§117 危機 1/27 (sun)
「うわーっ!」
三代さんは、ライラプスと一緒に低い丘を駆け上がると、そのてっぺんから丘の向こう側の景色を見て、感嘆の声を上げた。
なだらかな丘を下ったところには、鏡のような水面の湖が広がっていて、湖面には周囲の風景が綺麗に映り込んでいた。
21層の階段ルートから、1Kmほど湿地を回り込むように移動した、まだ誰にも知られていないはずの場所では、いくつかの小さな丘の先で、オレンジの木が小径を彩っていた。
それほど高くない木からは木漏れ日が降り注ぎ、その陽射しの結晶のような実がたわわにぶら下がっていた。
「ダンジョンの中で、食べられそうな実がなっている植物って、初めてのケースじゃないか?」
「先輩、これ、無限作物収穫のモデルケースじゃありませんか?」
三好がその実をひとつもぎながらそう言った。とは言え、流石にもいだ瞬間、同じ場所にリポップしたりはしなかった。
三好は最初にもいだ場所にリボンをくくりつけると、マジックでそれに何かを書き込んだ。多分今の日時だろう。
小麦さんは、ウストゥーラが周辺をクリーンにしている過程でドロップする原石を、宝物のように拾い集めながら、満面の笑顔でそれを眺めていた。
三好が持ってきた実は、何というか、オレンジというより――
「せとか?」
「っぽいですよね」
そういって三好が剥いた実を半分もらった。
食べて大丈夫なのだろうかとも思ったが、三好の鑑定によると名称はオレンジで食用だそうだった。鑑定最強だな。
口に入れると、酸が少なく糖度が高い味わいが、爆発的な香りと共に広がっていった。
「まんま、せとかだな」
ファンタジー世界でせとか? 今更だけど、なにかこう違和感が……。
せとかは、清見タンゴールとアンコールを掛け合わせた品種に、マーコットを掛け合わせて作られた比較的新しい品種だ。
市場に出てきた時は1個100円くらいだったが、翌年から値段がぐんぐん上がり、今では300円くらいなら普通になっていて、高価なものは500円を軽く超える。
それでも売れてしまうくらいには美味しいのだが……ただ、大トロに例えるというのは、ちょっとどうかと思う。
「良い香りですよね」
「アンコールに使われている、キングマンダリン由来の香りって言われるけど、俺、キングマンダリン食べたことがないんだよ」
「売ってるの見たことないですもんね。カラマンダリンと違うんですかね?」
「さあなあ……だけど、これ、取り放題だな」
俺は小径の周りを見回して言った。
三代さんが駆け上がった丘の中腹から、後ろの丘の中腹まで、適当に広がっているオレンジの林が二つの丘を結ぶ小径を作り出していた。
「リポップ時間にもよりますけど、先にアルスルズ達にモンスターを排除してもらえば、年中せとか三昧ですよ」
「試しにいくつか収穫して収納しておこうぜ。DNAも調べてみたいし」
三好は頭の上で両手で丸を作ると、収納から、ごつい料理用鋏とリュックを取り出して、せっせと低い場所から収穫をはじめた。
「だけどさ、それをバレンシアオレンジが大好きな人間に食べさせて、そいつがバレンシアオレンジだって言ったら怖いよな」
「どういう意味です?」
「ほら、それって、Dファクターがたっぷりのはずだろ? しかも名称はオレンジ」
「ですね」
「ダンジョンが俺達にDファクターを摂取させるために、食べたやつが美味しいと感じる記憶に作用してその味になってる、なんて事になってたら怖くないか?」
直接記憶に作用する何か。うん怖いな。
最後には、すべての感覚がDファクターに支配されている、なんて話になったらマトリックスも真っ青だ。
「先輩……私たちダンジョン産の小麦を育てようとしてるんですから、その手の怖い冗談は止めて下さいよ」
三好は、オレンジを収穫する手を止めてこちらを振り返り、一睨みすると、再び収穫に戻った。
「それに、もしもそうだとしたら、収穫時点で収穫者が美味しいと感じている味に収束しているってほうが、ダンジョンっぽくないですか? むしろ発見時かもしれませんけど」
「鉱石と同じように?」
「大切なのがイメージなんだとしたら、もしかしたら環境のディテールそのものさえ、最初にその風景を見た人が収束させているのかもしれませんよ?」
「つまり丘の向こうにある湖が美しいのは、三代さんがそれをイメージしたから、的な話?」
「そうです。ほら、代々木の環境って、ものすごく多様性があるじゃないですか」
「そうだな」
「それって、探索にかかわった人間が、ものすごく多かったから、なんてのはどうですかね?」
