§164 金枝篇 シェケルを毟れ 2/15 (Fri)
後日ちょっと修正が入るかも。
「先輩! つくばが汚染されました!」
「はぁ? なんだよいきなり」
「これ見て下さいよ!」
そこには地域のほのぼのニュースを切り取ったムービーが twitter や youtube にアップされたものだった。
そこでは、みかん農園のご主人が嬉しそうに、自分の農園に生ったみかんを紹介していた。
季節外れの豊作に、地元のTVクルーがにこやかに不思議ですねぇ、などと言っていた。
「みかん農園が豊作で良かったねってニュース……ってわけじゃないんだよな?」
「2月ですからね。これが愛媛あたりのニュースならそれですみますけど、農園があるのはつくばで、ニュースは昨日の話です」
「ってことは……」
「絶対、黄金の木の影響ですよ」
「花粉関係ないじゃん!」
「さすがは、Dファクター。空気読みませんね」
まあ、そういう存在じゃないだろうからなぁ。
「で、これ、どうするんだよ」
「どうにかできます?」
「無理」
ダンジョンの中らなともかく、地方都市の農家相手に俺たちができることはないだろう。
何かしようとしても、単なるクレーマーだの、胡散臭い奴らで切り捨てられて終了だ。
「だけどさ、さすがにこうなったら、JDAや省庁も動くだろう。鳴瀬さんには昨日詳しい話をしておいたわけだし」
「鳴瀬さんなら、今頃はレポートも提出されているはずですよ」
「よし、俺たちにできることはすべてやった! 後のことは、それぞれの機関にまかせよう! 頑張れニッポンだ!」
「私たちも暇じゃないですからね」
スライム狩りも再開しなくちゃだし、25日には〈収納庫〉が控えている。
「オーブのオークションもやるやる詐欺のまんまだしなぁ……」
「横浜の処理もありますよ。もう、テンコーさんに丸投げします?」
「まあ、彼は喜ぶだろうけど、危なくないか?」
「以前の様子なら大丈夫のような気もしますけど、踊り場実験室を公開されるとちょっと困りますね」
「あの人の辞書に、秘密の二文字ってなさそうだからなぁ……」
横浜ダンジョンの1層が閉鎖されてから2週間、失意のどん底だったテンコーさんだが、テンコーチャンネルはまだ続いていた。
よく考えてみたら以前だってダンジョンそのものには入れなかったわけで、階段の上まで入れなくなっただけの今も、それほど大きな違いはないのかもしれない。
しばらくは、横浜ダンジョン1層閉鎖の謎に迫る!とかやっていたが、それが視聴者に刺さる話題になるくらいなら、横浜の閉鎖もなかったような気がする。
結局、横浜は依然とそれほど変わりなく、混乱もないようだった。
「彼も代々木の探索をやればいいんですけどね」
「お前が代々ダン情報局を充実させちゃったから、探索系のチャンネルは意外とネタ探しに困ってるんじゃないの?」
「そうでもないと思いますよ。後追いの検証でも番組になりますし、後はスポーツネタなんかも増えるんじゃないでしょうか。それより、下の層へ潜って欲しいですよね、そういう人たちは」
しかし、俺たちもやることが広がっちゃったなぁ……
「そういやお前、寺沢某への連絡ってどうするんだよ」
「あー、それもありましたね……」
一瞬だけ考えるようなそぶりを見せた三好は、すぐにあっけらかんとして言った。
「思ったんですけど全スルーで良くないですか?」
俺は、それでいいのかよ!と頭を抱えそうになったが、それよりも、可哀想なのは寺沢某だ。
「魔法の呪文とか言ってたのになぁ」
「いや、先輩。冷静に考えて、それにつられてほいほい出向いたりしたら、自白したみたいなものじゃないですか」
「事実だけで言えば、三好が1万個も鉄球を買っていて、それに似ているものが31層に落ちてたってだけだもんな」
「そうですよ。いざとなったら私の攻撃を見せて、『31層で落としたやつですね。結構するんですよ、それ。拾っていただいてありがとうございました』なんて、しらを切って返してもらってもいいですしね」
なるほど。三好がそれを使っているところを見せてしまえば、なんとでもいいわけができるのか。実際に31層にいたわけだしな。
スキルについては内緒で構わないだろう。君津二尉みたいなスキルだって存在しているわけだから、似たようなスキルがあってもおかしくはない。
「実際に投げるふりをしておけばよくないですか?」
「なるほど……」
スローイングの途中で入れ替えるのか。やるのは、どうせ見せるときだけだ。1回くらいならばれないだろう。
「じゃ、あんまり気にしなくても――」
「いいんじゃないかと思うんです」
俺たちは、そのことを実に暢気にとらえていて、たいして重要視しなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
北谷マテリアルの研究室では、件の高屈折率液体の正体を突き止めるために、難波のチームが日夜実験を続けていた。
細面で眼鏡をかけた男が、チームリーダーの難波に声をかけた。
「難波さん、ちょっとよろしいですか?」
「あ、八瀬川さん」
八瀬川元は、真超ダンジョンから出向している研究者だ。
「どうしました?」
