§123 それさえもおそらくは平穏な日々 1/29 (tue)
典型的な冬型の気圧配置になった火曜日。
横浜ダンジョンへ、日課のパトロールにやってきたテンコーは、受付にあった張り紙を見て目が飛び出るほど驚いていた。
「なんやて?! 嘘でっしゃろ?!」
「いえ、本当ですよ。横浜ダンジョンは、利用者の減少もありまして、本施設は1月一杯で閉鎖されます」
「ほな、横浜ダンジョンはどうなるのん? 立ち入り禁止に?」
「いえ、そうでは無くて――」
テンコーは受付から、2月から、地下駐車場の入り口側に簡易の入場ゲートが作られることを聞いた。
閉鎖されるのは、あくまでもダンジョンビルの1階と1層だけのようだった。
「そんなん、中が見えへんや無いか!」
「そう仰られましても」
「ここはどうなるんです?」
「詳しい話は、私どもにも……あ! あの人に聞くと良いですよ! JDA側の窓口みたいで、最近こちらにもよくいらっしゃってますから」
受付が指差す先には、テンコーもよく知っている女性職員が歩いていた。
「鳴瀬はん!」
「え?」
管理事務所からの帰り、駅前で横浜ダンジョンの受付から声をかけられた美晴は、そちらを振り返った。
受付前では、テンコーが両手を振っていた。
美晴はそれを見て、久しぶりだなと思いながら、ぺこりと挨拶すると、そのまま駅に向かって歩き出した。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと待ってーな!」
それを見たテンコーは慌てて美晴に向かって必死で走り出した。
驚いた美晴は立ち止まってそれを見ていた。
「お久しぶりです、テンコーさん。どうしたんですか?」
「いや、どうしたもこうしたも……あれへんがな」
テンコーははぁはぁと息を荒げながら、言った。
「横浜ダンジョンって、どうなりますのん?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕方、地上へと戻ってきたDパワーズの面々は、ちょっと早い夕食を外で済ませると、そのまま事務所へと移動した。
現在、事務所のレストルームでは、今回の探索でゲットしてきた原石やアイテムを広げながら、三好がマイトレーヤのふたりに、欲しいものを選んでおくようにと言っていた。
「え? 私たち契約探索者だから、アイテムは契約企業のものじゃないんですか?」
「あれ? そうなのか、三好?」
「うちは、基本的に折半ですよ」
「折半?!」
三代さんが驚いたように言った。
「あれ? 全部とってきた人のものにしようとか言ってなかったっけ?」
「はあああ?」
ダミーのバックパックを片付けながら、そんな話を聞いたようなと言ったレベルで口を挟んだら、三代さんが目を剥いた。
「それ、ダメなんだそうです」
「ダメ?」
「企業間の協定があって」
つまり、そんな訳の分からない分配率の企業が登場すると、高レベルの探索人員が全部奪われてしまうわけで、要はダンピングなんかと同じに扱いになるんだとか。
「それで探索者への分配は、最大で利益の50%だと決まってるそうなんです」
「なるほどねぇ。いろいろと難しいんだな」
「だからうちではまず、評価額から経費を引いて、残りを折半ってことにしてあります」
小麦さんが不思議そうな顔で、首をかしげた。
「え? でも利益のってことになると、一生ゼロじゃないですか? だってオーブが……」
「えーっとですね。オーブというのは、支配可能性が不完全なので、法的には動産にあたらないんです。だからその無償使用は贈与や譲渡とはみなされません」
「はい?」
「よーするにオーブってやつは、対価を受け取りさえしなければ、それを供与する側の胸先三寸で、価値をゼロにできるってことだよ」
「はあ?」
聞いたこともない話に、目が点になる三代さん。
まあ、普通はゼロ円で譲渡したりしないからな。でも本当なのだ。
「DPハウスは備品ですし、今回の探索の経費はご飯を初めとする消耗品代くらいですかね?」
もう、何をいってんのこの人達という視線で三代さんがこっちを見ているが、知らんがなってなもんだ。
彼女にしても、自分の利益が増えることに異存はないだろう。
