§001 碑文 現在 ネバダ 9/某日
今回は章単位の予約投稿で行こうと思っています。
第1章は、全15話。最終投稿設定日は、6/4 21時です。
脱字修正
9月の終わりのネバダの日中は、いまだに25度を超えていて、暑く乾燥した風が吹いている。
とある政府の研究所では、所長のアーロン=エインズワースが大きな声を上げていた。
「なんだと?! ダンジョン=パッセージ説が証明された?」
「いえ、証明と言いますか」
その、あまりの剣幕に、情報を携えてきた連絡官は、腰の引けた説明を行った。
丁度、1ヶ月ほど前、ロシアのオビ川流域、スルグトとニジネヴァルトフスクの間にあるダンジョンで、ある特殊なスキルオーブが見つかった。
そのオーブに封じられたスキルの名前は『異界言語理解』だった。
オーブはさっそくモスクワの研究所宛てに送られようとしたが、折悪しく、悪天候で飛行機が離陸できず、オーブは、その生存時間ギリギリで、たまたまそばにいたDカード保持者に使われた。
「それで、そのスキル取得者の名前は公開されているのか? 学術系だから隠すわけにもいかんだろう」
「はい。発表された論文によりますと、イグナート=セヴェルニーと言うことです」
アーロンの知る限り、ロシアのダンジョン研究者にそんな名前の男はいなかった。
「こちらが、その発表内容――世界中のダンジョンから発見された碑文の部分翻訳――になります」
連絡官に渡されたメモリカードを、タブレットのスロットに挿入すると、自分のパスコードを入力して、すぐにファイルを開いた。
そこに書かれていた内容は衝撃的だった。
それによると、ダンジョンは異世界との通路であり、テラフォーミングのツールだという。
針のように穿たれたダンジョンは、繋がった世界を都合良く変革するためのツールとして作用する。
内部からあふれ出す魔物の群れは、繋がった世界に無いかも知れない『魔素』と呼ばれる物質を作り出すための手段として使われる。
まさにテラフォーミングといえるだろう。
そして128層を越えるダンジョンは、繋がった世界へと渡る『通路』となるらしい。
「真実だとしたら、衝撃的だな」
「はい」
だが、まだその言葉を理解できることになっているものは、イグナート=セヴェルニーただ一人だ。
仮に本当に碑文が読めていたとしても、翻訳したと彼が主張している内容は誰にも検証できないのだ。
彼が自分の妄想を紙の上に再現していないと証明することが出来るのは、現時点では天におわす神その人くらいだろう。
「内容の検証を行うためには、同じスキルオーブをもう一つ手に入れて、別の人間が読んでみるしかありません」
「それをドロップしたモンスターは、国内でも確認されているのか?」
「ドロップモンスターは公表されていません。が、発見されたダンジョンは、キリヤス=クリエガンダンジョンと呼ばれる、リカ・クリエガンがオビ川に繋がる位置にあるダンジョンで、攻略された範囲のモンスターは国際ダンジョン条約に基づいて公開されていますので、総当たりで調べれば」
「あまりに迂遠だがやむを得んか」
アーロンは、窓から日が薄れゆくネバダの風景を眺めた。
9月の終わりのネバダの夕暮れは、急激に降下していく気温と共に訪れる。
思わず身を震わせたのは、その冷気のせいだろうか。そうでなければ、足の下、わずか120m先にある何かの力のせいだったのかもしれない。
そうして夜が訪れた。