§214 ファインドマン氏の来日 3/27 (wed) 後編
分割したので注釈が8から始まってます。
「結局、侵入があったのかどうかははっきりしませんでしたね」
村越が、調査結果を整理しながらそう言った。
資料によると、全数かどうかは判らないが、御蔵島村にも柏崎市にもDカードは出現していた。ただし、そうでない人もいて、時間差で出現しているという情報もあった。
たった二日では、全数調査など不可能だし、これ以上の追及も難しい。
「侵入されていて、それ以外の部分を何か別の方法で補っているようにも感じられるが……」
「しかし、明治時代に作られたような達筆の紙情報をめくって、それを確認した、なんてことはありえないだろ」
三井が、何が何だか分からないと言った体で首を振ると、杉田はそれが当たり前だと言わんばかりに軽い口調で応えた。
「ありえないという意味では、ダンジョンそのものが従来の常識ではありえませんからね」
この二日の間に、様々な現象が起こっていた。
まずは、妊娠中の赤ちゃんはカード出現の対象外だった。母親のお腹の中にDカードが出現したりはしなかったことに、日本中の妊婦とその家族は胸をなでおろした。
また、すでに生まれていても、まだ出生届が出されていない赤ちゃんは対象外だった。届け出時に国籍の留保が行われる場合があるからかもしれないが、日本で日本人の両親から生まれた子供でも同じだった。
そして、役所に出生届を市区町村役場に提出した瞬間に奇跡が起こる現象も確認された。
自分の子供が淡く輝きカードがその場で現れる現象は、まるで神の祝福を受けるかの如く、一種荘厳な雰囲気すら感じられたためか、携帯で連絡を取りながら知り合いに提出を任せて、両親や祖父母は家や病院で子供をビデオで撮影しながら見守ると言うスタイルが流行することになった。出生届は、出生した子の父または母が届書に署名・押印してさえいれば、届け出るのは誰でもよく、提出者は使者扱いになるため委任状さえ不要(*8)なのだ。
当然だが、すでにDカードを所有している人は対象外で、重複して2枚目のDカードを取得することはなかった。
不思議なことに、日本国籍を所有していても対象にならない例が発見されたが、調査の結果、それが重国籍者であることが判明した。
成宮はそれを聞いて首を傾げた。
「国籍の決定は国家の専権事項だぞ。重国籍者なんて、一体どうやって判断してるんだ?」
単純に戸籍簿に記載されている者を日本国籍を有しているとみなすなら簡単だが、そこには保留届が出されている未成年者や、重国籍者が存在している。
「日本でできることが他の国でできない理由はないでしょう?」
杉田がこともなげに言ったが、成宮はそれでも首を傾げたままだった。
「これでもしも、オーストリア人とのハーフの日本国籍取得者にカードが発生していたりしたら、さらに意味が分からないな」
オーストリアやブルガリアは、国籍の離脱を認めていない。
だから、日本の国籍を取得したとしても相手国の国籍を離脱することができず、結果として重国籍になるが、それは例外として認められている。
しかしその人物にDカードが現れるということは、各国のルールをダンジョンが熟知しているということだ。
「ともかく、どうやったかは分かりませんけど、あまねく正しく日本国籍を有する者だけにDカードは配布されたようです」
つまり、Dカードを所有していない人間は、日本人ではないか、日本以外の国籍を有していることが明らかになったのだ。
杉田は珍しく何かを心配するように言った。
「国籍留保者への差別が発生しなきゃいいですけど」
知らずに重国籍になったものは、成人までに国籍を選択する必要があるが、それまでは留保できる。
そのことを無視して、重国籍者だと非難される可能性がある。
「なにしろ、見方を変えればこれは、日本国籍の視覚化ですからね」
