§134 サイモンの来所 2/1 (fri)
アメリカ合衆国内務省の本館では、ダンジョン省初代長官のカーティス=ピーター=ハサウェイが、日本に向けて送り出したマイニング使用予定者が日本に到着するはずの日、スタッフからそれに関する報告を受けていた。
「JDAがマイニング所有者の特定階層への侵入を禁止しました」
「侵入禁止? あれは完全パブリックなダンジョンだったろう? そんなことがすぐに出来るのか?」
「いえ、正確には、鉱物資源が確定していないフロアへの侵入が禁止されました。確定しているフロアでテストするのは自由とのことです」
カーティスは、その報告を聞くと、ペンの尻で机の上をコツコツと2回叩いた。何かを考えるときの彼の癖だ。
「つまり、鉱物を勝手に確定させるなってことか?」
「措置だけを見るとその通りです」
そんなことをする理由はほとんど無い。
あるとすれば、自分達でドロップさせた場合と、他人がドロップさせた場合で明確に結果が変わるか、変わりそうであることを突き止めた場合くらいだろう。
もしかして、JDAは任意の鉱物をドロップさせる方法を確立したのだろうか? それならば意味は通る。
世界中のダンジョンで、マイニングが使用されたのは代々木が最初だ。その後何層か確定させていく過程で、そういう研究が進められていたとしても何の不思議もなかった。
「それならそれで、その方法とやらを報せて貰わなければな」
「は?」
カーティスは、なんでもないと頭を振ると、USダンジョン研究所所長のアーロン=エインズワースに所見を問い合わせるように言った。
「わかりました」
スタッフが部屋を出て行くと、彼はインターホンのボタンを押して秘書のメリッサを呼び出した。
「お呼びですか?」
「メリッサ。アレン=コールマンに連絡してくれ」
「CIAのDDD(ダンジョン情報担当次官)、ですか?」
「そうだ。なるべくはやく来て貰えるよう頼む」
「承知しました」
蛇の道はヘビだ。
彼はここ2ヶ月の間に失点を重ねていた。自前の実働部隊が役に立たなかった以上、専門家の力を借りることは別段恥でもないだろう。
このさいDADを出し抜けさえすれば、他のことには目を瞑るつもりになっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「斎賀課長!」
ダンジョン管理部は規模が大きいため、管理部にある3つの課の課長には、部長に準じる待遇が与えられている。
執務エリアも、部長のように別室とまでは行かないが、課内にパーティションで区切られたスペースが用意されていた。
そのスペースの入り口で、パーティションをノックしながら、吉田泰斗振興課課長が斎賀を見ていた。
「吉田課長? どうされました? こんなところまで」
「どうしたじゃありませんよ、何ですか、あのメールは。あ、今大丈夫ですか?」
斎賀は内心の面倒くせーという意識を完全に隠しつつ、パーティション内に併設されている打ち合わせスペースへと彼を誘った。
「探索者のパーティが基金を立ち上げると言うことでうちに報告がありましたので、一応振興課さんにもお知らせしておこうと思った次第なのですが、なにかありましたか?」
「ありましたかじゃありませんよ。どうしてうちがあの規模の基金にタッチしてないんですか」
「そう言われましても……民間基金の設立にJDAの認可は必要ないでしょう?」
「いや、確かにそうですけれども。常識的にこの規模の基金に各国DAが全く関わっていないというのは、情報の流れ的にも問題があるでしょう」
情報の流れって何だ。基金に申し込んできた研修者の研究内容を横流しでもする気なのか? と斎賀は内心苦笑した。
「ではどのようにされるのがよろしいとお考えですか?」
「一番良いのは、うちがやっている振興事業へお金を拠出していただいて、特別協賛という形でそのパーティに参加して貰うとかですね」
おい。それは基金じゃなくて寄付だろうが。それ以前にJDAの基金規模より拠出額の方が大きいぞ。
「それは基金の設立じゃなくて、単なるJDAの振興事業への協賛じゃないですか」
