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Dジェネシス ダンジョンができて3年(web版)  作者: 之 貫紀
第6章 ザ・ファントム

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120/218

§119 救出(後編)1/27 (sun)

WOW!

予約投稿が1回分ずれてました……DMもらって初めて気がつきました orz

今朝、新しい話を投稿しようとしてDMに気がつきました。


というわけで、この話は、中編(9/5投稿失敗分)と後編(9/7投稿分)がくっついています。

なので長さがいつもの倍あります。ごめんよう。

「鋼1曹! 弾薬が!」

「上からの補給はどうなってる?」

「連絡したのが1時間前ですからね、地上からだと、どんなに急いでも24時間はかかるでしょう。18層には結構な備蓄がありますが、それでも6時間半は……」

「おいおい、絶体絶命ってやつか? こんなピンチは沖縄以来だな」

「そういや、要救助者も同じですね」


海馬3曹が気楽な様子でそう言った。


「あのときは、死を覚悟しましたけど、今度は、逃げようと思えば逃げられそうですよ?」


なにしろ出口は敵とは反対方向なのだ。もっとも縄梯子を登っている隙を、あのクソカマキリが見逃してくれるとは思えなかったが。


「あと5時間は?」

「絶対に維持できません。大体君津2尉が――」

「ポーション(1)は2本あるはずだ。バイタルは安定してるんだろ?」

「一応」


隊員のバイタルは、腕と足に取り付けたデバイスでモニターされていた。

どういうわけか、右腕のモニターは反応がないが、壊れたか外れたかしたんだろう。


「なら、ただあそこから動けないだけだと信じろ」


あの馬鹿、無茶ばかりしやがって……

鋼はこうなった状況を思い返していた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


2時間ほど前、31層に下りたチームIは、光量増幅タイプの暗視装置が全く役に立たないことに驚いていた。

地下に潜っていくのだから、光がゼロの世界があってもおかしくはない。だが、ここまでダンジョンにそういう場所はなかったのだ。

やむを得ず、周囲の調査には小さなトーチを利用した。


その広場然とした場所には、何もいなかった。周囲には、まるで神殿のように見える、よく似た建物が7つあって、入り口の前の地面には奇妙な記号が描かれていた。

通信部隊の二人は、チームIが収集してくる情報をまとめると、地上に向けて送信していた。


「しかし、不思議だよな」

「何が?」


データをアーカイブしていた痩せた男が、機器の状態を調整していたがっちりしている男に向かっていった。


「ダンジョンの層って別空間だと言われているだろ?」

「ああ」

「つなぎ目は何処にあるんだと思う?」

「階段……じゃない場所もあるか。層をつなぐ通路の途中じゃないのか」

「だけど、通路の中は連続しているように感じるじゃないか」

「そうだな」

「なら、どこにつなぎ目があったとしても、可視光は通過してるってことだろ? ここはともかく」


痩せた男は、31層の入り口を親指で指差して言った。


「それで、なんで電波が通過しない?」

「同じ構造が二つの空間にあって、途中でワープさせられてるのかもよ?」

「なら、なんで物理的なケーブルは引っ張れて、接続を維持できるんだ? ケーブルの中を通過している光や電気はどうなってる?」


二つの空間がくっついているのだとしても、そこを特定の通信用の電波だけが通過できないというのは、どうにも不自然だ。


「きっと、通信用の電波だけを通さない、マックスウェルの悪魔みたいなゲートキーパーがいるんだろうぜ」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