折しもDカードが出現した当日、参議院で第十三回予算委員会が開かれていた。つまり審議のインターネット中継の最中に、事件は起こったのだ。
面白いこと好きのネット民が、その検証をしないはずがない。
その時点で淡い光に包まれなかった議員は、果たしてすでにDカードを所有しているからなのか、もしくは――なんて議論が今まさに行われているのだ。
「しかし、思ったよりもずっと侵略が進んでいるみたいですよね。こりゃ、政治家や実業家も何人かはダンジョン人に入れ替わってるんじゃ?」
杉田が冗談めかして言った言葉に、室内は水を打ったように静まり返った。
「え、冗談ですよ?」
「杉田さんの冗談は、妙に怖いんですよ」
村越がそう言って、疲れたようにため息を吐いた。
「侵略系SFの定番なんだけどなぁ……」
「まあ、この件はこれ以上突っ込んでも意味はないだろう。懸念事項として国籍留保者への差別の可能性は報告書に入れておく」
「次に、各国からどうやってこの現象を引き起こしたのかの情報を開示してほしいという連絡が殺到しているそうなんだが――」
「特に探索者5億人登録による食料ドロップを待望している国が多いみたいです」
奇跡が起こった翌日に、それは速やかに世界の知るところとなった。なにしろ全国民が当事者になった事件なのだ、隠しようがない。
「え、それってここで検討する事案ですか? ダンジョンの向こう側との折衝のために作られた部署ですよ」
「うちが発端なんだからケツも拭けってことだろ」
「それ以前に、この件に関しては、うちよりも状況を把握している部署はないってことだ」
「はぁ、しかし報告書は上げたはずでは?」
「あのな、いくら真実でも、『ダンツクちゃんをデートに誘ったら、こうなった』なんて正式に発表できるか? そもそも誰が信用するんだよ、それ」
当事者だった俺だって意味が分からないのに、と三井が頭を抱えた。
「まさに、事実は小説より奇なり(*9)ってやつですね」
それを聞いた三人からは、お前が言うなと冷たい視線が送られたが、杉田は我関せずと続けた。
「我々官僚の、粘り強い交渉と努力によって達成されたとでも言っておけば――」
「問われているのはその内容だろ」
そう突っ込まれた杉田は、あんたら外務省組だろと、呆れたように尋ねた。
「一体、どこの国が他国との交渉方法を、第三国に対して明らかにするって言うんです?」
「今回は少し事情が違うからな……」
言ってみれば国家と国家の接触時に、県が勝手に相手国と接触して利益を引き出したという状況に近い。他の県や所属する国家が、その内容を開示しろと要求することはありえなくもないだろう。
「それに、それじゃ、向こうとの接触を認めることになるだろ。建前上、ダンジョンの向こうと政府の接触は、今のところないというのが正式な見解だぞ」
「渋谷の一件はともかく、転移石が登場しちゃいましたから、今更それは無理でしょう」
あれがダンジョン内の鉱山で獲れたとか、魔物がドロップしたなんて言ったところで、代々木はパブリックダンジョンだ、そんな嘘はすぐにばれる。
何らかのスキルで作り出したということも考えられるが、それだって、Dカードを見れば一目瞭然だ。
どうやって手に入れているのかは分からないが、誰かから技術移転を受けたか直接譲渡されたという以外説明が難しい。
「あれはあくまでもJDAによる接触ってことになるだろうな」
「なら、今までは『なかった』ってことで、JDAの報告を受けて接触を試みた際の、交渉と努力によって達成されたってことで良くないですか?」
なにしろ状況の変化するスピードが速すぎる。
毎日顔を合わせて会議をしているならともかく、いくら大使が居るといっても国同士の関係でそれは不可能だ。
昨日発表した正式見解が、今日覆されたとしても仕方がないし、保険に「今のところ」とでもつけておけばなんとかなるだろう。というより、他にどうしようもない。
「ファーストコンタクトで、異世界人をナンパしたって言うんですか?」
