§104 週末に向けて 1/23 (wed)
8/12 別バージョンがアップされていることに気がついて差し替え。
内容は同じです。
その日の夕方、江戸川から戻ってきた三好が、事務所にいた鳴瀬さんに相談していた。
「ええ? 横浜を買い取れないか、ですか?」
「なんだか、そう言う言い方をされると、カドニウム光線の発生装置を持ってウロウロしなきゃ行けないような気になりますよね」
「え? カドミウム? ……またなにかとんでもないアイテムでも?」
「転移できちゃう凄い光線なんです!」
「いい加減にしろ」
「あたっ」
三好のあたまをぽかりと叩いて悪ふざけをやめさせると、「そう言う事って可能なんですか?」と聞いてみた。
「そうですね。ダンジョンの入り口って言うのは、ご存じの通り、ほぼ100%国の土地になっていますから、横浜の立地はとても例外的なんです」
なにしろ土地にできたダンジョンではなく、建てていた建物がそのままダンジョンになった場所だ。
入り口は、土地にあいた穴などではなく、建物の地下階に降りる階段なのだ。
結局、苦肉の策で1階をJDAに売却することでその場をしのいだらしい。
何しろ建物なので、1フロアだけ国家に売却すると建物の権利の関係で面倒が起きそうだったので、それよりはフットワークの軽いJDAに売却したようだった。
「あそこはそういった経緯があるため、JDAが転売するには、ヌーヴォ・マーレの経営会社の許可も必要になると思います」
なにしろ1階からモンスターがあふれ出した場合、上の建物が全体の価値がゼロになる可能性があるのだ。
それを賠償できる組織でなければ、転売が許されるはずがなかった。
「まあ、その点Dパワーズさんの資産は充分にありますから、大丈夫なのではないないかと思いますけど……会社名義でも構わないんですよね?」
「それはもう、どちらでも」
「JDAにとっても、ほぼ開店休業状態の場所ですから、内容によっては許可されるかもしれませんけど、買い取ってどうされるんです?」
「いえ、本当は1層を借りたいんですが、その際入り口部分は専有したほうがいいかなと思いまして」
「1層って、横浜のですか?」
「ええ」
「2層ではなく?」
「2層以下は、まだ利用者もいるでしょうし、特に必要ありませんよ。ガチャを独り占めしたら恨まれそうでしょ?」
横浜の1層は、テレパシーや食糧問題の登録ラッシュにも、ほとんど関係がないフロアだ。
そういう初心者用途に利用するには、敵が強すぎるためだ。
「一体、あのフロアでなにをなさるんですか? 流石に用途がはっきりしないと許可は出ないと思いますけど……」
三好が、両手をワキワキさせながら、場をかき混ぜるように言った。
「それはもう、世界征服の準備を――」
「あほか。まあ、言ってみれば実験ですね。代々木じゃ広すぎてできない事があるんですよ」
「詳細は、いただけるんでしょうか?」
そう聞いて俺は三好を見た。
三好は、すました顔で、こう言った。
「先輩。そこは適当な理由をでっち上げておけばいいんですよ。最後に『ようしらんけど』をつけておくことで、すべての責任から解放されるって、テンコーさんが言ってました」
「あのな……」
大阪のおばちゃんかよ。
てか提出書類に「ようしらんけど」なんて書かれていたら、俺なら絶対に許可しないぞ。
「テンコーさんっていうと、横浜の宮内さんですか?」
「え? ご存じなんですか?」
「ええまあ、彼は横浜の有名人ですからね」
鳴瀬さんは苦笑しながらそう言った。
JDAのダンジョン管理課の下っ端は、大抵が、現場で探索者の相手をすることが最初の仕事になる。
市ヶ谷勤務の管理課職員は、研修も兼ねて、関東近縁のダンジョンに派遣されるのだが、そこで出会った、濃い――もとへ、個性的な探索者の方々は、嫌でも管理課内で有名になるのだそうだ。
「市ヶ谷の管理課で必ず覚えられる探索者の双璧は、横浜の宮内さんと、代々木の林田さんですよ」
「林田?」
