§144 レディキラー 2/5 (tue)
「おはようございます!」
やたらと爽やかな知らないイケメンが、モニターの向こうで挨拶をしている。白い歯にエフェクトがかかりそうな勢いだ。
「誰だこいつ? 三好、知ってるか?」
「さあ? 何かのセールスでしょうか」
三好も初めて見る顔らしい。
あまりにあけすけにドアの前まで来たので、アルスルズたちも反応対象外だろう。
「はい。どちらさまでしょうか?」
「私、JDAの庶務課からまいりました、雨宮祥と申します」
庶務課?
「あ、ただいまちょっと取り込んでおりますので、少々お待ちください」
「はい」
そう言って俺たちは、こちらからの音声を切った。
「なあ、あれって……」
「基金関係の刺客ってやつですかね」
「刺客ってな……で、本物なのか? うちまで来るんなら、普通鳴瀬さんとかが連れてくるのが普通だと思うんだが」
「そうですね、今、一応画像を鳴瀬さんに送ってみましたけど、見てないと時間がかかるかもしれません」
「そういやお前、鑑定は? モニター越しにも鑑定ってできるものなのか?」
「しようとしたら、モニターの鑑定結果が出ましたよ。IPSとかTNとか表示されて、笑っちゃいました」
「ああ、なるほど」
考えてみれば当たり前だが、経験してみなけりゃすぐにそうなるとは思いつかないかもしれない結果だ。
「……って、ちょっと待て。鑑定ってダンジョン産の物質以外にも有効なのか?!」
「最初は、そうでもなかったんですが、しばらくしたらいつの間にかできるようになってました」
「ええ?」
「最近じゃ、時々美術品の作者や食品の産地まで書かれてることがありますけど、なんだか見る目がなくなっちゃいそうで嫌ですよね」
ああ、答えが書いてある看板が付いているんじゃ、感性を養うっていう意味ではマイナスなのか。
しかし、それが鑑定眼ってものだと考えれば、目茶苦茶見る目があるってことにもなるんじゃないかと思うんだが。
「それって、世界にDファクターが充満してきてるってことか?」
「単にスキルのレベルアップかもしれませんけど」
「区別は……できるはずないか」
「それより、この能力にも集合的無意識ってやつが関わっているとすれば、ステータスなんじゃないかと思うんですよね」
「INTか」
三好のINTは補正なしで75だ。パーティ補正が入ってるから、おそらく78~79くらいはあるだろう。俺を除けば、ダントツで世界一であることは間違いない。
「そうか。集合的無意識から情報を引き出すのにINTが関わるというのは、いかにもありそうだよな」
だから、自分の知識に無いことが、分かったり出来たりするってことか。
鑑定は、それをよりうまく利用するためのスキルだと考えれば、すべてがうまく説明できそうだ。
「先輩。それより今は、雨宮さんですよ」
ああ、そうか。
鳴瀬さんからの折り返しはまだない。
「ガラス越しはどうなんだ?」
モニター越しがNGなら、ガラスを通すと、ガラスの鑑定結果が出たりするんだろうか? サファイアガラスだとかフッ化カルシウムガラスだとか。
「透明や半透明の物体の場合は、それを鑑定するのか、奥にあるものを鑑定するのかは認識次第っぽいですね」
「そりゃ、便利だな」
「先輩も取ります?」
「鑑定は、うちでも狙ってゲットするのは大変だからなぁ……」
何しろ唯一確実なルートは、館で追い回され始めた後なのだ。今や、館を登場させるのも大変だろうし。
三好は、居間の窓に近づくと、そこからちらりと男を鑑定しているようだった。
「先輩、先輩。これ」
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雨宮 祥 29.0 / 22.6 / 1 / 12 / 12 / 12 / 11 / 2
JDA振興課職員
レディキラー