「というわけで、なんだか今回は凄い数の原石があるので、欲しいのがあったら選んでおいてくださいね」
三代さんは呆れながら、小麦さんは喜びながら、欲しいアイテムを選択し始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
あの日、日曜日の夜に事務所に戻った俺たちは、庭園であった出来事を思い出せる限り書き出した。ポンチ絵でその場の状況もできるだけ描いてみた。
細かな検討は後回しにして、記憶が新しいうちに情報として残せるだけ残したら、一眠りして21層へと引き返したのだ。
そこでは徹夜で原石をゲットし続けて、ハイになった小麦さんと、それに付き合ってテーブルに突っ伏していた三代さんがいた。
散らばるカップ麺の残骸が、小麦さんの、何かに集中したときの特異な優秀さと人間としてのダメさを同時に浮き彫りにしていた。
一般人がそれによりそうのは並大抵の話ではないのだ。それを、三代さんが見事に体現していた。
俺たちはふたりを寝かせると、しばらくオレンジを採取したり、下二桁を揃えようと躍起になったりして時間を潰した。
因みに、00にヒットしたのはラブドフィスパイソンだった。
--------
スキルオーブ 熱感知 1/ 2,000,000
スキルオーブ 振動感知 1/ 8,000,000
スキルオーブ 猛毒 1/12,000,000
--------
実に蛇らしい構成で、最後のやつはラブドフィス由来だろう。日本で言えばヤマカガシなんかがそうだ。
どうにも使い勝手の悪いスキル群だが、パッシブの赤外線感知に近いと思われる熱感知をゲットしておいた。
そうしてふたりが起きた後、俺たちは三代さんに聞いた。
「で、これ、どうする?」
「どうするって、どういうことです?」
「いや、また三代さんたちが来るんなら、建てたまんまにしておくけど」
それを聞いた三代さんは、小麦さんと一緒に、何かを相談していた。
フンスと言った感じで小麦さんが拳を握ると、仕方ないなぁと言った感じで三代さんが頬を掻いた。
「ここを拠点にレベルを上げて、25層以降にもチャレンジしてみることにしました」
「ならおいとくか。三好、電源はどうなってんだ?」
「常時利用する維持電力――スライム対策やセキュリティ関連ですね――は、エタノールベースの燃料電池です。出力100Wくらいで10Lで1万Whくらいの電力量になる性能ですね」
「それって危険物系の規制は大丈夫なのか?」
「アルコールの場合は400Lを越えると消防法の適用を受けるんですけど、ダンジョン内に定期点検に来れるはずがないので、適用がどうなってるのかさっぱりなんですよ」
そのあたりはどうもはっきりしなかったらしい。
一応代々木の中は日本の法律が適用されているとはいえ、銃の使用など特例も数多くある。
問い合わせても、すぐに返事がなかったそうだ。燃料や、高圧ガスについては、セーフエリアのせいで特例になる可能性が高いのではないかと三好は言った。つまり現時点では具体的な規制がないのだろう。
「なので、一応タンクとしては2万L近くあるんですけど、現在は予備タンクの399.9Lのみ利用してます。それでも、電力量換算で約40万Whくらいあるわけですから――」
「100Wで、5ヶ月は持つわけか」
「ですね」
「どっちにしても、鳴瀬さん相談案件だな」
いずれにしても、燃料補給は月に1回くらいで充分そうだ。
「消費した保存食や物資だけメモしておいてもらえば、月に1回くらい補充にくるよ」
「わかりました」
どうやら、使用時の大きな電力は、水素発電のようだが、こちらもたまに水素ボンベを交換する必要があるようだ。
水素ボンベの場合、高圧ガス保安法が中心になるのだが、一般消費者の場合は、蓄えている量が300立方メートル未満だと届け出もいらないそうだ。
「この辺も速やかに決めてもらわないと、困るよな」
「セーフエリアは、たぶんLNGあたりを利用した、マイクロ発電所になるんじゃないかと思いますけど」
「え? 発電機って、下で組み立てるのか?」
コジェネレーションとか、ハイブリッド発電とか、ヤンマーやトヨタあたりが研究や商品化を行っているらしいが、さすがに一気に持ち込めるようなサイズではないだろう。