それは仮説と言うよりも、ただの思いつきだ。だが――
「バティアンとか見てると、ありそうな話だよな、だが、そうだとしたら、10層をイメージしたやつは何を考えていたんだろうな」
永遠かと思われるほどに続く洋風の墓地を彷徨うアンデッド。
「ペットセマタリー(*1)でも読んだ後だったんじゃないですか?」
「何かを埋めたらよみがえってくるのかよ」
「ダンジョンの地面だけに、固くて掘れないんですよ」
「……10層ってマップ完成してたよな?」
「たしか。どうしてです?」
「いや、このまま10層の未知の領域へ行ったら、なんだか本当にミクマク族の秘密の墓地を発見してしまいそうな気がしたんだ。完全に知られているなら安心だ」
「初期に探索した誰かが、今の私たちと同じ事を考えていないといいですね」
「やめろよ」
ただでさえリアルとフィクションの境界があいまいになってきている今、それは、ちょっと嫌な汗がでそうな話題だった。
10層でゾンビドッグやゾンビキャットが見つかったら要注意だ。
俺達は丘の頂上まで登って、三代さんに追いついた。
そこは20m四方くらいの平坦な場所だった。キャンプにはぴったりだろう。
丘の上から見下ろす湖面は、まさに絵画のごとく周囲の風景を映しながら、静かに水を湛えていた。
「モンスターさえいなければ、ちょっと泳ぎたくなるようなシチュエーションですよね」
「そうだな。実際にやったら、ウォーターリーパーに集られると思うけど」
「見た目は良い感じの湖なんですけど。パイクやマスのたぐいが沢山いそうな――」
そう三代さんが言ったとき、湖面で何かが跳ねて波紋を作った。
「ほら、なにかライズしてますよ?」
ライズは、魚が、主に水面近くにいる餌を捕食するために行う行為で、水面から飛び出すことを言う。
そろそろ夕方が近い。普通の湖なら、羽虫の類を捕食するためにライズが起こったとしても、まったく不思議はなかっただろう。
今のところ代々木ダンジョン内に明確な生態系は存在していない。魔物ではない虫もいないし、食物連鎖も存在しないと考えられている。
実際アルスルズの連中は、嗜好品としてしかものを食べない。
だが、それらは単に、環境を収束させたやつが、そこにいる生き物について考えていなかったからだとしたら?
もしかしたら世界中のダンジョンの中には、コオロギが鳴いていたり、魚が棲息する湖があるダンジョンがあるのかもしれなかった。俺達が知らないだけで。
ナントカダンジョンでコオロギが鳴いてました、なんて情報は、ダンジョン情報としては上がってこないのだ。
「今度忘れずにランスやサイモンあたりに聞いてみないとな」
「なにをです?」
三代さんが不思議そうにそう言った。
俺はそれに直接答えず、曖昧に笑って彼女に聞いてみた。
「三代さん、初めて丘の向こうの風景を見たとき、何を考えてました?」
「え? ええっと、ちょっとスコットランドやロシアの丘や湖みたいだなと。昔、夢中で読んでた、ビアンキ動物記の水の新聞のことを考えてましたけど……」
「三好、どう思う?」
普通は周りを注意しながら、突然現れるかも知れないモンスターや、危険ななにかについて考えながら探索を行っているはずだ。
風光明媚な風景や、そこに住んでいるはずの生物に思いをはせるのは、ある程度安全が確保されていると分かっている時に限るだろう。
つまり未知の領域を歩いている探索者に、そんな余裕は、普通ないのだ。
「さっきの思いつきの通りだとしたら、その湖、魚がいるはずですよね。しかも北欧周辺の」
動物文学で知られるヴィタリー=ビアンキは、イタリア風の姓だがロシア人だ。
彼が生まれたサンクトペテルブルクは、フィンランドにほど近い位置にあるのだ。
「ま、その確認も次回だな。釣り竿でももってこよう」
魚だって資源だ。もしも海の層なんてものがあるとしたら、最初の探索者のイメージ次第じゃ、丘の中腹にあるせとかの森のように、取り放題の漁業が出来るかも知れないのだ。
もっとも、せとかは収穫できたが、魚も収獲できるとは限らない。もしかしたら、死ぬと同時にモンスターと同様、光になって消えてしまうかも知れないからだ。
「ダンジョン漁業ってのは、なかなか斬新ですよね」
「まったくだ、普通は考えないよな」
「2層あたりに養殖池を作って、受精させてやればダンジョンマスとか出来ちゃうかも知れませんよ?」
なんだか丸虫の肉の味がしそうなマスだな。
しかし、仮にそれが可能だったとしても、そいつらが、お互いのひれをつつき合ったりしたら、そこから成長しなくなるんだろうか?