「先輩、知らないんですか? 代々木の一般探索者じゃトップグループにいる、渋谷チーム、通称『渋チー』のリーダーですよ」
「渋チーって、人の名前じゃなかったのか?!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「へいっくしょん!」
「なんだー? 林田、風邪ひいてんのか? ダッセーな」
背が高く体も大きな男が、クシャミをした少しチャラそうな男をからかっていった。
「うっせーよ、喜屋武! どっかで美少女が素敵な俺の噂をしてるに決まってるだろ!」
「いや、そこはせめて美女と言おうよ……」
小柄で眼鏡をかけた真面目そうで地味な男が、そう突っ込んだ。
「いやー、東よう。色気バリバリの女もやりたいときはいいんだけどよ、普段は結構疲れんだよ。やっぱカワイイほうがいいっしょ」
「カネもかかんねーしな!」
「だよなー!」
「Hey! ハヤシダ! 馬鹿な話ばっかしてないで、ちゃんと警戒しろよ!」
先行している細身のハーフっぽい男が、後ろの騒ぎに文句を言った。
「斥候はデニスにまかせときゃ大丈夫だから、馬鹿話も捗るってもんさ」
「ちっ! 一応ここは17層なんだからな! 油断するんじゃねーよ!」
「へいへい」
「しっかし、そろそろ18層も飽きたな」
その騒ぎを黙って後ろで見ていた、大きな剣を背負った男がそう言った。
「ダイケンもそう思うか。人も多いしな」
「だけど、今一番盛り上がってる層だよ?」
「そりゃそうだけどよー。何が気に入らないって、世界中のトップ連中がやってきたおかげで、俺達なんか雑魚扱いだぜ? ムカツクったらないぜ!」
「シングルに喧嘩を売るとか、冗談でもやめとけよ」
不満を顕わにする林田に、大建が釘を刺した。
「分かってるさ。だから連中より先にマイニングをゲットして鼻を明かしてやりてーのよ」
「まあ、気持ちはわかるけどね」
東がそう言った瞬間、先頭にいたデニスが鋭く注意を促した。
「右前方! 敵! おそらくカマイタチだ!」
「くそっ、面倒くせぇやつが!」
カマイタチは、素早いため回避や逃走が難しいモンスターだ。
出会ってしまえば、正面から叩き伏せたほうが損害が少ない。
渋チーは、いつも通りのフォーメーションを作り、モンスターと対峙した。
それは、喋っていた内容からは考えられないくらい洗練された、ベテランチームの行動だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
用途等の概要を聞き取った鳴瀬さんが、横浜の件を市ヶ谷へ持ち帰って、しばらくした頃、三代さんと小麦さんがやってきた。
「失礼します」
「今晩はー」
どうやら平日は、午後3時頃から6時頃までが訓練?の時間になっているようだ。
「いらっしゃい。まあ、そちらへどうぞ」
俺は、事務所側の応接へと二人を案内した。
「そうだ。小麦さん。ついでで悪いんですけど、これどう思います?」
俺はポケットから、オーブ用のベルベットに挟んでおいた、3つのダイアを取り出した。
三好と横浜でドロップさせたものだ。もしかしたら偽物だったりするかも知れないし。
「うわー、凄いですね、これ」
それを見た瞬間目の色を変えた小麦さんは、どこからとも無くルーペとピンセットを取り出し、それを覗いて言った。
ルーペを固定している右手の、薬指と小指の間にピンセットを固定するポーズが、とても堂に入っていてプロっぽかった。
いや、プロなんだけど。
「カラーは、ここじゃハッキリ言えませんけど、ファンシーヴィヴィッドとインテンスの丁度境目くらいです」
「クラリティは、VVS2、カラットは……2ctくらいでしょうか。カットは文句なくエクセレント。なんてステキな、ラウンドブリリアント」
最初にドロップしたのがブルーダイアだったのは、やはり件の献身ヒーローが、ブルーダイアの精だったからだろうなぁ……
うっとりとそれを眺めていた小麦さんは、はっと我に返ると、もう一つのダイアも確認した。
