§187 報告 3/11 (mon)
その日の夜遅く、美晴は、Dパワーズの事務所で、信じられないものを見るような目で、メインフレームのコンソールを見ていた。
そこでは「だんつくちゃん質問箱」のクローンがリアルタイムで更新されていた。
本来、このクローンに書かれている発言をチェックすることで、メインフレーム内の「だんつくちゃん質問箱」にその発言が公開される仕組みになっていた、つまりはダンジョンに与える質問をモデレートしていたのだ。
ところが、つい今しがた、突然メインフレーム内の質問箱にレスがついたのだ。
そしてそのレスを、本物の「だんつくちゃん質問箱」に転送するかどうかのチェックボックスが有効になっていた。
そして次々にそのレスの数が増えて言った。
「これ、まさか……」
思わずそう口にした時、彼女のスマホが鳴った。
相手は芳村のようだった。
「はい、鳴瀬です」
「あ、鳴瀬さんですか。芳村です」
「どうしたんですか、こんな時間に。今どちらに?」
「今、代々木の10層です」
「は?」
「代々木の10層です。予定通り、代々木ダンジョンは通信環境を手に入れたんですよ」
「予定通りって……もしかしてダイバージェントシティプロジェクトを止めたのって――」
「確か最初は通信環境の整備でしたよね?」
「で、でも、どうやって?」
「そっちにダンツクちゃんのレスが行ってませんか?」
「……来てます。って、これ、本当に?」
「本物ですよ。通信環境があれば繋がるのになーと言ったら、一瞬で接続されました」
それを聞いた美晴は、目が点になった。
「されましたって……」
「ともかくすぐにそちらへ戻ります。たぶん15分後くらいに」
「ええ?!」
「ダンツクちゃんのレスは、公開していいと考えたものだけJDAの質問箱に反映させてください。じゃ!」
「え、じゃって……芳村さん?!」
美晴は、接続が切れたスマホを眺めながら、呆然と呟いた。
「ダンジョン内で携帯が使えるようになって――」
そうしてゆっくりとコンソールを振り返った。
「――ダンツクちゃんと、コミュニケーションが取れるようになった?」
確かにそういうアイデアを持ち込んだのは美晴だ。でも、でも――
彼女は思わずこぶしを握り締めて、天井を仰ぎ、大声を上げた。
「何をやってんのよ! あの人たちは!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいまー」
俺たちは、鳴瀬さんに電話を入れてから、10分ちょっとで自宅まで戻ってきた。
今の常識では信じられない出来事だが、帰還石が普及すれば、きっとこれが普通になるのだろう。
「ただいまーじゃ、ありませんよ!」
玄関を入ったところで、仁王立ちしていた鳴瀬さんに怒られた。
「ええー?」
「あ、あれは、あれは……いったいなんなんですか!」
「あれって……ダンツクちゃん?」
いまさらだが、すっかりダンツクちゃんになってるな。デミウルゴスの方がらしいと思うんだが。
「そうですよ! なんであっさり話が通ってるんですか!」
「いや、あっさりって。……結構大変だったんですけど」
「え? そうなんですか?」
鳴瀬さんが心配そうに眉尻を下げた。
「まあ、なんというか……犠牲もでましたし」
「犠牲?」
「明日になればわかると思いますけど、フランスかドイツのトップチームが、おそらく戻ってこないと思います」
「ええ?! 代々木の10層で?」
「はい。おそらくはフランスのチームだと思いますが……」
「詳しく伺っても?」
