§130 会議は踊る 1/30 (wed)
朝から始まった会議は一向にまとまりを見せず、一旦休憩を挟むことになった。
斎賀が、疲れた顔で背筋を伸ばしながら廊下に出ると、美晴が駆け寄って来て、「どうでした?」と聞いた。
「会議は踊る、されど進まず、ってところだな」
「課長はいつからリーニュ公に?」
「死んだような目をしてるだろ?」
ウィーン会議で、有名なこの台詞を吐いたリーニュ公、シャルル・ジョセフの肖像画は大体目が疲れ果てて逝っている。
酷いのになると、ヤク中みたいな目つきの絵まであるのだ。
「そんな面倒な話でしたっけ?」
「大学入試センターだけならどうと言うことはなかったんだが、対象がいきなり全大学に広がったからかな、営業が茶々を入れてきたんだ」
「営業? そもそもこの会議は、Dパワーズから提供されるデバイスをうまく割り振って、大学入試に対応するための体制作りが議題じゃないんですか?」
「俺もそう思うんだが、どうもなぁ……」
斎賀はどうにもおかしな方向に進みかけた会議の内容に首をかしげた。
突然会議に割り込んできた営業関連の部署が、機器をDパワーズから一括購入して、各大学に販売するというプランを持ち出してきたのだ。
それだと、フォローする大学の取捨をJDAが行うことになる。せっかくDパワーズが泥を被ってくれようとしているのに、どうしてこの状況でうちから再販する必要があるのか斎賀には見当がつかなかった。
そもそもそんなに台数が確保できるとは思えない。
「台数が足りないから、大学を集めてオークションでもやらせるんじゃないですか?」
「現状とDAの立場で、そんなことしちゃまずいだろう」
「なら、将来的な取り扱いの布石でしょうか? 台数が見込める機器ですし」
「今回は突然の依頼だからこんな形になってるが、Dパワーズは法人も持ってるんだから、普通はステータス計測デバイスと同じ販路に乗せるだろ? うちが噛める余地が何処にあるんだよ」
「そうでないなら、ブラフしか考えられませんよ。今後の話し合いを有利に進めるための」
「馬鹿みたいに強気に出て、少し引くことで目的を達成するってやつか?」
「そうです」
「しかし、落としどころがわからんな」
斎賀は首を傾げた。
「現状JDAにとってベストなのは、Dパワーズから提案があった通り、Dパワーズの依頼を受けてJDAが各大学へサービスを提供するという形だろう」
「それならJDAは、各大学の要請を受けて企業と大学を繋いだという名目が立ちますし、取りこぼしがあっても、それは大学とDパワーズの問題で、JDAとしては第3者の立場を守れますからね」
「そうだ。だが、Dパワーズから購入したり、リースしたりして大学へあたれば、それはJDAと大学の取引になるぞ。立場上相手の取捨が難しくなる」
「まさかとは思うんですけど……」
「なんだ?」
「前者なら、Dパワーズの依頼を受けるのは、立場上ダンジョン管理部の商務課ですよね」
「だろうな」
「つまり取引はダンジョン管理部扱いになります。でも後者なら――」
「大学と取引するのは、営業2課か、でなけりゃ営業企画課だろうな」
「――ってことじゃないですか?」
「いや、しかし、いくらなんでもそれだけのためにJDAの立場を悪くするってのは、本末転倒だろう」
「課長。今の営業部って、それくらいなりふり構ってない気がするんですけど……原因は、今年度の成績でしょうか?」
「営業の成績なら、例年と大差ないだろ」
「全体の割合が違いすぎますよ」
今年度のJDAの利益の大部分は、営業と無関係の部署から上がっていた。端的に言えば、それは美晴が仲介したオーブの仲介料だ。
「会長選挙の点数稼ぎじゃないですか? 営イチの協賛企業の勧誘だって、どう考えてもやりすぎですよ」
「おいおい、憶測でヤバイ発言をするなよ」
昔からちょっと跳ねる傾向があったが、それを上手く自己フォローして立ち回っていたはずの部下が、露骨な発言をするのを苦笑しながら遮った。
専任先に影響されたのか、自分の信頼度が上がったのか、その辺は斎賀にも判断が難しかったが。
美晴は、片手を口に当てて、それをつぐむポーズを取りながら、「いずれにしても、今年のダンジョン管理課は、営業方面から疎まれてそうじゃないですか」と付け加えた。
「ほとんどお前のせいじゃないか」
「私、関係ないですよね?!」
実際、営業部としては、自分達の頭越しに行われるオーブの取引は気に入らないだろう。従来のオーブ取引は、営業企画課が運営している売買用データベースを介していたため、営業部が仲介していたのだ。