「こっちもいいですよ。VVS1のカラーグレードは……Eかな。約1ctのエクセレントですね。同じ人がカットしたみたいに見えます」
「そう言うの分かるものですか?」
「え? ええ。なんとなく」
なんとなくかよ……鑑定士恐るべし。
「最後のやつはすこし色が付いてますね。VVS2のHくらいでしょうか。これも大体1ct、カットはエクセレントですね。やはり同じ人みたいに見えます」
一通り見終えた小麦さんは、ルーペとピンセットを仕舞うと、真っ直ぐに俺を見て聞いた。
「それで、これはダンジョン産の石なんですか?」
「え? どうして? それも分かるものなんですか?」
「だって、芳村さんがルース(*1)を持ち込んだら、それ以外考えられないと思うんですけど」
小麦さんは笑いながら、ベルベットの上でダイアをつつきながらそう言った。
三代さんが、ええ、ダンジョンって、こんなものがドロップするの?と驚いていた。
「これって、原石をカットしたわけじゃなくて、このままドロップするんですか?」
「ええ、まあ」
「なら、カットがダンジョン産の証になるかもしれませんね」
「え?」
「ルーペで見ただけでは、ナチュラルにしかみえません。ただ、3個ともカットが微塵の狂いもなく、コピーしたみたいに同じ、完璧なラウンドブリリアントなんですよ」
ああ、イメージで作られたものだもんな。そりゃイデアルな形をしてるだろう。
「ほんらい結晶構造の方向なんかも考えるんですけど、これはきっと完全に同一なんでしょうねぇ……」
俺は、うっとりとした目で石を眺める小麦さんに、鑑定の礼を言った。
「ありがとうございました」
「はい。ああ、私も早くどこかでそういった石達に会いたいものです」
確か俺と同じくらいの年だったはずなのに、夢見る少女のような顔でそう言う小麦さんに苦笑しながら、俺は、本来の用事を切り出した。
「今日来て貰ったのは、ふたりがどういった成長をしたいかを聞いておこうと思って」
「成長、ですか?」
「そう。小麦さんは20層以降へ行きたいんだよね?」
「はい!」
「さすがに、いきなりそれは無理だと思いますけど……」
三代さんが苦笑しながらそう言った。
何しろまだ訓練を始めてから一週間程しか経っていないのだ。
「Dカード見た?」
「え? いいえ。最初に小麦さんとパーティを組んだときに見たっきりですけど……」
そう言って、彼女は自分のカードを取り出して……固まった。
「三代さん?」
「な、なんですか、これ?! 1564位?! 私、こないだまで、36万弱でしたよ?!」
小麦さんもカードを取り出すと、それを見て嬉しそうに言った。
「私のは、3314って書いてあります! もうすぐ行けそうですか?」
「3000台?! って、彼女、ブートキャンプの時、Dカードを取得したばかりでしたよね?!」
「ほら、うちのプログラムって優秀だから」
「いや、そう言う問題じゃないと思うんですが……」
「エリア12のトップエクスプローラーって、もしも代々木にいるとしたら、1000位台だって聞いたけど」
「今は謎のザ・ファントムさんがいらっしゃいますけど、それを除けば、ランキングリストから、そんな感じだと言われてます」
「彼らが20層へ行けるくらいらしいから、三代さんも充分行けるよ」
「ええー? なんか全然実感が無いんですけど……」
彼女は自分のDカードをまじまじと見ながらそう言った。
まだ、ステータスが少ししか割り振られ始めていないから、実感はないだろうな。
「それで、週末にスペシャルキャンプをやろうと思うんだ」
「スペシャル……ですか?」
「そう。今度は地上じゃなくて、下に潜る」
「下?」
「とりあえず10層かな。小麦さんの武器を手に入れるんだ」
「10層?!」
それを聞いて三代さんは驚いていた。
彼女と出会ったのは確か5層だ。あのときはおそらくチャーチグリムを狙っていたに違いない。だからあの後10層へ行くはずだったんだろうと思ったのだが、思ったよりも驚いていた。
取引用の同化薬取得プレイだったのかな?