「三好、動画って――」
「一応あります。先輩のアクションカムの映像が」
三好は、それ用の外付けSSDを取り出して、今のモニターに出力する準備をしながら言った。
「館での動画は全部あると思いますけど、書斎の内部は公開しない方が……」
「え?」
「タイラー博士が映ってるはずですから」
「ああ」
「ええ。それとたぶんダンツクちゃんも」
「え?! 会われたんですか?」
「まあ、会ったというか、現れたというか」
「この辺ですね」
三好が止めた映像は、俺が窓際に走り寄ったところだった。
「ほら、あの窓の下、正門から入ってきたチームです」
「あれは確か――先日発表されたばかりの『アッシュ』ですね」
3人に付き従っている、少しよれた感じで移動するポーターを指さして鳴瀬さんが言った。
アッシュは、Arche。英語ならArk。つまり方舟だ。
「デモを見た限り、前後左右にシールドを張って、まるで船のような形のトーチカになっていました」
「ああ、それで方舟」
画面の中で彼らは、辺りに注意を払いながら、少しずつ正面玄関に向かって進んでいた。
「皮肉ですよね」
「なにが?」
「神の怒り吹きすさぶ、地上の大洪水を乗り越えるための舟に乗っていながら戻ってこられないなんて」
三好が妙に感傷的なセリフを吐く。
客観的に言って、知らない人の死亡事故に出くわしたのと同じことだし、遺体や現場も直接見たわけじゃない。
それでも、脱出時に、キッチンの前の階段を下りたところで右に曲がっていれば、もしかしたら助けることができたかもしれないという気持ちはゼロじゃない。
ただ、もしもそうしたとしたら、おそらく説明を聞きたがる軍人につかまって、巻き込まれただけになっていた可能性が高い。
それに、まさかキャリアのある彼らが、ゴーストに襲われたときに正面玄関から逃げ出さず、その場で攻撃して奥へ向かうなんて、だれが想像できただろう。
「俺たちは別にスーパーヒーローってわけじゃない」
俺は三好の頭を、ぽんぽんと叩いた。
「手の届くところを守るのが精いっぱいで、すべての人を救うなんてことは絶対に無理だぞ」
「まあ、そうなんですけどね」
映像は、博士たちと別れて部屋を出たところだ。
「あの机の上に座っているのが――」
「そうです」
どうやら31層と違って、今度はちゃんとカメラに映っていたようだった。ここで映っていなかったりしたら、本格的にホラーになるところだ。
鳴瀬さんは動画を見ながら、自分のスマホを取り出して、どこかにアクセスしていたが、返ってきた結果を見てため息を吐いた。
「犠牲になったのは、フランスのトップチームですね」
「え? どうしてわかるんです?」
鳴瀬さんによると、持ち主が亡くなると、Dカードは消えるそうだ。そうしてその影響で、WDAのランキングリストからも消えてなくなるらしい。
「死ぬと、自動的にランキングから消えるんですか?!」
「そうです」
そう言って、彼女が見せてくれたランキングリストには――
Rank Area CC Name
1 12 *
2 22 RU Dmitrij
3 1 US Simon
4 14 CN Huang
5 1 US Mason
6 26 GB William
7 1 US Joshua
8 1 US Natalie
9 2 *
10 24 DE Edgar
11 26 GB Tobias
12 24 IT Ettore
13 24 DE Heinz
14 11 *
15 13 JP Iori
16 24 DE Gordon
...