村越が、適当なことを言う杉田をジト目で見ながらそう言った。
「僕の魅力のたまものですかね」
「だから、誰がそれを信じるんだっての」
「ええ? 魅力ないですか?!」
「そこじゃない……まあ、それほどあるとも言い難いが」
「成宮さん、それ、酷くないですか」
「ともかくうちより詳細な情報を持っている省庁はどこにもない。だから、今回の件に関する社会の動きの予測と、諸外国との折衝のベースストーリーの作成、ついでに今後のダンツクちゃんとの関わりがどうなるのかのシミュレーションは至急やる必要があるんだ」
「どこにそんなマンパワーがあるんです?!」
村越は悲愴な叫び声をあげたが、成宮と杉田は期間のないプロジェクトに増員することの危険性を良く分かっていた。
「この状況で増員なんかしたところで、説明に割く労力が増えて混乱するだけだ」
「デスマの増員あるあるですよね。しかし、ベースストーリーの作成って、要するに今回の件を引き起こした状況を、諸外国が納得しそうな物語にしろってことでしょ?」
杉田は腕を組んで椅子の背に体をもたせ掛け、天井を仰いだ。
「だんだん小説家でも連れてきた方がいいんじゃないかって気がしてきましたよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいまー」
11層で、無事火魔法をゲットした俺は、代々木を出て配送手続きをした後、装備を普通の私服に変えて事務所へと戻ってきた。
約束の時間よりも大分早かったので、まだ誰も来ていないようだった。リックも一度準備をしにホテルへ戻るとかで、部屋には三好しか居なかったが、いつの間にかワイズマンに変装していた。
おそらくリックが記念撮影をするからだろう。
「あ、先輩、お帰りなさい。首尾はどうでした?」
「無事にゲットしたよ。例の箱につっこんで、バイク便に時間指定で預けてきた」
「パーティの最中に届くってやつですね。だけどバイク便で高価なものって運べなかった気がするんですが」
「俺はルールを守る男だからな。ちゃんと調べたぞ?」
通常、有価証券類や、貴金属、宝飾品、美術品、骨董品などは運んで貰えない。
だが、運べないもの一覧にスキルオーブが書かれているバイク便などなかったのだ。もっとも頼む奴もいないだろうが。
「まさか中身が何億もするアイテムだとは、誰も気が付かないだろ」
「ルールに規定されていないことは、何をしてもいいというのは、ルールを守るってことになるんですかね?」
「マンチキン(*10)の汚名は被ろう」
「和マンチですね」
俺は笑って二階へと上がると、シャワーを浴びてダンジョンの汚れを落とし、さっぱりした。
そして事務所へと下りたとき、丁度やって来たサイモンたちと鉢合わせした。
『よう、ヨシムラ。今日はなんだか美味いものが食べられるって?』
『美味いかどうかは分かりませんね』
『なんだ、お前が作るんじゃないのか。キャシーが料理上手だとか報告してたぞ』
『素人芸ですよ。突然呼び出したりしてすみません』
『いや、丁度良かった。こっちも話があったんだ』
『話?』
そう訊き返したところで、呼び鈴を鳴らしてきちんとした服に着替えたリックがやって来た。
彼は、まるで違った様子になっている三好に驚いていたが、ワイズマンとして人前に出るときはこの格好なので黙っててくださいねと念を押されて頷いた。
そして、少し遅れて出迎えに出て来たナタリーを見て、顔を赤くしながらカチコチに固まっている様子がほほえましい。
俺はサイモンに視線を戻すと、嫌そうな顔で彼に尋ねた。
『それ、ろくな内容じゃない奴ですか?』
『かもな』
『えー、聞きたくないんですけど……』
『聞いておかないと後悔するかもしれないぜ?』
『ええ……』
居間の方からは、ナタリーに握手してもらい舞い上がったリックの歓声が聞こえてくる。
楽し気な空間とは切り離されたかのようなダイニングでは、サイモンがテーブルの椅子に腰かけて言った。