もしも生み出せたとしても、成長させるのは植物以上に難易度が高そうだ。
もっともあまり成功して欲しくはない気もしていた。
なぜなら、それが成功してしまうと、この先出来るであろうセーフ層における人間の営みに不安が生まれるからだ。
そこで妊娠した女性の子供はどうなるんだろう?
「Dファクターによる進化の特許取得が終わったら、セーフ層が見つかる前に、論文かなにかでちょっと警鐘をならしたほうがいいかもなぁ……」
「先輩が何を考えているかは分かりますけど……たぶん最終的には宇宙ステーションと同じような扱いになるんじゃないかと思いますよ」
「宇宙空間での妊娠もいろいろいわれてるもんな。ダンジョンはリポップと非成長の問題があるから余計に複雑だけど。ま、それは先の話だ。まずは横浜あたりに水槽を置いてテストしてみようぜ」
「ですね」
そう言って、そろそろ野営の準備をしようとしたとき、三好の影から突然グレイシックが飛び出してきた。
「わっと! どうしたの、急に?」
三好は、グレイシックの首にかかっているメモリカードに気がつくと、すぐにそれを回収した。
「メモリカード?」
「事務所で何かあったんですかね?」
カードをタブレットに挿入して、中のファイルを確認すると、そこにはいくつかのpdfと、動画ファイルが含まれていた。
早速動画を再生すると、真剣な顔をした鳴瀬さんが、緊張感のこもった声でしゃべり始めた。
『三好さん、芳村さん。これは私の独断でお送りする情報です』
「……一体どういう事だ?」
「さあ。ともかく先を見てみましょう」
動画では鳴瀬さんが、10分ほど前に31層で起こった事件について語っていた。
「31層で、チームIがエリアボスらしいモンスターに襲われた?」
チームIは、分断されたのか瓦解したのか、混乱していてはっきりしないが、とにかく拙い事態に陥っているらしかった。
そして、同盟に基づいてサイモン達にも救援が要請されたらしい。本人達は18層へ向かっていて不在だったそうだが、途中のどこかの階段部分で、その要請を受け取っているはずだということだ。
「同盟ってなんだ? そんなことまで規定があるのか?」
「各国のダンジョン行政に関わる同盟でしょう。トップチームの人員の損失は、どの国でも大問題でしょうから」
スキル持ちが死んだりしたら、何もかもがそれっきりだ。すぐに次を育成ってわけにはいかないのだ。
各国が協力して保険をかけていてもおかしくはなかった。
「その点マイニングのおかけで、世界のトップチームが代々木に集まっているのはラッキーだったのかもしれませんね」
「んじゃ、救出はそいつらに任せとけばいいよな。きっと、大丈……」
そう言って、資料をめくっていた俺の手が止まった。
「エバンスのボスが、ボスの取り巻き?」
資料によるとボスは、馬に乗った異形の騎士のようなモンスターだったらしい。
それにある程度ダメージを与えたとき、いろいろな動物が混じりあった、ドラゴンのような本物の異形へと変貌を遂げたということだ。
そうして、その取り巻きに4体のデスマンティスが召喚されたとあった。
1匹でもサイモンチームが崩壊しかかったデスマンティスが4体。しかもそれが単なる取り巻きなのだ。
相手の力を客観的に見れば、サイモン達でも難しいと言わざるを得ない。
「こいつは、ヤバそうだな」
さっきはラッキーだと思ったが、この意味不明な難易度のモンスターのおかげで、実は非常にアンラッキーな状況かもしれなかった。
なにしろ、サイモンチームが4つあっても、取り巻きに対応するのが精一杯の可能性がある。
下手をすると、世界のトップチームがまとめて犠牲になりかねず、それが日本の要請によって行われたのだとしたら、国際的にも批判を免れないだろう。
「だけど、なんでそんな情報が俺達の所へ?」
「先輩。鳴瀬さんにはいい加減ばれてると思いますよ」
