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§016 常識外れのオークション 11/1 (thu)

第2章は、21話+閑話1話です。


いつの間にかジャンル別の日間1位にさせていただいていたようです。

みなさまのおかげです。ありがとうございました。

今日も今日とてスライムを狩りに代々ダンへ。


Dパワーズを結成してから、水魔法を1個と物理耐性を2個追加していた。

さらに、今日にも、もう1つ水魔法を追加できそうだと気合いを入れていたら、受付前で突然声をかけられた。


「芳村さん!」

「あ、鳴瀬さん、こんにちは」


鳴瀬さんとは、自殺騒動の時に知り合って以来、パーティ設立時に、いろいろと便宜を図ってもらって親しくなった。もちろんそんなことを面と向かって言ったことはないけれど、綺麗で頭が良くて素敵な人だ。


俺が三好が前面に出ているDパワーズのメンバーだと知っているのは、関係者を除けば、鳴瀬さんくらいだろう。


「こんにちは。今、ちょっとよろしいですか?」

「え? あ、はい」


鳴瀬さんに引っ張られるように、いつものカフェに連れて行かれ、カップを持って席に着いたとたん、前置きなしで切り出された。


「昨日、Dパワーズさんが、販売サイトを立ち上げられましたね」


そうか、三好、ついに公開したのか。


「近日とは聞いてましたが、昨日でしたか。手続きはきちんとしていますし、特に問題はないはずですが、なにかありましたか?」

「あれは、来年のエイプリルフール用のサイトが、間違って公開されたとかじゃないんですね?」


うん。気持ちはすごくわかる。俺でもそう思うだろう。


「ええ。本物の販売サイトですよ。一部オークション形式になるとは言っていましたが」

「そうですか。それで、商品なのですが……」

「はい」

「実はJDAにも、詐欺なんじゃないかという問い合わせが相次いでおりまして」

「とんでもない」


「オーブが発見から1日で消えて無くなることは、ご存じですよね?」

「もちろんです」


「では、その辺はご存じの上で、あのサイトが作られていて、それは冗談でも詐欺でもないと」

「はい」


まだ確認していないが、そのサイトでは、現在スキルオーブしか販売されていないはずだ。


多分イニシャルでは水魔法が3個。後は物理耐性が1個ってところか。

何しろ物理耐性は未知スキルだ。名前から効果は想像できても、その詳細はわからないだろう。

きっとWDAの関連組織が落札するはずだ。まずはお試しってところだな。


超回復と収納庫はおそらく販売されていないだろう。


「あの……もしかしたら、ですが」

「はい」

「オーブを保存する方法を発見されたのですか?」


鳴瀬さんの、あまりにド直球な質問に、思わず笑みが引きつった。


「それは、お答えしづらいですね」


もしもそんな方法が確立されたとしたら、大騒ぎどころの話じゃない。JDAはおろか、日本政府が情報の開示を求めてくるかもしれない。


大部分の日本人は、自分が高額宝くじに当選したことを公開したくないであろうことは明らかだ。探索者であってもそれは変わらない。

現場で我々に接している鳴瀬さんは、当然そのことを理解していた。


「もし仮にそんな方法があったとしてですね」

「はい」

「特許を出願されたり、それをお売りになる可能性は……」

「仮に、の話ですよね?」

「はい」

「たぶんないと思います。三好ですから」


鳴瀬さんは、やっぱり、といった顔でぐったりと椅子にもたれかかった。


「あの、たぶん1千億円くらい出すところもあるとおもいますけど……」

「凄い大金で足が震えますけど、たった二人のパーティに、そんなお金は抱えきれませんよ」


自分でも、心にもないことを言ってるなあと思ったが、まあいいか。


1千億は魅力的だが、保存機器は俺自身。それなりのお金+自由のほうがずっとマシだ。


しかし、このことが広まったら、いろんなところから大量のパーティ応募が来そうだな。主にスパイが目的の。新メンバーとか、三好のヤツどうするつもりなんだろう。


「あの、例えばですけど」

「はい」

「JDAが、オーブの保管をお願いしたら、引き受けていただけるでしょうか?」


俺は少し考えた。

ここでYESと答えてしまえば、その技術があることを証明してしまう。

しかしNOというと、いろいろと探りを入れられて面倒になるだろう。


「いくつかの条件が満たされれば、もしかしたら、とだけ」

「わかりました。近々上司がお邪魔させていただくかも知れませんが――」

「できればお世話になっている鳴瀬さんが、そのまま窓口になっていただければ助かります。条件に加えても良いですよ」

「ありがとうございます。検討させていただきます」


そうして鳴瀬さんはJDAに帰っていった。

事態がすぐにでも動き出しそうな勢いだったため、俺もダンジョンに潜るのを辞めて、そのまま自宅へと向かった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「あれ? 早くないですか?」