その後、一通り広場のデータを地上へと転送した彼らは、通信機器を放置したまま、チームIに同行していた。

31層では、まだ一度もモンスターに遭遇していなかったとは言え、何かがトーチに引き寄せられて現れたときに、通信部隊の二人で対応できるかどうか分からなかったためだ。

分散して、バッテリーの消費量を2倍にすることを避ける意味もあった。


チームは、あちこちにケミカルライトをばらまきながら進んでいた。


「せめてうちにも、サーマルイメージャーが融合された暗視ゴーグルがあればな」


米軍が利用しているサーマルイメージャー付きの、AN/PSQ-20 や 36 は、自衛隊では導入されていない。


「L3のF-Panoが欲しいですね」

「まだ正式発表もされてないだろ。春頃じゃないのか?」

「ダンジョン内ですし、いっそのことアクティブタイプはどうです?」

「ダツみたいな走行性のあるモンスターがいたら的だぞ?」

「ものがたっぷりと持ち込めるなら、ガードされた大光源で照らしまくるんですけどね」

「電池も発電機も重いからな。自走式のポーターが実践投入されるまでは、ケミカルライトで済むところはそれで済ませたいってところだろう」


「米軍じゃ、パワーアシスト付きの外骨格が導入されたという話も聞きますが」

「DoDが試験的に導入したって話を聞いたが、動きにしても使用時間にしても、実用化には時間が掛かりそうだという話だ」


「なら、やはり頼みの綱はポーターですか。ポーターはいつ投入されるんですかね?」

「さあな、多足歩行と履帯でしのぎを削っているそうだが……まあ、セーフ層なんて話が出てから一気に開発が進んでいるようだから、すぐに投入されてくるんじゃないか?」

「問題は、やはり使用時間でしょうか」

「そうだな。インバーター発電機もかなり静かになったが、それでも40dB台だからな」


ダンジョン内でエンジン音を響かせるのは問題があるため、おそらくバッテリー駆動になるだろうが、長時間の活動を支えるだけのバッテリーは高価で重い。


「しかし凄いっすよね、ここ」


海馬3曹が、ライトで天井を照らしながら言った。

そこには精緻な文様が描かれた梁や天井が広がっていた。


「資料を見てると、18層にもあるらしいですけど、俺見たこと無いんですよ」

「あそこは、発見時に立ち入り禁止になったからな」

「何があったんです?」


バティアンを巡る初期探索時の情報は、最終的な遺体が山頂付近で発見されたこともあって、洞窟の部分の話は余り知られていなかった。


「最初に入ったチームは誰も戻ってこなかった。最後の通信は、『山頂に』だったそうだ」


鋼1曹は、重そうな口を開いて、そう言った。


「そして山頂に行ったチームがどうなったのかは、公開されている報告書にまとまっているから知っているだろう」

「助けには?」

「行ったさ。だがすぐに地下へと駆けつけたチームは無数のゲノーモスの前に、進入もままならなかったそうだ。結局遺体は山頂付近で見つかっているし、それ以上の探索は行われていない」


伊織は黙って彼らの話を聞きながら歩いていた。


「隊長!」


その時、先行していた士長が最奥の神殿の後ろにある洞窟を見つけて、伊織に報告した。

伊織は最奥の部屋から続く洞窟の中を、入り口から覗き込みながら言った。


「ひとつめの神殿には、こんな洞窟はなかったが……」


現在探索している洞窟はふたつ目だ。ひとつ目は、塔に最も近い神殿だったが、内部には特に何もなく、最奥の間で行き止まりになっていた。

それに並ぶと、鋼がさっきの話の続きを呟いた。


「件の18層の神殿も、最奥に細い通路があってな」

「1曹?」

「どうやらその先に罠があったらしい」


伊織はその洞窟を見た。

それはかなり大きな自然洞窟で、鋼が言った最奥の細い通路などと言うものではなかった。


「なんだか、この先あるものが出てこないように神殿を造ったみたいな構造ですよね」


海馬3曹が不穏なことを言った時、最奥の間を調べていた、3名の1士が他には何もないという報告を持って戻ってきた。


「進むしかないわね……行くぞ! 今まで以上に注意しろ!」


伊織のかけ声で、チームはフォーメーションを組んで移動しはじめた。


しかし、緩やかにカーブして続く洞窟の終端はすぐにやってきた。

先行していた3名は、切り取られたようになっている洞窟の終端で、ハンディライトをあちこちに向けていた。


「どうやら大きな部屋の壁に繋がっているようです。下までは約4m。水などはありません。上はライトが届きません」

「縄梯子を。荷物はロープで下ろす。いくつか予備のロープもぶら下げておけ」

「了解」


ダンジョンの床にピトンを打ち込む穴は開けられない。縄梯子は崖にかけるタイプの大きな爪を持っていた。


「ライトで照らした範囲には、特になにもありません、がらんどうの空間に見えます」


士長が1士をつかって荷物を送り込んでいる間、周辺を警戒していた海馬が言った。


荷物を下ろしている隊員達を除いて、全員がその部屋にはいると、伊織は壁に沿って通路と反対の壁まで、鋼と一緒に歩いていた。


「思わせぶりなだけで、何もないな」

「そうですね」


壁はあちこちが避けていて、体が押し込めそうな場所もいくつかあったが、ライトで中を照らしても、ほとんどがただの行き止まりだった。


「そういや、バティアンの地下の初期報告には、山頂で見つかった遺体の残したメモが遺稿として添付してあってな」

「あの罠があったってやつですか?」

「そうだ。それによると、神殿の最奥にある通路は産道だと」

「参道? お参りの?」

「いや、子供を産む産道だ」

「じゃあ、その先にある部屋って……」


伊織は辺りを見回した。ほとんどが闇に覆われていたが、隊員達が作業をしている場所が、まばらに明るかった。

こんな巨大な子宮で生まれる何かについて、ちらりとそれが頭をよぎった瞬間、中央付近にいた海馬が大きな声を上げた。


「隊長!!」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「あ、あれ?」

「どうした?」


通信隊員の上げた声に、チームIの沢渡2曹が気がついて声をかけた。


「現状報告を上げようとしたのですが、上と繋がらないようです」

「故障か?」

「いえ、予備も同様に電波を拾ってないようですので、電波が遮断されているように思えます」


その言葉の意味に不穏な物を感じた沢渡は、ふと後ろに広がっている闇の空間を振り返った。

手前には荷物を下ろす隊員が、中央付近には海馬が、向こう側の壁の付近には、隊長と鋼1曹がつくる灯りが見えた。


「やむを得ん。君たち二人で連絡に戻ってくれ」

「「了解です」」


ふたりが縄梯子を上まで上がりきったとき、部屋の中央で海馬の叫ぶ声が聞こえた。


「隊長!!」


そうして二人は洞窟の入り口から、部屋の中央に広がる大きく奇妙な形の魔法陣を見た。

それが、キメイエスのシジルだったことは、二人には分からなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


