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§210 奇跡・3 3/25 (mon)

2021/1/4 のお昼ごろ、「208 奇跡・1 3/25 (mon)」の最後に展開が追加されていますので、そちらを先にご覧ください。


2021/1/6 ゴミめ遊びの下りを数行追加

「国民の皆様の前に突然現れたカードですが、決して使用せず、未成年の方のカードは連絡があるまで保護者の方が保管してください――あなたの心を守る。♪AC~」


「なんだこりゃ?」


 三好が突然作れるようになった、祈りバージョンの転移石で、あれこれテストをしていた俺たちが、つけっぱなしだったTVから流れるACジャパンの公共広告を耳にして顔を上げたのは大分遅い時間だった。


「さすがに急いだみたいですね」


 テーブルの上に大量に散らばっている石や、乾電池ケースを始めとする雑多なアイテム群を、今更ながらに見回しながら三好がそう言った。


「急いだ?」

「先輩。ニュースが本当なら、今回Dカードを手に入れたのは国民のほぼ全員で、ダンジョンのことに興味があろうとなかろうと強制的にそれを手にしたんですよ」


 呆れたように背もたれに体を預けた三好が、胸の前で手を組んで人差し指を立てた。


「お、おお」

「この情報網が行き届いている時代、自分が手に入れたカードについて、ネットで調べない人がいますか?」

「そりゃ、よっぽどのお年寄りか、小さい子供以外は調べる――テレパシーか!」

「使ってみたくなりますよね」


 それは確かになるだろう。

 しかも、全員がカードを所有しているのだ。最初は身近な人とつながるに決まっている。親子や兄弟、それに仲良しの友達だ。

 

 そうして、本音が聞こえてくるのだ。


「知らずに使ったら、下手すりゃ人間関係破壊兵器ですよ」


 知らなかった親の愛情が伝わるなら感動もするだろうが、がっかり感が伝わってきたりしたらトラウマものだ。

 家族崩壊待ったなしってやつだ。


「安全な使い方の教育や、無関係かつ慣れた人間と使用の講習を受けなきゃ危なくて仕方がないだろうな」


 どこからが相手に伝わるのか、やってみないと分からないのだ。

 教師が実習しようにも、知っている人間同士じゃ危なくて最初は無理だ。


「きっとカマをかける生徒とか出ますよね」

「カマ?」

「先生がいつも態度に出していることが伝わったふりとかしちゃうわけですよ」

「動揺したらアウトだな」

「思春期は、難しい年頃ですからねぇ……」


「うちも何かしなきゃダメかな?」

「こうなったら、私たちの規模じゃ何もできませんよ。JDAや政府からお達しが来たら協力するくらいが関の山ですって」

「電話線は抜けたままだけどな」

「本当に重要な依頼なら、JDA経由で鳴瀬さんが持ってきますって」

「それもそうか」


 ダンジョンに関する政府や省庁からの要請が、俺たちに直接届くとは考えにくい。最初はJDAに持ち込まれるはずだ。


「ああ?!」


 散らかったテーブルの上を片付けていた三好が、突然声を上げ、がたりと音を立てて椅子から立ち上がると、近くにいたアルスルズがびくりと体を震わせて振り返った。

 