「こういった大規模な基金は、JDAのような組織が一元的に取り扱うべきだと思いませんか? 複数立ち上がってしまうと、申し込む側の手続きも増えて混乱するでしょうし。もちろん特別協賛という形で扱いたいと思っています」
確かにそういう考え方もあるとは思うが……主管企業よりも拠出額が多い特別協賛「パーティ」とか、なんの冗談だよ。
「確か、今パーティには専任の管理官が付いていましたよね?」
「ええ。それが?」
確かも何も、今のなりふり構わない営業の原因の一つになっている以上、それを知らないはずがない。どうにも回りくどい話になりそうだと、斎賀は内心うんざりしていた。
「ここは、そちらから、協賛について説得していただきたいですね」
「いや、それは……私も資料に目を通しましたが、JDAがあのプロジェクトに噛もうとするなら、後援が妥当なところでしょう。それで、面子も立ちますし」
「後援? それではJDAのうまみが薄すぎますよ。それに、このプロジェクトをうちの協賛にしてしまえば、JDAによるダンジョン開発も一層進もうというもの。そのために専任が付いているんでしょう?」
「ダンジョン管理課の専任制度は、あくまでもパーティ側の利便を図るためにありますから……」
「そこは魚心あれば水心というではないですか」
斎賀はその勝手な言い分にあきれていた。
Dパワーズ側にメリットがないのに、水心もくそもあるはずがない。魚に水を思う心がないのに、水がその気持ちを汲み取るはずがないだろう。その点、鳴瀬はよくやっている。
「魚心、あるんですか?」
「そ、そこは、そちらでなにか……あるでしょう?」
「ありませんね。ともかく一応話はしてみますが、期待はしないでください」
「それだけ?」
「ご不満なら、そちらから何かアプローチされてみては?」
吉田はそう言われて、一瞬考えていたが、なにかを思いついたように斎賀に尋ねた。
「基金の母体については、とくに記載がなかったようですが……」
「ああ、私たちも聞いていませんね。NPOでも立ち上げるんでしょうか」
それを聞いた吉田は、奇妙な笑顔を作ると、斎賀に向かって言った。
「ではこちらからも何かしらアプローチしてみましょう。いや、賛同していただいてよかった」
そう言って立ち上がろうとする吉田に、慌てて斎賀は待ったを掛けた。
ダンジョン管理課が、そんな馬鹿な行動に関わったと思われては非常に困るのだ。
「ちょっと待って下さい。はっきり申し上げますが、ダンジョン管理課は協賛とすることに賛同していません。ここははっきりさせておきたいのですが、我々としては、JDAは後援としてお墨付きを与えるべきだと思っています」
「斎賀課長、それは越権行為というものではありませんか?」
「ですから、賛同はしていませんが、そちらがどういう行動を取ろうと、関知もしないと言うことです」
「ではJDAの総意と言うことには?」
「なりませんね。ダンジョン管理課に判断を求められるのでしたら、後援にするべきだと主張させていただきます」
「わかりました。仕事中に突然、申し訳ありませんでしたね。では」
吉田は不満そうな顔でスペースを出て行った。
打ち合わせが終わったことを察知して、やってきた女子社員が、心配そうに聞いた。
「吉田課長、随分むすっとされていましたけど」
「むすっとくらいですめばいいがなぁ……」
「はあ」
協賛なんて話、Dパワーズが認めるはずがない。
どんな話を持って行くのか分からないが、自分勝手で理不尽な話を持ち込んだりしたら、あいつらの行動から考えて、最悪の結果になるぞ。
「まあ、そこだけは回避するよう、手を打つしかないか」
斎賀は、何で俺がと思いながら肩を落とした。
「あ、それで課長。さきほど会員管理セクションに問い合わせがあったんですが、相手が日本アンチドーピング機構様で、内容がちょっと会員管理セクションでは対応できないものなので、担当が相談したいそうです」
「わかった。午後イチで来るように伝えておいてくれ」
「了解です。ついでにミーティングスペースも片付けときましょうか?」
「ああ、悪いな。頼むよ」
JADAがうちにいったい何の話だろう? まさかダンジョンに入ること自体がドーピング扱いされるとかか?