海馬3曹がこちらに向かって走ってくる。

その向こう側には、なにかの形をした広がる光の筋が地面に広がっていった。


「こりゃあ……」

「何かが産まれそうね」


子宮の話をしていた伊織はそう答えると、肩のベルトから、自分専用の弾頭をひとつ取り出した。

それは、彼女のスキルを生かすために作られた弾頭だった。


人間が直接使用する弾頭という制約上、劣化ウランの使用は見送られ、弾芯には超硬合金が使用された。

それを強磁性の物質でくるんだ弾だ。伊織としては、強磁性で質量があればなんでも良い気がしていたが、そこはメーカーにも意地があるのだろう。

そのせいでコストが嵩んで、おいそれと使えなくなってしまうのは本末転倒だと思うのだが……


「いきなり全力は止めとけよ」


彼女のスキルは磁界操作だ。MPさえつぎ込めばどこまでも強力な磁束を作り上げられる。初めてそのスキルを見たとき、彼女は全力でそれを撃ち出して、その後は気を失っていた。

以来、オーバーキルで使用する傾向が強いのだ。こんなところで気絶されたらたまらない。


「分かってますよ。いつまでも子供じゃないんですから」

「確かに、上官様だけどな」


鋼は故意に茶化していった。

部屋の中央からは、何かがせり上がり始めていた。


「セーフ!」


海馬が滑り込みながらこちらまでやってきて、立ち上がると後ろを振り返った。

地面の下から産まれてきたのは、巨大な騎馬戦士だった。


「なんですか? あれは?」

「なんだろうと、荷下ろしをしていた隊員の方を向かせるのは拙い、何もいなかったのが災いして、あっちはまるっきり無防備だ。こちらに注意を惹きつけるぞ!」


伊織がそう言った瞬間、二人は訓練通り89式小銃の安全装置の切り替えレバーを180度まわしバーストモードで射撃した。


「沖縄(*1)を思い出しますね、これ」


海馬3曹が、引き金を引きながら苦笑いする。

あのとき同様、相手は、5.56mmを何発喰らおうと、なんの痛痒も感じていない様子だった。


「こっちもあのときのままじゃないだろ」


鋼はそう言って、ウォーターランスと呼ばれる、太い槍状の水魔法を発動した。海馬3曹もそれに続いて同じ魔法を発動する。

二本の槍は、狙い違わず戦士の体に命中してはじけた。


「効いてんですかね?」

「さあな。だがこっちを向いただけで目的は達成しただろ」

「ゲームみたいにHPバーでも見えるようになればいいんですが」

「話題のDパワーズにでも頼んでみるか?」


攻撃を受けた戦士は、ゆっくりとこちらを振り返ると、右手をブンと振り下ろした。


「うぉ?!」


慌てて右に飛んだ3人がいた場所に、土埃が上がり、なにか黒いものがいくつかたたきつけられ、その振動が伝わってきた。


「何だ今の?!」

「盾なしであんなのを喰らったら、死んじゃいますよ!」


チームIのフロントガードは、向こうで残された連中の指揮を執っている沢渡2曹だ。


「準備はいいぞ! 撃つ!」

「了解」


周囲の磁性体が巻き上がるのと同時に、伊織が手にしていた弾頭が亜音速で轟音を立てて戦士にぶつかり、その体を貫いた。


「もうひとつ!」


同じ衝撃で、今度は下半身の馬部分が貫かれた。


伊織の世界ランキングは18位だが、強大な敵が1体というシチュエーションでは、おそらく世界最強の1人だ。

チームIのメンバーがこの状況であまり焦っていないのは、全員がそれを熟知していたからだった。


馬の前足が折れて膝を突く。

馬上の戦士もがっくりとうなだれ動きを止めていた。


「やったか?」

「1曹、そういうのフラグって言うんですよ」


そう言った瞬間、戦士の体が内側からはじけた。


「はぁ?!」


そこから、巨大な蜥蜴のような頭がずるりと顔を出す。

下半身は馬野からだと融合して、鶏の足のようなものが次々と飛び出してきた。


「こいつはやばくないですか?」


しゅるしゅると長い尻尾が伸びていく。背中にはなにかぶくぶくとした泡のようなものが盛り上がっていて、そこから何かが飛び出したような気がした。


「二人は、向こうのチームと合流して、脱出の準備だ」

「隊長は?」

「もう一発かまして、しばらくこちらでひきつける。なに、デカブツ1匹だ、一番我々に向いてる相手だろ?」

「いや、しかし……」

「急げ! 時間がないぞ」

「「了解」」


向こうへ向かって、壁沿いに走っていく彼らを見ながら、伊織は再度、今度は音速を超える速度になるだろう強度の磁束を準備した。

そうしてそれを撃ち出そうと、右手を挙げたとき――


「え?」


腕に何かが触れたような感触が伝わり、ちくりとした痛みを感じて見ると、そこには手前に尽きだしていたはずの右腕がなかった。

いまこの瞬間まで、なにもいなかったはずの右前に2m以上ある大きな影が現れ、三角形の無表情な顔が、伊織の顔を覗き込むようにかしげられた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