「な、なんだよ三好」

「先輩! 大変ですよ!」

「なにが?」

「Dカードチェッカーですよ、Dカードチェッカー! 全員が所有しているのが分かってるなら、チェッカー不要じゃないですか! めっちゃ増産してますよ?!」


 確かにバックオーダーのキャンセルが出まくったら、もの凄い損害だろう。

 だが――


「大丈夫だろ」

「ええ?」

「だって、こないだ入試に使ったやつと違って、新型はパーティを組んでるかどうかも分かるんだろ?」

「あ、そうですね」

「表に出しているDカードが本物かどうかなんて分かんないしさ、仮に本物でも本人のカードかどうか分かんないんだから、結局調べる必要はあるだろ」

「そっか……うーん、じゃあパーティチェッカーとかにした方が良かったですかねぇ」

「こんなことになるなんて誰も想像できなかったからなぁ。むしろ大被害を被りそうなのは、あれをコピーして作ろうとした奴だろ。いるかどうかは知らないが」


 あのシリーズは、Dカードを所有しているかどうかしか分からないタイプだ。

 苦労してあれの情報を取得してコピーした連中がいたとしたらご愁傷様だ。少なくとも日本国内じゃ捌きようがなくなったわけだ。


「ああ!」

「うわっ、なんですか、先輩」

「拙いぞ、三好……」

「ええ?」


「全員のステータスが取得できるってことは、『戦闘力…たったの5か…ゴミめ…』遊びが――」

「復活しちゃいますよ!」


 その時、呼び鈴が鳴ったと同時に事務所のドアを押し開けて鳴瀬さんが飛び込んできた。


「た、大変です!」

「どうしたんです?」


 息を切らしながら、ダイニングへ駆け寄った鳴瀬さんは、三好が差し出した水を一気にあおって、空のコップをテーブルの上に置くと勢い込みながら言った。


「きょ、今日だけで、3個のスキルオーブが発見されました!」


 その報告を聞いて、顔を見合わせた俺と三好は、同時に鳴瀬さんの方を振り返って声を上げた。


「「はぁ?!」」


 彼女の説明によると、本日9時ごろから、ダンジョン内のモンスターが消失したらしい。


「消失?」

「文字通りいなくなったんだそうです」

「あのべらぼうに湧いていた、18層のゲノーモスも?」

「下からの報告によると、突然消えたそうです」


 もし、ダンジョンが日本中にDカードを出現させようとしたら、一時的にそれくらいのDファクターが使われるかもしれない。

 なら、もしかして――


「もしかして、魔結晶も?」


 鳴瀬さんは、驚くように目を見開くと、頷いていった。


「誰かから聞かれたんですか?」

「いえ、日本中の人間にDカードを配ろうかと思うと、それくらいのDファクターが必要になるんじゃないかなと」


 Dカードは、初めてモンスターを倒した時取得できるカードだ。

 つまり、モンスター1匹分くらいのDファクターが必要とされる現象だと仮定すると、仮に日本のDカード所有者が2000万人いたとしても、1億体以上のモンスターが必要となる計算だ。

 日本中のダンジョン内にいるモンスターだけでは賄いきれない可能性は高い。

 

「まるで、ダンジョンの影響をリセットしたみたいだったそうです」

 

 途方に暮れていた探索者たちが探索を続けた結果、午後になってぽつりぽつりとモンスターがリポップし始めたらしかった。

 そうしてそれを討伐すると――


「オーブが3個もドロップしたということですか」


 なにしろ年間数個しかドロップしなかったスキルオーブが、1日で3個。しかも午後から今までの間にだ。


「もしかして、それの保存ですか?」

「いえ、3個とも積極的なプロ探索者による発見だったこともあって、発見者が使用するそうです」

「なら、どうしてあんなに慌てて?」

「半日で3個ですよ? もしも明日からもそんなペースでドロップしたりしたら、当然保存の問題も発生しますから、早めに連絡を通しておくようにと……」

「ああ、斎賀さんですか」

「はい」


 あの人らしい、周到なことだ。

 しかし半日で3個か……


「先輩。調べてみないと分かりませんけど、もしかして、オーブのドロップ率に変化があったんじゃ」

「可能性はあるな」


 特異日の可能性もあるが、単純計算で300倍以上だ。半日にだということを考えれば600倍以上ってことになる。

 もしも全部が600倍になっていたら、マイニングなんか20体に1個はドロップすることになる。


「明日から、マイニングが大量にドロップするかもなぁ……」


 今までダンジョンは、オーブやアイテムの取得を目的に人類をダンジョンに引き付けていた。これはおそらく、興味を持たせることで人類にダンジョンの向こうの何かの受け入れ態勢を作るのが目的だろう。

 しかし、「準備を許可する」の一言で、それを一気に達成してしまった今、次の目的は奉仕を体験させることで引き返せなくすることではないだろうか。

 