「高層ビルのクレーンと同じで、最初は小さいものを持ち込んで、それを利用しながら大きなものをつくって交換していくんじゃないですか?」
それを聞いていた三代さんが、不思議そうな顔をしていった。
「上で組み立ててから、ホイポイカプセルで運んであげればいいんじゃないですか?」
「うーん。あれはなぁ……一応内緒だし」
そもそも苦し紛れのマイトレーヤ対策だからなぁ……どうしたものか。
「まあそうなんでしょうけど……って、JDAにもですか?」
「報告は三好の申告時だから、今のところは、ね」
ダンジョン内から産出したオーブやアイテムについては、WDAへの報告義務がある。
ただし、商業ライセンスを持っている人物へ売却したり譲渡したりした場合、その報告は商業ライセンス持ちによる、年に一度の申告と共に行うことが出来るのだ。
全探索者に毎日バラバラに報告されたら、事務処理の規模がそれなりに爆発して手に負えないからなのかもしれない。
「それに、あれに入るサイズかどうかも分からないし、その時が来たら考えよう」
「そうですね。わかりました」
そんな感じで、三代さんを誤魔化しつつ、拠点を残したまま、俺たちは地上へと帰還した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて先輩。次はこれなんですが――どうすればいいと思います?」
マイトレーヤの二人をおいて、レストルームから出てきた三好は、Dパワーズの仕事用メールボックスを見てため息をつきながら言った。
そこには、たった4日、というよりは正味月曜と火曜の2日で2千件に迫る未読が溜まっていた。しかも全てがspamではないようだった。
「それで内容は?」
「さあ? というかメールの利用者はサブジェクトくらいまともに書いてほしいですよね!」
そこにあるメールの50%は意味のないサブジェクトが――「初めまして」だの「こんにちは」だの、多少はましだが意味のないことではどっこいの「お問い合わせ」などと――書かれていた。
三好はやさぐれた視線で、「サブジェクトを本文の1行目だと思ってる人って、頭が悪いんですかね」なんて言い出す始末だ。
「おいおい。そういう物議を醸しそうな発言はやめろよ」
俺は苦笑しながらそう言ったが、大量のメールがある時に、そういうサブジェクトを見るとゴミ箱に捨ててやろうかと気分になるのは非常によく分かる。
スマホ用のメーラーは、そもそもちゃんとサブジェクトを書くように出来ていないものが多い。いきなり本文への入力画面になるのだ。
メールの訓練なしでいきなり使わされたら、サブジェクトを飛ばしてしまっても仕方がないのかもしれなかった。
なにしろ、さらに20%はサブジェクトが空で、5%に到っては「Re:」と書かれているのだ。メーラーの返信ボタンを押してメールを書いたのだろうが、意味分かってんですかー!と三好が発狂していた。
数通くらいなら我慢というか、うるさく言わずに無視する部分ではあるのだが、流石に1000通を越えるような状況では、発狂しても仕方がない。少なくとも処理を後回しにされることは覚悟するべきだろう。
そのうちの何通かを手早く開きながら、「メールに長たらしい時候の挨拶を入れる奴はクソ」なんてぶつぶつと呟いている。キテるなぁ。
まあそこはビジネスのマナーという謎領域があるからいたしかたないのだとしても、意味段落で括って読み飛ばせるようにして欲しいのは確かだ。
何通かメールを読んだ後、三好は顔を上げていった。
「結局、大部分は、Dカードを取得している人とそうでない人を見分けるデバイスに関する問い合わせですね」
「おいおい、まさかクリスマスに話してた、世界分断の話か?」
Dカード取得者、または未取得者を差別するためのツールとか、嫌だからな。
「Fromが、大学入試センターだの各大学の入試事務室だのですから、どうやら、入学試験と関係があるみたいですよ」
「入試って……」
「おお。今の東大総長って、五神真さんって仰るんですね。まるで芸名みたいで、格好いい名前ですねぇ」
「その人、光量子科学の専門家だぞ。タイラー博士と話が合うかもな。って、総長名義で来てんの? 問い合わせのメールが?」