伊織があげた悲鳴を聞いて、鋼と海馬が振り返った。


「あれは?」

「デスマンティスか?!」


伊織の隣で死の鎌を振り上げていたのは、エバンスのボスで一躍有名になったモンスターだった。

思わず、救援に向かおうとした鋼は、横から何かに突き飛ばされてもんどり打った。そうして空いた空間を死の鎌が横切っていった。


「くっ、もう1匹いるのかよ!」


体当たりで鋼を突き飛ばしたのは沢渡だった。チームIのフロントガードが、そこで大きな縦を構えてシールドバッシュで、デスマンティスを押し返していた。

海馬がよろけたデスマンティスに、5.56mmをフルオートでたたき込む。それを嫌がったのか、まるで瞬間移動をするような速度で、後ろへと下がっていった。


「あそこへ飛び込め!」


沢渡が指差した先には、俺たちが闘っている間に組み上げられた簡易陣地の中にチームのメンバーたちがいた。

伊織は、どうやら転がって、自ら壁の割れ目へと逃げ込んだようだ。彼女の被っていたヘルメットが飛んで、そのライトがそのあたりをぼんやりと照らしていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


洞窟の入り口の上で報告に向かおうとしていた二人は、中央に登場した巨大なモンスターとの戦闘を眺めていた。

一度報告に向かってしまえば、数分間は経過する。状況を見極めてからと考えたのだ。


チームIの磁界砲が発射され、さしものの巨大なモンスターも膝を突いたのを見て、ほっとしたように力を抜いて、報告に向かおうとした男を、もう一人の男が呼び止めた。


「ちょっと待て。あれは……」


そこでは、倒したと思ったモンスターがグロテスクな姿に変態を始めていた。


「ダメージを喰らったら変態するって、どこのゲームのボスキャラだよ……」


その背中から、何かが飛び出したと思ったら、君津2尉の悲鳴が聞こえて、部屋は修羅場へと変貌を遂げていた。


「拙い! すぐに救援を要請して、階段のところの補給物資を持って戻ってくるぞ!」

「わかった!」


その場で作成した画像データ類を納めたメディアを胸のポケットに入れてボタンをかけると、二人は全力で階段へと走り始めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


そして、現在。


中央にいるデカブツの向こう側、伊織がいるはずの壁の裂け目の前に1体のデスマンティスが陣取っていた。

そこにはライトの付いたヘルメットが転がっていて、それがモンスターを浮かび上がらせていた。


「しかし、あの位置、君津2尉ならカマキリ野郎を吹き飛ばせるのでは?」

「気を失ってるかもしれないし、手元に弾がないのかも知れないだろう。無線も通じないんだ、メットも外に転がってるし、敵の攻撃を躱したとき荷物を失った可能性が高い」


希望的観測だ。それを聞いていた、士長はそう思ったが、口には出さなかった。

確かにバイタルは確認されているのだ。


「向こうが安定しているのなら、一旦引いて装備を調えてから戻ってきては?」


サポートに抜擢されていた、1人の1士がそう言った。


「ここで俺達が注意を引くのを止めてみろ、あのデカブツが向こうを向いて、ブレスでも吐けばそれで終わるぞ?」


壁の隙間が、デスマンティスの侵入を阻んでいたとしても、デカブツのファイヤーブレスは通過するだろう。そうしたら中の人間は、石窯で蒸し焼きだ。


「しかし、このままでは部隊全体が――」


このままあの割れ目まで部隊を移動させるのは無理だろう。


鋼は沖縄の時と同じ事を考えていた。

部隊を二つに分けて、片方の部隊で敵を引きつけ、もう片方の部隊で伊織を救出する方法だ。幸い部屋の横幅は充分にある。


しかし、あの時とは大きく違うのは、彼女もまた救う側の人間だと言うことだ。1民間人を助けるために部隊が全滅するのは許容されるかも知れないが、1隊員を助けるため部隊を全滅させるのは本末転倒だ。

ダンジョン攻略群にとって、伊織はその価値のある女だったが、まさかそれを口にするわけにはいかなかった。


「何かお困りかね?」


突然後ろから聞こえてきた場違いな台詞に、鋼は思わず振り返った。

自分たちの部隊にそんなことを言うヤツがいるとは信じられなかったのだ。


そこには白い仮面が浮かんでいた。


「誰だ?!」


救援部隊にしては到着が早過ぎる。考えられるのは、WDAの条約に基づく探索者の救援だが――

鋼はその男?を見て、知らない男だと断定した。少なくとも世界のトップ探索者にこんなやつはいない。


「何かお困りかね?」


男はもう一度同じ台詞を繰り返した。


「馬鹿野郎! ここは遊び場じゃないんだ! 危険だから下がってろ!!」


鋼がそう言った瞬間、男の前にデスマンティスが現れて、仮面の男を値踏みするように三角形の頭をかしげた。


「だから!」


そう言って鋼が簡易拠点から飛び出そうとした瞬間、デスマンティスは死の鎌を振り下ろした。

次の瞬間、真っ二つにされた男の死体を覚悟したが、それが振り切られた後も、男はそこに立っていた。


「何かお困りかね?」


三度同じ台詞を繰り返す男の前で、デスマンティスの鎌は地面へと落ちて、光へと変わった。


鋼は自分が見ているものが信じられなかった。

自分たちは拠点と盾を利用した、面の防衛でしか対応することができなかったデスマンティスの攻撃を、そいつは見切るどころか逆に攻撃したのだ。

左腕が無くなっていることに気がついたデスマンティスは、ギチギチと怒りの声を上げると、その男に近づいて噛みつこうとした――のだと思う。何しろ動きが見えないほど早いのだ。

男に覆い被さろうとしたデスマンティスは、そのまま男の向かって右側を抜けると、地面に倒れて光へと還元され、なにか鈍い銀色をしたものを残したかと思ったが、すぐにそれは消えていた。


なんだ、この男は? 一体、何をしたんだ??