 コンビニの商品はスーパー等に比べれば高い。だが、その利便性の前にスーパーは駆逐されてしまったのだ。

 一度便利なものに慣れてしまえば、ほとんどの人類は引き返せなくなるだろう。


「じゃあ、今までみたいにオークションで稼ぐのは難しくなりますね」

「多少はな。だがレアはレアだからな」


 それまで黙って話を聞いていた鳴瀬さんが、訝し気な視線で話に割り込んできた。


「なんです、そのまるでオーブの出現確率を知っているようなやり取りは」

「え? ああ、まあ、なんというか……世の中に出回っているものといないものがありますから、出にくいものもあるのかなぁと……」

「ふーん」


「あ、あしたもこの調子だったとしたら、1日に6個くらいドロップする可能性があるってことですよね?」

「まあ、そうですけど」

「それって、年間2000個以上ドロップするってことですよ。世界の常識が崩壊しそうじゃないですか」

「続きますか?」

「そこは分かりませんが、続かない理由もないかな、と」


 もしそうなら、なんらかの超人が、代々木だけで年間2000人も誕生する。しかも日本には、未踏破のダンジョンが7つもあるのだ。

 すべてが同じになっていたとしたら、1万4千人の超人が誕生する。


「さすがに、全ダンジョンで同じようなことが起こるとは思えませんが……」

「起こらない理由もありませんよね」


 明日からは、WDAへ報告されるスキルオーブのドロップ数をチェックする必要があるだろう。

 そうして翌日。俺達は、メイキングで表示されるドロップ率を確認しに、代々木ダンジョンへと向かった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 日本がそんな事件に沸いている頃、アメリカのインディアナ州では、ダンジョンが造られる様子が子細に観測されていた。

 

 最初にダンジョン震が確認されたのは、インディアナ州ゲーリーの市街地だった。

 そこは、マイケル=ジャクソンの生家のすぐそばにある、有名な廃墟となっているメソジスト教会だったのだ。

 

 それを感知したシカゴ大学とイリノイ工科大学の混成チームは、すぐに現場へ急行した。そこで、後に「神の思し召し」と呼ばれるようになる現象を目にすることになる。

 

『なんてこった!』

 

 最初は施設利用型のダンジョンが生成されようとしていたその場所は、廃墟だったことが災いして、ダンジョン震に耐えられず建物そのものが崩壊していた。

 だが、その結果、施設を利用したダンジョンが作成できなくなったDファクターは、混成チームが作業している目の前で、もう一度地下タイプのダンジョンを作り始めたのだ。


 研究者たちは、千載一遇の幸運に狂喜しながら、あらゆる手段を使って、その生成を観測した。


『どうなってる?』

『あ、リード先生』


 シカゴ大学のダンジョン研究室に所属している、リード=ジョーンズは、3年前、地球物理学からダンジョン研究に転向するものが多い中、同大学の天体物理学から転身した変わり種だ。

 32歳でアソシエイト・プロフェッサーに抜擢された俊英で、その鍛えられた風貌と、学生だったころから住んでいるハモンド(*1)のボロ家に棲み続けていることから、学生たちには、インディ・ジョーンズと呼ばれていた。

 

 通常30そこそこでアソシエイト・プロフェッサーになることは難しい。ポスドクから最短3年でアシスタント・プロフェッサーになったとしても、アソシエイト・プロフェッサーになるためにはそこから6年を要する。

 とびぬけて優秀でも、大抵は35を過ぎると言うわけだ。

 

『目に見えない何かが、まるで穿孔機のように地中に潜り込んでいくようです』


 肩まであるブルネットを無造作に頭の後ろで括ったポスドクの学生が、興奮したように画面を見つめながらリードに説明した。

 どうやら、研究室の学生が、多くのドローンを果敢に穴へと突入させているようだ。


『こいつがダンジョン針の正体か』


 最新のダンジョン物理学によると、ダンジョンは、地球上にダンジョン針が打ち込まれることで生成されることは分かっている。


『針と言うより、ドリルですね』

『深いダンジョン程、ダンジョン震の時間が長いのはこのせいか』


 ダンジョン震が終了した後、数分間その映像を眺めていると、突然、一つのドローンの映像が途絶した。


『それは?』

『もっとも深い位置にあったドローンですが……』


 途切れる前の映像を再生すると、そこには、何かおかしなものが映っているように見えた。


『よく見えないな』

『超音波センサーが、何かがそこに現れた様子を示しています……これは』


 映像に映ったそれは、なんだかよく分からなかったが、センサーが捉えた形状は、丸太のように太い紐のような生物に思えた。


『まさか……ヘビか?!……よりにもよってなんでヘビ?』

『アスプですかね?(*2)』


 大げさに驚くリードを見ながら、彼女が苦笑いしながらそう答えると、リードは、解ってるなとばかりににやりと笑った。

 その瞬間、穴に突入していたドローンが、次々と通信を途絶させ始めた。


『ああ?!』


 どうやら下層にあるものから順に接続が切れているようだ。そして、最後のドローンが失われるまでにそう時間は掛からなかった。


『こいつは、予算のやりくりが大変そうだな』

『半分は私物だったみたいですけど』

『ご愁傷様』


 がっくりと肩を落とす学生たちを見ながら、リードは飯でもおごってやるかと考えた。

 どう考えても経費で補償してやるのは無理そうだからだ。

 

