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Dジェネシス ダンジョンができて3年(web版)  作者: 之 貫紀
第8章

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196/218

§195 21層 3/15 (Fri)

横田で荷物を受け取った後、俺たちはすぐに下層に向かわず、しばらく地上でいろいろなことをして過ごしていた。

鳴瀬さんは、ダンツクちゃんのマムになるべく? 質問箱をモデレートしつつ、彼女と話をしているようだ。


少しモニカとも連絡を取ったらしいけれど、そこで何が話し合われたのかは知らない。

通信はアメリカの当局に筒抜けだということは二人とも理解しているはずだから、下手なことはしないだろう。


三好はと言えば、相変わらず祈りの研究に余念がない。

もっとも、まるで成功してはいないのだが。


俺は、博士が書いてよこした碑文の内容を整理して、嘘くさい部分を取り除き、DFバッテリーを開発中だ。Dファクターバッテリーだ。

そうこうしているうちに、そろそろ32層へ向かわなければならない時間がやってきた。


「んじゃ、先輩。そろそろ行きますかね」


よいしょっと、小さなリュックを背負った三好が、代々木の入り口をまたいで言った。


転移石で飛んだときはついてこれないアルスルズたちが、歩いて層を下りたときは影の中のままついてこられる理由はよくわからない。

転移石の移動には、何かの断絶があるのだろう。


そうして俺たちは、ぽよぽよしているスライムを横目に見ながら、転移石で飛ぶために使用している、誰もいないいつもの部屋へと向かって行った。


「なー、俺は思ったんだけどさ」

「なんです?」

「いや、転移石を使って21層へ移動してから32層へ向かうと、早すぎてばれるからって、スタートをわざわざ数日送らせただろ?」

「はい」

「だけど、俺達って監視されてなかったっけ?」

「ああ! 入ダン日時がばれてたら、一緒だ!」

「な」

「先輩、もしかして私達ってバカですかね?」

「俺は気が付いたから違うな」

「今まで気が付かなかった時点でおんなじですよ!」


三好はアルスルズを呼び出して、べーっと舌を出すと、そのまま21層へと転移していった。

それを見届けた後、しばらくして、俺もドルトウィンと一緒に21層へと転移した。


「はぁ、さっさと21層へ飛んで、そこでしばらくぶらぶらするべきでしたねぇ……」

「ま、三好くんは、ご飯を予約していたようだから、無理だったろうけどね」

「ぎくっ。なぜそれを……」

「いや、お前が晩飯を食べないときは、どっかで食べてる時だけだろ」

「ぎくぎくっ。せ、先輩のマントの新作を貰いに行ってたんですよ?」


ああ、あの強烈なお友達か……

俺は去年の冬コミを思い出して身震いした(*1)