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


(流石先輩。デスマンティスは雑魚ですね)

(み、三好~! やっちまった……)

(どうしたんです?)

(かっこつけるのに忙しくて、咄嗟に、陽子数57個をイメージできなかった……)

(まさか)

(なんとも見事に「鉄」でした……)

(ま、まあ、31層は雑魚もいませんし? 鉱山としてはハテナがつくフロアですから、ここは不幸中の幸いって事で)

(ううう……)


俺は、襲ってきたデスマンティスの首を報いの剣で切り飛ばして、瞬時に鉄の(たぶん)1kgインゴットを格納しながら、さっさと助けて欲しい内容を言えよと、焦っていた。

何処かに取り残されている隊員については、どうやら無事らしいことを彼らの会話を集音していた三好が教えてくれたが、何処にいるのかはわからなかったのだ。


(同じことを4回も言うのはなぁ。だけど他に何て言えばいいと思う?)

(はっはっは。我こそは大魔王。世界ランキング一位のザ・ファントムだ! とか、どうです?)

(あほか。しかし、同じ台詞を繰り返すのって、相手に反応がないと恥ずかしいんだよな)

(昔は壊れたレコードという言葉があったそうですよ)


「お、お前は一体……」


もう、いたたまれないから帰りたいデス。


「用がないなら帰るが」


(締まりませんね)

(うっせ)


「いや、ちょっと待ってくれ! あんたは、その……俺達を救援に来た探索者なのか?」


俺は鷹揚に頷いた。やはり基本は寡黙キャラだな。


「なら、頼む! 部屋の向こう側にいるデスマンティスの前の裂け目に、うちの隊員が1人いるんだ。それを助け出せるか?」

「救助対象は1人だけか?」

「そうだ。囮は俺たちが引き受ける!」


(だってよ)


キマイラと2体のデスマンティスは、相変わらず交互に自衛隊の部隊を削っていた。

ガードに徹した部隊は、なんとかそれを持ちこたえていたが、どうにも時間の問題のようにも思えた。


(ちょっと遠いので途中で念話の範囲から出ますね。適当に支援しますから気をつけて下さい)

(了解)


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


仮面の男は、鋼の話を聞いて軽く頷くと、無造作に向こう側に向かって歩き始めた。


「お、おい!!」


囮も策もなしで、いきなりそこへ向かって歩き始めた男を見て、鋼は思わず声をかけた。それではまるで自殺志願者だ。

案の定、途中でデカブツに気付かれたらしく、太いドラゴンの尾が目にもとまらない速度でその男を薙いだ。

鋼は思わず惨状を予測して顔をしかめたが、男は、なにごともなかったかのように、平気で歩き続けていた。それはまるで、男が尻尾をすり抜けたように見えた。


「は、鋼1曹……あれは?!」


いつもはおちゃらけている海馬3曹が、真剣な顔で聞いてきた。


「わからん。どうやら救援に来てくれた探索者のようだが……デスマンティスを一瞬で倒して、あのデカブツがいないみたいに歩いてやがる」

「デスマンティスって、エバンスのボスでしたよね? サイモンチームが苦戦した」

「そうだな」


俺達だって結構な被害を出している。そもそも素早すぎて、魔法を使ってもなかなか捕らえることができないのだ。

隊員達は、まるで信じられない物を見るような眼差しで男の背中を追っていた。


「まるで相手の攻撃が素通りしているようです。そこに実体がないかのような……」

「……ザ・ファントム?」


士長の男が思わず口にした言葉に、それが聞こえた男達は、全員が振り返った。


「まさか、あれが?」

「だとしたら、なんとも趣味的な」


その男は、入り口に陣取ったデスマンティスが、まるで見えないかのように、割れ目に近づくとその中へと体を滑り込ませた。


「ああやって、堂々と行けば見逃してくれるんですかね?」


調子が戻ってきた海馬3曹が、目を丸くしながらそう言った。


「デスマンティスも、何が起こったのか分からなかったんじゃないのか?」

「いや、俺達にも分かりませんよ。彼奴(あいつ)が実はこのダンジョンのマスターか何かで、モンスターを操っているといわれても納得しそうです」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