「ええ? 私の武器ですか?」
「そう。小麦さんって非力そうだからお供をつけてあげようと思って」
仮に20層以降へ行けても、相手を倒さなければ鉱物は取得できない。
自ら攻撃することが出来ないなら、他の何かにさせるしかないのだ。
「お供って、ドゥルトウィンちゃんみたいな?」
「そう。犬は大丈夫?」
「大好きです! 嬉しいですー」
それを聞いた三代さんが、焦ったように問いただした。
「ちょ、ちょっと待って下さい。あのペットって、簡単に手に入るんですか?」
「いや、簡単には無理かな」
「で、ですよね」
三代さんは安心したかのようにそう言った。
「というわけで、それにともなって、一応君たちの希望を聞いておこうと思ったんだ」
「……なんでもいいんですか?」
「そりゃ、希望だからね」
「私は今のところ弓が主体ですけど、どうしても矢の数に制約を受けるので、本当は物理的な魔法が欲しかったんです」
「物理的な魔法って、石を飛ばすとか?」
「まあ、そんな感じです。火とか水とか、なんだか信用できなくって」
気持ちは分からないでもないな。実際水は魔法抵抗が高ければ霧散するだけだったし。
そういやゲノーモスから出た地魔法のストックがあったっけな。
「ただ、小麦さんとパーティを組むと言うことは、前衛ですよね?」
「いや、将来的に前衛を加入させるということにして、今は、小麦さんのペットを前衛に、二人で後衛という形もあるよ。無理して前衛になっても気持ちがついていかないとうまく行かないし」
それを聞いて少し考えていた三代さんが言った。
「なら、万能型のスタイルで弓と魔法を使えればいいなと思います」
「矢を魔法で形成したり出来ると格好いいよね」
「いいですね! それ! って、まるでアニメの夢物語みたいですけど」
いや、意外といけるんじゃないかな。地魔法でクリエイトアローみたいなの。
そのまま射出するのとどちらが高威力かは、やってみないとわからないけど。
「私は犬さんに頑張って貰えるなら、あとは避けてればいいですか?」
「そ、そうだね」
小麦さんは、積極性がゼロの三好だな。
三好の好奇心は幅広いけれど、彼女は一点特化と言った感じだ。
「ふたりとも大体分かったから、それじゃあ、これを飲んで貰おうかな」
そう言って俺は、紙コップに例のメチャ苦茶をふたつ用意して、彼女たちの前に置いた。
「そ、そ、それはぁあああ?! 先日みんなが飲んで死にかけてた……」
先日飲んだ人の様子を見ていただけで、口にしていない三代さんが、盛大に顔を引きつらせた。
「ま、また飲むんですかー……」
がっくりと肩を落としながら、仕方がないといった感じで小麦さんがカップに手を伸ばした。
「絵里ちゃん。これ、鼻をつまんで一気に飲んだほうが楽になれるよ?」
経験者の小麦さんは、そうアドバイスすると、自分の言葉通り、一気にそれを飲み干して――
バタン。
――前回と同様、盛大にソファーにひっくり返った。
「これ、永遠に楽になったりしませんよね?」
「今のところ死んだ人はいないから大丈夫」
「全然安心できないんですけど……」
三代さんはそう言って涙目になりながら、言われたとおりに一気に飲み干した。
「こっ、こはっ!っっ!!……ひ、人の飲むものとは、おも、けほっ、えませんよっ……これ。ごほっ、ごほっ」
どさりとソファーに腰掛けた彼女は、世界チャンピオンと15ラウンドの死闘を繰り広げた後、判定を告げられる漫画のボクサーのごとく、真っ白に燃え尽きていた。
俺は笑いをかみ殺しながらそれを見届けると、自分の席に座って、彼女たちのステータスを操作した。
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Name 三代絵里
SP 60.34 -> 0.34
HP 24.10 -> 36.00
MP 24.30 -> 72.80
STR (-) 10 (+) -> 20
VIT (-) 9 (+) -> 10
INT (-) 12 (+) -> 40
AGI (-) 15 (+) -> 20
DEX (-) 18 (+) -> 34
LUC (-) 12 (+)
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Name 六条 小麦
SP 58.13 -> 0.13
HP 21.40 -> 26.80
MP 28.00 -> 83.60
STR (-) 9 (+) -> 10
VIT (-) 8 (+) -> 10
INT (-) 15 (+) -> 48
AGI (-) 12 (+) -> 28
DEX (-) 14 (+) -> 20
LUC (-) 41 (+)
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これで、週末までに実感ってやつが生まれるだろう。
そしたら、二人を連れて10層で、新たな犬たちを召喚だ。やはり召喚のメンターとして三好も連れて行かないとだめだろうが、ドリーはどうするかな……
10層日帰りはキツイだろうしなぁ……後で三好と相談してみるとしよう。
*1) ルース
裸石とも。カットされ、研磨されただけで、枠や台に固定されていない宝石。