「だって、だって、出始めのホワイトアスパラを食べなきゃですよ! それに、仔羊! 旬ですよ!」


北海道だと、2月頃に生まれた仔羊(*2)を、産後30~40日ほどで出荷する。つまりこの時期が旬にあたるのだ。


「淡い淡いピンクの宝石が、毎晩夢に出てきて私を呼ぶんですもん」

「どんなホラーだよ、それ」


この時期のまだ乳しか飲んでいない仔羊を、フランスではアニョー・ド・レと呼ぶ。乳しか飲んでいないので、肉が白っぽく、やわらかくて癖がない。

そんなお肉が手招きしている姿を想像して、ついデヴィッド・リンチのイレイザーヘッドを思い出した。あれは鶏肉ダンスだが。


「確かにアニョー・ド・レは美味いよ。でも癖がなさ過ぎて一口で十分だな。同じ癖が少ない仔羊なら、秋のアイスランド産の方が好みかな」


草を食べ始めて少しして、実が赤く色づいてきたころがいい。国産なら初夏だろうか。


「先輩、臭いの好きそうですもんね」

「確かにいい香りのする仔羊やウリボウの脂は好きだが、そう言われるとなんだかディスられたみたいな気がするぞ」

「濃いシラーとか、グルナッシュとかよく合いそうです」

「スルーかよ」


俺たちは一応DPハウスの周りをぐるりと回って、状態を確認していた。

ときどき、スライムの核のようなものが転がっているのを見ると、やはりここにも出現するのだろう。

俺はそれを拾い上げると、下の湖に向かって放り投げた。


「最近ではムールヴェードルも面白いんですよ。いい年に限りますけど」


それが水面に輪を作るのを見ながら、三好が言った。


「単一セパージュ(一種類のブドウだけで作られているという意味)のやつなんかあるんだ」


ムールヴェードルは、収穫量も少なめになりがちなブドウで、普通はシラーとかグルナッシュとかに、ちょっとだけ混ぜて調整に使う。

三種のブレンドを表す、SGMシラー・グルナッシュ・ムールヴェードルなんて言葉があるくらいだ。


「一応。オーストラリアあたりが先駆けですかね。ちょっと、ケダモノっぽいです」

「なんだそれ?」

「飲めばわかりますよ。そんな感じなんです」


「イタリアの赤の厩舎の臭いみたいなもんか」

「馬糞って言わなかったから、許しましょう」

「お前が言ってるじゃん!」


イタリアのフルボディの赤、特に南の製品には、時折そういうものを感じさせるワインがあることは確かだが、イタリアの生産者が聞いたら怒るぞ、まったく。

この口がー、この口がーと、頬を引っ張りあいながら、DPハウスのメンテナンスと、放置されている原石の回収と、ついでに21層への転移石を作りつつ、しばらくそこでぐだぐだしていた。