『ELFって覚えてるだろ?』
『耳の長い異世界のスレンダーな種族――』
『あのな』
『先輩。ほら、NYイベントの乱入事件の犯人が所属していた組織ですよ』
丁度、食べ物を居間へと運びぶために用意している三好が、そう補足した。
『ああ、あの地球なんちゃら戦線って、アニメかSF映画みたいなやつ』
『地球解放戦線だ』
Earth Liberation Frontで通称ELF。
確か、地球をダンジョンから解放するための運動を行っている組織とかいうやつだ。以前からあるエコテロリストとの関わりははっきりしない。
『それが?』
サイモンは、居間の方をちらりと見ると、声を落とした。
『あの事件以降ELFに対してFBIが調査と監視を行ってるんだが、その情報を元にCIAとNSAがそれぞれ分析を行って、昨日大統領に提出した情報だ』
奇しくも内容はほとんど同じだったらしいがなと、サイモンが苦笑した。
合衆国内で活動するエコテロリストの取り締まりはFBIの管轄だ。CIAが関わるってことは、その活動が合衆国外へ広がっているという事だろう。
『ますます聞きたくないんですが……そういうのって、外交的な見返りを期待しつつ大使あたりが政府に流すべき情報では?』
『かもな。だがこっちの方が手っ取り早いだろ?』
『国家間の駆け引きに巻き込まないでくださいよ……』
俺の苦情を無視して、サイモンはさらに顔を寄せて小声で話し始めた。
『例のNYの事件からこっち、彼らの活動は移民問題と絡まって、もっと広がると予測されていたんだが、実際にはほとんど広がりを見せていないらしい』
以前話題になった、グリーンカードの技能者枠に探索者枠が作られて、移民が押し寄せた件だろう。
もしもその枠で合衆国に入国したとしたら、全員が探索者であることは想像に難くない。
そこで、文化的な差異による行動や、仕事の奪い合いが発生して、排他的な愛国主義が幅を利かせるようになるというのは、一般的な予測だろう。
競合する仕事は、平均的に能力の高い探索者に奪われがちだし、Big4(アメリカの4大プロスポーツリーグ)の台頭選手は探索者上りで占められるし、探索者による優位性が表に出れば出るほど、侵略されているような気分になるというやつだ。
だが――
『排除に力を入れるくらいなら、自分もDカードを取得して、能力を上げた方がいいと考える人たちが思ったよりも多くて、支持が得られなかった?』
『自分たちと言うよりも、自分の子供たちという考え方が多いようだが、まあ、そんなところだろう。笛吹けど踊らず(*11)ってことで、連中、大分くすぶっていたらしいんだが……先日彼らの鬱憤を受け止めてくれそうな場所が出現したんだ』
『まさか……』
彼らにとっての敵は、ダンジョンの向こう側にいる何かと、その先兵だ。だが、誰がその先兵なのかは見ただけでは分からない。大衆に恐怖を与えることが目的の、無差別テロとはわけが違うのだ。
探索者を装って社会を混乱に陥れ、探索者全体を排除することを目的とした活動をやるにしても、「俺は探索者だ!」と犯行声明を出すというのは、あまりにも馬鹿げている。
ところが先日、国民全員が確実にDカードを持っている国が出現した。その国なら、何処で何をやろうと、どうせすべてが粛清対象。
ダンジョンが地球環境を汚染していると考えるなら、それに関わる活動をしている国家に対してのテロは正当化されるってところだろう。
『ま、そう言うことだな』
『そんな無茶苦茶な……』
『分析によると、残念ながら、何かのテロ活動が起こったとしても、諸外国は積極的な介入はしないだろうとのことだ。もちろん口先では非難するだろうけどな』
『ダンジョンの向こう側との取引による利益を独り占めにしているかもしれない国家だから』
『嫉妬ってやつは怖いよな』
そう言って、彼はポケットから小さな何かを取り出した。
『USBメモリ?』
『分析の報告書と、後はELFの名簿だとさ。分かっている範囲だが』