あれからどのくらいの時間が経っただろう。


割れ目の中に光源はなく、外に落ちたヘルメットに付いたライトが、割れ目から弱々しい光を投げかけているだけだった。

なにもかもがぼんやりしているけれど、まだ戦闘の音は聞こえているから、生きてはいるようだ。


腕の傷を押さえて逃げようとしたとき、振り下ろされた鎌を躱したはいいが、ヘルメットとショルダーベルトを着られて装備がばらまかれた。

それでもかろうじて割れ目に体を押し込むと、腰のベルトからポーションを取り出して、腕の傷を止血した。


一息ついたところで、割れ目に鎌を突っ込んで振り回され、足に引っかけられて入り口まで引きずられ、どうやら右足首に噛みつかれたようだった。

私は必死で、コック&ロックされているUSPを左手で抜くと、.40S&W弾14発を全弾、足に噛みついている大きな目玉をめがけて撃ち込んだ。


足が自由になったところで、割れ目の一番奥まで移動して縮こまり、最後のポーションを服用して、足の応急処置を済ませた。

その後の記憶はとぎれとぎれだ。


割れ目の奧で救援を待っていた伊織は、何かが侵入してきたことに気がついて、なんとか体を起こそうとしたが、うまくいかなかった。

右手は肘の先から無くなっているし、右足が自由になったのは、足首から先が無くなったからのようだった。

とりあえず使った2本のポーションで、止血もできたし、痛みも――少ししかない。だが、すでにUSPの弾も使い果たしている。


伊織は侵入者がモンスターだった時に備えて、MK3の割ピンをいつでも押しつぶせるよう、それに左手の指をかけた。


「大丈夫か?」


そう言って現れたシルエットの、あまりのそぐわなさに、彼女は一瞬、それがダンジョンの見せる幻だとさえ思った。

それはまるで、サントリーホールで見た、ホールオペラの登場人物のようだった。


その男は、無遠慮に私の体を見回すと、腕と足は何処かにあるかと、身も蓋もないことを聞いた。


「足は多分表のモンスターのお腹の中。腕は何処かにあるかも知れないけれど、わからないわね」


あまりのストレートな物言いに、ついそんな答え方をしてしまった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


割れ目に入ると、1人の女性が横たわっているのが見えた。


って、君津2尉じゃん!

そういや、チームIなのに、向こうにいなかったような気がするな。要救助者って彼女だったのかよ。

い、いや、ちょっとしか話してないし、ばれたりしないよな?


俺は彼女の無事を確認すると、その手足がないことに気がついた。

彼女が取り残されるくらいだ。なにか大きなトラブルがあったんだとは思うが……何度見ても慣れそうにないな、こういうの。


俺は胃袋をはい上がるってくるムカムカを無理矢理押さえつけると、クールにその行方を尋ねた。

切断されただけで、どこかに落ちてれば、ランクの低いポーションでも治る可能性があるからだ。


「足は多分表のモンスターのお腹の中。腕は何処かにあるかも知れないけれど、わからないわね」


なんというクールな返事。意識だって、クリアじゃないだろうに凄いな。

しかしそうなると欠損か……必要なのは、ランク7のポーションだっけ。

キュアポーションならあるんだけどなぁ、ランク7。


「ランク7のポーションの備蓄はあるか?」


その問いに、彼女は力なく首を横に振った。

なら仕方がない。アーシャよろしく超回復先生に仕事をしてもらうしかないか。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「ランク7のポーションの備蓄はあるか?」


男がそう聞いたのは、欠損の復元が出来るかどうかを確認したのだろう。

残念ながら、ダンジョン攻略群に、ヒールポーションのランク7は存在しない。私の知る限り5が最高品質だ。


そうか、私はこのままなんだ。

そう思うと少し悲しくて、力なく首を横に振るしかなかった。


男が一歩こちらへ近づいてきたとき、表のデスマンティスが鋭く鳴いた。

男の立っている位置へは、鎌が届くはずだ。


「危ない!!」


声を振り絞って注意を促したが、それはほとんど鎌が振り下ろされるのと同時だった。

割れ目の中で、大きな影が、覆い被さるように蠢いた。


男は、まるでそれを知っていたかのように、体を少し横にするだけで攻撃を躱すと、地面を叩いた鎌を何事もなく上から踏みつけた。そうして、マントの中から微かな光が閃いたかと思うと、デスマンティスの腕は主の体から切り離されていた。


「え?」


男が踏みつけていた鎌が、光の粒になって消えていく。

彼がデスマンティスの腕を切り落としたのはわかる。だがどうやったのかは、まるでわからなかった。


「ここまで届くのか」


男はそう呟くと、割れ目の奧まで入ってきて、ヒョイと私を抱き上げた。

お姫様だっこという奴だ。こんな時だというのに、顔に血が上るのがわかる気がした。


「え? あ……」


近づいた彼の優しげな輪郭には、どこか見覚えがあるような気がした。

そのまま、男は最奥まで歩を進めると、私の胸の上にどこからともなく虹色に光るオーブを取り出した。


「ええ?」


男は、それを使えとばかりに、私の目を見て軽く頷いた。

おそるおそる左手でオーブに触れると、それは――


「超……回復?」


それは、以前、例の非常識なオークションで販売されたことのあるオーブだった。

使用結果が、虚実様々な噂となって世界を駆けめぐっていた、あれだ。噂だけは聞いたことがある。

だけど50億円くらいしたはず……


「いいか。元の自分の腕と足を強くイメージして使え。そうしたら――」

「そうしたら?」


私はついその先を促した。


「きっと美しい体に戻れる」


私はそれを聞いて顔から火が噴き出すような気がした。なに、このキザ男。

他に、もっと言いようがあるだろう。元の体に戻れる、とか。


私はそれを誤魔化すように、オーブに触れて集中すると、それを使用した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