三好が今更何を言ってるんですかって顔でそう言った。……まあ、心当たりがないとは言わない。
それでも知らない振りをしてくれていたのだとしたら、今回はそれができないくらいの緊急事態だってことなんだろう。
確かに、チームIを失うことは、日本のダンジョン攻略にとって大きな損失だ。
俺達がてれてれしていても攻略が勝手に進んでいくのは、自衛隊のダンジョン攻略群の力が大きいことは間違いない。
「それだけが理由じゃないと思いますよ」
「わかってる」
それに彼女は独断だと言った。つまりこの連絡のことは、彼女と我々以外、誰も知らないわけだ。
俺はちらりと、マイトレーヤの二人の方を見た。
彼女たちは、丘の上に座って、湖の方を眺めながら二人で何かを話しているようだった。
「しかし、俺たちはマイトレーヤの二人に責任があるだろう。今更おいていくわけにも連れていくわけにも……くそっ」
チームIを助けた結果、彼女たち二人が死んでしまいましたじゃ、話にもならないのだ。
三好は、髪を掻き上げながら、俺の顔を横から覗き込んだ。
「先輩。DPハウスの使いどころでは?」
「……次回来たときに、いつの間にか建ってたって事にしたかったんだがなぁ」
結局収納庫のことは、ばらさざるを得ないのか。そう思った俺に、三好は笑って言った。
「大丈夫です。こんなこともあろうかと、次善の策を用意しておきました!」
「真田さんか、お前は」
「今時なんですから、せめて、國中教授(*3)って言ってくださいよ」
そうして三好が取り出したのは、直径3cm、長さが7cm程のカプセル状の物体の尖端にボタンのようなものがついたアイテムだった。
「なんだこれ? バイ――」
そこまで言った時、三好が目を閉じて俺の横腹に肘を打ち込んだ。
「――ブホォ!」
「先輩は、デリカシーというものを、以下略ですよ」
いかに高ステータスと言っても、力を抜いているときの一撃はなかなかに堪えるのだ。
体をくの字に曲げた俺は、ヒーヒー言いながら「さーせん」と言うのが精一杯だった。
「これは……そうですね、言うなれば、ホイポイカプセルですかね」
「はぁ?」
ホイポイカプセル。
それはドラゴンボールに登場する、カプセルコーポレーションが作りあげた、何かを持ち歩くためのカプセルだ。
よーするに、ひとつだけものを入れておけるマジックボックス風のアイテムだと思えば、大体あっている。
「実は我々は、ダンジョンのとある場所から、この魔法のカプセルをゲットしたんですよ」
「はあ」
「そうして、DPハウスはこのカプセルの中に封じられているのです!」
「……で、それを誰が信じるんだ?」
「誰でも信じますよ。目の前で取り出してみせれば」
収納系スキルの場合、外から見たときその実態がわからない。
だから、所有者は犯罪を疑われたり迫害されたりするのであって、収納を可能にしているものがアイテムで、しかも1種類のみの機能限定品なら、単にうらやまれるだけで済むだろうという発想だ。
「収納系のスキルに比べれば、この方が多少はマシでしょう? 隠しきれなくなったときは、これで誤魔化そうと思って、前から作ってたんですよ」
「それ、公になったら世界中から調べさせろと言われるぞ。そしたらどうするんだよ」
「拒否ですよ、拒否。一応私財なんですから。壊れたらどうするんだって拒否します。どうしても無理だったら、仕方なく渡して、動かないと言われるでしょうから、壊したなと強気で賠償を――請求するのはやり過ぎですね」
「まあな。だが、調べられたらただのカプセルだってすぐにバレるだろ」
「先輩。これはオーブケース以上に怪しげな魔法陣がですね」
「わかった、皆まで言うな」
「Dカードだって、ちょっと調べてみただけじゃ、ただのありふれた素材でできたカードだったんですよ? 未だにその原理は不明です」
「そうだな」
「だから、謎カプセルだって大丈夫……だといいんですけどねぇ」