Dパワーズの件にしても、何事もなければ営業部仲介になっていたはずだ。しかし、肝心のDパワーズ側が美晴を指名したため、そこに捻れが生じていた。
もっともDパワーズが美晴を指名したのは、オーブ預かりの件であって売買ではなかったのだが、そのパーティの異常性にいち早く気がついた斎賀が、人事と上司に手を回し、彼女を専任にして押しつけたたため、なんとなくそうなっているというのが真相なのだが、営業から見ればうまうまと金の生る木を自分の課に取り込んだようにも見えるだろう。
「いいか、鳴瀬。あのDパワーズだぞ? 営業の連中なんかにくっつかれたら最後、一月しないうちに、JDAとの関係がおかしくなるぞ? そう言った未来が目に見えるようだ」
大まじめな顔でそんな話をする斎賀に苦笑して同意しながら、美晴は、わざわざここまで来る原因になった情報を伝えた。
「それで課長。先ほどその三好さんから連絡を頂きました。生産数ですが、2月1日から製造、納品可能だそうです。当面は1日90個程度になりそうだそうです」」
「思ったより多いな。どうやったんだ?」
「分かりません。ただし、外観は期待するなとのことです」
「ああ、金型を作ってる時間はないだろうからな。それで機器自体の価格は?」
「1台10万円だそうです」
ステータス計測デバイスの簡略版が、100万くらいになるだろうことを聞いていた彼は、随分安価に設定してくれたんだなと感じたが、具体的な金額が出た時点で、高価だとか一括仕入れで値下げを要求しようだとか言う連中が出てくることは確実だろう。ことに自分の所から直接大学と取引するなら、仕入れを圧縮したいのは当然だからだ。
数がないものをどうやって一括仕入れするつもりなのかは分からないが。斎賀は、会議再開後のことを考えてうんざりした。
「それで契約の形態について、なにか要望はあったか?」
「いえ、大学との契約主体はどこでも構わないようです」
「どこでも構わない?」
あまりに怪しげな返答に、斎賀は一瞬固まった。もしも流出を気にするのならここは直接契約1択のはずだ。
その場合JDAとDパワーズはサービスの委託契約ということになる。機器の管理上の問題で情報が流出した場合、無理なくJDAに損害賠償を請求できる契約にできるということだ。
単にJDAに対する販売、またはリースということになれば、機器になにかあった場合の損害賠償は、通常、機器の価格と同等だ。そこにはただの商品のやり取りがあるだけなのだ。
どちらでも構わないってことは、漏れたら漏れたで構わないと言われたようなものなのだ。
「この件に関して、あいつらは特許を取得してないんだな?」
「今のところはその通りです」
彼女がJDAを信頼してるってことか? いや、昨日のありさまでそれはないだろう。それに、あいつらに限って、ただわきが甘いなんてことは考えにくい。では何故だ?
「あ、それと、入試スケジュールの件は、返信があったので、課長のパーソナルフォルダに送ってあります」
「そうか。ありがとう」
斎賀は、どうにも不思議なDパワーズの態度について考えを巡らせながら、さっそくそのファイルを開こうとした。
「それで、課長。全然話は変わるんですが」
「なんだ?」
斎賀は自分のタブレットで、入試のスケジュールを確認しながら返事をした。
「31層から5時間で地上へ出られると思いますか?」
彼は確認の手を止めると、さらなる面倒事の予感に眉をひそめながら、美晴に向かって顔を上げた。
「なんのクイズだ? それとも、ダンジョン内にエレベーターでも発見されたのか?」
通常31層からなら、トップレベルの探索者だったとしても、最低2日はかかる。1日では絶対に戻ってこられないはずだ。
「実は日曜日の三好さんの退出時間なんですが……」
「それが?」
「31層で、伊織さんたちに会った約5時間後なんです」
「……あいつら本当にエレベーターでも発見したのか? それともまさか……転移魔法か?」
なにしろDパワーズなのだ。今更転移魔法のひとつやふたつで……いや、やっぱり驚くな、と斎賀は思い直した。
「いえ、Dパワーズさんが言うにはそれとは別の何からしいですが……」
「なんだ、はっきりしないな」
「あの紙のレポートを読むとき、この話のことを覚えておいていただけますか」
美晴の迂遠な言い回しに、いやな予感を覚えながら、斎賀はこりゃ今日も残業だなとうつむいた。