一瞬そう考えた斎賀は、いくらなんでもそりゃないかと思い直して、自分の席へと戻って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
Dパワーズの事務所の裏にある5階建てのマンションは、今や知る人ぞ知る諜報銀座と化している。
いましも5階のCIAとNSAの合同チームが陣取っている一室で、監視をしていたラリーが言った。
「おい、またサイモンだぞ?」
「ここんところ、ちょっと回数が多いな。またDoDあたりが騒ぎそうだ」
事務所の門を開けて、玄関へと歩くサイモンを直接スコープで覗きながらノールが言った。
単に時々三好のコーヒーを目当てにやってくるだけなのだが、彼がダンジョン産アイテムの横流しをしているのではないかなどという勢力もあって、一時期調査対象になったこともあったのだ。
「今回は、行動計画書が出てる。……どうやら、明日行われるマイニング受け取りの打ち合わせらしい」
◇◇◇◇◇◇◇◇
『よう! お邪魔するぜ』
『いらっしゃい、サイモンさん。今日は? 明日の段取りですか?』
『そういう名目で、アズサのコーヒーを飲みに来たのさ』
先日無理矢理預からされたマイニングは、その翌日に2月2日受け渡しと決められていた。
『で、場所と時間は?』
『JDAが噛んでるからな。いつもの場所だ。市ヶ谷の小会議室。時間は14時だと』
『そういえば、使用者は?』
『パトリオットで来るはずだから、今朝着いたんじゃないか?』
『たまには、成田か羽田から来てくださいよ』
『民間のルートだと持ち込めないものが多いからな』
『あのね……』
サイモンは三好が持ってきたコーヒーを満足そうに嗅いで口に含むと、カップをテーブルに置いて、乗り出した。
『ま、こっちもいくつか聞きたいことがあるんだが……』
『なんです?』
『アズサ。あの開かなくなった31層の扉の向こうで何をやってたんだ?』
『開かなくなった扉? って、あの神殿のことですか?』
『そうだ。あの時、あの中にいたんだろ?』
『どうしてです?』
『イオリのチームに付いてきてなかったし、表でも見かけなかったからさ』
三好は、よく見てますねと笑うと、神殿の中で起こったことの説明をした。俺がそこにいたことを除いて。
『振動ってことは、イオリたちが32層への入り口を開いたときだな。それ以降、あそこは、入ると入り口がロックされるタイプのボス部屋になったってわけか』
『たぶんそうですね。私は最初から内側にいたので確かなところはわかりませんけど』
『それで、ボスは? まさかあのデカブツか?』
『まさか。それなら今頃ここにはいませんよ』
サイモンは、そうかなと口角をあげながらおかわりを要求した。
『じゃあ、なにがいたんだ?』
『イーヴィル・レッサーと、スーサイド・リーフテールでした』
三好はサーバーからサイモンのカップへとおかわりを注ぎながらそう言った。
どうせすぐに2杯目が要求されるだろうと考えて、多めにドリップしていたようだ。
『闘ったことがないな。どんなやつだ?』
『名前の通り、悪魔っぽいタイプでしたね』
『レッサーってことは弱いのか』
『まあ、強さだけでしたらデスマンティスの方が上だと思いますけど……』
『何かあるのか?』
『スーサイド・リーフテールをガンガン召喚するんですよ』
『ほう』
『大きなヤモリみたいなモンスターなんですが、これがテケテケ近寄ってきて――』
『なんだ?』
『――自爆するんです』
オーと良いながらサイモンが天を仰いだ。
『最悪なテロリストみたいなヤツだな。それで、名前が自殺なのか』
『注意点としては、ヤモリの大きな目に、スターボウみたいな効果が現れるまでは、無敵状態というか攻撃があたりません。それが現れて一段落すると実体化するわけですが、その後、対象に近づくか衝撃を与えると――』
『ボムッ!!ってわけか』
『爆発は、オフェンシブハンドグレネードタイプでした。範囲は控えめですけど、放っておくと数で圧倒されるので、もし出会ったら、リーフテールが増える前に、さっさとイーヴィル・レッサーを始末したほうがいいですよ』
『了解だ』
『そして、戦闘が終了しても、ドロップしたアイテム類を全部拾わないとドアが開きませんでした』
『ふーん……で、トレジャーボックスは?』
