§033 US・CN・GB そして招待状
目が覚めたら、日はとっくの昔に高く昇っていた。
シャワーを浴びていると、ぐうとお腹の音がする。ざっと身だしなみを整えて、事務所のある1Fへと降りていった。
「おはよー」
「おそよーございます。もう11時過ぎですよ」
「いや、昨日は大変だったし……」
「でしたねぇ……」
あの後、部屋を出てきたアーメッドのおっさんは、サンキューサンキューの連続で、無理矢理銀座へと連れて行かれたあげくに、娘が生まれ変わった記念だとか言って、6丁目あたりを梯子して歩きやがった。
それでも、銀座は割と早いから助かった。
ヒンドゥって酒飲んで良いのかって聞いたら、確かに禁酒の町もあるが、全体としてはみんな割と飲むんだだと。うーん自由だ。
「んで、今日は?」
「オーブの受け渡しが3件ありますから、ダンジョンはお休みして下さい」
「あとちょっとで、超回復がゲットできるはずだから、早い時間に終わったら少しだけ潜ってくる。そっちはどうなってるんだ?」
「一応、コードは形になっていますよ」
「了解。まあどうせそっちはちんぷんかんぷんだからまかせるよ」
「ちんぷんかんぷんって、前の会社じゃ似たようなことをしてたじゃないですか」
「もう忘れました」
「さいで」
ダイニングを廻って、キッチンへと足を踏み入れ、冷蔵庫からエヴィアンを……って、硝子瓶になってるぞ。……シャテルドン?
「三好ー。このシャテルドンってのは水か?」
「あー、そうですよ。どうぞ」
ふーんとスクリューキャップを開けると、グラスについでごくりとのんだ。おっとこれは……微炭酸ってやつか? さっぱりしてて美味しいな。
「俺は、オムレツでも焼こうかと思うんだけど、三好も食べるか?」
「どうせすぐお昼ですよ。市ヶ谷で食べませんか?」
「あー、そうか、それもあるか。どこで?」
「鳴瀬さんがこちらに顔を出したら、拉致って社食って考えてたんですが、いらっしゃいませんねぇ」
「昨日は大騒ぎだったからなぁ。報告書で死んでるんじゃないの?」
「何が何だかわからないうちに、不死問題まで飛び出しましたからね」
まあ超回復で不死は流石にないだろうが、そのうち不死なんてスキルオーブも登場しそうなくらい、スキルオーブはなんでもありだな。
「三好、電話してみてくれよ。問題なければJDAの社食で会おう的な」
「了解です」
「じゃ、俺は出かける準備をしてくる」
「はーい」
グラスの水を飲み干して、食洗機に突っ込むと、瓶を冷蔵庫に戻して着替えに戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の午後の取引は、黄、サイモン、ウィリアムの順だった。
世界ランキング4位の黄氏は、なんというか寡黙、かつ、せっかちな男だった。
取引が終わった瞬間、自分でオーブを使ったかと思ったら、調子を確認するように、右手を閉じたり開いたりすることを繰り返した。
そうして、いきなり「シャオ ホウチェン」とか言って出て行った。
「稍後見、ですかね?」
「俺に中国語を聞くな」
◇◇◇◇◇◇◇◇
サイモンは、先日会ったときからずっと代々木で肩慣らしをしていたそうだ。
どこまで潜ったのか聞いたら、1日ちょっとで17層まで行って、1日で引き返してきたとか。流石にトップパーティは、アドベンチャラースタイルでも他と一線を画している。
肩慣らしって、もっとこう、違うよね?
『昨日はなにやら大変だったらしいな』
『耳が早いですね』
『なにをとぼけてるんだ? 今や代々木は諜報戦の最前線になってるだろうが。ブリテンとチャイナまで来てるじゃねぇか』
『いや、我々はそんな世界と無関係ですので』
『いや……それは無理だろ』
と、呆れたような顔をされた。
『だが、代々木は生物相も幅広くて面白いな。特定の資源を探すなら、世界でも屈指の便利なダンジョンだ。それに誰でも入れるパブリックな場所なのがいい。日本ならではだな』
『脇の甘い、日本ならではでしょう?』
そう言うとサイモンは苦笑して立ち上がった。
『それでも人類のことを考えるなら、これが正解さ』
そういって会議室を出て行った。
「やっぱり、ああいうことを考えてるんですね」
「基本は自国の利益だろうが、地球が滅びれば自国もクソもないからな。パッセージ説が本物なら、余計にそういうことも考えるだろ」
ダンジョンを最下層まで降りたら、異世界に繋がっている?