使われたオーブは、光となって彼女に降り注ぎ、彼女にアーシャの時と同じ反応を引き起こしていた。

腕や足が作られる過程で、彼女は大きく喘いで、男女の営みを感じさせる声を上げた。


俺は自分の腕の中で、そういった声を上げる女を見ながら、顔に血が上るのを感じていた。

やっばいよな、これ。自衛隊の方まで聞こえてなきゃいいんだけど……


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「鋼1曹、この声……」


部屋の向こうを監視していた士長が双眼鏡を下ろして言った。

壁の隙間に陣取っていたデスマンディスが不意によろけて、左腕をなくしたかと思うと、すぐにこの声だ。一体何が起こっているのか?

伊織のバイタルは、心拍数が一気に200に迫る値に跳ね上がったことを示していた。


「……あいつら、まさか、あそこでやってんのか?!」


海馬がデスマンティスの攻撃を大きい盾でそらした後、呆れたように言った。


「いや、流石にそれは……」


鋼は顔を引きつらせながらそう答えたが、声はしばらく続いた後、やがて静かになった。


「仮面のヤツ。ソーローだな」


海馬がにやりと笑いながらそう呟いたが、他の隊員はそれを聞いて、等しく顔を引きつらせただけだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


自分の体を強く意識したままオーブを使うと、そこから先はよく分からなかった。

突然凄い熱さと……あれは多分快感だろう……が襲ってきたのだ。

あふれ出る声と涙を意識しながら、トイレを使っておいて良かったと失禁の心配をしていたのだから馬鹿みたいだ。


混沌と快楽の時間が終わると、体はぐったりとしていたが、右手は――


「ちゃんと、ある」


自分の目の前で、右手を握ったり開いたりしていると、その実感がわいてきた。


仮面の男は、それに頷くと、私を下ろして立たせてくれた。すこしふらついたが、右足の先もきちんと存在しているようだった。

男はどこからともなく、右足用の靴を取り出すと、それを履かせて結んでくれた。

自分の前に跪くマントの男を見ながら、姫にかしずく騎士のようだと少しだけ思ったことは秘密だ。


靴は少し大きかったが、自然洞窟然とした場所だけに、裸足よりはずっとましだった。


「あのデカブツを倒したいか?」


男は立ち上がって私を見るとそう言った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「あのデカブツを倒したいか?」


俺は彼女に聞いてみた。

確か彼女は、磁界を操る能力者だ。その強烈な一撃はまさにレールガンのようなものだと聞いている。

俺たちがちまちま削るより、一発カマしてもらった方がずっとはやそうだ。


「それは、もちろん。でもどうやって……」


おれは彼女に8cmの鉄球を数個渡した。


「足りるか?」

「これ……」

「足りるか?」


俺がもう一度聞くと、彼女は力強く頷いた。


「じゃあ、準備をしてろ。そしてしばらくして俺が合図をしたら撃て」

「どうして? すぐに倒した方が?」


なんと言おうか迷ったが、面倒になったので、ストレートに答えておいた。


「俺にも都合があるんだ。いいか、発射は俺の合図を待て」

「合図って?」

「光の柱が上がったら、撃て」

「それって一体……」


それに答えず割れ目から出た俺は、そこにいたデスマンティスを、一刀のもとに切り倒した。


(先輩! 大丈夫ですか?!)


どうやら、念話の範囲に入ったようだ。


(問題ない。それで、三好、こいつら、何匹くらい召喚されると思う?)


デスマンティスは、いつの間にかまた4匹になっていた。そうしてどうやら、俺にヘイトが移ったのか、こちらへ襲いかかってきていた。

最初に襲ってきた奴の頭を切り落とす。それでも即死はしなかった。しばらくでたらめに鎌を振り回した後、倒れて光へと還元される。


(え? 先輩、まさか下二桁……)

(今のところ82、あ、いまので3か)

(……先輩、なめぷは拙いですよ。そのうち痛い目にあいますよ?)


念話でもため息っぽいニュアンスって、ちゃんと伝わってくるのか。こりゃ新発見だ。

エンカイの時は、とてもそんな余裕がなかったが、今回はそうでもない。キマイラは伊織さんに任せればいいし、あのときに比べれば気楽なもんだ。


(さっきから見てると、デスマンティスは、召喚っていうか、キマイラの背中にくっついてる卵鞘(らんしょう)みたいなのから常時4匹が外に出てくるようです)


三好は呆れながらも、必要な情報を話し始めた。


(卵鞘? あのちっこいカマキリがワラワラ出てくる、あれ?)

(そうです)

(最初っから成虫の大きさで?)


今度は上下に分かれ、一度に2匹が襲ってきた。

下の個体の懐にはいって、両方の鎌を切り落とし、胴体を二つにして上を見上げると、上から来たやつは後頭部に何発か鉄球を喰らってバランスを崩していた。

その隙を逃さず頭を落とす。


(サンキュー。で、実はこいつら、幼生だったりするの? このサイズで?)

(そこはわかりません。とにかく、普通のカマキリの卵鞘と同じなら、200匹くらいは出てくると思います)

(そんだけ出てくるなら充分だ)


(後、先輩)

(なんだ?)