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「おお。なんか表示が増えて……最後のこれはなんだ?」
「ねー。ステータスはなかなか優秀ですけど」
普通に考えれば、STRは11で、LUCは12なんだろう。確かに優秀だ。トータルで考えれば、人類の上位10%には入りそうだ。ダンジョンでステータスが増えた人間を除いて。
しかし最後の称号?が……
「……この情報が、件の集合的無意識から引っ張り出されてきているものだとしたら、ある程度多数の人間がそう思ってるってことか?」
「本人の意識から出て来た本性、なんてこともあるかもしれませんけど……ともあれ、まさか本物の殺人者、なんてことはないでしょう」
ここは一応日本ですし、と言いながら、三好の目が面白そうに笑った。こういう時はろくなことが――
「先輩の称号、知りたいです?」
「聞きたくない。いいか? 絶対に話すなよ?」
俺は被せるようにそう言うと、慌てて言葉を継いだ。
「ま、まあ、本人だってことは分かったから、話だけは聞いてみるか」
「了解です」
そうして俺たちは、彼を居間へと迎え入れた。
玄関へと向かいながら、三好が、「残念。格好いいのに」と呟いていたのが聞こえたが、こいつの格好いいは、ちょっと危険な香りがする。耳をふさいでおくのが吉だろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
東京赤坂にあるマンションの一室では、昨日JDAで斎賀にあしらわれたと感じていた葉山が、いまだに憤慨していた。
「くそっ、どいつもこいつも。どうして俺の言うとおりに動けんのだ!」
参議院議員とはいえ4期目ともなれば、りっぱに保身と利権にたけた妖怪ができあがる。
しかし、20年も先生と言われ続ければ、多少のおごりやゆるみが出ても仕方がないのかもしれない。葉山も自分が声をかければなんでもその通りになると考えている節があった。
「俺がこれほど日本のことを考えているというのに」
彼が日本のことを考えているというのは嘘ではない。ただそれが独りよがりで、矮小な動機に基づいているというだけだ。つまりは、ヒーローになりたがっている子供と同じようなものだ。
その時隣の部屋にいる秘書が、部屋をノックした。
「先生、陸連の浦辺様からお電話ですが」
「陸連? おらんと言っておけ!」
「……承知しました」
2日前、葉山が明日にも席を確保してやると豪語したため連絡を待っていた浦辺だったが、翌日どころか翌々日になっても連絡がない。
他の委員にもそれを吹聴した手前、さすがに不安になって、確認の連絡を入れて来たのだろう。
「くそっ。陸連の連中も、まだ二日目だというのに!」
2日前、陸連の浦辺が菓子折りを持って事務所を訪れたとき、彼らの言うことなど造作もなく思えた。
なにしろ、バックもなにもない個人が始めたスポーツジムもどきの席の一つや二つ、自分が声をかければ二つ返事で喜んで明け渡してもらえて当然だ。
自分とのコネができるなら、涙を流して喜んでもおかしくない。そのはずだった。
だから、それなりの土産を持ってきた浦辺には、よっしゃよっしゃ任せておけとばかりに、安請け合いしたのだ。
しかし連絡させてみれば、電話もメールもまるでなしのつぶて、メールの返事はおろか、電話に至っては、呼び出し音が鳴るばかりで留守番電話にすらつながらないありさまだ。
古巣の文科省を通じて、スポーツ庁からも連絡させてみたが、状況は同じだった。
聞けば、JDAが彼のパーティに、専任管理官をつけているらしい。業を煮やした葉山は、自らJDAにまで出向いてみたのだが――
「あの、わからずやめ! 議員は国民の代表だぞ。忖度して融通を聞かせるのが当たり前だろう!」
「おやおや、先生。荒れてらっしゃいますね」
ドアを開けた隙間から、妖艶な雰囲気をまとった女性がこちらを覗き込んでいる。