ニヤリと笑いながら彼がそう言うと、三好は苦笑しながら説明した。
『出ましたよ。中身は、ヒールポーション(5)でした』
サイモンは、ヒューと口笛を吹くと、俺たちも仕入れに行くかなとうそぶいた。
『あの7つの部屋は、全部そういうボス部屋じゃないかと思います。ただ、横浜の例もありますから、いつも同じモンスターだとは限らないと思います』
『横浜って言うと、あのギャンブルダンジョンか?』
『そうです』
日本だとガチャダンだが、国外ではルーレットダンジョンだのギャンブルダンジョンだの言われているらしい。
『31層の広場にスライムがポップする気配はいまのところなかったし、重火器を持ち込むには丁度良い感じだよな』
『スライムって何かを置いておくと、どこからとも無くやってくるって聞きましたけど』
『まあな。だが、溶かされるにしても時間は掛かるだろ。32層の拠点と頻繁に行き来してればそこそこ大丈夫じゃないか?』
『そうかもしれません。とは言え、31層まで持っていくのが大変でしょうけど』
それを聞くとサイモンは、にやりと笑って、マイニングの利用者と一緒に秘密兵器が届いたはずだと言った。
『秘密兵器の話なんかしちゃっていいんですか?』
『ダンジョン探索の装備は軍事用の兵器とは少し扱いが違うからな。表に出せるってことは、すぐに市販モデルが出るってことさ』
体の良い広告塔だよと彼は笑った。
『それに31層の戦いを見ていた限りじゃ、この先、いまの装備のままだとちょっと辛そうだ。そう連絡したら、テストってことでメーカーが送りつけてきたのさ』
『USでやればいいじゃないですか』
『いやいや、今世界で一番攻略が進んでいるのは代々木だろ? 30層クラスで行う火器のテストはここが一番向いてるって。広いし、31層のボス部屋もあるしな』
ついにDAD主導でメーカーの兵器テストまで始まるとは……いかにパブリックとは言え、JDA的に大丈夫なのかな。
『各国の兵器持ち込みルールとかどうなってんですか?』
『核はNGだったと思うぜ?』
『あたりまえでしょ……』
しかし、日本ですら、国際連係の都合で、内部では銃器の利用が許可されているんだから、ほとんど制限が無くても当たり前なのかも知れない。さすがにNBC兵器は規制されているだろうけれど。
もっともゴツイ兵器は層を跨いで持ち込むのが、物理的に難しいという制限があるから、制限はそれ任せってところがあったのかも知れないな。
『ともかく楽しみにしていてくれよ。ま、ジャパンも似たようなヤツを開発してると思うけどな』
20層を超えると、5.56ミリはおろか、7.62ミリでも心もとないし、30層じゃまるで豆鉄砲みたいになっちゃうからなぁ……もっとごつい火器が持ち込みたいってのはよくわかる。
もしも戦車だの機動装甲車だのが持ち込めるなら、30層以降でもそこそこ通用しそうに思えるし、強力な兵器を持ち込むための工夫は、どの国でも研究されているだろう。
『で、話は変わるんだが、JDAはなんでマイニング取得者のドロップ鉱石未決定フロアへの立ち入りを禁止したんだ?』
『え、本当に?』
『知らないのか? 現在のドロップ確定フロア情報と一緒に、昨日通達があったようだぞ』
それを見たうちの連中が、色めき立ってたぞとサイモンが笑った。
『おかげで、取得後はすぐに帰国するはずが、しばらく代々木にとどまることになったらしい』
『なにかのテストですか?』
『いや、遠回しに言っていたが、要は、今回掛かった経費を代々木のプラチナで回収しろってことだろ』
『世知辛いですねぇ……』
どうやら、小麦層のドロップを見て、マイニング取得のための経費が稼げると考えたらしい。
「しかし、鳴瀬さんに情報を渡してから、たった1日って、JDAとは思えないくらい素早い措置だな」
「ダンジョン内での暫定ルールの策定は、ダンジョン管理部単体で行えるみたいですよ。初期は、とにかく素早く対応しないと手遅れになる問題だらけでしたから」
「ははー」
この問題も、マイニング取得者がぽつぽつと出てきている以上、急がないと間に合わない可能性があったってことか。
『なんだって?』
『いや、JDAにしては対応が早かったなって』
『そういうからには、お前ら関係なのか? これも?』