「……わかった。なんだかトワイライトゾーンに踏み込んでいるような気がしてきたが、言うとおりにしよう」
そこで、会議の再開が告げられた。
斎賀は思考を一旦中断して、会議へと意識を向けた。
「いずれにしても個数や日程が出たんだから、さっさと不毛な議論を終わらせて、スケジュールの確立と人員の配置に注力したいものだな」
「お疲れ様です」
美晴は心の底からそう言って、会議室へ入っていく斎賀の疲れた背中を見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「内職、ですか?」
しばらくお願いしたい仕事があるからと、俺は、三代さんとキャシーを呼んで説明していた。
「ナイショク? What does NAISYOKU mean?」
『エクストラジョブってことかな。通常はピースワークの』
キャシーは2月から定期開催になるブートキャンプを、月~水の3日間と決めたようだった。
先週の土曜日に一般のプレオープン的な位置づけで実施してみたところ、利用しているのが2層だけに、混み合う週末は問題が多く良くないと考えたようだった。
土曜日の人選は、キャシーと三好がやったみたいだが、どうやら結構有名な人達も含まれていたようだ。
「先行投資って奴ですよ」と三好は笑っていたが、そもそも儲ける気がないのに投資もクソもないだろうと言ったら、「先輩、ブランディングは重要ですよ?」と出来の悪い生徒をなだめるような視線で諭された。
「結果はおいおい」なんて言いながら不敵な顔をして笑う三好は、立派な経営者の顔をしていた。立場が人を作る?って、まだ1ヶ月しか経ってないんだけどな。
週末を対象にしなかったのは、当初の目的通り、アマチュアのあまりポイントが溜まっていない探索者からの応募を減らしたかったってこともあるようだ。
週末を入れると兼業の人達の応募が激増するらしい。
まあ、小麦さんのような特例はしばらく勘弁して欲しいし、俺としても開催はまとまってくれていた方がありがたいから、特に文句はなかった。
キャンプがない日のキャシーは、基本フリーで、サイモンたちにくっついていったり、機器の整備をしたり、三好と一緒に参加者を選定したり、訓練や観光をしたりしているようだった。
「結構なギャラを頂いてますから、手伝ってくれと言われれば手伝いますけど」
「手が空いているときだけでもいいんだ。ちょっと世界が大ピンチなんだよ」
「世界が?」
キャシーの目が光ったような気がした。彼女は体の芯からセーバー体質だからな。
「そうだ。これは言ってみれば世界を救う仕事だな」
「わかりました! 任せて下さい!」
それを聞いたキャシーは、勢いこんでそう言った。
三代さんはその台詞にうさんくさそうな顔をしていたが、特に異論はなさそうだった。契約社員みたいなものだからな。
世界を救う仕事が、PPパックでオモチャみたいな電子機器を組み立てる作業だとは、お釈迦さまでも気がつくめぇ。なにしろ、カタカナで書いてしまえば、piece work も peace work もピースワークには違いないのだ。うはははは。
◇◇◇◇◇◇◇◇
北区、三田線の本蓮沼駅A1出口を地上へと出ると、そこは蓮沼アスリート通りだ。とは言え、特にアスリートが走っているわけではない。
その道を右へしばらく行くと、たぶんその名の原因になった施設が現れる。国立西が丘サッカー場、別名、味の素フィールド西が丘だ。
同じ味の素でサッカー場だから思わず間違えそうになる味の素スタジアムとはもちろん別の施設だ。あちらは調布に位置している。
その隣にある、国立スポーツ科学センターの建物の中で、今、JADA(日本アンチドーピング機構)の臨時の専門委員会が開かれていた。
「大阪国際の高田選手に聞き取りを行ったところ、前日に代々木で行われているダンジョンブートキャンプに参加していたことが分かったわけですが、問題はこれをドーピングと見なすべきかどうかということです」
「いや、それは無理筋でしょう」
比較的年齢の若い、元短距離の男子選手が発言した。
「ダンジョン内での訓練は、言ってみれば高地トレーニングと意味的な違いがありません。薬物を使用するわけでもありませんし。実際高田選手からは何も検出されなかったんでしょう?」
「アスリート・パスポートに基づく血液検査でも、なんの問題もありませんでした」
元短距離選手は鷹揚に頷くと、しょうがないといった体でペンを両手で弄んだ。