「センター試験でなにかあったみたいですね。どうやら例のテレパシーカンニングを本当にやった人達がいるようです。もちろん証拠は答案以外ないみたいですけど」
「ああ、それで焦ったってことか。だけどどうして、そんな話がうちに直接来るんだ?」
「どうやら見えるくんがDカードを取得していない人に効果がない話が出まわっているみたいです。翠先輩のところはあり得ないでしょうから、JDA経由でしょうね」
「えー? それって鳴瀬さん? 守秘義務違反じゃないの?」
「そこは微妙なラインですけど……たぶん本人にその意識はないと思いますよ」
「何でわかる?」
「だって、戻ってきて連絡したとき、いつも通りでフツーでしたもん。昼は横浜にいるそうです」
「横浜って、例の件か?」
「ですね。遅くなるけど帰りに一度寄られるそうです」
「じゃ、詳しい話はその時に聞けばいいか。だけど、2次試験って、2月の25日くらいだろ?」
「国立は大体そうです。でも、私立はもっと早いですよ。早いところでは2月の頭、多いのは2月10日~20日くらいでしょうか」
「もう1月も終わるんだぞ? そんなに急なことを言われても数が揃うはずないだろ」
「Dカードの所有の可否だけなら、センサーの値がゼロを返すかどうかだけ見ればいいですから、通信も不要ですし、相当簡単な構造にできるとは思いますけど……いきなり今年度、全部の学校をフォローするのは無理でしょうね」
工場が出来るのを待ってたら入試が終わってしまうことは確実だ。大体外装なんか、金型発注を行ってたら間に合うはずがない。
「出来ているEASYを貸し出すにしても、数が全然足りませんし」
「不正をしてでも入りたいと思うような大学だけに絞るしかないだろうな」
そういう区別もどうかとは思うが、現実的にはやむを得ないだろう。
「とにかく翠さんのところの体制がどうなってるのかわからないと、返答のしようがないな。中島さんに聞いてみたら?」
「ですね」
三好がメールを書いている間に、俺も協力してメールの仕分けを始めた。
「しかし、これで、地球を侵略に来た異星人を見つけ出すための機器みたいな印象がつくのは、ちょっと嫌だよな」
「髪の毛引っこ抜いて調べる的な?」
「サングラスをかけたら見える的な」
俺たちは顔を見あわせて笑った。奇しくもどちらも1988年の作品(*1)だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その様子をレストルームから見ていた絵里が言った。
「あの二人、仲良いよね」
「そりゃ、絵里ちゃん。同じパーティなんだし、悪いわけないでしょ」
「そうなんだけどさー。あんなに仲が良いのに、なんつーか、男と女の匂いがしないんだよね」
絵里が腕を組んで頭を捻っている。大きなお世話なのだが、そういうものに興味のある年頃?だ。
「何言ってんの。そういう絵里ちゃんは、彼氏いるわけ?」
「ぶー。いたら小麦さんに付き合って、毎日毎日ダンジョンに潜ったりするかい。って、小麦さん、それ全部持って帰るの?!」
「だってだってー。みんな可愛いよ?」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
とりあえず原石を全部集めた後、諦めたものが僅かに寄せてあった。もっとも瑕疵がなく、最高品質の中でも高額そうなものは全部そちらに含まれていたのだが。
それらを除いても多すぎるので、今はさらにそれを、泣く泣く仕分けしているところだった。
「絵里ちゃんは、全然持ってかないんだね」
「21層以降へ行くって言ったら、知り合いにお願いされたアイテムくらいかな。カットされた石ならともかく、宝石の原石なんかもらっても使い道なさそうだし。どうせ売るならお金でもらった方が簡単だし」
「じゃあ、そんな絵里ちゃんにはこれだね!」
小麦が手に取ったのは、六角柱に近い形をした、ピンク色の石だった。
「なにその、お刺身みたいな色の石」
「あー、そう言われれば、ビンナガマグロのトロ部分にちょっと似てるかも。厚みのない原石だと、まさにそんな感じのやつがあるよ」
小麦は笑ってそう言った。