いや、ちゃんと最後まで強気で言い切れよ。
「まあ、ここは日本だ。大抵は最初の拒否で済む話だろ。文句を言われたり叩かれたりするかも知れないが、欲しかったら自分で発見しろで問題ない。それに、人類のためになんて、おおっぴらに言い出すやつは大抵自分の事しか考えてないからスルーで構わないだろ」
「言いたいことはわかりますし、先輩らしいと思いますけど、それおおっぴらに言っちゃだめですからね」
「いや、一応俺も大人だし、それくらいは分かってるよ」
三好は疑わしそうな視線を向けた。信用無いな。
「いままでにやってきたことを、胸に手を当てて思い出してくださいよ」
「し、しかし、スキルならともかく、魔道具となると泥棒は増えそうだよなぁ」
露骨に話題を変えた俺に向かって、はぁとため息をつきながら、三好が言った。
「いいんですよ、盗まれたって。どうせ全部オモチャなんですから」
「盗んだ方は、偽物を掴まされたと勝手に思うしかないのか」
「そういうことです」
そうと決まれば、さっそく彼女たちをDPハウスに押し込もう。時間が経てば経つほど、チームIの生存確率が落ちていく。
俺はマイトレーヤの二人を呼んで、トラブルが起こったことを説明した。
「何か問題が起こったことは分かりましたけど、私は何をすれば?」
「二人は、ここで待機していて欲しい」
「え? 二人で? 21層で野営ですか?」
突然の話に、三代さんは慌てたようだった。
いくらウストゥーラがいても、不安は不安だろう。
「そこは考えてある」
俺は一拍おいて、二人に向かっていった。
「じゃあ、目を瞑って」
「は?」
「先輩。その言い方だと、まるでキスするみたいに聞こえちゃいますよ」
「ええ?! いや、違うから!」
「高校生なら可愛げもあるリアクションですが、これがもうすぐ30のオッサンですからね?」
「やかましい!」
マイトレーヤの二人は、くすくす笑いながら、目を閉じた。いや、なんで君たち少し上向くのさ。
俺はそこから目をそらして、三好に向かって頷いた。
すると、ズンという重い音と共に、それはその場に現れた。
直径が10m近くある、円筒形の建物で、屋根部分は半球状になっている。言ってみれば巨大なR2-D2(*2)のボディが直立しているようなデザインだ。
各所から塩化ベンゼトニウムを噴出するスライムガードの都合上、こういったデザインになったのだ。
「はい、もういいですよ」
「え? ……えええ!!!!」
目を開けた三代さんは、目の前にいきなり登場した大きな建物に驚愕した。
「あ、あの……ど、どうやって、こんなものを?」
三好は、彼女たちの目の前でカプセルを取り出すと、「これです!」と言った。
「え、そ、それは?」
「カプセルコーポレーション製、最新のホイポイカプセルテクノロジーを利用した家――あたっ」
俺はペシンと三好の頭をはたいて、調子に乗りすぎている三好を止めた。
「あー、隠していたが、実はこれはひとつのものを収納するためのマジックアイテムなんだ」
「ええ?! なんですそれ?!」
「ほれ、三好、やって見せて」
「仕方ありませんね」
そう言って三好は、いかにもカプセルを使っていますというポーズで、家を収納した。
目の前から消えた家を見て、三代さんは呆然としていた。
「……うそ」
「そんなものがあるなんて、ダンジョンって凄いですねぇ」と小麦さんは暢気なものだ。
そして、今度は、ボタンをカチリとおして、ぽいっとそのカプセルを投げると、元の位置にDPハウスが出現した。
ボンとか言う音と、煙が欲しいな。
「というわけだ」
俺はカプセルを拾いながらそういうと、それを三好に渡した。
「なんですか、なんなんですか、それ?! いったい何処で――」
「それは秘密だ。あと、一応内緒で頼む。政府に巻き上げられたりしたら困るから」
「はぁ……わかりました」
そこで三好が俺に耳打ちした