「来年のオリンピックにしても、それを行ったことがある選手全員を出場禁止にするなんて、現実的じゃないでしょう?」
「いや、しかし……」
「頂点を競うアスリートは、ルール違反でなければ何でもやります。実際私たちもそうでしたし」
「それに、ダンジョン訓練は今更禁止するのも難しいでしょう」
「なぜです?」
「仮にそれをやったとすると、高田選手やアーチェリーで話題になった、斎藤さんでしたっけ? それに、箱根9区の長井君もおそらくそうでしょう。彼女たちを見る限り、現役の選手はすでにダンジョンで鍛えた選手に逆立ちしても勝てない可能性があります。薬物と違って、効果が一過性でない場合、不満が続出するでしょうね」
「かといって、すでにダンジョンに入っている選手を排除することもできません。なにしろ今までは禁止されていなかったのです。法の不遡及の原則は憲法にも記載されたルールですよ。実行したら違憲です。JADAの独自ルールとは言え、裁判で訴えられたら確実に負けるでしょうね」
「そもそもダンジョン内の訓練は、血液検査にも尿検査にも引っかかりません。実際、高田選手もそうでした。それをどうやって検出しようと言うんです? 好記録を出したという理由でドーピングだと主張するんですか?」
ダンジョントレーニング反対派は、そう言われてしまえば反論のしようがなかった。
「大学入試センターがDカード取得者の識別方法をJDAに依頼したと聞いています」
「いやいや、かりにDカード取得者を識別できても、その後どうするんです?」
なにしろオーブ問題があるのだ。とりあえずDカードを取得する人は多い。しかも今は、学生の取得が激増していると聞く。
「Dカードを持っていればドーピングだなんて言い始めたら、今でも日本人の数%は失格になるでしょう。現役アスリート年齢ならもっとずっと高率になるでしょうね。もはやDカードの有り無しで階級を作る方が現実的なくらいです」
全員に適用しない場合どこからが違反なのか、その線が引けないなら、ルールを策定できるはずがない。
「しかしあれほど差があるのでは……クリーンでフェアなスポーツの未来が――」
「高地トレーニングと同様、全員がダンジョントレーニングを始めるだけじゃないですか? テニスの試合中に念話を利用したコーチングが行われる可能性が問題になるのがせいぜいでしょう」
ばっさりと切って落とされると、比較的若い世代は全員が頷いていた。
「高地トレーニングの分野では有名なレバイン博士は、個人的な考えだと前置きした上で、『身体を環境に順応させようとする創意工夫は、順応が自然に行なわれる限りにおいて、すべて倫理的で合法的だ』と述べていますよ」
「ダンジョントレーニングもそれに準じると?」
「どこからどう見ても準じていると思いますよ」
それ以上の反論が難しいと感じたのか、議長が話をまとめに入った。
「ともあれ、週末の大分で、不破選手がどんなタイムを出すかが注目されます。また、トップレベルの探索者が、どんな運動能力を示すのかの情報が必要ですね」
「議長。一度JDAにお願いして、そういう探索者を紹介して貰い、非公式の記録会を行ってみるというのはどうでしょう?」
「確かに。正確な情報が無ければ、なにごとも判断できませんし」
専門委員も情報がなければなにも判断できないことは分かっていたため、これは渡りに船だった。
「では、当面ダンジョントレーニングについての勧告は行わず、動向を注目しておきましょう。また、JDAにお願いして、非公式記録会をなるべく早い時期に行う方向で調整します。なにか異議はありますか?」
この件に反対する委員は1人もいなかった。
「それではこれで閉会します。本日はありがとうございました」
各専門委員は、今でも自分の競技団体に強い影響力を持っている。
高田選手の記録を見る限り、ダンジョントレーニングは、自己血輸血もエリスロポエチン製剤も、まるで意味がないと思えるくらいに凄い効果を示していた。
もう、必死でドーピング検査を逃れようなどとしなくても、ダンジョントレーニングだけしていればOKなんて、実はアスリートの心や体にも優しいのではないかなどと、ほぼ全員が考えていた。
そして、いつそれが禁止されても良いように、今のうちに訓練させておこうと考えた指導者も多かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「はー、下から戻ってきたとたん、怒濤の忙しさですねぇ」
夕方、事務所へと戻ってきた三好は、上着を脱ぎながらそう言った。
