§029 スキルの検証 11/15 (thu)
「あれ? 先輩早いですね」
1Fの事務所のドアを開けたら、すでに三好が朝飯を食っていた。
というか、俺たち自分の部屋のダイニングをほとんど使ってない気がするな。
「ベッドが変わったら、あまりの寝心地の良さに即オチしたんだよ」
「それで早く目が覚めたと」
「いえーす」
「朝ご飯食べます? オムレツですけど」
「ああ、サンキュー」
三好はトーストをセットすると、手早くベーコンを焼いてオムレツを作りはじめた。
俺はダイニングテーブルに座ってぼーっとそれを見ていた。
なんかちょっと新婚みたいじゃないか? なんてことは考えてませんよ。ホントに。
その朝飯を食べながら、おれは三好に聞いてみた。
「さて、三好くん」
「なんでしょう」
「収納庫、使ってみたか?」
「はい。なんていうか、手品みたいなスキルでした」
そういうと三好はテーブルの上のコーヒーカップを、一瞬で消して、又元に戻した。
「先輩の保管庫と違って、時間は止まらないみたいなんですが、ちょっと面白い効果がありました」
そう言って三好は、ストップウォッチを2個取り出すと、同時にスタートさせた。
自分で実験をするために100円ショップで買ってきたらしい。
「で、こっちを収納します」
片方のストップウォッチが消える。
「1分お待ち下さい」
そうして1分後に取り出されたストップウォッチは、収納しなかったものと比べて30秒遅れていた。
「1/2遅延か」
「冷静に考えたら凄いんですけど、たぶん実用上はほとんど意味がありませんよね」
「いやいや、賞味期限が倍になるってバカにならない気がするけどな」
「完全停止の保管庫に比べたら、管理がややこしくなるだけだと思いますよ?」
「それは保管庫を見たからだろ。単独なら収納庫でもすごいよ。オーブだって2日保つぞ?」
「あー、なるほど。現代なら、2日あれば地球の何処にでも運べる可能性がありますね」
「まあな、しかしそれより俺が知りたいのは容量限界なんだよ」
対象が大きさなのか重さなのか、なにが入って、なにが入らないのか。
「以前、保管庫に何が入って、何が入らないのか試してみたんだ」
「はい」
「で、ファンタジーの定番アイテムボックスと同じで、生き物は入らないだろうなと思っていたんだが……」
「え? 入ったんですか?」
「入った。だが、人間は入らなかった。ちなみに三好で試しました」
「ええ?! 先輩酷い!」
「いや、もし人間が入ったら、自分を入れたらどうなるのかって問題が発生するから、入らないだろうなとは思ってたんだよ」
「で、犬も猫もダメだったんだが、コオロギは入ったんだ」
三好が首をかしげながら言った。
「それって鍵は一定以上の知性、でしょうか?」
「ほ乳類がNGなのかもしれないけどな。そこらへんははっきりとはわからない。因みに魚は入った」
「知性だったら、寝ている私は入るかも知れませんよ?」
「中で目を覚ましたらどうなるのかわからなくて、試すのが怖いけど、たぶん入らないだろうな」
「それ以前に、時間が止まってるんだから目は覚まさないと思いますけど……神経系の複雑さとかでしょうか?」
「もっと形而上的な、意識、みたいなものが関係しているような気がするんだ」
「つっこんだら面白そうな領域ですね」
「面白いだけで役には立ちそうにないけどな。それはともかく、長さの方は、相当長いものも入った。とりあえず入らなかった長さはなかったから、制限は質量なんじゃないかと思うわけだ」
「重さはエネルギーですからね」
「で、結論から言うと、保管庫の格納重量は、大体10t以上20t未満だった」
「どうやって調べたんですか?」
「夜中に路線バスの駐車場へ行って試しました」
「なんですそれ?」
「日本の大型路線バスは、大抵三菱ふそうのエアロスター系が使われてるんだ。で、この車、大体10tなわけ」
「それで夜中にずらーっと並んでいる路線バスを、分銅の錘みたいに使って試したんですか?」