「欣妍? なんでここへ」
「いやですよ、先生」
そう言ってシンイェンは、薄い封筒を葉山に手渡した。
おそらくたまりにたまっているはずの請求書だろう。彼女が直接やってくるということはそういうことだ。請求に特別なサービスが含まれているときは、なおさらだ。
葉山はそれを無造作に受け取ると、中身を確認もしないで机の上に放り投げた。
今すぐ支払うつもりはないという意思表示だ。
それを見た彼女は、獲物追い詰めるヒョウのようなしなやかさで、机に近づいてくる。
「そういえば先生。今、話題のダンジョンブートキャンプにかかわってらっしゃるんですって?」
机の角に、腰のラインを見せつけるように座りながら、彼女がそう言った。
「政界だか官僚だかスポーツ界だか知らんが、口が軽いな」
当然彼女の顧客にはそういう男たちもいるだろう。
葉山は、自分の行動の派手さを棚に上げて、そう考えた。あれほど派手に動けば誰にでも筒抜けのはずだ。
「どうやら、うまく行ってないようですね」
シンイェンは、フフフと手の甲を口に当てて笑うと、「先生も今年は改選でしたっけ? 大変ですねぇ」と、からかうように言った。
「お前には関係ないだろう」
実に忌々しい女だ。ベッドの中以外では。
「なら、いっそのこと先生が仕切られては?」
「なんだと?」
彼女は、机の上に上半身を乗り出して、形の良い胸を強調しながら、口角を上げた。
「うちのものが一人、件のキャンプに潜り込んだんですよ。契約上プログラムの内容を他人に話すことは出来ませんが、自分で再現することはできるそうです。素人が作ったNDAだということですよ」
「ほう」
どうやってあの抽選を潜り抜けたのかはわからないが、男を手玉に取って生きているような女だ。そういう手段を持っていてもおかしくはない。
そう言えば、Dパワーズの片割れは男だったか。
「それで、俺にどうしろというんだ?」
「お話が早くて助かります。先生には、投資と宣伝をお願いしたいですね」
「宣伝?」
「今、大のお得意様から依頼を受けてらっしゃるんでしょう? 一石二鳥というものじゃありませんか」
確かにスポーツ界からブートキャンプの席を確保するように要請されている。
それがうまくいかなくてイライラしていたわけだが、同じサービスを立ち上げてそこに呼び込んでしまえば、面子も立つし金も儲かるというわけか。
まさか尽力してはみたが、相手にもしてもらえなかったとは言えるはずがない。
「俺の名前が前に出るようなのは困るぞ」
「それはもう。ただしスポーツ界からお客は引っ張ってきてくださいよ」
「そこは任せておけ」
「それと――」
「なんだ?」
「ステータス計測デバイスが必要なのですが。手に入りますか?」
そういえば、今年の2月1日以降電気用品にはPSE(電気用品安全法)マークが必須になる。
ステータス計測デバイスは、まだ市販されていないし、まったく新しい製品だが、電気を使うことに変わりはないだろう。
PSEマークは自主検査だが、その新規性を盾にサンプルを提出させることは出来るかもしれない。
しかし、それを横流しして、事業に使っているなどということがばれたらただでは済まないだろう。
「サンプルを手に入れることは出来るかもしれないが、それを使って事業をするのは無理だな」
「では、発売日に手に入れるというのは?」
「それくらいなら、なんとかなるだろう」
さすがにその程度のコネはどうにでもなるだろう。
「ではよろしくお願いいたします。投資の方は……」
「銀行に連絡はしておくが……あまり、調子には乗るなよ」
「ありがとうございます」
「開始できるめどが立ったら、窓口を連絡しろ。陸連あたりに繋いでおく」
話がまとまり、シンイェンが、するりと机の上から床に降りると、葉山は机の上の封筒を彼女に向かって滑らせた。
「なら、こいつは経費だな」