「お疲れー。弁理士を紹介して貰ったのか?」
「貰いました」
「俺もちょっと調べてみたけど、知的財産権って国をまたぐと、とたんにややこしくなるのな。PTCルートだのパリルートだのさっぱりだった」
「まあ、国をまたぐ特許の申請は、そんな風に非効率の塊みたいな状況ですから、ダンジョンに関わる知的財産権っていうのは、WDAがまとめて管理してるみたいですよ」
「へ? 各国の特許庁みたいなところじゃないの?」
「ダンジョンのフロアは歴史的経緯からWDA管轄ですから。もちろん協力はしていますけど、各国には権利が貸与されているという扱いですから、基本的にダンジョン関連で発生する知的財産権を管理しているのはWDAだそうです」
「その方が複数の国に対して横断的に適用できて、合理的なのか」
三好は、向かいの席に座ると、俺の言葉に頷いて言った。
「そういうことですね。いずれはその仕組みを利用して、地球規模の知的財産権管理に向かうかも知れませんが……」
「発展途上国の問題があるから難しいだろうな」
例えば、近代において飛躍的な経済成長を成し遂げた日本や台湾において、欧米技術の模倣がそれに貢献したことは言うまでもない。
それに、WTOが発効した、TRIPS協定のミニマムスタンダード(*1)にしても、医薬品や植物新品種の知的財産権保護の義務化が途上国の生命そのものを牛耳るのではないかと警戒されている。
知的財産権という権利が、地球規模で統一された場合、国家という枠組みが無くならない限り、圧倒的に先進国が有利なるのだ。
「まてよ……世界統一ってことなら、あのパーティを結成する手法なんて、ダンジョン特許を取っていれば……」
「今頃大儲け……というわけには行きませんね。発明と発見は違いますから、おそらく特許の対象と見なされないと思いますよ」
「じゃあ、掲示板で見つかったfindなんかも――」
「発見ですから、発明とは言えないでしょうね」
確かに高度な創作とは言えないか。
「それで、先輩は何をやってるんです?」
その時俺は、ダイニングの椅子に座って、テーブルの上に上質紙を1枚敷いてそれを眺めていた、ように見えたはずだ。
三好には、新しい遊びですか? と笑われた。
「メイキングがDファクターに仕事をさせる力だと言うのなら、無から何かを作り出せるんじゃないかと思ってさ」
「練習してたってことですか?」
「そういうこと」
三好は何かを思い出したかのように、ぷっと吹き出した。
「なんだよ?」
「いえ。ほら、去年先輩が、『メイキング』と散々呟いていた姿を思い出して」
「だー! つまんないことを思い出すんじゃない!」
俺は、バンバンとテーブルを叩いて誤魔化した。
「それで、成果は?」
「いや、それが、なーんにも起きないな。いや、むしろ起きた方が吃驚するわけだが……やってて俺はアホなんじゃないかという気分になってきたぞ」
「信じる力が大切なんじゃ?」
「おまえな。何にもないところに向かって『耳かき出ろー』とかやる身にもなってみろよ」
「なぜに耳かき」
「丁度欲しかったから。なにかそういう欲求があった方が成功しそうだろ?」
「それはそうですけど……強い欲求と言うことなら、一万円ーとか、当たりくじーとか、当たり馬券ーとか」
「全部犯罪だろ、それ」
「あ、そうか。んじゃ、彼女ーとか」
「それで本当に出てきたらどうするんだよ……」
「ああ。もしかしたら先輩の特殊な性癖がばれて困るかも知れませんね」
三好がニヨニヨしながらそう言った。
そりゃ、本当にそんなシステムで、ロリとか2Dな人とかが出てきたら人生がヤバい気がしないでもないが――
「いや、困るような性癖は持ってないから」
――そういう問題じゃないだろうと、ため息をつきながらそう言うと、俺は話題を変えた。
「そういや、例の組み立て労働力、明日から確保しておいたぞ」
キャシーは週3か4だけどな。
「本当に三代さんやキャシーに頼んだんですか?」
「うん」
「彼女たちも驚いてたでしょ?」
「まあな。だけど、キャシーなんか、やる気満々だったぞ?」
それを聞いて三好が、ジト目で俺に尋ねた。
あんな内職じみた仕事を、キャシーが張り切ってやるはずがないのだ。
「……先輩、何て言ったんです?」
「えーっと……これは言ってみれば世界を救う仕事だって」
「そういうのは詐欺っていいませんか?」
「何を言う! 世界の秩序をダンジョンの魔の手から守る、立派な作業だぞ!」
「なんというマッチポンプ」
「なんでさ」