10位だったヴィクトールも、13位だったティエリも15位だったクァンタンもランキングされていなかった。
「一目瞭然ですから、騒ぎになると思います」
彼女はそのページを閉じながらそう言った。
「それに、言ってみれば国家的な損失ですから、フランス政府は、何があったのか調査すると思います」
「現場には、アッシュの残骸が残っていました。数日は消えないでしょうから、すぐに行けば調査は出来ると思います。場所は――」
おれは10層の地図を呼び出して、鳴瀬さんに見せた。
「――大体このあたりです」
彼女はそれをマークして、「ありがとうございます」と言った。
「一応少し離れた場所への転移石もあることはあるんですが……」
「それはやめておきましょう。明日か明後日には、発表されることになっているのですが、予定通り、帰還石と18と31のみなので、10層へのものがあると少し問題が」
「え、もう? まだ10日くらいしか経ってませんよ?」
「斎賀が走り回ってましたから。それこそセーフエリアの割り振りをそっちのけで」
鳴瀬さんがくすくす笑いながらそう言った。
JDAにとっては、入札を処理するだけのセーフエリア問題よりも、根本的なパラダイムシフトを伴う転移石問題の方が大きかったのだろう。
なお、あの後のテストで、転移石を利用した地上での移動も確認した。
結論から言えば、それは可能(!)だった。転移石(事務所)はできたし、三好の鑑定でも確認された。ただし、移動はできなかったのだ。
一応、魔晶石を50個用意して移動しようと試みたが、転移石は起動しなかった。
転移にそれ以上のDファクターが必要なのかもしれなかったが、もう一つ可能性と言うか懸念があった。
それは、飛び先を記録する座標系だ。
別の空間であるダンジョンの中ならともかく、地上だと我々は高速で移動している。地球の自転による移動は、赤道直下なら、だいたい秒速460メートルちょっとだ。
記録される座標系が、例えば恒星を中心とした絶対座標系だったりしたら、テスト時に俺は、ずっと離れた場所に飛ばされていたはずだ。
そうして、そこに何かがあったから転移に失敗したという可能性もある。もしもそうだとしたら、場合によっては宇宙空間に投げ出されていたかもしれない。主に公転のせいで。
リアル「いしのなかにいる」だ。
魔法のような技術だから、そのへんは忖度してくれると思いたいが、実際のところは分からない。
販売されるものは、ダンジョンの中だけだから問題にはならないだろうが、いずれ祈りでそれを作る方法が確立する前には、様々なテストをしてみる必要があるだろう。
「そうだ! 33層へ下りる方法についても聞いてきましたよ」
「え?! 本当ですか?!」
33層への階段は、連日チームIを中心とした自衛隊のチームが半月以上に渡って探索しているが、まだ見つかっていないらしい。
「地図作成システムでマップは完成しているのですが、なにしろ隠されていたりしたら、行ってみなければわかりませんから」
半径5キロの円だとしても、7850万平方メートルだ。1日に100メートル×100メートルのエリアを10個探索したとしても、2年以上かかる計算だ。
「それで、教えてもらえたんですか?」
「というか、ヒントでしたけど」
「どのような?」
「ロザリオを連れていけ、だそうです」
「ロザリオって……」
鳴瀬さんは、梁の上の自分のポジションに戻っている小鳥を見上げた。
「そう。あれです」
「それって、芳村さんたちが行かないとダメってことなんじゃ……」
「どうせ、転移石31を作りに行きますから、そのついでに行ってみますよ。それで、見つけたら――」
「どうするんです?」
「――報告しますから、こっそり誰かに教えてください」
「ええ? 鑑定の力ってことにしておけば良くないですか?」
「その手があったか!」
俺がポンと手を叩いて、三好を見ると、彼女は肩をすくめて立ち上がった。
「先輩。もう2時前ですよ」
「え? ああ、そうだな、じゃあ、そろそろ――」
「待ってください! まだ本命が残ってますよ! あれ! あれ、どうするんですか!」
鳴瀬さんは、隣の部屋のメインフレームを指さしながら、慌ててそう言った。
「まだ寝られそうにないので、少し何かを用意しますね」
そういってダイニングに向かった三好を追いかけるように、俺たちも立ち上がった。
