUや我が国が競り合えば、100億ドルを越えても驚かないでしょう」

「我が国の国防予算の1.4%で世界のバランスがとれるなら安いものだと言うことか?」

「空母2隻で世界のバランスを取り戻せるなら、実際そういうことでしょう」


壁に掛けられた時計の針が、音を立てずになめらかに進んでいく。


「話を総合すると、関係者を拉致して協力させるのが最も簡単そうだな」


あまりの発言に、さすがのアーロンも感情を漏らした。


「そんなこと……社会が許しますか?」

「世界の利益がぶつかり合う最前線では、法も倫理もクソの役にもたたんよ。そこにあるのは力だけだ。民衆が知りさえしなければ、なべて世は事も無し、だ」


「とはいえ、自由民主主義の守護者たる我々に、そんなことはできんがね」


さすがに拙いと思ったのか、おどけたように言ってごまかしたカーティスの本音は、絶対に前者だとアーロンは直感した。

しかし、上司を追い詰めるような発言はしなかった。それが社会で成功するための唯一のメソッドだからだ。


「サイモン中尉と言えば、あれはどうして未だにダンジョン省に所属していない?」


DAD(Dungeon Attack Department:ダンジョン攻略局)は、最初に作られた大統領直属の組織で、ペンタゴンはもとより、司法省管轄のDEAやFBIからもスタッフが招集されている。

ダンジョン省は、昨年、主にダンジョンを資源として取り扱うために作られた省だったため実働部隊に乏しかったが、DADの省を横断するような権限をそのままにダンジョン省へ移管させるわけにはいかず、当面別組織のままになっていた。


「攻略と管理の棲み分けでしょう」

「彼はまだ日本にいるのかね?」

「表向きはエバンスダンジョン攻略後の休暇扱いになっていますが、独自に件のオークショニストに接触しているようで、今は代々木に潜っています」

「代々木は素晴らしい鉱山だが、資源を他国にも掘らせ放題とは、日本という国は寛大だな」


カーティスは、なにかを蔑むような笑みを浮かべたが、すぐに顔を引き締めた。


「しかし、まさかとは思うが」

「なんです?」

「サイモン中尉は取得したオーブを、そのオークショニストに横流ししたりしてないだろうな?」


アーロンは、まさか、と言う言葉を飲み込んだ。

可能性としてはゼロではないし、DADに所属している連中は、一癖も二癖もある連中ばかりだったからだ。

もっともWDAの管理機構をごまかせるとは思えなかった。


「ご心配なら、軍の内部査察部を動かされては?」

「ペンタゴンに借りを作るのは、よくない」


カーティスはにやりと笑った。


「そろそろ我々の実働部隊も活動を始める時じゃないかね?」


その顔が、アーロンには不吉なトカゲの顔にしか見えなかった。


「入札はダンジョン省の部局にやらせよう。この件に関して、君は任を外れてよろしい」

「了解しました」


そう言うと、アーロンは目礼をして出て行った。


*1) アーランド・ウィリアムス・ジュニア記念橋

1982年、エア・フロリダ90便墜落事故で、救助の順番を二人の女性に譲って水死した Arland D. Williams Jr.にちなんで名前が変更された橋。それまではロシャンボー橋だった。

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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
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