『いや、ちょっと待ってくださいよ』
たしかに水際で防ぐには非常に重要な資料だろうが、そんな名簿を外交ルートもくそもないところから渡されたところで、ただの怪文書だ。
『心配するな。一応外交ルートでも連絡が行くはずだ。こいつは、うちのボスからワイン友達への支援だとよ』
一緒に渡されたメモには、『2036年に生きてたらよろしく』と書かれていた。
俺がそれを、黙って三好に押し付けると、彼女は苦笑して言った。
「ルフレーヴの件(*12)ですね」
「しかし、これって支援か? 一体どうしろってんだよ??」
「丸ごと田中さんにぶん投げるしかないでしょ。こっちのルートの方が上まであがるのが早いかもしれませんし」
「だがなぁ、露骨に釣り針が見え隠れしてないか、これ」
俺たちに落とした波紋が、何処へ広がっていくのかを冷静に見ている視線が感じられる。
「地下通路に蟹のパックを落として撮影させ、SNSを監視することでアカウントを特定したり、上司がサプライズでインスタ映えしそうな何かを配り、部下のアカウントを特定しようとしたりするのは定番ですからね」
「やな定番だな」
「とは言え、他にやりようはありませんから」
そう言って、三好が某田中さんへ電話をかけているのを横目に見ながら、俺は露骨に肩を落とした。
『俺たち、こういうスケールには向いてないんですけど』
『そりゃ手遅れってもんだろ。下じゃ突然できたステイツの基地の話題で持ちきりだったぞ』
『おうふ』
各国がこれから基地を作ろうかというところに、突然完成した基地が登場しては驚くしかないだろう。アメリカの底力の一言で納得できればいいが、あれは転移石でも持ち込めないサイズだからなぁ。
『燃料は転移石とやらで、JDAがガンガン持ち込める体制を整えたらしくてな、その見返りに、しばらくはあの発電機を共用で使うってよ』
キャラバンをやらされなくて助かったぜと、サイモンがバンバンと俺の肩を叩いて喜んでいた。
燃料の輸送をポーターでやろうとしたら、32層まで行く大キャラバンが登場したはずだ。
32層ともなると、サイモンチームクラスが護衛に付かなきゃならないだろうから、しばらくは、仕事がそればかりになってもおかしくなかったわけだが、転移石の登場でそれが不要になったってことだ。
『で、あの転移石ってやつはどうなってるんだ? 他にもいろいろのか?』
『知りませんよ。JDAに訊いてください』
『たまにはカマに引っかかれよ』
サイモンが冗談めかしてそう言ったが、そんな切れなさそうな鎌に引っかかるやつはいない。
『しかしあの石が発売されたおかげで、こっちは上へ下への大騒ぎになってるぞ。まさか、本当だとはってところだな。きっと他の国も同じだろうぜ』
『意味不明なダンジョン技術の象徴みたいなもんですからねぇ……』
『で、どうやって作るんだ?』
『さあ? 分かったら俺たちにも教えてください』
『ちっ』
彼が舌打ちするのと、三好が電話を終えるのが同時だった。
『ほら、先輩も。料理と飲み物を運ぶのを手伝ってくださいよ』
『了解。サイモンさんは、そこのグラスをお願いします』
『OK』
すべてを居間に運び終わり、飲み物が行き渡った時、玄関の呼び鈴が鳴った。
『ピザでも頼んだのか?』
『いえ、あれはバイク便ですね』
『バイク便?』
『今日のメインイベント。彼への報酬ですよ』
そう言って立ち上がる三好に、ナタリーは何かいけないことを聞いたかのように眉根を寄せ、ジョシュアは呆れたように天を仰いだ。
『……お前ら、スキルオーブをバイク便で送って貰ってんのかよ?!』
驚いたように言うサイモンの言葉に、三好が当たり前のように答えた。
『早くて便利ですよ』
『そう言う問題か?』
『門の前で待ち構えて、やって来るバイク便を片っ端からさらうギャングで溢れそうな話ね』
ジョシュアがさりげなく窓から外を覗いている。どうやらバイク便の会社をチェックしているようだ。