モニターの画面の中では、溶けていく館が消える寸前で静止していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
三好が淹れたコーヒーと、俺が簡単に作ったキュウリのサンドイッチを前に、俺たちはダンツクちゃん質問箱のモデレートについて話をしていた。
「このメインフレームは、ダンツクちゃんの口輪なんですよ」
「口輪?」
「はい。向こうの能力と好奇心なら、どうせすぐに私たちの情報ネットワークに侵入してくるでしょうし、そうなる前に小さな道を作って誘導するんです」
「誘導」
「そうです。その道の経由地――つまりここで、与えてもいい情報と与えてはいけない情報を選別するんです。そうしてその道を使っている間に、少しずつ人類の考え方を学んでもらうんです」
鳴瀬さんは、その意味をかみしめるかのように、キュウリの薄いサンドイッチを口にした。
「だが、ダンツクちゃんは、探索者は博士たちの知識を吸い上げているだろう? それで十分なんじゃないか?」
「先輩。先輩はともかく、普通の人は、自分の内なる考え方と、社会と接するときの行動は違うものなんです」
ともかくってなんだよ、ともかくって。
まあ、言いたいことは分かるが……
「おんなじだったら、セクシーな美人は街を歩けなくなるもんな」
「先輩……」
三好が残念な子を見るような目つきで、俺を睨んだ。
「でもまあ、そういうことだろ?」
「まあ、そうですね」
「個人の知識を直接取り入れるダンツクちゃんには、外向きと内向きの区別があいまいだと思うんですよ。だから、このまま大衆の願いを叶えさせたりすると――いろいろと危険なんです」
「要するに、ダンジョンの向こう側の連中に、地球の常識を教えようってことか?」
「そうです」
人の願いや望みは、社会のことを一切考慮していない場合が非常に多い。むしろ社会との整合性を考えた願いや望みを抱く人間の方がまれだ。
確かにあらかじめ常識を教えておくことは重要かもしれないが、俺たちの世界にヤヌス(*1)は存在しない。
もしもそれが何かの災厄を招き寄せたとしても、それは隔離された実験室の中の出来事などではなく、リアルな現実社会での出来事となるのだ。
実際、黄金の木は、人類にとっては極めて有益な植物だと言えるが、現代社会においては、極めて危険な植物だとも言える。
向こうの誰かは、その「差」を本当に理解するだろうか。
「だがまあ、何もしないよりはマシか」
「多少は、かもしれませんけどね」
「やらない善より、やる偽善って言うしな。ともかくやってみて――もしもダメだったら、ほっかむりして逃げだせばいいさ」
実際、なにかしなければ確実にダメな未来が訪れる可能性は高い。
なにしろ自分の欲望がすべてかなえられる世界だ。最高に上手くいったとしても、できあがるのは個人主義的無政府主義者たちの楽園だろう。
例え教育に失敗したところで、結果がそれほど変わることはないはずだ。
「さすが先輩、発想がダメな人です」
「人間的と言ってくれよ」
俺は、三好の突っ込みに苦笑しながらそう答えた。
「ともかく、しばらくは鳴瀬さんにお任せしますから」
「ええ?!」
「ほら、こういうのって、発案者責任法と言うのがあってですね」
「聞いたことありませんよ!」
「えーっと、なんていうか……ぶっちゃけると、他に適任者がいないんですよ。俺たちが常識を教えてもいいですか?」
「やめてください」
いや、まじめな顔をして即答されると、結構傷つくんですけど……
そこで笑いをこらえている三好! お前も「俺たち」に含まれてるんだからな!
「ほら、頼れる上司の方に相談してもいいですから」
「ええー?」
鳴瀬さんが、眉尻を下げて情けない声を上げると、ダイニングテーブルに突っ伏した。
それにしても――
「俺達って、Dファクターとダンツクちゃんと、ダンジョンの向こう側の誰かを結構混同して話してるよな」
普通に考えれば、Dファクターは道具で、ダンツクちゃんはその統括者(たぶん)。ダンジョンの向こうの誰かは、未だに謎だ。
ダンツクちゃんがAIのような存在なのか、それとも向こうにいる誰かの影のような存在なのかは未だにはっきりしない。
もしかしたら、自律的に活動するDファクターが作り上げた、自分たちのコアみたいなものだってことすらありうるかもしれない。
もしもそうなら、この教育はDファクターそのものに対して行っていることになるわけで――