「いえ、先週から、どうも実験の内容が偏っているような気がするのですが、なにか発見でもあったのですか?」
難波は内心苦笑した。
先週までは、袋に入っていたアイテムの物性を調べるような実験が続いていたのだが、先週の水曜日からとつぜんモノアイの水晶を液化させる条件を探しているのだ。
もちろん、先週保坂が芳村に貰ったメールがこのテストの発端だ。
「たまたま弊社からアドバイスを求めた研究者から、ヒントを貰いまして」
「アドバイス?」
「あ、いえ。守秘義務に抵触するようなことは話していませんから」
第一、三好にメールを送ったのは榎木だ。
「……そうですか」
八瀬川は、ただそう言って去って行ったが、振り返った顔の口角が上がっていた。
やはり、ここにいた三好梓は、件の鑑定持ちと同一人物らしいと、そう確信した瞬間だった。
そうして、八瀬川は、三浦部長にそのことを報告した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「御殿通工って……」
美晴はJDAからタクシーに乗って、Dパワーズの事務所へと向かいながら、御殿通工について調べていた。
「なにこれ?」
その株は、月曜日からずっとストップ高を続けていた。
たしかに凄い値動きだが、これに三好さんたちが噛んでいるとはとても思えなかった。
「あの二人が株みたいに面倒なことをやるかなぁ……」
仮にやったとしても、誰かに丸投げするはずだと、美晴は考えていた。
実に正確な分析だ。
「ええと、さりげなく訊く必要があるのは、アメリカの件と御殿通工の件ね……うーん。さりげなく? 無理じゃないかな?」
さりげなく訊こうにも、どちらもそこへ持って行くまでの、話の接ぎ穂がないのだ。
「ま、そのまま訊けばいいか」
それは、ストレート女、鳴瀬美晴の面目躍如というやつだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「というわけで、教えてください!」
「なんですか、鳴瀬さん。藪から棒に」
「いえ、斎賀にさりげなく訊いて来いって言われたんですけど、ちょっと無理目だったので」
「無理目?」
「Dパワーズさんって、御殿通工さんの株となにか関係があるんですか?」
「御殿通工?」
大手の電機メーカーだが、俺とは何の関係もない。
「三好ー。御殿通工って心当たりあるか?」
「ありをりはべり、いまそかりってなもんですよ」
「なんだそりゃ」
三好は台所から出てくると、いたずらがばれたときの子供のような顔で言った。
「鳴瀬さんの聞きたいことも分かりますけど、今高騰してるのは、私が買ってるからじゃありませんよ」
「え、お前株なんか買ってたの?」
「まあ、ちょっと前に」
そういって、ダイニングの椅子に座ると、説明を始めた。
「先輩覚えてません? D132って」
「ああ、あの中島さんと悪だくみしてた」
「D132が、御殿通工の製品でなんです」
「じゃあ、『センサーの知的財産権を老舗でちょっと落ち目の大手1社だけが保有していて、まだその期間が長く残っている』ってのが――」
「御殿通工ですね」
もしも、三好の企みを知らず、デバイスだけを見たやつがいたとしたら、そうして、そこに使われているセンサーが、株価が低迷している大手企業のもので、それに使われている特許もその会社が保有していることを知ったとしたら――
なにしろ世界中に、ものすごい個数の需要がある製品の主要部品なのだ。それが発表されたとたんに、株価は急騰するに違いない。
「それを見越して、買っているやつがいるってことか」
三好は小さく頷くと、言葉を継いだ。
「言ったじゃないですか。なんだかこの件は変だって」
「急いでデバイスを作らせてばらまくこと自体が目的みたいってやつか?」
「そうです、そうです。相手がどこの国の手先だかは分かりませんけど、やり方が強引だから、きっと反社なんかも噛んでますよ」
ええ? そんな大きな話なのか、これ。
「それに、いくらむき出しの基板が確認できて、デバイスをコピーして販売しようと思っても、現品なしでは、開始するまでに相当手間がかかると思いますよ」
「なにしろ、あの基盤は無駄だらけで、解析が難しく作られていますから」と三好が笑った。
「部品だけからじゃ、特許が取れるほど内容をつかむことが難しい?」
「仮に組み立てることができたとしても、見た目から想像できる内容で出願したら、私たちが犯人ですと名乗りを上げているようなものじゃないですか」
こいつ、まさか――
「だけど、もしどこかの誰かが、この情報が、未だに公開されていないことに気が付いたとしたら?」
緊急事態で、急ぎ製品を露出させたため、特許出願や情報公開の準備ができていなかったと考えるかもしれない。
そしてもしもその情報が公開されたら、低迷している御殿通工の株価は――
「だからまずは金融から来ると思いましたけど、相手は株式発行数がべらぼうに多い御殿通工ですよ? こんなに露骨だとは……アホですかね?」
三好がチャートを見ながら、タブレットの表面をコンコンと叩いた。
――そこに時間差を作って、欲が金融に向かうように誘導したのか!