『多分今頃はWDAにも報告されてるんじゃないかと思いますけど――』
そこで、俺はマイニングのドロップ仮説について説明した。
『って、ことは何か? ダンジョン内でドロップする鉱石を恣意的に選ぶことが出来るってことか?』
『まあ、有り体に言えば。ただ、これが結構難しいんですよ』
その難易度の高さを説明し、求められる専門性や偏執性についても付け加えておいた。この辺までWDAに報告されているかどうかはわからない。
『つまり、専門家を探索者として鍛えるか、探索者を専門家として鍛えるかってことか』
『単純な期間として考えるなら前者が早いですけど』
一般に、専門家になるために勉強している期間の方が、軍人を訓練する期間よりも長い。
『現代にチャレンジャー教授はあまりいないからな』
『DADの使用者には、翼竜を持って帰らないように、よく言っておいてください』
コナン=ドイルの書いた『失われた世界』は、アクティブな学者のジョージ=エドワード=チャレンジャーがアマゾンの奥地へと赴く話だ。
彼らはそこで、失われた世界を見つけてロンドンに戻ってくるが当然誰も信用しない。そこで、密かに持ち帰っていた翼竜を見せるのだ。しかもロンドンで逃がしちゃうオマケまでついている。
『それと、将来、最前線を任されるようなタイプの人はやめておいた方がいいですよ。新しい層に挑む時に、鉱物のことを考えている余裕のある人は少ないですから』
どちらかと言えば、すでに探検済みのフロアでじっくりと後追いでマイニングに専念できるタイプが相応しい。
『そう言うことはもっと早く教えてくれよ。とっくに手配は終わっちまってるし、USはDADもDoDも、きっと次代の最前線を任せるような人材だろうぜ』
普通に考えれば、若くて生き残れそうなものを選ぶだろうから、仕方がないか。
しかしそれなら――
『サイモンさん達は?』
『俺たちは、現時点で世界中を飛び回ってるから、こういうプロジェクトには向かないんだ。ま、俺たちのせいで、世界中のダンジョンから産出するのが鉄だらけになったりしたら、後で散々嫌みを言われるだろうから、そこはラッキーだったな』
あと、上の言うことをあまり聞かないからダメなんだと、笑いながら言った。
『軍人が上の言うことを聞かないって、それ、大丈夫なんですか?』
『DADは厳密には軍じゃない。設立の経緯もあって、現場に大きな裁量が与えられているから大丈夫だ。ともあれ、大体のところは分かった。うちの方でも何か実験させてみよう。とはいえ、丁度良さそうなダンジョンがないんだよな……こうなるとエバンスをクリアせずに残しときゃ良かったぜ』
サイモンは残念そうに言ったが、それこそいまさらだ。
『代々木と似たようなシチュエーションだと、BPTDがあるでしょう?』
大規模オフで話題になった、NYのブリージーポイントチップダンジョンだ。
『あそこはアマチュアっつーか、軍じゃないプロ探索者主体のダンジョンだからな。たしか現在16層くらいじゃなかったかな』
『軍じゃない?』
『あの辺は土地の所有権が複雑なんだが、ダンジョン自体は一応NYの管轄って事になってる。で、今のNY市長は、格差是正を訴えて当選したんだ。つまり、低所得者向けの政策を高所得者の増税とかでまかなってるわけだが、ダンジョンもそれに一役買わせてるわけ』
『つまり?』
『ダンジョンを利用した金儲けが世界で一番進んでるダンジョンなんだよ。で、攻略主体のアプローチには独自の規制がいっぱいあるんだ』
なるほど。攻略されてなくなっちゃ困るってわけか。世界は広いな。
代々木は国の管轄とはいえ、完全なパブリックダンジョンだから、直接JDAが監督しているようなもので、ローカルルールはダンジョン管理課が策定している。各省庁との連携は、大抵ダンジョン庁への報告だけで済むから、素早い対応も可能になっているわけだ。
これが東京都の所有になっていたりしたら、なにかを決めるのにやたらと時間がかかるだろう。ついでに入ダン料なんかを取っていてもおかしくはない。
『それに地上に基地めいたものを作るスペースもないし、装備を持ち込むだけでもトラブルが起きそうな場所だからな』
そういえば、そこに到るまでの道路は私有地だとか聞いたような気がする。トラブルを避ける観光客は、海岸の砂浜を移動するらしい。