シンイェンは、顔色を変えずにそれを受け取ると、「ごきげんよう」とドアの方を振り返り、モンローウォークを見せつけながら出て行った。
内心で、このケチおやじとののしっていたとしても、それを一切感じさせず、なまめかしい余韻だけを残して。
「ふん。食えん女だ」
そう吐き捨てるように言うと、受話器を上げて、浦辺の番号を呼び出し始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
市ヶ谷からタクシーに乗って、新宿3丁目のマルイアネックスの前で降りた寺沢は、道路を挟んで立っている黒い外壁に赤いラインの入った、モダンなデザインのM&Eスクエアビルを見上げた。
道路を渡って、エレベーターに乗り込み2Fで降りれば、そこには珈琲貴族という変わった名前の喫茶店だ。
店内に入って見回すと、店の最奥、喫煙席のどん詰まりで、一人の男が手を挙げていた。
「よう、篠崎。久しぶり」
寺沢が声をかけた男は、少し無精ひげを生やした細めの男だが、よく鍛え上げられているようで、シャープな印象を身にまとっていた。
「突然電話が来て驚いたよ。5年ぶりくらいか?」
注文を取りに来たウェイターに、コロンビアを注文した。
酸味のあるバランスの取れたコーヒーが彼の趣味だが、エジンバラのコロンビアは強い甘みと深いコクも兼ね備えた、なかなかの逸品だ。
「もうそんなになるか」
篠崎充は、寺沢と比較的仲の良かった同期だったが、自衛隊を退職した後、探偵業に鞍替えした変わり種だ。
「で、今日はいったいどういった要件だ? 旧交を温めに来たってわけでもないんだろ?」
相変わらずせっかちな男だと、内心苦笑いしながら、寺沢は机の上にハンカチを敷くと、直径が10センチ弱程ありそうな鉄球を取り出した。
「こいつの出所が知りたいんだ」
「出所? 制作した会社ってことか?」
「そうだ」
それを聞いた篠崎は、あきれたような顔をした。
「テラよ、俺んところは探偵事務所だぞ。探偵っつーのは、個人を対象にした調査業務を行う仕事なんだよ。探偵はスパイじゃないんだ。取引先の情報の調査なんて、業務の範囲外だよ」」
寺沢は、これも最終的には個人を対象にした調査なんだがなと思いながら、言葉を継いだ。
「企業の信用情報を調べる際、取引先も調べるだろ」
「そりゃそうだが、企業の信用情報を取り扱うのは探偵じゃなくて興信所の仕事だ」
探偵事務所と興信所は、その成り立ちに違いがある。
興信所は本来、信用情報を調査する仕事で、探偵は個人の調査を行う仕事だ。現代なら、主に浮気調査だろうか。
「探偵業法上は同じじゃなかったか?」
「そりゃまあそうだが、専門性ってものがあってだな……」
2007年に施行された探偵業法では、興信所も探偵事務所も、探偵業務を行うものとしてくくられた。
つまり、法的に区別はないことにされたため、名前の違いは社長の趣味にすぎないということになってしまったのだ。
「その辺は、横のつながりってやつがあるんだろ? どこへ持って行けばいいかなんて、俺たちにはわからないからな、頼むよ」
専門外の仕事を、より専門的な事務所に請け負ってもらうなんてことは普通にある。
それに、そういう互助的な手段がなければ、沖縄で受けた個人の調査が、北海道に波及したりしたときコストがかかりすぎる。そういう場合は北海道の同業者にお願いすることになるのだ。
「頼むよったってなぁ……こういうのって、情報保全隊あたりに頼めばいいんじゃないのか?」
「3年前の高裁判決以来、いろいろと一般相手の調査活動はちょっとな……」
2016年仙台高裁で、自衛隊による情報収集活動を巡る国家賠償請求訴訟が行われ、日本共産党所属の地方議員4人と社会福祉協議会職員1人に対する自衛隊の監視活動が違法だとの判決が出されたのだ。
「そもそも、調査していることをマルタイに使えるとき、なんていえばいいんだ? 防衛省に頼まれましたじゃ、事が大きくなりそうだが、いいのか?」