 残されたデータを見ながら、リードはあえてその惨状を無視して言った。


『おそらくダンジョンは、何かが地中を掘り進み、そうして最下層に到達したところで、コアとなる物体を作り出すんだろう』

『コア?』

『さっきのアスプさ』

『所謂ボスモンスターですか?』

『かもな。ダンジョンはボスモンスターを倒してしばらくするとなくなってしまう。だからそれはダンジョンを支える物質の発生源ではないかと思うんだ』

『支える物質』

『DFAを中心とした論文には、Dファクターとか書かれていたな』

『DFA?』

 

 彼女には、どうしてここで、ダンジョン協会食品管理局の名前が出て来るのか分からなかった。さすがに専門から外れすぎるため、そんな論文には目を通していなかったからだ。

 それに気が付いたリードは、少しだけ指導者っぽくふるまった。

 

『ダンジョン研究は始まったばかりだ。関連するジャンルの論文は精読せずとも簡単に目を通しておいた方がいいいぞ』

『分かりました』

 

 もっとも大抵の学生は、そんな暇があるもんかと内心憤慨していたりするのだが。


『つまり先生の仮説では、そのDファクターの塊? が、地中へもぐりこみ、ある深さに達するとコアを作り出し――』


 彼女は小首を傾げて先を続けた。


『――そのコアがDファクターを作り出して、最下層を形成し、以下順次上へ向かって層を構築していくと言うことですね』

『今見た情報からだと、そう思えるね』


『もっとも、コアが生成された時間を考えると、各層が完全に生成されるというよりも、一種のプレースホルダーとして階層が形成されていくんじゃないかと思うけどね』

『そこは今後の検証ってことですか?』

『検証方法がなさそうなのが残念だよ』

『出来立てのダンジョンに飛び込んでみるとか――』


 彼女はそう言って、目の前にできた黒い穴を見た。


『くだらない富と栄光を求めて殺されるつもりかい?』

『かもしれません……でも今日じゃないですよ』(*3)


 リードは声を立てて笑った。


 とにもかくにも、そこで得られた知見は人類初のものだった。

 彼らが喜々として書いた論文と引き換えに、世界でもっとも有名な廃墟の一つだった教会は、がれきの山と化し、ワシントンストリートの廃墟の壁には、誰が書いたのかわからない落書きが「ゴミやがらくた、俺の目に入るのはそれだけだ」と落ちぶれた街を嘆いていた。

 

 新しくできた教会跡のダンジョン入り口は、まるで地獄へと通じるような真っ黒な穴となり、「リンボへの門」とそれにふさわしい落書きをされていた。

 メソジスト教会の跡地だというのに。(*4)


*1) ハモンド

シカゴ大学はイリノイ州だが、ハモンドはインディアナ州。ただし距離は近く、家から大学まで10マイル(16キロ)弱くらい。


*2) リードが言ったのは、RAIDERS OF THE LOST ARKで、床一面に蛇がいたときのインディーのセリフ。

たぶん、"Why snake? Why did it have to be snake? Anything else."と言ったのだろう。なお、オリジナルはsnakes。

それを受けてサラが、"Asps. Very dangerous."と答える。「アスプだ。とても危険だ」

ちなみに Asp はエジプトコブラや大きなクサリヘビの一種だとされている。


*3) インディ・ジョーンズの2作目、魔宮の伝説のセリフ

本来は、彼女がしゃべってるのがインディのセリフ。

"You're gonna get killed chasing after your damn fortune and glory!"

"Maybe...someday. Not today."


どうやら、先生と彼女は結構仲良しで、日常的にこういう遊びをしているようだ。


*4) メソジスト教会の跡地

リンボは地獄の周辺にある場所だが、カトリックの概念でプロテスタントには登場しない言葉。

なお、メソジストはプロテスタントの一派だ。


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あけましておめでとうございます。

今年もぼちぼち更新していきますので、もうしばらくお付き合いください。


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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
[一言] 生きてますか?
[気になる点] 冒頭のCMのような内容だと、ACじゃなくて政府公報で流れるんじゃないかな
[一言] 売り出し予定の、スライム撃退銃の需要がw 外国人向けになってしまいましたねぇ
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