(影に潜れるのがアルスルズ達だけとは限りませんよ)

(闇の国の住人がどうとか言ってたあれか)

(そうです。はっきりしませんけど)

(悪魔学はホント行き当たりばったりで難儀だな)

(人が悪魔のことを完全に知ることは出来ないってことじゃないですか)

(まあ、気をつけるよ)

(絶対ですよ。先輩、神ならぬ、紙なんですからね)


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


その時、後ろにいたアイスレムが、鼻でつついて注意を促してきた。

どうしたの? と振り返ったところで、声がかけられた。


『アズサ?』

「へ?」


後ろの通路から、数人の人影が現れた。先頭に居たのはサイモンだ。


『そのでっかい犬は、やっぱりアズサか! チームIは?』


どうやら18層にいたトップチームが一緒にここまでやってきたようだった。


『えーっと、すぐそこですけど』

『なんだって? 状況は?』


その時、洞窟の出口から表を見たメイソンが、ワニが二本足で走り出したのを見たような顔で言った。


『おい、あれ、本当にデスマンティスなのかよ?!』


その厄介さを誰よりもよく知っているメイソンには、その光景が信じられなかった。


『カマキリの着ぐるみを着たゴブリンなんじゃない?』


ナタリーも同様に信じられないものを見たような顔で唖然としながらそう答えた。


そこには確かに、エバンスの最下層で出会ったデスマンティス達がいた。

そのすばやさも当時と同じか、もしかしたらもっと速いかも知れない速度で飛び回り、敵に向かって神速の鎌を振り下ろしていた。だが――


『あいつは一体何だ?』


ジョシュアが怒ったようにそう言った。


――そこで襲われている男には、まったく掠りもしなかった。それどころか交差する度に、デスマンティスは片っ端から光に還元されていたのだ。


『こりゃあ、凄い』


横からクマのような体の男が割り込んでくる。隣にいる小柄な女性が、エラなのだろう。


『ランスさん?』

『やあ、アズサ。あれは誰だ? 知り合いか?』

『いえ、そういうわけでは』


その活躍を、苦虫をかみつぶしたような顔で見ているGBチームの一員と、獲物を前に恍惚とした表情を浮かべているドミトリーが印象的だった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


(よし、あと3体だ)

(先輩、派手に決めましょう。みんな見てますから)


みんな見てるって何だ? と一瞬思ったが、ここを逃すと面倒だ。

すぐに頭を切り換えた俺は、向かってきた2体のデスマンティスを置き去りにして、キマイラの頭の上に駆け上がると、置き去りにした2体が振り返るのと同時に極炎魔法を発動した。

それは白く輝く高熱の、光と見まごう炎の柱――


「インフェルナル・ピラー!」


オーケストラの指揮をとるように、両手を挙げて言った俺の言葉と同時に、2体デスマンティスは、立ち上がった2本の巨大な白い炎の柱に巻き込まれた。そうして部屋はその光で明るく輝き、光の柱の間には、君津2尉が立っていた。


「今だ!」


俺の声が聞こえたのかどうかはわからなかったが、君津2尉はその瞬間、溜めに溜めていた力を解放した。

いくつかの8cmの鉄球は、爆発的なソニックブームを発生させて、キマイラの体をずたずたに貫いた。

満足げな顔で、君津2尉が倒れていく。全力ったって限度があるだろう、まったく。


そうしてその瞬間、それでも最後にブレスを吐こうとしていたキマイラの体を、俺は縦に切り裂いていた。


巨大な体が地面に崩れ落ち、膨大なDファクターが黒い光となって、実体があるかのような闇を巻き込み空中に溶けていく。そうして、辺りの風景が目に見えるようになっていった。

天井かと思われた場所には、満天の星空が顔を覗かせ、その星明かりだけで、まるで夜明けが訪れたかのように感じられた。


俺は素早くドロップしたアイテムを回収すると、開いたオーブの一覧を一旦無視して、倒れた彼女の元へと駆け寄った。

そうして、朦朧としている伊織に、とあるアイテムを握らせた。


「これは君のものだ」


彼女はそれを抵抗なく受け取ると胸の前に引き寄せて、祈るようなポーズで気を失った。たぶんMPの使いすぎってやつだ。いくつかの足音が、チームIの連中がほんの10m先くらいまで駆け寄ってきていることを教えてくれた。


俺は素早く立ち上がると、思っていたよりもずっと明るい星明かりの中、落ちているヘルメットのライトをスポット代わりに、中折れ帽に手を当てて、彼らに向かって「Au revoir tout le monde」と言いながらマントを翻した。


*1) 沖縄の時

初めて伊織と鋼が出会うのはダンジョンができた年の夏、場所は沖縄です。そこでは日本初のダンジョン攻略が行われました。詳細については、いずれどこかで。


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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
共闘のときはカウンタ進むんだっけ
[気になる点] 伊織がビールポーション5で治らないのって1で応急処置して傷口塞がったからなんだろうか あと三好は車内待機だと思ってたからサイモン来た時生身っぽくて、えっ?ってなった
[一言] 下半身は馬野からだと融合して、 →下半身は馬の体と融合して、
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