「先輩。冷蔵庫の中身がないんですよ。収納って時間が止まりませんから。先に入って詰めといてもらえませんか?」
「了解」
三好が、鍵や扉について説明している間に、ロックをはずして先に室内へ入った俺は、電源を入れると、冷蔵庫の中にたっぷりと食料と詰め込んだ。
保存食と水の類はストッカーに入ってるし、生活用水も……あ、水魔法所有者がいないのか。
「もうここまでやったら、何を追加しても同じだよな」
俺はオーブケースを取り出して、水魔法を入れた。クリエイトウォーターならすぐに使えるようになるだろう。
二人のうちどちらが使うのかは、彼女たちが決めるだろう。
外に出ると、三好がマニュアルの入ったタブレットを渡していた。外部モニタや銃眼の使い方を始めとする、各種設備の使い方が書かれたものだ。
DPハウスは、中央に居間のような空間があり、その周囲にリング状に、シャワーやトイレや台所が並んでいる。外壁はモンスターの攻撃を想定しているため、頑丈に作ってある。
内壁にはぐるりと外の様子を映し出すモニタが並んでいて、好きな部分を手元のモニタに表示させることができるらしい。
寝室は2階で、その上は、上からの攻撃スペースになっている。屋根の上に出ることもできるようだ。
小麦さんが一緒なら中にいるまま宝石が出る度に、シャドウピットへ落ちることで、三好の10層然とした、効果的な経験値稼ぎもできるだろう。
そういうノウハウが書かれた小冊子もあるようだった。
「じゃあ、俺達は行くところがあるから、しばらくここで待機していて下さい。モンスター自体は油断しなければ問題じゃないと思いますから、周辺で狩りでもしながら」
「はい! もう原石採取しまくりです!」
「あとこれ」
俺はオーブケースを三代さんに渡した。
「ええ? またですか?」
「DPハウスの生活用水は充分に補充してあるけど、足りなくなったらクリエイトウォーターで追加して。方法はマニュアルを見て。二人のうちどちらが使うのかは、話し合って決めて」
「わかりました」
「アヌビス」
「なんだ、雄」
基本遊撃のアヌビスは、平常時は大抵小麦さんの影にいて、呼べば出てくる。
「二人のことをよろしくな」
「任せておけ。この辺りなら問題ないだろう」
「後、お前ら入れ替わりの影渡りはマスターしたのか?」
「ぬうっ、あれは難しすぎる。まだしばらくはかかるだろう」
「そうか。仕方がないな」
出来ていれば、なにかを1頭借りていけば連絡が取れたんだが……
アルスルズは割と簡単に使ってたみたいだが、あいつらクローンみたいにそっくりだったからな。こいつらは一頭一頭がサイズも違うし、余計に難しいのかもしれない。
「ともかく俺達が帰るまで、お前達で二人を守るんだ」
「くどい。さっさと行け」
しっしと追い払うように、尻尾を振ったアヌビスに苦笑すると、俺達は二人に手を振って駆けだした。
もうじき太陽はその姿を地平線の向こうへと隠すだろう。夜はすぐそこにまで近づいてきていた。
*1) Pet Sematary / Stephen King, 1983
"The soil of a man's heart is stonier." という、だからなんだよと言いたくなるような一節が執拗に繰り返される、キングの著作の中で、たぶん一番怖い話。
実際に広大に広がる墓地は登場しないが、固い墓の土のイメージは強烈だ。
映画? そのことは忘れろ。
*2) R2-D2
スターウォーズシリーズに登場する、インダストリアル・オートマトン社製のアストロメク・ドロイドの1台。
このシリーズで一番グッズが売れたキャラクターなので、誰でも何処かで見たことがあるはず。
*3) 國中均 宇宙科学研究所所長
まるで昭和のアニメに出てきそうな肩書きの、JAXAの偉い人。
はやぶさ2のプロジェクトマネージャ。
好きな言葉がこれらしい。作者も1度くらいはリアルで言ってみたい。