『後で送り主を調べようったってダメですよ。たぶん、俺か三好の名前で発送されてますから』
ジョシュアはそれを聞いて、ばれたかとばかりに笑みを浮かべ、小さく降参するように両手を上げた。
『伝票のサインがあるだろ?』とサイモンが言った。
『ネームカードを渡して、伝票を作成してもらったんじゃないですかねぇ』
そうでないにしても、どうやってそのサインを確認するって言うんだよ。
諜報機関ってのは、本当に何でもありだな。
『便利になるのも善し悪しだな』
『じゃーん!』
三好が、そう言って受け取ったばかりのアイテムを取り出し、リックに向かって差し出した。
俺はリックに頼まれて、その様子を彼の携帯で撮影した。俺を除けば後は全員顔が知られている有名人だ。ここはカメラマンに徹しましょ。
『それではお待ちかね! ご希望のスキルオーブを進呈します! コマンドの発見ありがとうございました!』
それを照れながら受け取った彼は、ケースの横に、サイモンチーム全員と三好のサインを貰い、ついでに彼の携帯で集合写真を記念に撮った。
リックは素早くそれをYouTubeにアップロードしていた。さすがはIT系の名門に通っているだけのことはある。YouTuberがどうとか言う以前に、それが日常のツールになっているようだ。
そうしてその場の雰囲気は、和気あいあいとした懇親会に移って行った。
『だけど、日本、凄いことになってますね』
リックが言ったのは、昨日のDカード出現のことだろう。昨日一日ずっとそのニュースばかりだったし、CNNやBBCでも報道されているようだ。
国外のニュースは主に、「一体、日本で何が起こっているのか」に焦点が当てられているようだったが、それでもどこに取材すればいいのかがはっきりしない事柄だけに、切り込み方は各局によって様々だった。
同一の手法が使えるなら、探索者の5億人登録など今すぐに可能で、食糧問題に一石を投じることができるだとか、いきなり国民全員がテレパシストになった場合の、社会の混乱についての警鐘だとか、様々な切り口と言いながらも、主にセンセーショナルな予測について専門家と名乗る方々が実に様々なことを述べていた。
『誰も経験したことのない事態だから、専門家もくそもないんだけどな』
『一番的確に話ができそうなのは、SF作家かもしれません』
『今後日本ってどうなっていくんですかねぇ』
『日本がどうなるのかはともかく――』
それを聞いたサイモンが、身を乗り出して言った。
『――日本人って、絶対どっかおかしいだろ?!』
『え?』
『考えても見ろよ、得体のしれない現象が白昼堂々首都のど真ん中で起こって、テロどころか超常現象まで確認されたかと思ったら、次は奇跡めいた全国民へのDカード配布だぞ?』
『こんだけ非常識なイベントに見舞われてるってのに、ほとんどの人間が、しれっと日常生活を営んでいるってなぁ――もう、意味わかんねぇな! ジャパニーズサイコーだぜ!』
そのせいで、あちこち駆けずりまわっていたらしく、ほとんどやけくそでサイモンが力説した。
『ああ、日本人って、確かにそういうところ鈍感ですよね』
『鈍感って言うか……なにしろ国民の大部分がヲタクカルチャーで鍛えられてるからなぁ。超常現象じゃ、目の前で人が死んだりしない限りパニックにならないかもな』
そういや、俺たちも狙撃されたとき、いまひとつ実感が湧かなかったし、東京湾からゴジラが現れたら、避難なんかそっちのけで湾岸で鈴なりになっていそうな民族なのは確かだ。
『平和でいいってことじゃないの?』と、ナタリーは白ワインを口にしながら手を振った。
『深夜に襲われることを心配しないで牛丼屋に行けるもんな』
『牛丼屋?』
『ああ、メイソンは最近ホテルの傍の牛丼屋がお気に入りなのさ』
『ビーフボウルはUSにもあるでしょう?』
『ヘイ、ヨシムラ。分かっちゃいないな。あの飯を食うってスペースがいいんだよ。あといつでもやってるしな』
『はあ』