「お前、もしかして……」
三好はぺろりと舌を出すと、「勝手に800億くらい使っちゃいましたけど」と軽く言った。
どうやらこの動きが出る以前から、予想される株価よりも高めの金額で流動性のある部分を吸い上げていたようだった。
株価の先行きが暗かった銘柄だけに、面白いように売りが集まったと言って、笑っていた。
「適当なところで、全部今の買い手に押し付けて、特許を公開しようと思っています」
おいおい……
「そうして、そこに書かれたリファレンスの設計には、D132よりもずっと安価で高性能にできるSCD28が使われているんですけどね」
この情報のインパクトに気が付くのは、現在の探索者判定デバイスにD132が使われていることを知っていて、それを利用しようとしていた者たちだけだ。
その時、彼らは、自分たちがはめられていたことに気が付くのだ。
「卑怯なことをする人達からは、たっぷりシェケルを毟ってやりますよー」
両手のこぶしを握り締めて、ぐっとガッツポーズをとる三好に呆れながら、俺は、「はいはい。うまくいくといいね」と言うしかなかった。
「しかしこれって、普通の投資家にも悲惨な目に合うやつがいるんじゃないか?」
「今のところストップ高が続いていますし、最初の買い手の注文が早いでしょうから、それほどいないと思いますけど――」
「けど?」
「大した根拠もなく仕手戦っぽいものに乗っかってくるような人は、痛い目を見ても仕方がないと思いますよ」
何しろ下がる理由はあっても、上がる理由がない銘柄なのだ。
「ノーポジで、眺めて楽しむ株でしょ、これ」
「あの~」
鳴瀬さんが恐る恐る声をかけてきた。
「それって、つまり――」
「御殿通工の株を買ってるのは私たちじゃないってことですかね」
三好はいたずらっぽく目を光らせて言った。
「鳴瀬さんも口外しないようにお願いしますよ。あと数日だと思いますし。それに、情報を流出させたのは、きっとJDAさんですよね」
「うっ……でも、今の話じゃ、最初からそうなるって」
「それとこれとは関係ありません」
「ううっ……確かにそうですけど」
「それで、訊きたいことはそれだけですか?」
俺は、さりげなく、助け舟を出した。なにしろ留出は鳴瀬さんの責任とは言えないのだ。
三好は、先輩は美人に甘いですからねアイズで、目からビームを出しそうだったが、スルーだ、スルー。
鳴瀬さんは、そうだという顔で、頭を上げると、
「USの荷物を運ぶのにどんな報酬を貰ったのか、知りたいそうです」
「いや、それって……取引上の秘密にあたりませんか」
俺は苦笑いしながらそう言った。
もっとも、考えてみれば、USとは、NDAのNの字も結んでいない。サイモンとの口約束だけだし、口外無用とは言われなかった。
「え、じゃあUSとの取引って、本当にあったんですか?!」
「ええ?」
「いえ、横田で変なものが組み立てられているところから、推測したらしくって」
変なものって……そんなに目立つほどでかいものを用意してるのか、アメリカさんは。
俺は三好と顔を見合わせた。
「それで以前うちからもDパワーズさんに運搬を打診したとき、まずはリストをとのことでしたのでそれを作成していたのですが――」
「報酬をどうしようか迷ったから、先例があるなら聞きたいと?」
鳴瀬さんは小さく頷いた。
しかしこの報酬は、何の情報にもならないと思うけどなぁ……
その時、門の呼び鈴が押された。ドアとは違って、外についているやつだ。
うちに来る連中は、大抵徒歩でホイホイやってくるので、呼び鈴を押すときはドアのものなのだが……
不思議そうな顔で三好が外を確認した。
「先輩。なんかすごい偉そうな車が来たんですけど」
「偉そうな車?」
ちらりと窓から外を見た成瀬さんが、驚いたように声を上げた。
「ま、丸外ナンバー?!」
「なんですそれ?」
「ハガティさん用のナンバーですよ」