「こいつは、言ってみれば使用する道具に、良識を植え付けようってことなのかもな」
「人を殴ろうとしたら、勝手によけてくれる金属バットができあがるわけですね」
「料理をしようとしたとき、対象が保護対象の生物だったりすると、さばけない包丁とかな」
さらに行き過ぎるとどうなるだろうか。
「山奥で大けがをした時、応急処置をしようとしたら、医者じゃないから手当てする道具が反旗を翻すとか、シャレにならんな」
「常識って難しいですねぇ……」
そう。だから常識が書かれている本はない。
その類の本に書かれているのは、特定の場所のちょっと変わった風習程度のものだ。
『人が人を殺してはいけません』なんて真面目に書かれているのは、宗教か法律の本くらいなものだろう。
それを教える? こいつは遠い道のりになりそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『デヴィッド、確かに君は世話になったよ。だが残念ながらこれっきりだ』
『なんだい、藪から棒に?』
フランスからかかってきた電話は、普通の国際電話ではなくて、skypeだった。便利な世の中になったものだ。
もっともこれは、マイクルソフトに盗聴されているのと同じことだという考え方もあるかもしれないが。
『君に貸し出したヴィクトールのチームだがね』
『何か見つけて来たのか?』
デヴィッドは勢い込んでそう聞いた。
Dパワーズの連中の後をつけさせて、彼らが接触する何かを探らせたチームだ。あわよくばその何かに接触したのだろう。
神が地球に顕現する。なんともカネになりそうじゃないか。
『いや、逆だよ』
『逆?』
『残念ながら、彼らはなくしてしまったのさ』
『何を?』
『最新鋭のポーター1台と――ついでに自分たちの命かな』
『なんだって?』
『コマンデ・ドンジョンのトップチームが丸ごと消失? 指示を出した私も危ないな』
男は、電話の向こうで乾いた笑い声を立てた。
『まあそういうわけだ、魔結晶は送っておいたが、それで最後だ。もう連絡はしないでくれ』
『おい――』
デヴィッドが何か言おうとしたが、通話は強制的に切断された。
『嘘だろ?』
フランスのチームは、ほとんどシングルの3人で構成された、世界でもトップレベルのチームのはずだ。
それが――
『死んだ?』
『誰が?』
イザベラがリビングからこちらをのぞき込んで尋ねた。
しかし高揚していたデヴィッドはそれを無視した。
『さすがは神! 人類の頂点などと言ったところで、大したことはないというわけだ!』
『デヴィッド? あなた、大丈夫?』
『もちろん! もちろん大丈夫だとも! それで何か用か?』
『連中、戻ってきたみたいよ』
『戻ってきた?! ――素晴らしい!!』
フランスのチームは死んだというのに、何事もなかったかのように戻ってきた二人。
連中には絶対に何かがある。
デヴィッドは、天を仰ぎ、不気味な笑顔を浮かべたまま、両腕を広げて歓喜を表現していた。
『ええ……?』
イザベラは彼の変貌に、かなり引いていた。
マリアンヌは本当にこんな男と一緒にいて平気なのかしらと、聖女の心配をするありさまだ。
彼女とはそれほど仲が良いわけではないが、長く一緒にいればそれなりに情も湧くというものだ。
彼女は今でも、マネージャーの女性とホテルで日本のVIPとの面会を続けているのだろう。
『さあ! 連中からすべてを絞り出すぞ!』
『ええ? まだやるの?』
『当たり前だ! 神が手に入ると言うのなら、どんなに大きな犠牲を払おうとも、さしたる問題ではない。つり合いは取れるというものだ』
まるで自分が犠牲にされるかのような言い草に、イザベラはカチンときた。
『ちょっとデヴィッド。小娘をたぶらかして少しくらい芸を仕込んだからって、調子に乗らないで。なんだかわからないものに挑むのは御免よ』
デヴィッドは、同じポーズのまま笑顔を引っ込め、ぎろりと目だけでイザベラを追いかけた。
彼女は、思わず身をすくめて、ベッドルームへと逃げ出したが、日本の部屋は鍵がかからなかった。
*1) ヤヌス
ローマ神話に登場する双面の神様。反対向きに二つの顔を持っている。メーテルとプロメシュームみたいなもの(原作版)
ここでは、J・P・ホーガンの未来の二つの顔(The Two Faces of Tomorrow)に登場する、実験用のスペースコロニーにつけられた名称のこと。