「そこはそれとなく探ってくれれば」
「どうやってだよ?!」
「そりゃ、お前の専門だろ」
「……あのな、マルタイが、お前、か、防衛省か知らないが、調査を依頼する側に対する契約や事件の当事者でない限り、調査することは伝えなきゃ法律違反なんだよ」
「防衛省が、犯罪や不正行為による被害を受けていたとしたら、問題ないだろ?」
「そりゃ警察の仕事だろうが。民事で済ますようなことか」
「ま、その辺は何でもいいんだが」
「何でもよくねーよ! 俺たちは民間のスパイ組織じゃないの! ちゃんとした企業なの!」
篠崎の剣幕に、寺沢は笑いながら、運ばれてきたコロンビアに口をつけた。
「まあ、それはともかく、これってどうやって調査すればいいと思う? 圧造できるメーカーなんか相当あるだろう?」
篠崎は、ともかくじゃねーよと、ぶつぶつ言いながら、それでも彼の質問に答えた。
「購入した相手は個人なんだろ? なら、ネットで『鉄球 販売』あたりで検索を掛けて、ヒットした上から10件の会社を調べるだけで十分さ。おそらく数件で見つかる可能性が高いな」
「なるほど」
ネット時代ならではだな。昔なら職業別電話帳ってやつか。
「逆にいえば、それで見つからなきゃ、こんなの見つけられっこないだろ。警察なら別かもしれないが」
「警察ならどうするんだと思う?」
「今言った方法で片っ端から電話をかけるのが基本だろうが、そいつの居住地がある程度絞れるなら、そこから手繰れば、個数によってはすぐわかるんじゃないか? 宅急便は寡占事業だからな」
「なるほどな。ともあれ、やれるだけはやってみてくれよ」
「お前な……」
全然話を聞いてない寺沢の言に、篠崎は諦めたように肩を落とした。
「で、これって、省からの依頼なのか? それともお前個人の? どっちにしても予算ってものがあるだろう」
「そうだな……当面、どこからにしろ、うちの報償費に機密費枠があるから予算は大丈夫だ」
「え、お前、そんな偉いポジションにいるわけ? 2佐になったばかりだろ?」
「まあ、JDAG(ダンジョン攻略群)は歴史の浅い組織だからな。いろいろあるのさ」
「いろいろね……聞かない方がよさそうだ」
篠崎は、テーブルの上に置かれた鉄球を指さした。
「それで、この鉄球は預かっていいのか?」
「ああ、よろしく頼む」
「払いは弾めよ」
「そこはお友達価格で」
「馬鹿言え、こんな面倒を押し付けやがって、たっぷりと請求してやる」
彼は、そう言って笑いながら鉄球を自分のバッグへと入れた。
それが仕舞われるのを待って、寺沢が口を開いた。
「あともう一件調べてほしいことがあるんだ」
「なんだよ」
「防衛省人事教育局の局長に接近している企業か団体、または個人を洗ってほしいんだ」
「ほう」
「なんだ、驚かないんだな」
「こっちは、ちゃんとした探偵業務だからな。要するに一定期間局長に張り付いて、接触した人間のリストを作ればいいんだろ? で、目的は?」
目的が分からなければ、出会った人間すべてを調査することになる。それはいかにも無駄だ。
「目的か……そうだな」
そこで寺沢は、JDAGで発生した不可思議な査問についての話を要約して伝えた。
「ふーん。そのファントムとやらの存在を特定したい誰かからの接触があったかどうかを知りたいわけか」
「そうだ。ただの好奇心にしちゃ、どうにもやり口がな。局長あたりに不正な企業との癒着が見つかったりしたら、ちょっとしたスキャンダルだろ」
「そうなる前に、隠蔽する?」
「まさか。問題になる前に、いさめたいだけさ」
「わかった。とりあえず1週間でいいな。局内であった人間を特定するのは無理だぞ」
「そっちは別口でなんとかする。だが、調査相手の告知義務はいいのか?」
「事件の当事者なんだろう?」
そう言って篠崎はニヤリと笑った。
「かもな」