「念話を公開したのはうちみたいなものですよ、先輩」
「おう……いや、だけど、あれは時間の問題だったろ?」
それに充分な周知期間を取ったとしても、対策の打ちようがないから同じだ。むしろ周知する領域が広すぎて、そこから情報を得られる一部の人間を利するだけになりかねない。
日本の大学入試センターはせめて大学入試が終わってから、などと思うかも知れないが、世界的に見れば試験は年中行われているわけだし、それを利用する側の準備期間も同じ長さだ。
「まあそうなんですけどね」
「だけどさ。仮にこれでDカード所持者を判別したとして、どんな方法で防ぐつもりなのかね?」
「え? Dカードの裏面を見えるようにして机の上にでも置いておけばいいんじゃないですか?」
パーティ編成は、Dカードの裏面に表示される。
「そりゃだめだよ」
「どうしてです?」
「無関係なやつのDカードを借りてきて置いておけば、パーティを組んでいても気がつかれないだろ?」
「それって、カンニングに参加する人間の数だけ、無関係なDカードが必要になりますよ」
「そりゃそうだが、予備校あたりがグルになってるなら、違う学校を受験する同人数のグループを二組作れば簡単さ」
無関係な人間のカードを借りてくると言うのは、そこから足がつく可能性がある。出来るだけ全員が共犯者である必要があるのだ。
例えば、東大と京大ならそういうグループを作ることも可能だろう。
東大と、ずっと格下の大学だと、全員が東大を希望して無理だろうが。
「先輩って悪知恵が働きますねぇ」
「いや、誰でも思いつくだろ、それくらい」
「結局いちいち名前を確認しないとだめなわけですか」
「まあな。しかしそれでも、同姓同名だったりしたらお手上げなんだよな」
なにしろDカードには住所や年齢が書かれているわけではない。
「それはちょっと難易度が高そうですけど」
「俺なら自分と同じ名前の奴を探してきて、10万くらい渡して、Dカードを取得させるけどな」
「そこまでやりますか?」
「そこまでやらないやつが、裏口入学なんか考えるわけ無いだろ」
「うーん……」
「ま、俺たちが依頼を受けたのは、Dカードの所有の有無を判定することだけだ。そこから先は依頼者が考えるだろ」
「そうですね。それに今回は無理ですけど、実は何とかなりそうな気もするんですよね」
「え?」
「ほら、例のNYのオフ会。あのデータが集まれば、なにかメドが立ちそうな気がするんですよね」
「パーティを組んでいる人間を識別できるとかか?」
「パーティを組むと、いろいろと特典が生まれるわけじゃないですか」
ステータスに+5%の補正がかかるってのは、ステータスの上積みだけだから検出が難しいだろうが、メンバーの位置やヘルスがわかったり、念話が使えるというのは、ステータスとは関係のない機能だ。
「だから、きっと何かのパラメーターは変化すると思うんですよ。ただパーティの組み方にしてもバリエーションがいろいろあるんで、その辺の情報が一度に得られるイベントは貴重なんです」
特に念話が使えると言うことは、なにかの出力が行われている可能性が非常に高い。
これはちょっと期待できるかもな。
「さて」
そう言って三好は席を立つと、自分のデスクへと向かっていった。
「なんだ、まだ作業があるのか?」
「あとは、2月4日からのブートキャンプの人選ですね」
「適当に探索者のキャリアで閾値つくって、それを越えてる中からランダムでいいんじゃないの?」
「軌道に乗ったらそれで良いですけど、最初はある程度厳選しないと……って、ええ?!」
「なんだ?」
「せ、先輩。まとめて来たみたいですよ」
「何が?」
俺は三好のデスクまで行って、表示されている応募リストを見た。
「なんだこりゃ?」
先日見たときは、スポーツ選手や芸能方面らしき名前が多かったはずだが、そこには、ずらりと外国人の名前が並んでいた。
そうしてその全てが――
「DAD所属?」
――だった。
*1) TRIPS協定のミニマムスタンダード
WTOが発効した、TRIPS Agreement は、知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(agreement on Trade-Related aspects of Intellectual Property rightS) のことです。
この中にある、知的財産権保護に関する最低基準をミニマムスタンダードと言って、途上国はこの遵守を義務づけられています。