「これはね、ローズクオーツ。ピンク色の水晶だよ」
「へー。高いの?」
「んーん。宝石品質には足りない原石だと何百グラムもあるやつが2千円くらいで売ってるかな。でもこれは、ルチルの針状結晶がバッチリ入ってるから、きれいなスター効果がありそうだし。ちょっとだけするかも」
「ふーん。で、なんでローズクオーツ?」
「そりゃ、石言葉が、『恋愛』だからね」
「……はぁ。先に自分の心配をしなさいよ」
「え? 私付き合ってる人いるけど」
「ウソ!?」
その声に反応したのか、芳村がこちらを見て、「どうかした?」と言った。
「あ、いえー。なんでもないです。お騒がせしました!」
「もう、絵里ちゃんったらがさつなんだから。ほらほら、これで恋愛運をパワーアップして!」
「カップ麺すすって、ピットに出たり入ったりしながら、延々モンスターを刈り続ける女子に、がさつとか言われたくない……小麦さんの彼って、石だったり犬だったり、実はスマホの中にいたりするんじゃないの?」
「そんな人間いないでしょ」
「あああ、本当に3次元の人間なのかぁ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「なにやってんだ、あいつら?」
「まあまあ先輩。コイバナは女子トークの基本ですから。先輩もそろそろ連絡しないと振られますよ?」
「だ、誰にだよ」
「先輩が今思い浮かべた人にですよー」
「ちっ」
冗談はともかく、翠さんの所にも相談したし、JDAと横浜関連は鳴瀬さん待ちだ。
忙中閑ありってやつか。
「んじゃ、お茶でも入れますか」
「そうだな」
三好は台所に立つと、お湯をわかしつつ、俺の日本茶コレクションのなかから、かりがねを取り出した。
玉露の茎や葉脈から作られるお茶で、爽やかつ独特の風味と甘みが楽しめる素敵なお茶だ。しかも比較的安い。ただし1番茶以外はスカスカになるのでそこはご愛敬という奴だ。
雁が体を休めるために止まる、海上に浮かぶ小枝に似ているという理由でついた雅な名前なのだが、それって雁じゃなくてもいいんじゃないの?なんて考えてはいけない。
風情というのはそういうものなのだ。たぶん。
お茶を待つ間、ソファに座り直した俺の目の前のテーブルに、上からコマツグミが飛んで来て、テーブルの上をちょんちょんと移動した。
「結局ついてきたんだよな、こいつ」
「元メイドさんですからね。糞もしないでしょうし、そこらのネコにも負けそうにありませんし。どっか上の方に止まり木でもつくってあげましょう」
「そうだな」
「先輩の隠されたお宝を見つけてくれるかも知れませんし」と三好が笑う。
「そんなものはない」
お茶の準備を終えた三好が、それらをお盆にのせて戻ってきた。
お茶請けは、大泉学園にある大吾の爾比久良だ。渋いな。
包み紙に包まれた卵焼きにも見えるその和菓子は、言ってみれば餡で栗を包んだお菓子だ。
外側の黄味羽二重時雨を口に含んで茶を飲めば、解けてゆく様がなかなかに官能を刺激する。なお、1個480円。
そうして、お茶とお茶請けを置くと、さらには一緒にタブレットを差し出した。
「そういや、斎藤さん。結構大変なことになってるみたいですよ」
「え?」
三好はマイトレーヤ用のお茶をレストルームへと持っていった。
俺は爾比久良を口に入れて、かりがね茶をすすりながら、そこに表示されているニュースサイトのヘッドラインを読んだ。
『全日本アーチェリー連盟、斎藤涼子をオリンピック強化指定選手に特別招集か?』
「オリンピック?……あいつ何やってんだ?」
「先輩、先輩。その下。続報も見て」
「続報?」
それは、どうやら関連記事を集めた、スクラップ作成用のサービスだったようで、関連ニュースがまとまっていた。
そうして画面をスクロールさせた先には――
『全部師匠のおかげです? 斎藤涼子師匠を語る』
「ブーーーー?!!! なんじゃこりゃあ?!」
*1) 1988年の作品
「髪の毛引っこ抜く」寄生獣 / 岩明均 最初の発表は1988年の3部作。連載は1990年開始。
「サングラスかける」ゼイリブ / ジョン・カーペンター(監督) 1988年公開の映画。日本公開は1989年1月。