「そういや、ぽっこり山に寄ればよかったですかね?」

「あの辺は、まだフランスの捜索隊がウロウロしてそうだから、もう少し先がいいだろ」

「フランスに先を越されますよ?」

「いやー、仮に見つけたとしても、あそこにわざわざ近づいたりしないだろ」


なにしろ見た目には、丘の間にぎっしりとアンデッドが詰まっているのだ。

一撃で全滅させられるような爆弾でも使うならともかく、普通の装備であそこに突っ込んでいくのは自殺行為だろう。

第一、そこに何かがあると決まったわけでもないのだ。


「アイテムあさりなら、31層の方がマシそうじゃないか?」

「そういえば31層どうなってるんでしょう? アイテムガッポガポなんて話、聞きました?」

「そういうことを吹聴しそうな一般の探索者は、まだ31層に到達できないと思うけど……各国の精鋭連中は18層だしな」


マイニングは、それなりに産出しているらしいが、まだまだ希少だ。

そういえば、JDAから預かっていたそれは、結局政府が買い取ったらしい。自衛隊じゃないのかと不思議に思ったが、資源調査関連の部署が利用するようだ。

新規層のドロップ開発に、小麦さんと政府の資源調査隊のどちらを優先するのかはわからないが、マイトレーヤの二人には、結論がでるまで下層には下りないように伝えてある。

おかげで、二人の21層詣でが増えて、原石が死ぬほどたまっているわけだ。


鳴瀬さんによると、代々木トップの渋チーは、しばらくスポーツマンになるようだし、この間、ここからダンジョンせとかを持ちだしたカゲロウは、現在休暇中らしい。

さすがに各国の民間エクスプローラーは、キングサーモンやキャンベルの魔女のように国家に雇用でもされない限り、そうそう代々木には来られないだろう。


「渋チーたちが戻って来るまで、民間のエクスプローラーで31層に挑むチームはなさそうだろ」

「すっかり陸上選手らしいですね」

「日本記録のご褒美が1億円らしいからなぁ」


俺の話を聞いて、三好が鼻白んだ。


「それ詐欺っぽいですよ」

「詐欺? それで渋チーって、陸上に専念してるんじゃないの?」

「それってマラソンだけの話で、100メートルで9秒98を出した桐生選手に送られたのは、日本記録章と副賞の50万円だけだそうです」

「おいおい、それって……」

「それに、マラソンも2020年3月までの期間限定ですし、あと、原資がなくなったら終了だそうですよ」

「それって、予算がなくなってたら貰えないってこと?」

「世知辛いですね」


「50万って……それを知ったら林田さんなんか、陸上をやめちゃうんじゃないの?」


はっきり言って、渋チーくらいのレベルになれば、圧倒的にダンジョンの方が稼ぎがいいだろう。


「スポーツ用品メーカーのスポンサーがつけば別ですけどねぇ……」

「林田さんはともかく、喜屋武さんは派手でいいんじゃないの?」

「芸人としてはそれでいいでしょうが、広告塔としては結構危険な気がしません? 特に女性関係が……」

「ああ」


あの人は来る者は拒まずって感じだもんな。

わざわざうちの女性陣を口説きに来たくらいだし。


「そういえば、そろそろ斎藤さんも内々の選考会だろ?」

「21日に、世界選手権大会リカーブ部門三次選考会があるそうですから、そこに合流ですかね? クリアしたら4月にはメデジンですよ」

「メデジンって言うと、どうしてもエスコバルって感じだけど、大丈夫なのかな?」

「さすがにあれは、30年も前のことですからね。2000年代には、メデジンカルテルはほぼ壊滅していると聞きますし、さすがに80年代みたいな状態で世界選手権は開催しないでしょう」