有事でもないのに海岸を大量の軍車両が走るというのも問題がありそうだ。
『ま、そういうわけで、20層以降に比較的簡単にアプローチできて、国家間の問題も起こらないような理想的なダンジョンは、なかなかな』
USは何事も合理的でやることが派手だ。重要な鉱石が出るフロアに重火器を据え付けて、モンスターの大量虐殺を機械的に始めてもおかしくない。
それを許してくれるダンジョンは、外国にはあまりないだろう。
『そうだ、せっかくだから聞いておきますが、DADは何を考えてるんですか?』
『何をって?』
そこで俺は、ブートキャンプにDADから大量の申し込みがあったことを彼に伝えた。
『へー、そりゃ、DADのフロントチーム全員分じゃないか? 奮発したな』
『普通、様子見とかあるでしょう』
『それは俺らのチームでやっただろ』
ああ、そうか。実際にキャシーとメイソンの腕相撲で効果は丸見えだったもんな。
『ジョシュアは、あれで、ちゃんと報告書は書く男だからな』
『しかし数が多すぎますよ。どこにそんなキャパがあるんですか』
普通のブートキャンプは抽選という体をとっている。
ここに大量のDADの隊員が含まれたりしたら、後々面倒なことになりかねないだろう。ただでさえスポーツ界からの突き上げが厳しいのだ。無視してるけど。
『そこは何とかしてくれよ。今、週3なんだろ? あと4日も空いてるじゃないか』
俺は、何言ってんだという意味を込めて、肩をすくめて見せた。そんなに働きたくないでござるよ。
『それに、ブートキャンプに参加したら、代々木の攻略に力を貸す必要ができるんですよ?』
DADが大挙して代々木の攻略に参加して、USは大丈夫なんだろうか?
『そりゃ、願ったり叶ったりじゃねーの?』
『はぁ?』
「先輩、USは石油だって自国の資源を掘らずに輸入していた国ですよ」
「いや、ダンジョン攻略は、それとは……資源だって考えれば同じなのか? それにしたって……」
『いいかい、ヨシムラ』
『はあ』
『DoDはともかく、DADの最終的な目標は、ザ・リングの攻略だ』
『ああ、以前そんな話を……って、今もそうなんですか?!』
設立の経緯から聞いた話だったから、まさか今もそうだとは思っていなかった。
『そうなんだよ。だからそこに至れるようになるのなら、USのダンジョンで訓練しようと、代々木で訓練しようと大差ないのさ』
『訓練って……』
『第一、こんなの小手調べみたいなものだろ? 自衛隊から申し込みはあったか?』
『そっちは……三好、どうなんだ?』
『今のところ、自衛官は少ないですね。まとまった申し込みはありません』
『あれからまだ5日だからな。日本はどうも行動が遅いし、まとまった申し込みがあるとしても、もう少し先か』
「まとまった申し込みって言われても……チームIだけとかならともかく、ダンジョン攻略に参加している自衛隊員って、結構な数がいるんじゃないの?」
「3桁では収まらないと思いますよ」
「そんなのフォローできっこないだろ」
『申し込まれても、対応できるはずないですよ。これって断れるもんですかねぇ……』
『頑張ってくれ。あ、DADは先に頼むぜ。もっとも俺としちゃ、お前らのフォロワーが登場するのが先だと思うけどな』
『フォロワー?』
『類似のキャンプを事業化するのさ』
すでに何人かはそれっぽい人も受け入れているし、確かにマネをしたカリキュラムが立ち上がってもおかしくはない。
「そういや、メンテに来た人が、件のゲーム機の発注が激増したって言ってましたよ」
「は? マジかよ」
「なんだかやたらと輸出の問い合わせも来てるそうですけど……ちょっと笑っちゃいますね」
三好がにやりとしながらそう言った。
まあ、あれは内容そのものに意味はないからなぁ。カリキュラムをまねしたところで効果なんか出るはずがない。
「いや、まあ、それはそうだが……ちょっとかわいそうな気もするな」
「楽して真似する人が悪いんですよ」
うん、まあ、それはそのとおりなんだが。
『可能なら、苦労が減りますし、ありがたいですけど』
『つまり不可能ってことか?』
俺の話を聞いて、サイモンが興味深げに訊いた。
『どうですかね。それに現時点ではステータスの計測ができないでしょう?』