唖然としている鳴瀬さんの代わりに、三好が説明してくれた。
「ハガティって?」
「USの駐日大使」(*1)
「はぁ?!」
俺はもう一度門の向こうに停まっている車を見た。
「だけどさ、それって区別できると襲われやすくなってまずいんじゃないの?」
「そう言われれば、なんで区別してるんですかね?」
大統領が来日したときにのる車は、同じものが2台用意されて、ナンバーも同じナンバーが使われるらしい。
ならもういっそのこと区別できないように全部同じ外交団ナンバーにすればいいのに、不思議だ。
「何を暢気なことを言ってるんですか! 早く応対しないと!」
鳴瀬さんの焦った声に、三好が門を開けるスイッチを押すと、正門部分が静かに大きく開いて行った。
「だけどなんで、大使の車が?」
「うーん……一種の示威行為ですかね?」
三好が裏のマンションを指さしながらそう言った。
もしもそこに本当に各国の情報機関が入居していて、うちを監視しているとしたら、アメリカ大使の車が訪問したという事実は、蜂の巣をつついたような騒ぎを引き起こすに違いない。
「示威行為ねぇ……」
ご苦労なことだと思いながら、ふと、俺たちは普通の部屋着だってことに気が付いた。
「こんな格好でお迎えしてもいいのかね?」
「じゃ、脱ぎます?」
つまり今すぐ着られる適当な服はないよねってことだな。
今度、多少なりともまともな服装を、ファントムよろしく保管庫に突っ込んでおこうかな……
「裸の方が失礼にあたりそうだな」
「ですよね」
結論から言えば、彼らは、先日サイモンと約束したブツを持ってきた、言ってみれば運送屋さんだった。
今朝横田へ、パトリオットで到着したものだそうだ。
大仰な挨拶をして、荷物を運びこんだ後、あらかじめ用意されていた契約書にサインを求められた後、実にフレンドリーに握手をして帰って行った。その間わずか数分だ。
「分単位のスケージュールで動いている人たちが、運送屋さんって、ちょっと凄いな」
「先輩、せめて使節団って言いましょうよ」
三好が笑いながら言った。
「でもすごいシンプルな契約書でしたね」
「お前、以前面倒な契約書はサインしねえとごねてなかったか?」
「それは先輩でしょ。しかし訴訟社会のアメリカとは思えません」
「裏に見えないくらい小さな文字でびっしりと書かれてるんじゃね?」
「もしかしたら、あぶり出しかも……」
「何を馬鹿なことを言ってるんですか。で、それは?」
床に積まれた数箱の木箱を指さしながら、鳴瀬さんが尋ねた。
「ああ、まあ、報酬と言いますか、なんといいますか……」
「報酬?」
「先ほど鳴瀬さんが知りたがっていたやつですよ」
「え、じゃあ、木箱の中は金の延べ棒か何かってことですか?!」
金の延べ棒ねぇ……
「黄金と言われればそうかもしれませんけど……なにしろ半分はコート・ドールの品ですし」
コート・ドールは「黄金の丘」だ。ブルゴーニュ地方の高品質ワインを作り出す土地で、件のモンラッシェはここの南側にあたる、コート・ド・ボーヌにある畑なのだ。
「え、じゃあ、まさか……」
「見てもいいですよ。どうせ、セラーにしまいますから」
そう言って、三好は木箱の中身を、文字通りよだれを垂らしそうになりながら片付け始めた。
当たり前だが、山吹色のボトルは入っていなかった。あれは、日本のネタだもんな。
*1) 当時のお話。
2019年7月22日に離日したため、現在は、Joseph M. Young 氏が、駐日米国臨時代理大使を務めています。
申し訳ありませんが、書籍版2巻の追加作業が多いため、更新を月末までお休みします。
今日を入れて、あと2回しか週末がないので、一週間分を日曜日にまとめて書く私としては、ちょっとピンチなのです。
本業が確立している作家の人は、いつ書いてるんだろうって話ですよね、ホント凄いな。