うちのお隣さんの、代々木ブートキャンプも盛況のようだし、スポーツ界も熱い日々が続きそうだ。

ただ、あれが続くと、日本のスポーツ界がガタガタになりそうで、ちょっと心配なのだが、SMDが出荷され始めれば効果がないことが目に見えるだろう。


「そういや、SMDの初出荷っていつなんだ?」

「もう始まってますよ」

「え? マジ?」

「作り置き分もありますし。初回は大部分が関係各所へ流れると思いますけど、一般の予約分も少しは含まれてるはずです」

「へー。なら、すぐにSNS界を賑わせるかな?」

「そこは間違いないと思います。JDAが無償の計測も予定しているみたいですし」

「そりゃ混みあいそうだ」

「ですね……おお! 繋がりましたよ!?」


ごそごそと作業していた三好が驚いたように言った。

今回俺たちは、代々木のブートキャンプ施設にWi-Fiを設置して下りて来たのだ。ダンジョンの入り口なら、間に障害物もないし十分に電波が届く距離なのだ。


各層の電波の入り口って、一体どこなんだろうと考えたとき、それはやはりダンジョンの入り口なのではないだろうかと推測した。

なにしろ1層だろうと10層だろうと21層だろうと、携帯のアンテナはフルマークだ。なら、各層とも同じ場所に繋がってるんじゃないかと思ったわけだ。

それなら、入り口で接続できるWi-Fiなら、各層でも接続できるんじゃないのと今回のテストに至った。

もちろん、各層の接続箇所が階段の入り口だったりしたら、絶対に電波は届かないはずだが――


「いったいどうなってるんでしょうね、これ?」


きちんと接続されている回線上のパケットを監視しながら三好が首を傾げた。


「歩き回ってみた感じじゃ、どこでも一様に電波強度が同じだったから、電波の送受信がすべて代々木の入り口起点になってるんじゃないか?」

「なんて非常識な」

「そうでなきゃ、あまねくブーストしてくれているかの、どっちかだな」

「階層内で無線が利用され始めたら、その辺の整合性がどうなるのかさっぱりですけど」


「大丈夫じゃないか? ダンツクちゃんに渡したメモの周波数以外はきっと接続されていないはずだし」

「先輩、IEEE802.11系を全部フォローしたんですか?」


IEEE802.11は、広く使われている無線LANの規格でいわゆるWi-Fiもこの規格を利用している。

バリエーションが非常に多く、例えば、IEEE802.11a のように、それぞれ、後ろにアルファベットをくっつけて区別している。


「adまでに含まれている帯域は一応な。だから、もしもTVやラジオが受信できなければ、俺たちの想像した通り全部の電波を通過させてるわけじゃないだろ」


アンテナを立てるのが面倒だったから、まだテストはしていないが、メモにTV電波の領域を含めなかったのは、ダンツクちゃんにTVを見せたくなかったからだ。

もっとも、こんなことが簡単に出来る存在には無駄だったかもしれないが。


「これで、パケットを気にする必要もなくなっただろ?」

「そうですけど、もうSIM手配しちゃいましたよ……」

「いや、だって、まさかWi-Fiの電波が届くと思わないだろ?」

「そりゃそうですけどー」


今日中に32層へ下りると、さすがに問題がありそうだったので、とりあえずここで一泊するつもりだった俺たちは、めいめいが適当に過ごしていた。

トンボにさえ気を付ければ、ここはなかなか素敵な場所だ。アルスルズたちは始終忙しそうで、三好の周りにはぽろぽろとドロップアイテムがこぼれていたようだったが。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


CD(フランス軍特殊作戦司令部隷下のダンジョン部隊)が用意した代々木攻略の拠点は、代々木にほど近いマンションの一室に置かれていた。

トップの志向を反映した、その殺風景な部屋には、不要なものは何一つ置かれていなかった。


ブーランジェ中佐は、窓際に現れた二人の人物を出来るだけ鮮明な写真にして、フランスの諜報機関に問い合わせを行った。

その結果は惨憺たるもので、マッチ率を90%以上に設定しても、西洋風の人物には227人が、東洋風の人物には104人がヒットしていた。

しかも、これは登録されている人間からの調査であって、そのリストの中に存在していない可能性も高いのだ。


念のために彼は、Dパワーズの男の写真を送って比較してもらったところ、マッチ率は92%だった。

つまり8%は彼ではないと言う事なのだ。


「あのビデオのごく一部の領域から切り出したにしては大したものだが……」


彼はその写真を指でつまんでしばらく眺めた後、それを放り出して、AIによる大きな補正が行われていない写真を取り出した。


「所詮は機械の想像による補間にすぎんか」


状況的に、東洋人風の男は、この芳村と言う男で間違いないだろう。

問題は、西洋人風の男が誰かってことだが――


彼は、227人が列挙されているリストをちらりと見たあと、それぞれの人物の当日のアリバイだけは調査させておこうと考えた。

しかし、もっとも簡単なのは92%の可能性にかけて、この芳村と言う男に話を聞くことだ。


中佐に昇進した今でも、自分で動き回りたがる彼を、部下は困ったような目で見ていたが、誰もそれを止めたりはしなかった。

止めても無駄であることを良く知っていたからだ。


彼は、自分のオフィスに使っている部屋の椅子から立ち上がって身支度を始めた。


セオドア=ナナセ=タイラーは、それなりに有名だった。

彼は、正式には行方不明であって死亡扱いにはなっていなかったため、各所のデータベースからは削除されていなかった。


部屋に残された、西洋人風の男のマッチリストには、対象者がアルファベット順に並べられるという慣例に従った偶然によって、Tylor, Theodore Nanase の文字が193番目に記載されていた。

そうしてそれは、奇しくも13番目の幸運素数だったのである。


*1) 書籍版3巻で登場します。2020年冬予定です(宣伝)

*2) 実際は産地や生産者によって、2~5月ごろまでいろいろです。

北半球とか、南半球とか、成長度合いだとかいろいろありますが、一般に羊の旬は春先とされています。


ついでに言うと、92は、p、qを素因数としたとき、pの2乗×qで表すことが出来る13番目の数ですが、この式で表される数に名前がついているのかどうかは寡聞にして存じません。

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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
[一言] 北海道民の場合、子羊の乳歯が生え変わった後に生成される酵素による臭みが出てもジンギスカンとして美味しく頂けます。
[一言] スライム核が延々転がりっぱなしになるなら経験値飴みたいな扱いできそう
[気になる点]  スライムの核は壊さないとDファクターが拡散(還元?)しないからまずいのでは……
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