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Dジェネシス ダンジョンができて3年(web版)  作者: 之 貫紀
第7章 変わる世界

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§133 査問の意図 2/1 (Fri)

市川では、柔らかく差し込んだ冬の光が、机の上にブラインドの影を静かに落としていた。

防衛省の一角にある寺沢の部屋では、部屋の主がディスプレイを前に、腕組みをしたまま固まっていた。


「ったく、そろそろ鋼たちが来るって時に。こんな情報を暗号化もせずに添付して送って来るとは……あの男も食えんな」


彼宛に、JDAのダンジョン管理課の課長から送られてきたメールには、小さなテキストファイルがアーカイブされて添付されていた。

それを開くと、そこには、ダンジョンの目的などと言う途方もないヨタ話が綴られていたのだ。


「異界言語理解の時の意趣返しにしては……」


話がぶっ飛びすぎている。今日が4月1日なら、読んで笑って、はいそれまでといった内容だ。

それに暗号化されていないと言うことは、とっくに何処かの誰かが傍受しているに違いない。インターネットを流れるパケットは、一般道を歩く人間みたいなものだ。監視する気があるなら見られていないと考える方がどうかしていた。

もちろん()も、それをわかっていて暗号化せずに発信したに違いない。


なにしろ書かれている内容が内容だ。

衝撃的ではある。だがそれには、もし本当だとしたらという条件が付くのだ。しかもそれを確かめる術はない。


「異界言語理解の時の碑文と同じ構図だな」


しかも報告は暗号化されていない。寺沢が傍受した側だったとしても、何の罠だと考えることだろう。

しかし、もしもこれが真実なら、日本がダンジョンの向こうにいるとされる何かとファーストコンタクトをとった、と言うことになるのだ。


そのコンタクトは継続しているのか? なにか特別な情報を得ているのではないのか?

傍受した相手にとっては、知りたいことだらけだろう。


それは、地球よりも遥かに進んだ文明を持った宇宙人がやってきて、特定の国家とだけ交流するようなものだ。

コンタクト相手は我が国か、そうでなければ最低でも国連でなければならない。どんな国家もそう考えるに違いない。


「こいつはまた、大した爆弾だ」


寺沢は、大きくため息をついて椅子の背にもたれかかった。


傍受した側から見れば、もしも真実だったときの損失が、ヨタ話だと笑い飛ばすには大きすぎる。

たった1通の、真偽すらも定かでない怪しい報告によって、世界はさらに危ういバランスになるだろう。あたかも、複雑に絡み合った巨大な機械の要の点を、指で軽くつついただけで、全体が大きく動き出すように。


「たかがJDAの課長だなどと侮っていれば、足下の地面毎ひっくり返されないな」


斎賀の評価は、自分のあずかり知らないところで、だんだん手に負えないものになりつつあった。

その時、寺沢の部屋のドアがノックされる。


「入れ」

「失礼します」


そう言って、鋼と伊織が入室してきた。


「本日はお時間をいただきありがとうございます」


鋼が鯱張ってそういうと、寺沢は思わず吹き出した。


「鋼。この部屋には誰もいないぞ」

「2尉がおりますが」


寺沢は伊織をちらりと見ると、「まあ、大丈夫だろ」と言った。


「ならいいか」


そう言って、鋼は、ソファにどかりと腰を下ろした。


「君津2尉も座り給え」

「は。失礼します」


寺沢に促されて、鋼の隣に腰かけると、寺沢が3本のペットボトルに入ったお茶をテーブルの上に並べた。


「瓶もので悪いな」

「気にするな。何かが出てくるようになっただけましだ」


鋼がそう言って、お茶のボトルを開栓した。

二人が気安い間柄だというのは知っていたが、これほど近しいとは思わなかった伊織は、目を白黒させていた。


「それで今日は?」

「こいつに査問が行われるらしい」

「査問? どうして?」

「聞いてないのか?」


怪訝な顔をする寺沢に向かって、鋼が詳しい経緯を説明している。

伊織は、なんだか保護者についてきてもらった学生みたいな気分で、私が主体じゃなかったっけ? と黙って鋼の話を聞いていた。


「ふーむ。少なくともJDAGのラインからは、そんな話は聞いていないな。第一その内容で懲罰決議を出すのは無理があるだろう」


そう聞いて、伊織はほっと胸をなでおろした。

大丈夫だろうとは思っていたが、寺沢のお墨付きを得ることができたのだ。それに彼女はまだ自衛官をやめるつもりもなかった。


「ならどこから?」

「自衛隊員倫理審査会は、服務管理官管轄下だ。なら上というと、防衛省人事教育局か、またはそこの直接影響力を行使できる誰かってことだろう」

「いや、直接影響力を行使できる誰かってな……目的はなんだよ。まさか君津2尉の排除か?」


寺沢の言い草に、あきれるように上半身を起こした鋼は、隣に座っている伊織を見た。


「そんなことをして得するのは、そのあと彼女を確保する企業や組織くらいなものだろう。防衛省には不利益しかない。もっとも、他国のスパイでも紛れ込んでいれば別だが……」