「そう。1台は入ったけど2台目は入らなかった」
「みつかったら、どうするんですか、まったく」
三好が呆れたようにいって、最後のパンを口に放り込んだ。
なかなか美味いマーマレードは、確かに手作りだが、実は近所のパン屋が作っているヤツだと言うことを俺は知っている。三好は食べるのは好きだが意外とグータラで、自分の好きな物を探す努力は怠らないが、それを作り出す努力は怠りまくりなのだ。
「誰もバスが消えるなんて思わないって。でな、イメージ的に保管庫は小容量時間停止で、収納庫は大容量時間遅延って気がするわけだ」
「今度試してみます。私も路線バスの駐車場ですか?」
「20台くらい並んでたから、試すにはいいよな。後で場所教える」
「了解」
「ま、そういうわけなんで、ベースキャンプを作るための物資が10tを越えてくると、俺には持てないかもってことなんだ」
「ベースキャンプを作るための物資ってなんです?」
「コンテナの中に、生活できる空間をあらかじめ作っておいて、それを取り出して使おうかと思ってたんだけど」
「それはまた凄い発想ですね。グータラだけど」
「やかましいわ。ところが水回りとか考えてると、閉じたコンテナ内って凄く大変そうなんだよ」
「先輩は野性っぽい生活を、少しは経験した方が良いと思います。それで、こないだ言ってた注文になるわけですか」
そう、おれは三好にキャンピングカーを買って貰うように頼んだのだ。
「で、買えたか?」
「一応国内の有名ビルダーに、有り物のボディで頼んでおいたんですけど、やはりどんなに急いでも11/21になるそうです。」
「まあ、仕方ないか。じゃ、件のオーブ探索はそれからだな。それまでは地道にスライムキラーをやっとくよ」
「そろそろ『スライムの怨敵』なんて称号が生えませんかね」
「いや、いらないから、その称号。てか、称号なんて生えるの?」
「ふたつ名は聞きますけど……称号は。もっとも、もし表示されたとしても、スキルと称号の区別が付くかどうかはわかりませんね」
まあ、Dカードにはスキル名が並ぶだけだもんな。
「だけど、寝ている間にスライムに食べられちゃったりしませんかね?」
「代々ダンで有線がNGだったのは、どこに引くにしても1Fのスライムエリアでケーブルが寸断されたからだろ。下層にスライムはあんまりいないみたいだし、さすがに一晩くらいは平気じゃないか?」
「後はモンスターに襲われたときの問題ですかね。車のボディじゃ紙ですよ」
「だよなぁ。チタンの箱にでも入れたいけど」
「とりあえず、板を張りつけて強化をするようには伝えておきました」
「マッドマックスかよ!」
「車検が通らないかもと仰ってましたけど、まともに走らなくてもいいんですよね?」
「まあね。後は水か」
「水魔法ってどうだった?」
「水、いくらでもつくれましたよ。ダバダバ出ます」
「飲用水にできそうだったか?」
「えーっとですね。一言で言うと純水でした。飲めますけど、美味しくはありませんね。あといつ使えなくなるかわかりません」
「魔法だもんなぁ……一応ミネラルウォーターを箱で買っておくか」
「サマゾンで100ケースくらい注文しておきます」
「1.2トン+αくらいか。了解」
「後は食料」
「先輩の保管庫なら、お弁当1000食分くらいつっこんどけばいいんじゃないでしょうか」
「一体何日潜る気だよ」
「オーブが見つかるまでじゃないんですか?」
「いやだよ、そんなの。とりあえず7日~10日かな」
「それでシャーマン100匹は無理じゃないですか?」
「それなんだけど、全部ムーンクランなんだから、100匹目にシャーマンを倒せば良いんじゃないかと考えてるんだけど」
「ダメだったら?」
「すごすごと帰ってくる」
「流石先輩です」
笑いながら、三好が後片付けを始めた。
弁当、弁当ねぇ……とりあえずデパ地下行って、総菜をあるだけ買い占めてくるかな。できたてがあると良いな。