『先輩先輩。詐欺師をなめちゃだめですよ。独自の計測システムを開発したとか言って、適当な数値を表示するくらい平気でやりますって』
『ええ、そんな怪しいやつらに引っかかるか?』
『いやいや、外から見れば、うちも似たようなことをやってるわけですし』
『まあ、お前らのところは、終了後に効果を実感するからな』
『それは重畳』
『でも、やたらと焦ってるように見えるスポーツ界あたりは、引っかかりそうな気がしますね』
『それで、ブートキャンプ全体が詐欺のように言われるようになるのはいやだな』
『大丈夫ですよ。それなりにスポーツ界の新鋭の人も選んでますから。結果は目に見えます』
『……おまえ、それで適当に当選させてたのか』
『でへへ。ちゃんとダンジョン歴はチェックしましたよ』
さすがは三好、ぬかりはないな。日常的にぬかりだらけのやつとは、とても思えん。
「先輩、なにかよろしくないことを考えていませんか?」
「かんがえてないよー」
そう言ったとたんに、ロザリオが頭の上に飛んできて、首を左右に振りながら美しい声を上げた。
『おいおい、なんだその鳥は?』
『最新型のウソ発見器です』と三好がサイモンに向かってどや顔をしてながら言った。勘弁してくれ。
ともかく、DADの大量発注の件は、地上部分の施設の拡張予定があるから、それに合わせて検討しますと三好が告げて一段落した。
そう思った瞬間、サイモンがいい笑顔で爆弾を投げ込んできた。
『で、お前ら、31層からどうやって5時間で上まで戻ったんだ?』
『はい?』
しかもなかなか強烈な奴だった。
『なんのことです?』
『おいおい、JDAのミハルから31層でアズサに何時頃あったのか、さりげなーく聞かれたんだぜ? そりゃ気にもなるだろ』
『気になるのは分かりましたけど、どうやって探索者の退出時間を?』
『ほら、俺たち同盟国だから』
『そんな権利ありましたっけ? JDAに言いつけますよ』
『よせよ、バレたのが俺が原因だったなんて知られたら、NSAあたりに殺される』
サイモンがわざとらしく笑いながら万歳をした。
『まあ、いまさらですけどね』と三好が肩をすくめた。
シギントの対象が入退室時間くらいなら、特別害はないだろう。とは言え、後でちょっと鳴瀬さんに耳打ちしておくか。
俺は、座り直すと、サイモンの方へと体を乗り出して言った。
『どうせ話さなきゃと思っていたところです。覚悟して聞いて下さい』
『なんだ? そんなヤバい話なのか? お前らがテレポートをゲットしたとかじゃなく?』
『そんなものがあったら欲しいですよ。良いですかサイモンさん。以前あなたが言ってた独り言ですけど――』
『そんな話はした覚えはないが、それが?』
『――あれ、事実でしたよ』
サイモンは大きく目を見開いた瞬間、手に持っていたカップにヒビが入った。
『WAO! すまん!』
彼は慌てて謝ると、それをテーブルの上に戻した。
『――会ったのか?』
『書斎じゃありませんでしたけどね』
そうして俺たちは、ダンジョンの中の不思議な場所でタイラー博士と会ったこと、3年前のネバダで何が起こったのか、彼から直接聞いた話をサイモンに伝えた。
『それで、死体がひとつも残ってなかったわけか……』
彼は、両膝に両肘を付いて乗り出した体勢で、手を組んだ。
『ふう。で、おまえら、この話をどうするつもりなんだ?』
『どうって?』
『誰かにするつもりかってこと』
『こんなヨタ話を? 死んだはずの人とダンジョンの中で出会って、3年前の真相を聞いたって? 誰が信じるんです?』
『いや、お前らのことだから録画とかしてるだろ?』
『したつもりでした』
『つもり?』
『何にも映ってなかったんですよ』
『本当に?』
『神に誓って』
信じてもいない神に誓われてもなと、サイモンが笑った。
『とにかく起こったことはお伝えしましたよ』
『了解だ。だが、俺だってこんな話どこにも持って行きようがないぜ?』
『それはサイモンさんの問題です。俺たちはとにかくあなたに伝えた。それでこの葛藤からはおさらばです』
『おまっ、そういうのアリなわけ?』
『ま、たまにはね』
そう勝ち誇ったところで、呼び鈴がなった。
今日はもう来客はないはずだが……鳴瀬さんかな?
「ええ?!」
来客を確認した三好が思わずあげた声に、俺たちは振り返った。