ドアを開けると、きょとんとした顔で、ドリッパーの前でまるで自分の家のように三好が振り返った。


すでに俺のアパートのダイニングエリアは、三好の手によって魔改造され、すっかり小さな事務所っぽくなっていた。

俺のプライベートエリアは、奧の寝室だけになってしまったが、そこすらコタツは時々三好に占領されているようだ。1DKの悲哀だ。


部屋には、独特の良い香りが広がっている。


最近三好が好んでいる、なんだっけ、パナマのなんだか昔のシューティングゲームみたいな名前のナントカ農園だか、トチロー探してる女海賊みたいな名前のホニャララ農園だかの、カンザシ挿してそうな名前の種類の豆だったはずだ。(*1)


この品種は焙煎の時間管理がとても難しいらしく、熟練の職人に生豆から煎ってもらうのだそうだ。

こいつの食に関する執着はちょっと引きそうになるレベルだ。


ただし、出てくるものは確かに美味い。


「おれにも一杯」

「ほーい」


すぐに三好は、新しいドリップを用意し始めた。


「とうとう売りに出したんだって?」

「何処で聞いたんです? 耳が早いですね」

「ダンジョンの受付で鳴瀬さんに捕まった」

「はー。うちに直接来ないのは、やっぱり先輩に会いたいからですかね?」


なに言ってるんだこいつ。


「おまえ、登録した場所(自宅とも言う)にいないじゃん。それはともかく、詐欺じゃないかって問い合わせがJDAに殺到してるってよ」

「ははぁ」


無理もない。何も知らなきゃ、俺だってきっとそう思う。


「まあ、その辺は説明しておいたんだけど……」

「どうしました?」

「その過程でどうしても、な。あの人腹芸とかナシに、いきなり剛速球をぶち込んでくるから、まいるよな」


そう言って、さっきのやりとりを三好に説明した。


「だけど、先輩。こんな商売を始めたら、遅かれ早かれ、みんなその結論に到達すると思いますよ。詐欺じゃないなら他に考えようがありません」

「凄いエクスプローラ網を作り上げて、毎日オーブを狙ってる、とか」

「無理がありすぎます」

「だな」


「で、あずかる条件って、どうするつもりなんです?」

「そうだな。まず窓口は鳴瀬さんで」


「やっぱり、そういう関係だったんですね。彼女、元慶應のミスらしいですよ?」

「いやいやいやいや、腹芸の巧いめんどくさい野郎が来たら嫌だろ? 榎木みたいな」

「あー、懐かしいですね、その名前。あの会社どうなったんですかね?」

「しらん。後は残り時間だな。最低4時間程度は欲しいな」


「オーブカウント 1200 未満ってところですね」

「そうだ。後は手数料か?」

「そら、がっぽりですよ、旦那」

「さすがは、近江商人」


「んー。売価の20%くらいでどうですかね? 10%が実費で、10%が手数料、とかいって」

「20%? 5千万なら1千万が保管料ってことか? ボッタクじゃないか?」

「ちょっとしたレストランに行けば、消費税とサービス料で20%くらいは平気で取られますからね。普通じゃないですか? 株式の売買益にかかる税だって、商業ライセンスで取られる税と手数料だって20%ですよ?」