『USのヨシノヤは、ハンバーガーショップっぽいし、遅くまでやってる店でも0時でクローズだ』
どうやら、あの島になっているただ食べるだけ、みたいなレイアウトが、ストイックに映るらしい。謎だ。
それと、本場の方が美味い「気がする」んだそうだ。確かに気分は大切で、馬鹿にできない。
それからも俺たちは、リックを交えて『東海岸にヨシノヤはありませんね。数年前まではNYにあったそうですが』なんてとめどない話をしながらリラックスした時間を過ごした。
そうしてリックは、最後にナタリーとツーショットの写真を撮ってもらって、感激しながら帰っていった。
どうやら、仲間たちから代々木の様子を見てくるように言われているらしく、休暇の許す限り代々木へ潜って調査するようだ。
『さすがに人気がありますね』
『アイドルじゃないんだけど』
『誰かが敬愛してくれるって言うのは嬉しいでしょう?』
『そりゃまあ、ああいう人ばかりならね。中には凄い人が居るからねぇ』
そう言って苦笑しながら、ナタリーもサイモンたちと一緒に帰って行った。
「はあ、やっと終わりましたね」
みんなを見送ったポーチの上で、ウィッグを外しながら三好がそう言った。
「いやー、ホムパって大変だな。どっかの店を貸し切った方が100倍はらくちんだ。開きたがる奴の気が知れないぞ」
「そういうことをやる人は、人を招くこと自体が目的か、そうでなければ用意してくれる使用人がいるんですよ」
そう言われればそうかもしれない。
俺たちにそんなものはいないから、仕方なく自分で使用人をやるべく事務所へと戻った時、ポーンと奥の部屋から通知音が聞こえてきた。
「なんだ、今の?」
「ダンツクちゃんコールですね」
「は?」
「例のBBSの管理者宛メッセージですよ」
「そんなものがあるのか」
渋谷の事件以来、彼女は沈黙していて、JDAの質問箱にも反応していなかったらしい。
それがここに来て、わざわざ管理者宛メッセージを送る?
一体何事かと、端末の前へと移動した俺たちの目の前には、想像もしていなかった文章が書かれていた。
たった一言、「ヒトには宗教が必要?」と。
*8) 委任状さえ不要
届出人(つまり父母)以外が受理証明を貰う場合は必要になるらしいが、それが不要なら必要ない。理由は分からない。
なお、届け出に必要なものの一覧を貰った時「印鑑(朱肉を使うタイプ)」と書いてあるのには笑った。朱肉に何の意味があるのだろう?
*9) 事実は小説より奇なり
デジタル大辞泉を始めとして多くの辞書が、Truth is stranger than fiction. を引用しつつ、バイロンの言葉と言っているが、情報が交じっている。
この言葉の元になった、バイロンのドン・ファン(1819–1824)のcanto 14にある記述は、
'T is strange,—but true; for truth is always strange; Stranger than fiction; if it could be told, だ。
そして、Truth is stranger than fiction. は、マーク・トウェイン最後の旅行記、FOLLOWING THE EQUATOR(1897) の chapter 15 に登場する言葉なのだ。
*10) マンチキン
ここでは、テーブルトークの「自分のキャラが有利になるように我侭を押し付ける」プレイヤースタイルのこと。
「和マンチ」は、それが日本に来た時「ルール至上プレイヤー・ルールに精通したプレイヤー・ルールの穴を突くプレイヤー」と認識されたことからついたマンチキンの種類。
三好のセリフは「バイク便の配送ルールの穴を突いた」ことに由来している。
*11) 笛吹けど踊らず
この言葉、出典は聖書なんですよ。
*12) ルフレーヴの件
「§154 金枝篇 18層 2/10 (sun)」の話。
書籍版3巻もよろしくお願いします!