そうしてかれらはしばらく雑談をした後分かれた。
寺沢は、田中に調査を依頼することも考えたが、後ろにいるのが内調の可能性もあったので、独自に調査しようと考えたのだ。
「どこが相手でもいいが、正しい情報なしで判断を誤るのは御免だ」
そう言うミスで部下を失うのは最低だ。
寺沢はそう呟くと、新宿を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日、衆議院予算委員会が散会し、官邸で官房副長官と共に外務省の面々と40分ほどの打ち合わせを済ませた井部総理は、17時30分現在、村北内閣情報官と面会していた。
「葉山議員がDパワーズにもの申した?」
「どうやら陸連あたりの陳情で動いたようですが、連絡が取れないイライラもあったのか、随分高圧的な接触だったそうで、JDAからもダンジョン庁に苦情が入っています」
「Dパワーズというと、あのDパワーズか? 異界言語理解の?」
「はい」
井部は右手で顔を押さえて、執務室の椅子に深く体を預けた。
「あの、オッサンは……」
「次の参院通常選挙は、確か改選のはずですから」
「ああ、7月か……それにしたって、あの件以降、我々がどんなに注意を払って接触をコントロールしているのかわからんのか、あの人達は」
「中枢にいる人間以外には、極力知られないようにしていますから、さもあらんと言ったところでしょう」
「諸外国からの圧力は、増えこそすれ、一向に減らん。いまや代々木は探索者のサミット会場と化しているありさまだ」
「国家間の外交とは別に、WDAを中心としたダンジョン外交が始まっていると結論づける研究者もいるようです」
「アメリカやロシアのトップ探索者と接触があったという話は聞いている」
「田中も苦慮しているようです」
「本当ならすぐにでも囲い込みたいところなんだ」
「民間人の行動を不当に縛ると支持率を落としますよ」
「SNSってやつは、我々にとっちゃ劇薬だな」
「毒にもなれば、薬にもなるでしょう?」
「圧倒的に毒だけだよ」
彼は力なく笑っていった。
人間が平等だというのは美しい考え方だが、現実にはあり得ない。
仮にチャンスが平等に与えられていたとしても、人の能力や運が横並びになることはない。
しかしSNSはその思想を背景に、人々に不満をつのらせる悪魔のツールだ。幸せが、個人の心の持ちように左右される以上、世界には知らなければ幸せでいられることにあふれているのだ。
「なんてことを考えちゃ、政治家は失格だな」
「は?」
「いや、それならどうするのがいいと?」
「放置してJDAに便宜を図っておくのが、国益を最大にする最高の手段だと報告も上がっています」
「そのレポートは読んだ。意味はわからんがな」
そう言って、思い出したように、机の上で指を組み合わせると、身を乗り出して言った。
「どこから聞いたのかは知らんが、日本がダンジョンの向こう側と独自に接触したのではないかという探りを入れてきた国もあったぞ」
「もしも本当なら、ダンジョン技術の独占に繋がりますからね」
「オーブのオークションはその成果じゃないのか、だとさ。で、それは事実なのか?」
「分かりません。ですが、田中が接触した自衛隊の寺沢という男は、でたらめとは思えないという感想を漏らしたそうです」
「またやっかいな……」
「そのような事実は確認されていないと、とぼけておくことをお勧めしますよ」
「他に出来ることもないからな。あまりのことに、この後喋らなきゃならない台詞を忘れそうだ」
「この後何か?」
「G1サミットのビデオ撮りの後、ニューオータニで正論大賞の贈呈式だよ。今回は初のダブル受賞らしい」
「それはそれは」
内閣情報官の報告は、丁度30分足らずで終了した。
日本の総理の一日は、まだまだ終わらない。彼は数分でビデオ撮りを終えると、ニューオータニへと向かった。