「なんだか逆恨みの波動を感じるぞ」


「気・の・せ・い・です。それとも預かり業務だと期間に応じた方が良いですかね?」

「まあなあ、売るために預けているとは限らないし、うちから出したものを10万で売って、2万だけ料金を払った後、高額で転売して勝った気になるバカとか出そうだしなぁ」

「そんな取引先は出禁ですよ、出禁。なにしろ世界でうちしかないサービスですからね。強気で行きますよ!」


「とはいえ、やはりオーブの価値と預かる期間を聞いて、後は応相談とかが無難だろ?」

「そうですね。料金ってどうやって算定すればいいですかね?」

「1日100万とか?」

「なんというドンブリ」

「まあ、先方と話しあって、希望を聞いてみれば良いんじゃね? それで徐々に相場が作られるだろ」

「了解でーす」


ドリップが終わったコーヒーを、三好がこぽこぽとついでくれる。


「どうぞ」

「さんきゅー」


独特な香りを嗅ぎながら、それを一口、口に含んだ。

透明感のある酸味が広がり、その後甘いコクが舌の上に押し寄せてくるようで確かにうまい。


こだわれば違いも生まれると言うことか。


「それで、オーブは売れたのか?」

「一応値段は付いたみたいですよ? 信憑性を出すために、最初の2日は忘れていたように見せかけてIDを表示させています」

「個人サイトならではだが、酷いな」

「最後の1日はIDを非表示にしますから。特定されて喜ぶ落札者も少ないでしょうしね」

「結局オークション形式にしたのか?」

「まあ、ものが少ないですからね。それに、これを扱えるのは、今のところ世界中でうちだけですよ! サザビーズやクリスティーズだって取り扱えません!」


そらまあ、時間が来たら消えて無くなるからな。


「とりあえず3個の水魔法を、六千万JPYから。入札されたら10分の時間延長ありで始めました。さっき見たら1億800万JPYでしたよ」

「は? 8000万とかいってなかったか?」

「それは今までのシステムで、買い手が単独で付けた金額ですし。売り手が出るまで、いつ手にはいるのかもわからないですからね。ここなら必ず手に入る。その差ですね」


まあ、水魔法がどんなものか知らないけれど、すごい攻撃魔法が使えるなら、軍としては戦闘機より高額でもお釣りが来るだろうしなぁ……


「リミットは?」

「一応3日です」

「そりゃすごい。1日しか保たないオーブを落札する時間が、3日」

「世界が震撼しますね」


するかな……するかもな。


「んで、落札後はどうするって?」

「手渡しです。宅配とか無理ですし。符丁を発行します。符丁の暗号化はお互いの公開鍵で。使用者にJDAの貸し会議室あたりに来て貰って、そこで暗号化したデータを貰って、こちらの秘密鍵で復号できたら、振り込みを確認してから、引き渡すことになります」

「まあ、妥当か。直接以外の引き渡しは、俺達の手を離れたあとの生存時間が保証できないもんな」


一応最低保障時間は、商品説明部分に書いてあるらしい。


「いくらになるのかな、楽しみですねぇ」


三好は落札価格を想像してニヤニヤしながら、珈琲を飲み干した。

近江商人はそれでいいだろうけれど、俺は販売した後のことが心配だよ。いっそしばらくほとぼりを冷ましに国外へでも逃亡するかな。


「そうだな。これが一段落したら、今年の冬はバカンスで外国にでも行くか? 社員旅行っぽく」

「いいですね! 私、マチュ・ピチュとかアンコールワットとか行ってみたいんですよ」

「何という辺境体質。食べ物なら、フランスとかイタリアとか、いまならスペインとかじゃないの?」

「ああ、それもいいなぁ……」

「ま、トラタヌにならないよう頑張ろう」

「はーい」


しかしこの後、海外旅行など夢の又夢になってしまうなどと言うことは、神ならぬ俺たちの身では想像することもできなかったのだ。


*1)ドンパチ農園。エスメラルダ農園。ゲイシャ種

ゲイシャ種の煎り止めは秒単位の精度が必要で、特に水洗式はタイト。

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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
[気になる点] 漫画版読んでても思ったけど、話に絡む人物がパワハラ上司除いたら女性しかいないのが極端よね 内容は面白いんだけどそこだけ気になる
[一言] ゲイシャも良いけどお高いので、今はアフリカ ケニアの深煎りが旬です。 近所のカフェが2軒も別部門ですが国内で金賞とりました。 賞を取る豆って、特徴ありすぎで尖り過ぎで美味しくは無いです。 個…
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