地球空洞説かよと言わんばかりのトンデモ理論……だった、はずなんだがなぁ。
「ですよねぇ」
「ま、俺たちは俺たちに出来ることをしていればいいってことさ」
「世界を相手に近江商人ですね!」
「そうだな。で、最後は?」
「因縁のGBです」
「あの執事男、現れると思うか?」
「いや、流石にそれはないんじゃないかと」
◇◇◇◇◇◇◇◇
我々の予想に反して、執事男がドアを開けて入ってきて驚いた。
『英語なら別に通訳は要りませんよ?』
と言うと、苦笑を返された。
『日本のキツネは尻尾を隠すのが巧い』
『泥の船に乗せられないよう、気をつけてはいます』
あれは狸だっけと思い返していると、その後ろから、いかにも軍人然とした男が現れた。サイモンのような緩さを感じさせない男だった。
イギリスだけはSASの下にDCUと呼ばれるダンジョン攻略部隊が作られた。そのため、隊員は全員軍の精鋭だということだ。
そして、どうやら彼がウィリアムらしい。
取引自体は、とくに滞ることなく行われた。
オーブカウント60未満の所で、執事男が顔をしかめたのが印象的だったが、取引終了後は、特に何事もなく握手をして別れた。それが逆に、不気味だった。
「いやー、先輩。緊張しましたね」
「まったくだ。まさか露骨に顔を出すとはね」
「何を考えてるんでしょう?」
「さあ? 宣戦布告?」
「やめてくださいよ」
それを聞いて、鳴瀬さんも顔をしかめた。
「まったくですよ。芳村さんって、事なかれなのか、好戦的なのか、よくわからないところがありますよね」
「とんでもない、グータラ平和主義ですよ」
「グータラなのは間違いありません。でもここのところは、ちゃんと仕事してますね、昨日とか」
「ちょっと働き過ぎ?」
「それはどうでしょう?」
そのとき、会議室のドアがノックされた。
「どうぞ?」
そうして開いたドアから、アーシャが入ってきた。
「ケーゴ!」
おもむろに抱きつかれた俺は、ものすごく焦った。スゲー嬉しいが、これは慣れん。
『アーシャ、どうしたんだ?』
「約束、果たしに来た」
「約束?」
俺と三好は顔を見合わせた。
『酷い。忘れたわけ?』
そういって、アーシャはDカードを取得するときに呈示した報酬について話した。
「先輩、なんという格好つけ」
それを初めて聞いた三好が呆れて、日本文化(主に漫画・アニメ)の摂取しすぎじゃないですか?と突っ込みを入れてきた。
あれ、言ってなかったっけかな?
「いや、あのときはちょっとした軽口のつもりで……」
「ジョークだったですか?!」
「あ、いや、そんなことない、かな」
アーシャは俺の手を取ると、招待状らしいものを渡してくれた。
『招待状です。席があるので、最大6人まで誰か誘っても大丈夫だそうですよ』
『わかった。じゃあ、楽しみにしてる』
『はい! それでは明日!』
そう言ってアーシャは会議室を出て行った。
「せわしないな」
「この後、なにかJDAで聞き取りみたいなのがあるみたいです」
「聞き取り?」
やっぱり例の件だろうなぁ。無理がないといいけど。
「ところで先輩。その招待状、見せて下さいよ」
「ん? ほれ」
「開けて良いですか?」
「うん」
三好は招待状を取り出して目をおとすと、すぐに大きく目を見開いた。
「せ、先輩。これ、場所が……ないとうですよ?」
「ないとう?」
「アークヒルズサウスタワーのお寿司屋さんです」
「ああ、ヒンドゥだから。彼女のうちは、魚はOKらしいぞ」
「いや、そう言う問題じゃなくてですね……先輩に分かり易く言うと、東京に3軒しかない、タイヤ会社が星3つ付けたお寿司屋さんなんです」
「よく知らないんだけど、そう言うお店って突然貸し切りにできるもんなの?」
「だからですよ。予約者とかどうしたんでしょう? まさか追い出し……18日?!」
「なんだよ」
「18日って明日ですよ!」
「だから?」
「日曜日は、ないとう休みなんですよ」
「ああ、それで貸し切りにできたのか」
「いや、待ってくださいよ。飛び込みでお店の休みに営業させるって、アーメッドさんって何者なんですか、先輩?」
「さあ?」
「鳴瀬さん?」
「お客様のプライバシーに関することは守秘義務の範疇です」
鳴瀬さんは、すました顔でそう言った。
「まあそれはともかく、他人の金で寿司食べ放題だぞ? 三好的には嬉しいだろ」
「もちろんですよ! あ、鳴瀬さんも行きますよね?」
「え? 私ですか? いいんですか?」
「そりゃ、職権乱用しまくりで、イギリスのパーティを足止めしたじゃないですか」
「あ、あれは――そうですね。日曜日ですし、ご相伴にあずからせていただきます」
「これで3人か……ま、いいか。三好、誰か誘いたい人がいたらひとりくらい大丈夫だぞ」
「突然だと翠先輩くらいしか……あ、そうだ、鳴瀬さんって、翠先輩のお姉さんなんですって?」
「翠って、医療機械の会社を立ち上げた?」
「そう。それです!」
「三好さんとなにか関係があるんですか?」
「いま一緒にとあるものを開発しようとしてるんですよ! 楽しみにしていて下さい」
「こら、三好。まだ翠さんにもまともに話してないんだから、口外するなよ」
「えー? 聞きたいです! こういうのが専任スパイの役割じゃないですか」
「いや、スパイって……まあもうちょっとお待ち下さい」
「えー?」
「三好、翠さんの口止めしとけよ。姉ちゃんが探りに来るぞって」
「了解です」
「ええー??」
その日は結局、女子の世間話で日が暮れたのだった。