「おいおい」

「それにしたって、別に戦争をやってるわけじゃないんだ。今彼女を排除する理由はない」

「ってことは……」

「それ以外の理由だな」

「それ以外って……」


査問を受けるのは伊織一人だ。他の関係者と言えば……


「まさか……」

「そうだ。この問題に、関係者は二人しかいない。片方じゃなけりゃ、狙いはもう一人の方だろう」

「あの仮面の男か」


鋼は、どこかひょうひょうとしていた、ダンジョン探索を馬鹿にしたような恰好をした男のことを思い出していた。

その男は、デスマンティスもキメイエスも、まるでそこにいないかのように自然歩いて、伊織の元まで歩いて行ったのだ。


「ダンジョンの管理者じゃないかって冗談が出ていたが」

「管理者? なんだそれは?」

「え? その話じゃなくって?」

「鋼さん。そんな話、上に報告されているわけありませんよ。報告した内容で上が興味を持つのは、彼の戦力と超回復の出所でしょう」


現場では、確かに鋼の言った内容の方が、そのインパクトも含めて話題になったが、上が興味を持つような内容は伊織が言ったとおりだった。


「どっちにしても、どこのどいつか分からなければアプローチのしようがないってことか」

「そういういことだ。こいつは査問の調査にかこつけた、その男の身元調査ってところだろう」

「なんとまあ、迂遠な」

「表の組織には、常に根拠が必要だからな。しかも相手は日本人とは限らない。なにしろ代々木はパブリックだし、東京は外国人だらけだからな」

「表の組織ってなぁ……裏があるみたいな発言はやめろよ」


寺沢は、嫌そうに言った鋼の言葉を、笑って受け流した。世界には知らなくていい事柄も沢山あるのだ。


「やはり、DADの秘密兵器なんでしょうか?」


ぽつりと伊織がこぼしたセリフに、寺沢が反応した。


「DADの? なにか根拠があるのか?」

「いえ、実は……」


伊織は、キメイエス戦の後、その場にいた探索者に彼のことを聞いて歩いた話をした。

彼が誰で、どこへ行ったのか、その場にいた誰も知らないようだったが、ただ、サイモンの態度だけが少しおかしく、突っ込んで聞いても肩をすくめられただけだったのだ。

もっとも、サイモンが伊織に対して少し引いた態度をとることは珍しくないのだが。


「なるほどな。しかし、彼はエリア12の探索者だろう?」

「誰も知らない1位の男だとしたらそうだな。だがDADってのはどうかな」

「どうしてそう思う?」

「あいつが残していったマントは、なんというか普通の布っぽかったぜ。何の防御力もなさそうだった。言ってみれば雰囲気アイテムだな」

「ほう」

「ダンジョン攻略の最先端で、合理主義の権化みたいなDADがあんな装備を使うはずがないと思うんだがなあ」


消える演出に使うために、ありふれた布を残している可能性もなくはないが、鋼には、どうにもUSっぽくないと感じられて仕方がなかった。どちらかと言えば、素人の趣味人だと言われた方がピンとくる。その強さを除けば、だが。


「もっとも、それが許されているくらい凄い男だって可能性もあるだろうが……」


その場合でも、ひどい趣味だなと、鋼は思った。


「それほどか?」

「報告は?」

「一応目は通したが、淡々とした経過報告だからな」


鋼はもぞりと腰を動かして座りなおすと、身を乗り出して語り始めた。


「そいつは、俺たち全員が全力で対応しても、押さえておくのが精いっぱいのモンスターを、まるで子供みたいに扱っていたんだ。エバンスのボスだったデスマンティスが、まるでゴブリンみたいに倒されるなんて、今思い返しても信じられん」

「キメイエスにとどめを刺したのは、君津2尉だと聞いたが」

「あれは、譲ってもらったんですよ」


その瞬間を思い出すように、伊織がそれに答えた。


「譲って?」

「私の手足を再生した後、彼は私にキメイエスを倒したいかと聞いてきました。そして私が頷くと、鉄球を数個渡して、準備をして合図を待てと」

「合図?」

「光の柱が上がったら撃てと、そう言われました」


「その鉄球は、手元にあるのか?」

「わかりませんが、隊員が回収していれば、持ち帰った装備の中にあるでしょう」

「悪いが探してみてくれないか」

「わかりました」


鉄球は確かに彼の持ち物だ。マントと違って、加工にはそれなりの設備も必要だろう。そこから彼の素性がたどれるかもしれないと考えるのは普通だろうが……


「寺沢2佐も、彼のことを調べるおつもりですか?」

「ん? ああ、まあ……保険みたいなものかな」

「保険、ですか?」


言葉の意味が分からず、伊織が首をかしげるが、寺沢はそれに取り合わずに会見を終わらせる言葉を紡いだ。


「ともあれ、査問の件については心配することはないだろう。おそらく資料準備の段階で目的は達成されるだろうから、査問自体が行われない可能性も高いが、仮に行われたとしても、オーブを使われた経緯を正直に話すだけで問題ないはずだ」

「わかりました。ありがとうございます」

「安心したよ……それでは、寺沢2佐、失礼いたします!」


すっくと立ちあがった鋼は、たたき上げにふさわしい所作で着帽すると、お手本のような敬礼をしながらそう言った。


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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
[気になる点] SPは分散するって話だったけど、ドロップアイテムは分配どうなってるんだろ ラストアタック報酬だとハイエナ問題ヤバそうだけど [一言] 芳村、本日の特大ガバ
[気になる点] キメイエスにとどめを刺したのは吉村なのに、君津伊織が「譲ってもらった」とか平然と言うのは違和感があります。とどめを刺したのが伊織なら、32層の鍵もドロップするはずで、渡す描写とか不要で…
[気になる点] 手袋をしている記述は無かったと思うが、マントや鉄球に指紋は残らないのか?
感想一覧
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